カミキヒカルは2児のパパ (共同、新脚本)

カミキヒカルは2児のパパ (共同、新脚本)




「……」


『「刀鬼」役のアクアくんから貴女へ、って。舞台の脚本書くなら参考になるかもしれないわよ』


(……よし)


─────────。


「うーん…うーん……」


ステアラ内のとある控え室の一室。僕こと雷田澄彰は舞台『東京ブレイド』に関する連日の交渉や関係者への相談等による疲労で、魘されながらも仮眠を取っていた。

すると部屋のドアがバンッと勢い良く開かれ、スタッフの1人が大慌てで入ってきた。


「雷田さん大変です!!」


「ふえっ、なになに!?」


「帰りのお客さんの中に……『東京ブレイド』のアビ子先生が!」


「~~!!」


あまりに突然の話で言葉にならない驚きの声が出た。寝起きで頭がまともに働いてないけど、とりあえずやる事は1つ!


「連れてきて!おもてなしおもてなし!」


「は、はいっ!」


─────────。


「……」チョコン


ほ、本当に来てた…。大急ぎで今用意できる一番良い弁当とお茶を備えたデスクに、先ほど僕を呼びに来たスタッフが連れてきてくれたアビ子先生が着席している。

まさか今日に限って来てるなんて思ってなかったから無礼が無いようにしないと…。


「いや……まさか先生にお越し頂けるとは…言ってもらえばチケット用意しましたのに…。

うちの舞台、いかがでしたか……?」ハラハラ


「今の舞台ってこういう感じなんですね、思ってたのと全然違いました。脚本を書く上でとても参考になります」


「そっ……!それは何よりで……」


ほっ…良かった、この感じだと好感触かは分からないけど、少なくとも悪い印象では無さそうだ。


「いやぁ先生直々の脚本なんて楽しみだなぁ!原作者書き下ろしだったら現場の皆も喜んで……」スリスリ


そこまで言って、僕の口は動きを止めた。


『──でも、どうにか出来るのは雷田さんだけですよ』


あの日偶然会ったアクアくんの言葉が脳裏に浮かぶ。彼の言う通りだ、僕が先生に胡麻を擂った所で状況は好転しないし、心にもない事を言っている自覚もある。

それに何より、これ以上の言葉はGOAくんに対する最低の侮辱だ。


「…………」


僕が、今、彼女と話をつける他無いじゃないか。


「先生、腹割って話しませんか?」


決心した僕は、先ほどまでの態度を改めてアビ子先生の向かいに座る。


「僕は今凄く弱い立場に居ます。今後も出版社との良好な関係を続けなければ仕事が貰えないし、先生の許可無しに『東ブレ』の舞台をやる事は著作者人格権の同一性保持権の観点から絶対に出来ない。

同一性保持権を行使するのは先生が持つ当然の権利なんです、だからこそ頭に入れといてください。先生が書いた脚本は、マジのマジでそのまま使う可能性があるという事を」


これは字面以上に重大な事柄だ。先生は全然構わないと言うが、ちゃんと考えてほしい。

もしこの人がヤバい脚本を書いたとしても、役者の稽古期間を確保する為にそっくりそのまま通す可能性があるのだ。


「仮に天才小説家が居たとして、その人が初めて描いた漫画のネームが100点になりますか?」


「なるわけないです」


「舞台脚本だって同じです、いくら天才漫画家でもいきなり最高の舞台脚本は書けないんです!

でも先生が著作者人格権を振りかざすなら、僕等はそのまま採用する可能性がある。そこそこグダグダな舞台になるでしょうね」


「…脅してるんですか?」


「お互い様ですからね」


脅しだろうが何だろうが知った事じゃない。僕はこの公演の最高責任者だ、そんな立場に居るのにここで退くわけには行かない!


「これ位の駆け引きは何度もしてます!僕は100人以上の仕事を守らなきゃいけない………!

