カミキヒカルは2児のパパ (企画とキャスティング)
「レッスンの時、ぴえヨンの中身アンタだったんでしょ。なんでそんな事してたわけ?」
JIFでのライブから数日、いちごプロの休憩室でパソコンを使って調べものをしていたら、突然有馬から問い詰められた。
どこかのタイミングで見られたのか。腕組みをしながら仁王立ちで聞いてきてる辺り、答えない限り納得しないだろう。
…………。
「だって、お前俺と話してくれなかったじゃん」
「…………それだけ?それだけの理由なの?」
「……」
「~~~~~!!」
無言を肯定だと捉えた有馬は、声にならない声を上げながら喜色満面といった表情になった。
「それだけであのクッソ暑い被り物して走ったり踊ったりしてたわけ!?私も1度やったけどクソキツいでしょあれ!そんであのキショい声出して??てか上手いねモノマネ!意外な特技持ってるじゃん、すごい!」クスクス
「だからな?俺と話したくない有馬は俺の指導なんて受け付けないだろ。あくまで妹の初ライブを成功させる為に……」
「はいはい、例のシスコンムーブってわけね?便利な言い訳持ってるわねー?そういう事にしといてあげるわ!」ニヤニヤ
なんだこいつ。
改めて俺は思った、有馬かなを調子づかせてはいけないと。毎度毎度こんなウザ絡みをされたんじゃ堪ったもんじゃない。
俺は使っていたノートパソコンを閉じて立ち上がる。
「帰る」
「お?逃げんの?逃げんのー?」
は?何言ってんだこいつは。意味分かんねぇ。
「何からも逃げてないだろ」
「私と話がしたくて変な事しちゃったのバレて、恥ずかしくて逃げんのぉ??」
ピキッ───
瞬間、俺の中で何かのスイッチが入ったような気がした。
「分かった。変な誤解してるみたいだから徹底的に討論してやる、座れよ」
「望むところですけどぉー?」
\ やいのやいの! ギャーギャー! /
…………………………。
「あの2人、仲直りしたみたいで良かったね」
「今まさに仲悪くなろうとしてる風にもみえるけど……」
私とMEMちょは今、ギャーギャーと騒がしく言い合いをしているお兄ちゃんと先輩の様子を柱の陰から見物している。端から見る限りだと楽しそうだ。
「いいのいいの。お兄ちゃんはあんまり人と関わらないタイプだから、あれくらいカマしてくる人じゃないと関係続かないんだよ。元々はあそこまでじゃなかったんだけどね」
「そうなんだ?」
「ちっちゃい頃にちょっと挫折を味わっちゃって、少し人格捻くれちゃったんだよねー…」
「あら」
ママの姿を見て、パパからも後押しされて進み始めた役者の道。五反田カントクに弟子入りしてから何度か作品に出させてもらい、そして周りとの実力差を思い知らされた。
結果として役者から裏方の道へ方向転換し、性格も少し卑屈な感じになってしまった。でも…
「先輩と居る時は、ちょっと昔のお兄ちゃんみたい」フフッ
「……」
懐かしいなぁ。今じゃ感情を表に出すなんて場面殆ど見なくなったけど、今のお兄ちゃんは結構感情をさらけ出してるように見える。
もっと普段から私とかパパとママの前でも出してくれて良いんだけどなー。
(あかねー……。ちょっと頑張んないとだぞー……?)
◇◆◇◆◇◆
───料亭・寅
「いやーー!取ってきたよ、久々の大型版権!
累計5000万部突破!アニメ映画も超絶大ヒット!泣く子も黙る人気マンガ、『東京ブレイド』の舞台化企画!」
僕こと鏑木勝也は今、とある料亭にてビジネスの話を行っている。相手はイベント運営会社の代表、雷田君だ。
「あー知ってる知ってる。これ、娘もアニメ観てハマってるよ。舞台って事は、2.5次元ってやつか」
「そうそう!」
──イベント運営会社 マジックフロー代表 雷田澄彰──
「予算もガッツリ取ってきたし、今回は派手にいくよー!
ステージも面白い所でさぁ!360°回転させて、CGを多用し原作の雰囲気を再現!裏方も良いとこ押さえておいた!」
ふーん。今回の雷田君、随分気合い入ってるみたいだねぇ。いつもよりビールも進んでるようだし、上機嫌だな。
「そして舞台化にあたって『劇団ララライ』の協力も取り付けた」
「おー、アツいねえ。あの金田一さんをよく口説きおとしたもんだ」
「やっぱ予算の力よ、舞台はどこも懐事情厳しいから」
ははっ、世知辛い話だね。プロデューサーとして多少耳が痛くなる話だ。
「あとはキャスティングなんだけど……ララライから黒川あかねはツモれそう。でも客層的にイケメンと美人は必須なワケ。あそこは若いキャスト少ないから、何人か外部の子引っ張ってこないとねぇ」
うん?段々と雷田君が何を言いたいのか分かってきたぞ。要するに、その外部の子の当てを紹介してほしいって腹積もりかな?
