カミキヒカルは2児のパパ (元役者の本心)

カミキヒカルは2児のパパ (元役者の本心)




「ねえって!どこ行くの!監督って誰の事!?」


……。


「今どのへん住んでるの!?」


……………………。



「あんたドコ中!?」


「ヤンキー女子?」


まったく、どうしてこうなったんだか。


─────────。


この日俺はカントクの所に寄って行く予定だったので、ルビーとは途中まで一緒に帰るつもりだった。


「ようやく見つけたわ」


ふと俺達の目の前に人影が現れる。つい先日聞いた声だ。


「なんで芸能科じゃなくて一般科なのよ!昨日はあれからなあなあにされちゃって、気になって仕方ないじゃない!」


「……なんでここに居るんだよ」


「歳上に対する敬意がなってないわねぇ。良いから教えなさいよ」


歳上に対する敬意とかどの口が言ってんだ、という文句はなんとか喉元までで押さえ込んだ。するとルビーが有馬に対して口を開いた。


「私が芸能科受けるから心配であそこ受けただけだよ」


「はあーー!?」


「ウチの兄シスコンなの」


「きっも!」


こいつ、人の事勝手に捕まえといてキモい呼ばわりとはいい性格してんな。ルビーもそんな事バラしてんじゃねぇよ。


「私この人昔から好きじゃないのよね」ヒソヒソ


「でも受かったら後輩になるんだぞ」ヒソヒソ


「聞こえてんぞ」


2人でヒソヒソと話すとルビーはこれ見よがしに大きな溜め息を吐きながら、


「仕方ないなぁ、仲良くしましょロリ先輩」


「イビるぞマジで!」


そういやこいつもいい性格してたな。


「じゃあ俺、カントクの所寄るから」


「うん、じゃあね」


「ちょっと!」


そうして冒頭のやり取り(一方的)をしていたという訳だ。


「いつまで付いてくるんだよ」


「私の疑問に全部答えるまで!!まだ役者やってるんだよね!」


…人があまり踏み込まれたくないと思ってる部分に踏み込んでくる奴だな。仕方ない、あまりにしつこいので答えてやる。


「いや、もうやってない」


えっ……と一言漏らすと、分かりやすく表情が沈む。


「そう……なんだ」


「そういうわけだから」


「え!ちょっと話しようよ!」


まだ付いてくる気なのかこいつは。一体何だってここまで『役者の俺』に拘るんだ。


「ねえ!これからカラオケとか行かない!?」


「行かねぇよ」


「えっ…じゃあ、私の家とか?」モジモジ


距離の詰め方やばくない?

ずっとこんな調子で話しかけられたら先に参ってしまいそうだ。だったらいっそ…


───五反田宅・カントクの部屋


「おー有馬かな!見ないウチにデカくなったなオイ!」


ゴフッ、と血を吐きながらダメージを受ける有馬。カントクの悪意無き『見ないウチに』というワードがザックリ刺さったのだろう。

初めて気の毒に思った。


「いや……仕事はしてますよ…。そりゃ子役時代に比べたら、アレですけど…」


結構ダメージは深いようだ。可哀想に。


「アクア!役者やってないならなんで監督のトコ出入りしてるの!?ホントは演技教わってるんじゃないの!?」


確かに一通りは仕込まれたが、今の俺は役者じゃない。裏方志望であり、カントクの助手みたいな事をやってると説明する。


「…でも嬉しい……。まだこの業界に居たんだね…」


─────────。


「おかわりいるかい!?」


「あ、大丈夫です…糖質抜いてるんで…」


有馬が戸惑いながら遠慮する。俺達は今、カントクのウチで晩飯をご馳走になってる。カントクの母親は押しが強い。有馬もそこそこ同系統なはずだが、ここまで圧されてるのは初めてだった。