こっちは自分の首の1つや2つトばす覚悟で仕事してるんです!」


「っ……!」


ハッタリだろうと何だろうとかましてやるさ、この覚悟だけは本物だ!

それにこの人は舞台を見に来た、だからこそ交渉の余地はあるはず。だってこの舞台の脚本は……


「この舞台見てくれたんですよね?今回の脚本はGOAくんが書いたものです。

彼の仕事を信じてみてくれませんか…?」


「……っ」グッ


僕の言葉を聞いて考え込むアビ子先生。やがて何かを決心した表情で顔を上げ、僕の顔をまっすぐに見る。


「…分かりました、私もプロの仕事を信じます」


「!」


「ただし、1つ条件が」


条件……?



◇◆◇◆◇◆



『なるほど……こういう感じになりましたか』


アビ子先生が出した条件、それはGOAくんと対談をしながらの共同脚本にする事。

ただ直接対面をして行うというのはちょっと許可できない為、多少の譲歩をさせてもらった。


「クラウド上のテキストデータをリアルタイムで共有、それを通話しながらその場で修正していく。これがプロデューサーとして許可出来るギリギリのライン」


『じゃあ早速始めましょうか』


『……』


出来る事ならあまりこういう手法は取りたくない、これをやると原作者と脚本家は仲が良くなるか仲が悪くなるかの2つに1つ。こういうのが原因で揉めて企画がポシャるなんて事も多々あるので、仲介屋の仕事としては下策も良いとこだ。


(…でもまぁこれ以上悪くなる事もないだろうし!失うものもないから好きに戦ってくれや!!)


ただ……1つだけ恐れるべき懸念点はある……。


『──────。──────!───』


『───?─────……───!────』


さ……鬼が出るか、蛇が出るか。



『ココとココはカットして良いです。その代わりこういう台詞を足します』カタカタ


『それやると大分原作の展開から離れませんか?』


『良いんです、大事なのはキャラの柱なので。そこさえ変わらなければ何やってもOK』


『なるほど……ちょっとずつ先生の許せるラインが見えてきました。

だとしたらココはこうするのとかどうです?』カタカタ


『ありあり、分かってるじゃないですか』


今のところは順調そうに見える。このまま何事も無く進んでくれないかな…。


『そしたらココはこういう感じで』カタカタ


『えっ、どうして?』


『ちょっと舞台の仕組みが分からないとイメージし辛いかもしれないですが、ここ暗転からのスクリーン移動が心情とマッチするはずなんで』カタカタ


『なるほど……アリですね、その引き出しは私には無いやつです』


『まぁそれで食ってるんで、こう見えて結構売れっ子なんですよ?』


『…そういえばGOAさんが脚本書いた舞台、観ました』


『あー、どうでした?』


『…………その……大分好き、でした…』


『はは!普段はああいうの書いてるんですよ!』


『「東ブレ」の舞台もあの感じ出してください』


『良いんですか?大分雰囲気変わっちゃいますよ?』


『良いです良いです、得意な事はどんどんやりましょう』


どうやらGOAくん脚本のあの舞台はアビ子先生のお眼鏡にかなっていたようだ、作業も順調に進んでいるようだし心配は要らないかもしれない。

安心したところで疲れがドッと押し寄せてきたのか、ちょっとした睡魔が僕に襲い掛かる。


(ちょっとだけ仮眠とってこよう…1時間、1時間だけ……)


『じゃあココも舞台効果で済ませちゃって』カタカタ


『この台詞もカットで良いですよね』カタカタ


『ここも要らない』カタカタ


『ここも演技でどうにかなりますよね!』カタカタ


『あはは、攻めてますね!』カタカタ


『ここもカット!』カタカタ


『カットカット!』カタカタ


『『あはははは!』』カタカタカタカタ


カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ……


─────────。


…まだ寝足りないが、目を覚ます。今は何時だろうか。


(……ん、あれ?マズい!仮眠のつもりが思っきし寝てた!2人の様子…は……!?)