「このへん強いのは、やっぱ鏑木ちゃんでしょうよ。なんか良い子居ない?」
そら来た。
「居ない事はないけど?多分、これから来る子達。紹介しても良いけど、貸し1つだぜ?」
「いやいや!鏑木ちゃんが目を掛けてる子達に成長のチャンスあげるってんだから…
むしろこっちが貸し1つでしょ」
……やっぱり、強かだねぇ雷田君は。僕も人の事言えないけどさ。
「「ふふふふふふ……」」
「商談成立だな。ああそうだ、ララライの協力を取り付けたのなら、1つ話を通して貰えないかな。これに関しては、そっちからの貸し1つでも構わない」
せっかくあの金田一さんを口説き落としたんだ、どうせなら彼にも一役買って貰おう。丁度良い機会だしね。
「鏑木ちゃんがそう言うなんて珍しい。明日は槍の雨でも降るかねぇ。んで、どんな話?」
「茶化さないでほしいねぇ。単刀直入に言うと、ララライからもう1人出演のオファーを出してほしい」
「もう1人?」
「カミキヒカル、って言うんだけどね。所属自体はいちごプロで、そっちに話を通すのはすんなり行くと思う。問題は金田一さんがOKを出すかどうかなんだけど」
そう、僕が今回の舞台に出てほしいと思っているのはカミキヒカル。僕が個人的に見たいっていうのも少なからずあるけど、大部分は彼との約束の為だ。
「しばらくは休業していたんだけど、少し前からまたララライに顔を出してるみたいでね。表舞台に上がるのは確かに久しいけど……彼、物凄いよ?」
「…鏑木ちゃんがそこまで目を掛けるなんてね。そんな人が居るなんて聞くの久々じゃないかな、確か今大女優やってるアイちゃん以来じゃない?」
「どうだろうね。間違い無く言える事は、彼の起用によってこの舞台の評価は2つも3つも上がる、って事かな」
雷田君がサングラスの奥で目を見開く。多少ハッタリを織り混ぜてはいるが、大筋では嘘を言ってるつもりなんて無い。
「……へぇ」ゴクリ
「君も見たら気に入ると思うよ、彼の『怪演』をね」
◇◆◇◆◇◆
───都内某所・カフェ
カシャッ、というシャッター音と共に、あかねがスマホで俺とのツーショット写真を撮る。
俺達は今、都内のとあるカフェでデートをしている。といっても、『今ガチ』におけるファンへ向けたビジネスデートだ。SNSに上げる用に2人分のクレープを頼んだ後、写真の撮影をあかねに任せた次第である。
初めて来る所だけど美味いな、このクレープ。
「こんな感じでいいかな?」
「分かんないけど良いんじゃね?」
「とりあえず、これでファン向けの彼氏彼女のアリバイは作れた。しばらくは安泰だけど」
そう言うとあかねは、俺の顔を窺うようにしながら話を続ける。
「例の件…もうそっちには話行った?」
「……」
例の件…。おそらく、つい先日鏑木さんから来た話についてだろう。当然来たので、俺は答える。
「『東京ブレイド』の話か?」
「そうそう。お世話になってるララライって劇団が中心になってやるから、私にも話来てるんだ」
(『劇団ララライ』…)
父さんが昔1度所属した所であり、少し前に再び所属した劇団。そして、父さんと母さんが出会う切っ掛けとなった場所。
今回の俺へのオファーは、あの時の話が少なからず関係しているであろう事は容易に想像がつく。渡りに船、などとは思っていないが、そういう事ならと俺は話を受けた。
「もちろんやる」
「だよね!私は『鞘姫(さやひめ)』役でオファー来てて、アクアくんは『刀鬼(とうき)』役でしょ?
