カミキヒカルは2児のパパ (ファーストステージ)
……昨晩リビングを覗いた時の光景が、あれから一睡も出来なかった程に頭から離れない。
ぴえヨンの中身がアクア…?でもアイツあんなにマッチョじゃないし……
入れ替わり?なんで?
私が真面目にレッスンするように?優しくしてくれたのも嘘?
頭の中がごちゃごちゃし過ぎてて思考がまとまらない。今日は大事な日だと言うのに、結局一睡も出来なかった。本当に最悪…。
このままでは流石にまずいと思い、少しだけでも仮眠を取ろうと思って楽屋の方に向かおうとした。
「そっちじゃないわよ」
すると副社長に呼び止められた。楽屋の方向はこっちで間違ってないと思ったのだけれど…。
「ステージ側の楽屋は出番直前にしか使えないの」
「そうなんですか?」
初耳だった。ん?だとするとそれまでに使える楽屋はどこにあるのだろうか。副社長に尋ねてみたら、何やら含みのある笑顔でふふふと笑う。
え、何ですかその顔…?
───JIF楽屋(事前準備室)
ガヤガヤガヤガヤザワザワザワザワ!!
「ちょっと荷物そっち寄せてよ!」
「あー!誰かライナー持ってない!?」
ガヤガヤガヤガヤザワザワザワザワ!!
副社長に連れて来られた楽屋はとんでもない場所だった。
「何…この地獄みたいな場所……」
「楽屋よ?」
これが楽屋…?緊急避難所の間違いじゃないの…?それくらい人口密度がえげつない事になってるんですけど…。
聞けばステージが多いフェスでは当然のような景色らしい。数百人の出演者が全員詰め込まれて荷物の置き場すらまともに確保出来ず、着替え部屋設置のスペースも無いため各々がパーテーション裏にて着替えを済ますとの事。しかし撮影用の場所だけは綺麗に整備されているとは、何ともカオスだ……。
「勿論、メインステージに呼ばれる位の有名グループは別室を用意してもらえるわ。でも、地下アイドルやそこそこのアイドルの扱いはこんなもの。良い待遇受けたかったら売れないとね。
さっ、出番前はバタつくからお弁当食べたり準備するなら今のうちよ」
「「はーい」」
それから私達はこの地獄みたいな楽屋で準備をしながら時間を潰した。ルビーが用意されていたお弁当に目をキラキラさせていたり、MEMちょがお弁当を手に取って戻ろうとしたところでファンに見つかってチェキを要求されたり、そのせいで人集りが出来てルビーが右往左往したり……。
(はぁ…すごい熱気……)
斯く言う私はというと、この場の人口密度と熱気に当てられたのに寝不足も加わり、テーブルに突っ伏していた。
「大丈夫?」
「いえ、ちょっと寝不足なだけで」
「あら、緊張してるの?」
「馬鹿言わないでください。私は哺乳瓶吸ってる頃からこの業界でやってるんですよ?今更緊張なんてするわけないでしょう?2人の事は私に任せてください」
そう、とだけ言うと副社長は会場スタッフの人に呼ばれていった。
(…そうだ、私がどうにかしなきゃいけないんだ)
芸歴17年の私が、あのぴよぴよを引っ張らないと。
空気に気圧されるな、ビビるな、気合い入れろ。私の肩には、色んな人の仕事が乗っかってる。
私がコケたら全員がコケる、私を信じて賭けてくれた人の期待を。
私の脳裏に、迷走時代の記憶が掘り起こされる。
失望混じりのこんなもんかって目。席が少しでも埋まってる様に見せるため、私服で混ざるスタッフ。
期待に応えられなかったタレントの苦しさは、中々言葉に出来ない。
『まぁ一旦、一旦ここまでで時期を見計らって、次のリリースを…』ハハハ…
『あの、何か仕事はありませんか?私なんでも……』
『ああ…うちも子役事務所だからね、かなちゃんの年齢の仕事は割とねぇ。普通の事務所なら仕事もあるんだけど……』
『おじいちゃんが腰やっちゃって、ママは実家に戻ろうかと思って……。かなは、1人でも大丈夫でしょう?』
『大丈夫に決まってるでしょ?ママもゆっくり休んできなよ!』
───私はもう要らない?