『GOAさんのお陰でかなり良い脚本になりました!!役者さんが演じてるシーンが目に浮かぶようです!』パアァァ


1時間だけ仮眠したつもりが、気付けば朝になってしまっていた。慌ててパソコンの前に戻って完成したのであろう脚本を流し読みすると、僕は我が目を疑った。


「GOAくん……ちょっとこれどういう事……?」


『いや……なんか楽しくなっちゃって……。でも先生は気に入ってくれてるみたいです』


(やっぱり危惧した通りになった……!)


クリエイター同士が団結した場合はトガった作品になりがちなのだが、その通りになってしまった。これを危惧していたからわざわざ僕が監視出来る形にしたのに……!


くそ……新たな頭痛の種が……。


しかしもうリテイクを出す余裕も時間も無い……!どれほどアレな脚本でも、これで完成として上げるしかないんだ。

それに…もしこれが上手くハマれば、凄いものになる可能性はある…!



「全く……とんでもない脚本が上がってきたわね。説明台詞がゴリゴリ削られて、やたら『動き』だけでどうにかしなきゃいけないシーンが多い……役者に全投げのとんでもないキラーパス脚本じゃない。

失敗したら責任は全部こっちのせいってワケね、大分無茶振りが過ぎるんじゃないかしら」



◇◆◇◆◇◆



──紆余曲折あった原作者と脚本家のバトルも一段落し、シナリオも無事に完成した。それにより『東ブレ』稽古も本格的に再開。

各自新しい脚本を受け取り、内容を読み込む。


「うんうん、これなら『鞘姫』の解釈は私と合ってる!それどころか新しい一面も発見出来る脚本で……ふふふ、これは考察のし甲斐がありそうだなぁ」


「演技全振りの脚本……。これは演るの難しいわよ?」


「俺は問題無い。もともと物足りないと思ってた位だからな」


あかね、有馬、姫川さん達主演級は問題無さそうな様子。


「私はこっちの方が得意!」


「やっぱり演技は身体で語ってナンボでしょ!」


「 GOAさんの脚本のクセ出てるなぁ」


「まぁ俺等はあの人のホンの舞台何度か出てて勘所は分かるし、問題ないけど」


「『劇団ララライ』の真のトップが誰か証明するチャンスが来たな」


ララライ所属の人達も新しい脚本に文句は無さそうだ。


しかし……


「「…………」」


俺とメルトは2人揃って渋い表情をしている。


「マジかぁ、こんなん出来る気しねぇ……。本番まであと半月…間に合う気がしねぇよ……。

アクアにとっちゃこんなの朝飯前なんだろうけど」


……いや、どうだろうな。リテイク出される前の脚本方針だったらまだしも、今回の脚本方針に俺は一抹の不安が拭いきれない。


─────────。


「───ストップ」


あかねが演じる『鞘姫』と俺が演じる『刀鬼』のクライマックスシーンの稽古をする中、金田一さんからストップをかけられた。

…まぁ理由は自分でも分かっている。


「『刀鬼』、ここはお前の一番の見せ場だ。

もっと本気で」


「すみません」


「物語のクライマックス、戦闘の最中に重傷を負い倒れた『鞘姫』と絶望する『刀鬼』。

だが奇跡的に目覚めた『鞘姫』を目にして、『刀鬼』はどういう感情を抱く?」


原作においてこの2人は許嫁だ。そんな大事な相手が死の淵から生還したとなれば、抱く感情など決まっているだろう。


「不安からの解放……強い喜びと希望……でしょうね」


「そうだ、お前は確かに原作通りの演技をしている。……が、舞台はもっと強く感情を出さなければ客席に届かない。

もっと感情を引き出せ、ここは感情演技のシーンだ」


……分かってはいたが、ここでよりにもよってそれを要求されるとはな。


感情演技、か……。


結局あれから金田一さんからのOKが出る事は無く、一旦休憩の時間に入った。俺にとって今1つ踏み込む事の出来ない感情演技について、どうすれば上手く出来るのかを考えながら。


「……」


「まぁまぁ、アクアくんは舞台初挑戦だしバランス分からないよね。ちょっとずつ合わせていけば大丈……「甘やかしちゃダメ」


悩んでいたところに、有馬がやってきた。


「アクア、アンタ感情演技した事ないでしょ?