2人は恋人の役。絶対キャスティングした人狙ってるよねー」
「2.5はBL需要が高いと思うんだけど、これはアリなのか?」
「原作が男女カップリング多い作品だから。もちろん、女の子はそういう見方する人多いけど。
『刀鬼』はサブキャラだけど、ラブコメ要素で男性からの支持もわりとあるキャラかな。ヒロインキャラと相棒キャラの、どっちと結ばれるかで毎週盛り上がってるよ」
俺はまだ原作を軽く流し読みした程度だからそこまで詳しくはないが、それに対してあかねは役のイメージを作るために既にいくらか読み込んでるのか。余念が無いな。
確か『刀鬼』の相棒キャラは……『つるぎ』だったか。
「あっちもそろそろ決まるはず。誰になるんだろうね」
「私よ」
突然、俺達の会話に誰かが割り込んできた。
聞き覚えのあるこの声は…
「有馬」
いつの間に来ていたのか、気付いたらそこには有馬が立っていた。というかよく俺達の場所が分かったな、などと思っていると、スマホを見せながら有馬が俺達の方を見て話してきた。
「リアルタイムの投稿は止めなさい。こういう投稿から悪質なファンに追いかけられて、ストーカー被害に遭う事もある。外での写真は全て予約投稿が基本、また変なモメ事で周りに迷惑かけたいの?」
学習しないわね黒川あかね、と煽るような物言いをする有馬。言い方がキツいのは前々から知っているが、今のそれは何処と無く普段のものと違うように感じた。
少し心配しながらあかねの顔を見ると、今までに見た事が無いような表情でドス黒いオーラを発しているように見えた。
「かなちゃんがつるぎ役かぁ……。
競演は何年ぶり?てっきり役者やめたんだと思ってたぁ。今はアイドルだもんねぇ?」ズオォ…
あかね?
「ずっと坂上に引き籠ってお金にならない仕事してても仕方なくなぁい?あっ、そう言えば最近恋愛リアリティショー出てたっけ。私生活切り売りして、人気出てきたらしいじゃない?ヨカッタワネー」ズオォ…
有馬?
目の前で互いを睨み合いながら無言のままバチバチと火花を散らす2人の天才役者。その様子はさながら、長年競い合ってきた好敵手のようにも見える。
この沈黙を破ったのは有馬の方だった。
「ま…近くだったから注意しに来ただけよ。お仕事デートの続きは場所を変えなさい、じゃ」
それだけ言うと、有馬は俺達の前から去っていった。注意か…確かにこれは気を付けないといけない事だったと今更ながら思う。特にあかねはあんな事があったばかりだしな。
その当のあかねに目をやると、下唇を噛みながら俯いて、心底悔しそうな様子だった。飲み物の入ったグラスを持つ手が震え、カタカタと音を鳴らしている。
「有馬と知り合いだったのか」
「私達は同い年で、子役の頃からこの業界に居るから……それはもう……」
そうだったのか。しかしさっきの様子を見るに、犬猿の仲…なのか?とにかく良好ではなさそうだ。
「まぁ……仲良くやれよ?」
「出来ないよ…!昔からやりたかった役を片っ端から持って行かれて。
想像してよ、あの天才子役と同じ年に生まれちゃった役者の気持ちを」
「……」
俺とて1度強い挫折を味わった身だ、あかねのその気持ちも少しは分かる気もする。だが俺から見たらあかねも十分に天才役者なんだけどな。
「でも、今は負けない。かなちゃんがピーマン体操とかふざけた曲出してる間も、私はずっと稽古してた。
ふふふふ、積年の恨みを晴らすチャンスがやっと来た…負けないぞぉ…」フフフ…
……役者って、どいつもこいつも
「絶対負けない絶対負けない絶対負けない絶対負けない…」ブツブツ
負けず嫌い多いな。
「かつて天才と呼ばれた子役と、今まさに天才と呼ばれてる役者。ここをぶつける鏑木ちゃんも、上手くてエグいねぇ。おまけに『怪演』を演じるって言う、謎の天才役者…。
『東京ブレイド』の舞台、個人的にも楽しみになってきたなぁ!」
◇◆◇◆◇◆
───夜・星野家
「「アクア!今度舞台に出るって話ホント!?」」
夕飯を終えていつも通りにリビングで4人共寛いでいたところ、突然母さんとルビーが身を乗り出しながら俺に舞台出演の話について聞いてきた。
なんか前にも似たような事あったな。
「あ、ああ。というか2人共、その話誰から聞いたんだ?」
「私はお兄ちゃんの部屋に漫画借りに行った時に。机の上見たら企画書があったからチラッと」テヘッ
こいつまた無断で俺の漫画持って行ってたのか。『今日あま』の時も同じ事してたからあの後言い聞かせたはずだったが…。