「でもショックだな。監督、親元で寄生虫してたんだ…」


「相変わらず大人に対する敬意がねえガキだな!」


つい数時間前にほとんど同じ事を聞いたな。これには俺も同意だが。


「いいなぁ。うちは両親が田舎に引っ込んでね、私1人で寮暮らしだから。ご飯もいつもウーバー頼りだし」


「じゃあ金かかるだろ」


「大丈夫!貯金だけは子役時代の稼ぎで引く程あるから!」アハハ…


クソ憎たらしい…とカントクが恨み言を吐く。忘れがちだが、子役時代の有馬は確かにあちこちへ引っ張りだこの超売れっ子な子役だったな。


「ねぇ監督…。アクアの演技やってる映像とか無いの?」


「あるにはあるけど「見せんな」


と、俺はカントクの言葉に食い気味に反応する。あれは気の迷いでやった、俺にとっての黒歴史。

自分に才能があると勘違いして、酷い目見た作品だ。


「…だそうだ。見たいならこいつ口説いてやらせるこった」


そう来る?と見るからに乗り気な有馬。だからやんねーよ。

そう言うと有馬はこちらを見て、ある話を持ち掛けてくる。


「……今ね、私がヒロインやってる作品あるんだけど、まだ決まってない役あるんだ。

偉い人に掛け合ってみようか~?」


何度も言うが俺はもう役者じゃない。やらんと一蹴すると「えぇ!?」と驚いた声を上げる。なんでこの流れでこっちが乗ってくると思ったんだ?


「なんて作品?」


カントクが作品名を尋ねると俺も知ってる名前が飛び出してきた。


「『今日は甘口で』っていう少女漫画が原作のドラマ」


「『今日あま』?」


「うん。知ってる?」


ド名作もいいとこの人気漫画だ。俺のように演出カジってる人間で知らない奴が居るとしたら、ほぼ間違いなくそいつはモグリだ。


「興味ある?掛け合ったら案外スルッと決まっちゃうかもよ?」


「だから、俺はもう演技は……」


「日和ったもんだ」


断ろうとしたところで、カントクが割って入ってきた。


「最初お前が俺に弟子入り志願してきた時は、絶対役者になるって顔してたもんだがな」


「……」


「ガキが夢見なきゃ誰が夢見んだよ。やりてぇ事諦めるなんて、大学生になってからでもまだ早いぞ」


「……だけど」


「やってみたら良いんじゃねーの?宝くじだってな、買わなきゃ当たらねえ」


もっと自分の才能信じてみても良いっていうかさ、と言い終わったところで、少しの沈黙が流れる。

その沈黙を断ち切るようにして、有馬が口を開く。


「ねえ、やろうよ!キャストも同年代ばっかだし!相手の男も女の子みたいな顔しててさ、可愛いんだよ!」


……。


「やる。プロデューサーに連絡してくれ」


ここまで煽られて黙ったままで居られるほど、俺はまだ人間が出来ていない。

やってやろうじゃねえか。

先ほどまでとは一転、出演に承諾した俺に有馬はえっ、と驚いていた。


「なんで急にやる気に……」ハッ


──相手の男も女の子みたいな顔しててさ


「えっ嘘……。あんたそういう…!?」


何かに気付いたようにハッとした後、顔を赤らめながらこちらを見つめてくる。何を想像したんだか。


「アクアの演技楽しみ。ただ……」


有馬曰く、多少問題のある現場だから覚悟してほしいとの事だった。



「ふーん?子役からやってる子?

カオは整ってるね。演技つよつよのかなちゃんがそこまで推すならいいよ、呼びな」


──ドラマ『今日は甘口で』プロデューサー 鏑木勝也──


「……ま、別にダレでも構わないし」



─────────。


「「えっ!アクアドラマ出るの!?」」


事務所に着くなり、母さんとルビーに詰め寄られる。バラしたのは……ミヤコさんか。


「なんで言うんだよ」


「だって貴方自分からは言わないでしょ?所属タレントの広報活動は事務所の仕事よ」


なるほど、確かに正論だ。だが俺が言わなかったのは単に言うのが面倒だったからではなく、言った方が面倒になるからだ。


「で、アクアは何の作品に出るの?」


「『今日は甘口で』って作品、少女漫画原作ね」


「『今日あま』ってお兄ちゃんの部屋にあるやつ!?あれおもしろかった!」


「あれアクアのだったの!?私も読んだけど、てっきりルビーのだと思ってたよー」


たまに俺の漫画が数冊抜けてるときがあると思ったら、ルビーの奴が気付かない内に部屋に入って持っていってるようだ。

勝手に読むな。


「全6話中もう3話まで放送済み。メインの役者も新人が多いし、規模としては少し小さめの作品ね。

アクアの出番は最終話に出てくる悪役みたいよ」


母さんもルビーも納得といった表情をする。それだけでも解せないが、ルビーが「向いてるじゃん。悪い顔してるもんね」などと宣う。うるせえな。


「ネット局のドラマだから今観れるわよ」


「観る観る!」


「あ、ルビー私もー!」



『オマエ、ソンナカオシテテタノシイノ?』


『ナンダ、ワラエバカワイージャン』


『からかわないで!』


『オレノオンナニテヲダスナ!』


『ハッ、ナンダテメエ!』


『けんかはやめてー!』


パタン……


……………………………………。


「「『今日あま』ってこんな作品だったっけ!?」」


「概ねこんな感じじゃなかったかしら…?」


そういうミヤコさんは気まずい顔をしながら目を逸らしている。

確かに原作には居なかったオリキャラが活躍していたり、原作14巻分を半クールに収める都合上カットが多用されるといった、制作側の事情が多々見られる。役者の演技も棒読みばかりで、演技未経験のモデルを多数起用してるようだ。


…………。


「なんていうか……ひどいね!」マジカコレ!