演技って結局人格が出るのよね。アクアは普段から感情を表に出さない、だから演技にも感情が出てこない。

どこかで見た見本を見本通りに再現する事しかして来てない、これはアクアの性質の問題よ」


「分かったような事言うんだね」


「そりゃそうよ??この中でアクアと一番付き合い長いのは私だし?そりゃもーちーーっちゃい頃からの知り合いだし?

実質幼なじみみたいな?最近知り合ったどこぞのビジネス彼女とは話が違うのよ」


「……!!」プクーッ


当事者だが黙って話を聞いていたら、気付けば俺との付き合いの長さなんかで有馬がマウントを取り始めた。確かに嘘は言っていないが、そこまで深い仲じゃない。いうて再会したのここ最近の話だろ。あかねはあかねで悔しそうにしながらまた頬膨らませてるし、だから感情表現子供か。


……だけど、分かってる。有馬の言う事は全て正しい。

俺は感情演技が苦手だ、というか正直に白状すると出来ない。感情を高ぶらせ、涙を流す演技なんて以ての外。


……涙、涙か。目の前のこいつはそのエキスパートだったな。ちょっと癪だが餅は餅屋だ、有馬にコツを聞いてみるか。


(言い過ぎたかも…でも、私が言わなきゃ誰も……)


「…有馬はどうやって泣き演技をしてるんだ?」


「!」パァァ


俺からアドバイスを求められた有馬が分かりやすく笑顔になる。


「んー……感情泣きとか体泣きとか手法は色々あるけど、子役の世界でよく使われてるのは……」


そこまで言うと有馬はゆっくり近付いてきて、俺に小声で耳打ちをする。



「───アクアくん、もしお父さんお母さんが死んじゃったらどうする?



……ってやつ!目の前の物を大切なものと思い込んで泣く手法ね!

今回の場合、『刀鬼』は生きてる『鞘姫』を見て喜びに包まれるワケだから、まぁ嬉しかった事を思い出しながら演技すれば良いワケよ。アンタだって嬉しかった事の1つや2つあるでしょ?」


……楽しかった事…嬉しかった時の記憶。


俺の脳裏に、これまでの色々な記憶が呼び起こされる。

『今ガチ』での撮影、あかねのイメージを変革するための動画作り、ビジネスデートで行ったカフェ……。

そして、JIF出演へ向けたルビー達の特訓の日々。ぴえヨンさんに無理を言ってマスクを借りてまで変装して付き合ったトレーニング、父さんと母さんに頼まれてヲタ芸の稽古をした日々。

……記念すべき、新生『B小町』のファーストライブ。ステージの上で楽しそうに、キラキラとした笑顔で歌って踊るルビー、有馬、MEMの姿。

どれも輝かしく、俺自身が心から良かったと思えた数々の記憶が呼び起こされる。自分でも分かるくらいに、自然と笑顔がこぼれる。


……ああ、本当に楽しかっ───




『楽しんでるんじゃねえよ』


突如、俺の背後から、有り得ないはずの人物の声がする。


『忘れるな』


するはずが無い。なぜなら、この声の主は……。


『お前は救えなかった』


俺の…星野アクアの前世…………。


『お前にそんな権利は───』


そいつの手が俺の目の前に翳された瞬間、先ほどまで思い起こしていたものとは真逆の記憶が鮮明に想起される


『───せんせ……』


『───アクア……ルビー……アイ……愛してるよ』


……俺が救えなかった、救いきれなかった2人の記憶(トラウマ)───


気が付けば強い吐き気が押し寄せてまともに立っている事も出来なくなり、俺はその場で倒れ伏した。



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