カミキヒカルは2児のパパ (告白 壱)

カミキヒカルは2児のパパ (告白 壱)




一流の役者しか居ないと言われる『劇団ララライ』。黒川あかねは、そこの若きエース。


徹底した役作り、与えられた役への深い考察と洞察、それらを完璧に演じきる天性のセンス。

リアリティショー映えする性格ではなかったようだが役者としては、


『天才』と呼ぶしかない───


─────────。


「ア…あかね?」


思わず『アイ』と呼びかけてしまい、悟られないよう修正する。それ程までに今のあかねは、アイの雰囲気を纏っていた。


いや、もはや『アイそのもの』と言っても過言ではなかった。


「どしたのアクア?幽霊とか見たような顔して」ニッ


「あ、いや……」


どうなっているんだ……。纏う雰囲気、細かな仕草、喋り方、そして声色までもがあの頃のアイの生き写しのよう。

あかねと話しているはずなのに、そうではないような感じがして調子が乱される。


「あかねぇ、おかえり!」


「皆、待たせてごめんね」


「ほんとだよ、待ってたぞぉ」


「また楽しくやろうね!」


「うん!」


「なんか元気そうで良かったけど…もう大丈夫なのか?」


「えっ、何が?」


普段のあかねらしくない雰囲気に気付いたのか、他の4人も呆気にとられた表情であかねを見つめている。


「何がって……そりゃ」


「あー、結構盛大に燃えちゃったからね。やっちゃったなーとは思うけど、あれくらいよくある話でしょ!」


「あかね…なんか雰囲気変わった?」


「ゆきはこういう私…嫌い?」


あかねから問われたゆきが首を横に振る。


「アクア、今日は一緒に居ようよ」


「……うん」


「てへっ☆!」


この短時間の会話の間、全員が『今のあかねから目を離せない』でいた。


一瞬で、持って行った。

キャストも、スタッフも、カメラマンですら。

視線を向けざるを得ない不思議な引力。まるでアイのようなカリスマ性…それが彼女にもあった。


「聞いたよ、あの動画。何日も徹夜してアクアが作ってくれたって。嬉しかったな。

ありがと、アクア」


うん、と簡単な返事をすることしか出来ない。母さん(アイ)とは毎日家で話をしているはずなのに、今のあかねとはまともに顔を見て話が出来る気がしない。


(何だ…何が違うんだ……?ゴローの頃もたった5ヵ月という短い間とはいえ、会話は出来ていたはず。……『アイドルとしてのアイ』とは接点が薄かったからか?)