「ルビー、ストレート過ぎるよ。私もそう思うけど」


酷いと思うのは俺も同意だ。演出がしっかりしているから観れない事はないだけで、ここまで来ると別作品と言われても仕方がないだろう。

しかし、それ以上に気になる点がある。


「ていうかロリ先輩ってさ…もっと演技上手くなかった?」



───カラオケ缶


「うっるさいわねーーー!!アンタの妹そんな事言ってたの!?死ねよあいつ!」


相変わらずこいつはクチが悪い。しかも人の大事な妹に対し、言うに事欠いて死ねよとは何事か。


「私の名誉の為に言わせてもらうけどね、私ほど演技出来る高校生なんてそうそう居ないから!」


「じゃあどうして今回こんななんだよ」


「…今回のドラマはこれから売りたいモデルを兎に角一杯出して、イケメン好きな女性層にリーチする企画なのよ。演技力は二の次」


それだけだと作品が破綻するから、演技が売りの有馬がヒロインとして起用されたって訳か。


「それにしてはお前の演技ヌルくね?」


「抑えてるに決まってるでしょ!周りの役者は揃いも揃って大根役者ばっかり!!メインキャストの中でマトモに演技出来るの私だけなのよ!!

こん中で私がバリバリやってみなさい!他の役者の大根ぶりが浮き彫りになっちゃってぶり大根でしょ!!」


「ぶり大根?」


有馬曰く、本人としては全力で演技をしたい、しかし上手い演技と良い作品は別。上手い演技をするのと良い作品になるのはイコールではなく、かつ今回の企画は売り手の都合が全面に出過ぎている為に作品として面白くなりようがない。

自分の評価を下げてでも、せめて「観れる」作品にする。たとえへたくそな演技をする事になってでも。


「……役者に大事なのってコミュ力よ。

昔の私は確かに売れてたけど、自分の演技をひけらかして他人を蔑ろにしてた。だから旬を過ぎればあっという間に仕事が無くなった。

私より演技が上手い子供は居て、それでも私を使う意味…それが大事なんだって気付いた。さしずめ今の私は我を通さず、作品の品質貢献に務める使いやすい役者。Pの人も付き合いが長くてね、今回も私がその辺弁えてるから起用してくれたのよ」


…いつの間にか協調性なんか持つようになっちゃって。

どうやらあの時のカントクが用意した薬は良い方向に作用したようだ。


「まぁモデル共と張っても負けない顔の良さもあるだろうけど!」


あのPメンクイなのよねーっ、と良いながら自信満々の笑顔で語る。

役者って自信家しかいねぇよな。父さん以外だけど。


「というわけで撮影は明日!来週オンエアだから!撮影後即編集即納品!

本読みすっ飛ばして即リハ即撮影だからヨロ!」


何がというわけだ、何がヨロだ。滅茶苦茶じゃねーか。スケジュールもおわってるし。


どうやら俺の役をやるはずだった奴がゴネて降りた結果、リスケになって大変だったらしい。だからこそ俺をねじ込めたとも。

コネで役取って本読みもトバし、ガキの頃こいつが散々言ってくれたパターンと同じだな。その事を少しの嫌味を込めて言ってやると、「今度は私がやる側になるとはねーアハハ」とひきつった笑いで返してきた。笑ってんじゃねえよ。


「でも、今なら監督の気持ちも分かる。アクアを誘った理由は、もう分かってくれたよね……?

誰にボロクソ言われようとも、大根と言われても良い」


「お願い…私と一緒に良い作品を作って。アンタとなら出来ると思うの」



………………。


ダメな企画に、演技の出来ない役者陣。

だけど話を聞いてから改めて観ると、脚本と演出は役者に合わせてるのが分かる。

駄目な演技でも「観れる作品にするテク」が、そこらで使われてる事に気付く。


裏方は優秀、そしてヒロインはバリバリの実力派───


「──なんかやりようはありそうだな」



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