その内鍵でも付けてやろうか。
「私はヒカルから聞いたよ」
「父さんから?」
「うん」
何で父さんがこの話を?いや、今回はララライが中心になってるってあかねが今日言ってたな。劇団内で話が挙がってたとかそんなところだろうか。
「ララライでも話題になってたりするのか?」
「あー…その事なんだけどね、アクア。実は僕もその舞台に出る事になったんだ。と言っても、最後の追加部分になるだろうって聞いたから独り演技だけどね」
「「え!ヒカル/パパも出るの!?」」
初耳だ。まさか父さんにも話が行っていたとは思いもよらなかった。
という事は……
「すごーい!パパとお兄ちゃんで親子共演じゃん!絶対観に行かなきゃ!」
「いいなー2人共。あーあ、私も今から頼んでみよっかなぁ」
「母さんは出たらダメだろ。『東京ブレイド』の舞台じゃなくて、『女優・アイ』の舞台になりかねない」
うんうん、と父さんとルビーが深く頷く。それほどまでに『星野アイ』という存在はアイドルを卒業してもなお大きく、また出演作や番組に及ぼす影響は絶大だ。
それを知ってか知らずか、母さんは先ほどの発言について「冗談だよー」といつものようにケラケラと笑いながら流す。この人が言うと冗談じゃなくなるんだよな…。
「でもヒカルも私と似たようなモノだと思うんだけどなー。昔見せて貰ったけど、シンパシー感じちゃったよ」
「……そんなに凄まじいのか?父さんの演技って」
「あはは…そんなアイと比べられるものでもないよ。ずっと役者からは離れてたからブランクもまだ埋めきれてないしね」
あの母さんをして、ここまで評価させるほどの父さんの演技。今までもそうだったが、そんな事を聞いてしまっては余計にでも気になって仕方がない。
ふと、あの日鏑木さんが言っていた話が脳裏に思い出される。
───『常人の演技じゃない』
母さんの、アイの人を惹き付けて離さないカリスマ性による演技は、なるほど常人のそれを凌駕したものだろう。
つまりはそういう事、なのか……?
(見てみたい。この目で、父さんの演技を…)
さっき父さんが言っていた独り演技が事実なら、親子共演と言えるかは微妙なラインになるだろう。だがそれは俺にとってある意味幸運だったかもしれない。
舞台上ではなく、舞台袖から観客と同様に父さんの演技を観る事に集中出来るからだ。
「俺は『刀鬼』役でオファーが来たけど、父さんは誰の役なんだ?」
「えっと、確か『刃暁(じんぎょう)』って名前のキャラクターだったかな?まだ原作を読んだ事無いんだけど、どんなキャラなのかな?」
『刃暁』だと?今回の舞台になる部分の『渋谷抗争編』よりも大分後の話に登場するキャラクターじゃないか。
父さんにオファーが来た『刃暁』というキャラクターは、主人公のブレイド達に立ちはだかる敵。この世で強者は自分だけという唯我独尊な性格で、目の前の敵全てを残らず屠り去る圧倒的なまでの殺意の化身。
キャラだけを見ると、基本的に穏やかな父さんとは正反対のようにも感じる。しかしそれを踏まえた上でのキャスティングであれば、父さんは見事に演じ切るのだろう。
「独り演技の都合上アクア達とは別口の練習になると思うから、楽しみにしててくれると嬉しいな」
「でもパパが『刃暁』ってイメージ湧かないなぁ。ホントに大丈夫なの?」
「な、なんとか形にするから…」アハハ…
「大丈夫大丈夫!ヒカルだったらそのじんぎょー?って役も絶対本番には間に合わせるから。多分ルビーもアクアもびっくりするよー?」
「アイ、あんまりハードル上げないで…?」
「…ふっ」
「どうしたのお兄ちゃん?」
「いや、何でもない」
…たまに、家族4人で談笑するこの光景が幻なのではないかと感じる事がある。
雨宮吾郎の死後、転生という摩訶不思議な現象によって生を受けた今生の俺。星野アクア。
転生なんて起きなかったらルビーは勿論、アイやヒカル君と共に生きる事は出来なかった。
赤ん坊の頃に俺達の存在と関係性が世間に漏れていたら、アイの芸能人生どころかいちごプロの存続自体が出来なかったかもしれない。
アイの母親が襲撃してきたあの日、当たり所がもっと悪いか、或いは救急隊員の到着がもう少し遅かったら、父さんは助からなかったかもしれない。
そんな薄氷の上に成り立った数々の奇跡によって、今の生活があるのだ。これからも続いていく保証などない泡沫の夢かもしれないが……
例えそうだとしても、この夢が覚める事無く続いてくれる事を願う。