考えれば考える程、思考が深みに嵌まっていくようだ。そんな様子の俺を見ながら、メムとゆきが小さな声で話す。


「あかねがなんか変なのはもう分かったけど、アクたんもなんか変じゃない……?」ヒソヒソ


「ん~?」


「確かめてみよう。ねえアクたん、そこのポーチ取ってぇ」


今考え事をしているから自分で取ってくれとメムに目もくれずに告げると、


「それ位いいじゃん。取ってあげなよ」


とあかねに言われ、体が勝手に動いてメムにポーチを手渡す。考え事をしていたが故の無意識下の行動ではなく、どちらかと言えば体に染み付いた脊髄反射に近い行動。

俺の体が、今のあかねの言葉をアイの言葉として認識していた証左だ。


「ほら!あかねにだけなんか素直!」とゆきの所へ俊足で戻ったメムが叫ぶ。その後も本当にああいうのが好みなんだだの色々言っているが、断じてそんなんじゃない。


「ほらほら好きなんか~?」


「こういうあかねが好きなんか~?」


メムとゆきがあかねの体をぐいぐいと押して俺に近付ける。


「やめろ」


あかねが俺の顔を覗き込む。アイの表情が、両目の瞳に宿した金色の星が、今の俺の顔を不思議そうに見つめてくる。


「ん~~~?」


だから……


「マジでやめろ……」


「いや反応……ガチじゃん」


ゆきの言葉でついに耐えきれなくなった俺は、真っ赤になった顔を隠すようにして早歩きで教室を出る。

調子が乱される、なんて甘いもんじゃない。終始ペースを握られたまま手のひらの上で踊らされている感覚だ。


俺って、こんなにもあの頃のアイに耐性が無かったのか……。


─────────。


「あかねどうする!?」


「これガチでガチのやつあるよ!?」


「「どうするどうする!?」」


どうするって聞かれたら、そんなの……


「ど……どうしたら良いのかなぁ…」


「「あっ!いつものあかねに戻っちゃった!」」


アクアくんの反応が想定の何倍も凄かったので、私自身が驚いてせっかく被ったアイの仮面が剥がれてしまった。


アクアくん、あんな表情で照れるんだ…しかも耳まで真っ赤にして……。


「えっ、あかね的にガチで来たらガチで返すの!?」


「マジで付き合うルートある!?」


ゆきちゃんとメムちゃんが矢継ぎ早に捲し立ててくる。き、急にそんな事聞かれてもこっちだって未だに気持ちの整理とかついてないんだけど!でも…


「ありかなしかで言ったら…………

……………………ある……」


キャーー!!と私以上に大興奮している。なんだか当事者の私の方が置いてきぼりになってないかなぁ。

ふと先ほどの私が言った事を反芻する。


(ありかなしかで、ある……。うん、この気持ちは本当。ゆきちゃんとメムちゃんに後押しされたような感じになって初めて分かった)


「じゃあだったらもう、裏でもあの感じで攻めるしかないでしょ!」


「まじ!?」


「まじ!?」


(私、やっぱりアクアくんの事が……)


「「面白くなってきたーー!!」」


─────────。


「面白くない」


スマホで今ガチを一緒に観ていた先輩がそう呟いた。興味が無くなったというよりは、気に入らないといった意味合いが強いように聞こえる。


「もうなんか飽きたわ、観るのやーめた。

そもそも人の恋愛を安全圏から眺めるなんてコンセプトが悪趣味なのよね。誰と誰の掛け合わせが良いとかなんなの?馬主なの?菊花賞狙える馬産ませたいの?」ハァーッ…


先輩が凄く饒舌に喋ってる……いや時々そうなんだけど。今日のはなんだか雰囲気が違うというか、捲し立てて無理矢理流そうとしているような、そんな感じ。

きっかしょーって何?


「はーやだやだもう観ない。アクアの顔も見たくない。ばいば~いさよなら~」


行っちゃった。先輩の様子もちょっとだけ気に掛かるけど、私の視線と意識はスマホの画面から離せずにいた。


その理由は今ガチに置けるお兄ちゃんの共演者、黒川あかねちゃん。


パパが劇団で気に掛けている人という認識から始まり、ついこないだには自殺未遂なんていうとんでもない出来事の中心に居た人物。

お兄ちゃん達が徹夜で作ったっていう動画のおかげで番組に復帰した今回の放送、前までとは違うあかねちゃんの雰囲気を私はひと目で見抜いてしまった。


「……ママ」


間違いない。どうやったのかは分からないけど、今のあかねちゃんは私とお兄ちゃんにとって永遠の最推し『B小町・アイ』そのものだ。


─────────。


前世では約5ヵ月、星野アクアに転生してからは約16年の間アイと一緒に居るけれど、俺はアイの事を未だに知る事が出来ていない気がする。

今一つ分かってやれていない気がする。どこまでが嘘で、どこからが本当なのか。


俺にとってアイってなんなんだ?

ファン?母親?それとも……


それに俺自身は?16年という年月は、自身を自身足らしめるに十分な期間だろう。

だが俺の中には、『星野アクア』と『雨宮吾郎』の2つの意識がある。と言っても別に解離性同一症、いわゆる二重人格というわけではない。

故に、アイに対してどういう意識を持っているのかが自分でも曖昧だ。当然母と認識してそう呼び慕っているのは事実だが、前世からのもはや崇拝にも近い『推し』という認識なのもまた事実。


今のこの『俺』は、『誰』なのだろう。


─────────。


『今ガチ』の最新話を観てからの私は、心に棘が刺さったようにスッキリしない日が続いている。密かに想っている人が自分じゃない女に気が向いているというのは、誰でも面白いものじゃないだろう。

いや別に好きじゃないしあんな奴。確かに『今日あま』の件で恩はあるけど、100万歩譲ってそれまで!誰があんな奴の事…


「ゆきユキ熱いと思ってたけどさ、最近のアクあかヤバくない!?」


通学途中の横断歩道を渡る際、他の女子高生達の会話が耳に入ってきた。それも、今あまり意識したくない話題の。


「あかね復帰してなんか垢抜けたっていうか、可愛いよね!」


「アクアと2人でトラブル乗り越えた強さっていうか、アクアくんめっちゃ意識してるよね!」


「かわいい!」


………………。


「もうすぐ最終回かぁ」


「もっと見たいよね!折角面白くなってきたのに!前のシリーズ、最後キスあったし」


「えーやば、期待~~!」


キス……。そうだ、今ガチは恋愛リアリティショー。場合によってはそういう事も起こり得る番組だ。

…あいつも最後には、その、するのかな…。


(アクア……)


「有馬」


心が暗く濁りかけていたその瞬間、後ろから声を掛けられた。この声……


「有馬かな」


振り返ると、件の私の後輩である星野アクアがそこに立っていた。


「なぁ…今から学校サボって遊ばね?」


えっ、それってもしかして…デ、デー……


「いく」


─────────。


「は~~っ!マジあり得なくない!?学校サボって遊び行くとかマジ不良じゃん!あり得ない!マジさいあく!マジさいあく!」


なんだこいつ。あり得ないとか最悪とか言ってるけど、表情と仕草がまるで一致していない。声を掛けた時はこの世の終わりみたいな表情をしていたくせに、今は満面の笑みで今にもスキップなんて始めそうな程。


「そんなに言うならやっぱやめとく?」


「そうは言ってない」クルッ


急に真顔になるな。表情筋の活動が活発過ぎるだろこいつ。


「なんだかあんたが思い詰めた顔してるから、ちゃんと見ててあげなきゃっていう先輩心?心が天使よね、私」


クチの悪さ的には悪魔だろ、という台詞は飲み込む。意外にも核心を突いている事を言われて少し驚いた。そんなに表情に出ていたか?


「で、どこ行く?ディズニー?東京タワー?」


「学校サボってそんな張り切った遊び提案する度胸がヤベえな」


サボりを提案して遊びに誘ったのは俺だが、そこまでガッツリした所に行く予定は俺の中には無かった。

というか、そんな所に学校サボって行ったのがもしバレでもしたら正直気が気じゃない。さすがにもうあの日の夜みたいに2人から説教を食らうのは御免蒙りたいな。


「だって制服でサボったら周りの視線気になるでしょ!着替えに帰るのも時間のロスだし!あの辺制服の人多いし丁度いいかなって思って……!」


「別にそういうんじゃなくてさ……」


もっとこう、単純というか……



「……」


というわけで俺達は今、広い公園に来ている。道中のスポーツ用品店にて、グローブとボールを購入して。


「やっぱあんた変わってる」


「そうか?」


「そうよ!うら若き男女が学校という牢獄から逃げ出して何をするかと思えば、公園でキャッチボールだもん!わざわざグローブとボールまで買ってさ。変なの」


「早く投げろよ」


そう言って俺はキャッチボールをするのに適切な位置まで離れる。経験は無いだろうと踏んで…ここら辺か?

その間、有馬は頬を膨らませて不満そうな表情を俺に向けて無言の抗議をしていた。


「私野球なんてやった事……あっ!ごめっ!」


「いいよ」


物を投擲するという行為は単純なようで、その実奥が深い。先史時代より人という種族が培ってきた技術であり、身体構造上の理屈で他生物より際立って得意とするもの。

だが上手な投擲を行うには、全身の筋肉を用いたバネや腕の角度、投げるために投擲物から手を離すタイミング等の力学的知識を問われる。


「……私みたいな下手っぴじゃなくて、もっと上手な人誘えば良かったんじゃない……?ルビーとか」


「妹に学校サボらせる兄が居るか」


「シスコンきも……」


至極真っ当な事を言っているだけだ。それにルビーまでサボらせようものなら、単に俺がサボるだけよりも恐ろしい説教が開幕される。……想像もしたくないな。


「じゃあ『今ガチ』の人とか……。仲良いんでしょ?」


まぁ確かに仲は悪くない。だがあいつらとは一応仕事というか、そういう気安い関係というわけでもない。

嘘吐いたり打算で動く事ばっかで、何の打算もなく無駄な会話を出来る人間っていうのは俺の周りにあまり居ない。


「その点、有馬相手なら気を遣わなくて良いし」


「遣えやコラ」


一応は先輩なんだがな。忘れがちな上に、事務所でしょっちゅう顔を合わせるから畏まる必要も無いだろう。


「んー…でもまぁそういう相手に選んでくれたってのは、悪い気はしないかな。『今ガチ』、そろそろ収録大詰め?」


「ああ」


「一番人気はゆき?でも最近黒川あかねも調子良いみたいだし、実際の所あんたは誰狙いなの?」


「俺にとってあれはあくまで仕事。だからそういうのは無い」


「でもタイプとかはあるでしょ?年下が好きとか…年上が好きとか!」


「難しい事を聞くな……」


……。


最近つくづく思う。人間の思考は身体の発達に大きく影響を受ける。赤ん坊の頃は幼児期健忘で記憶の定着が難しいし、第二次成長期の思春期には周囲への警戒心の高まりをひしひしと感じた。

身体が成長して行くに連れて、精神の方が身体と環境に適合していく。


「どんどんと、『俺』と『星野アクア』の境目が無くなっていく」


そう。まるで雨宮吾郎という人間が、星野アクアに溶け込んで同化していくかのように……。


「……前から思ってたけど、怖くて聞けなかった。あんたもしかしてさ……」



「中二病?そういうの早く卒業しなさいよ…イタイから」



「ふんっ」ビシュッ


「ふぉわっ!?」バシィッ



シスコン呼ばわりの次は中二病呼ばわりとは、随分なご挨拶だな。


「要は俺も高校生って話だ。俺も自分と近い年齢の子を、恋愛対象として認識する。まぁある程度上の方が良いのは間違いないけどな」


「年上好きって事?」と聞いてくるが、それは少し微妙な所だ。単に年下は無理というか、興味が無いといった感じか。

それを知った有馬は何やら嬉しそうにニマニマし始めた。


「へーー?ふーーん?へーー?」←高2


「早く投げろ」←高1


(はっ!)


『……』ニコッ ←高2


「へー……ふーん……へー……」ズズズッ


「なんだよ」


ニマニマしたり真顔になったり般若みたいな顔になったり、忙しい奴だな。


「なんでもないっ!」バシィィィン


「お、良い球じゃん」


「そう?えへへ」


「本当に初心者か?」


「そうよ。アクアとするのが初めて、一番最初。もしかして始球式アイドルとか狙えちゃう?」フッフッフ


すぐ調子に乗るところは玉に瑕だけどな。


「……」


やっぱり、黒川あかねに対する感情は、そういうのじゃない。

有馬には感謝しなくちゃな、自分の感情に整理がついた。

『俺』は、黒川あかねにB小町・アイの幻影を見ているだけだ。



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