『子役じゃない私に価値なんてないのよ。成長しちゃった私にファンなんて居ないから!』
───いつからだろ。ネットの書き込みみたいな事を、自虐で口にし始めたのは。
(ヤな事思い出しちゃった…。やば……ネガティブは駄目だ……)
『B小町』を引っ張る?私みたいな不人気が思い上がって……
でも私がやらなくちゃ……2人を、私が……
「んー…………あ、先輩!」
マイナス思考の渦に沈んでいたら、後ろからルビーが私を呼びながら駆け寄ってきた。
「ヤバいヤバい!」
いつもの明るい能天気とも言える声がこちらに近付いてくる。
「ヤバいヤバいヤバい!ヤバい!」
「めちゃくちゃ緊張してきた…!」
「ぅええーっ!?」
ルビーの方を振り返って見てみると、涙目で小刻みに震えながら不安そうな顔でこっちを見つめていた。普段見た事も無いような様子を見るに、おそらくガチなのだろう。
「さっきまで楽しそうで余裕っぽかったのに…」
「本番が近づいたらだんだん…どーしよー……先輩は怖くないの…?」
涙声でそう言いながら、ルビーは私の手を握ってきた。
怖くないのか、ですって?そんなの…
「当たり前でしょ。何年やってると思ってるの?」
「……。皆そうやってすぐ嘘つく」
先ほどとは打って変わった、急に真面目な口調でルビーはそう呟く。
「手、めちゃくちゃ冷たい。先輩だって緊張してるんでしょ?」
「っ!馬鹿じゃないの!?アンタなんかに心配されるほど、落ちぶれてないわよ!!」
「臆病な子犬ほど、よく吠えるんだよなー……」
相変わらず口の減らない奴ねこいつは……。
「でも良かったぁ、先輩もビビってるって思ったら、少し安心してきた」
「……」
「あれ?割と深刻にビビってる…?大丈夫だよ、私達は1人じゃないんだから」
…だからよ。
「それが駄目なの!アンタ達のせいなの!」
ルビーに内心を悟られた私は、奥底に押さえつけていたものを溢れさせてしまった。
「ステージに上がるのが私1人だったら何も思わない!それで失敗するなんて今まで何度も繰り返してきた!だけど今回は、アンタ達が居る…っ!失敗させたくない、アンタ達にあんな思いはさせたくないのよ…!
1人じゃないから、怖いのよ…」
一度溢れてしまったらもう止められない。アイドルになると決めたあの日から溜め込んでしまっていた苦悩と、これまでの子役時代に味わってきた苦汁とが混ざり合った激情にも似た感情が、言葉となって飛び出す。
私自身は失敗なんていくらでもして構わない。けど、アイドルになる事を夢見て必死に努力してきたこの子達が同じ思いをするなんて、耐えられない。
あんな辛くて、ドス黒い苦しい思いなんて、知ってほしくないのよ……。
「……。私は先輩の子役時代とか殆ど知らないし、どんだけ自分の芸歴を評価してるか分からないけど…私にとって、先輩はただの小娘だから。
可愛くて努力家な、どこにでもいるただの新人アイドル!」
「…っ」
伏せていた顔を上げてルビーの方を向くと、そこには何時ものルビーが居た。
アイドルを夢見続けて、その夢に対してひたむきで真っ直ぐに、ただ只管に努力をしてきた少女。光で照らされた宝石のような眩しい笑顔と、紅玉を思わせる綺麗な瞳で私を見つめるルビーの姿が、そこにあった。
「コケて当たり前!楽しく挑もうよ!」
そう言うとルビーは私の手を引っ張って、本番前の楽屋へと走り出す。
「ほら、着替えの順番!行こ、先輩!」
…そうね、アンタはいつだってそうだった。
私の思ってる事なんてお構いなしに踏み込んで来て、嘘偽りなんてものが1つも無いような正直な思いをぶつけてくる。手を差し伸べて、目映い光の差す方向へと引っ張って行く子だった。
そんなルビーに、今はちょっぴり心が救われた気がした。
そう、今の私はかつて天才子役と呼ばれた私じゃない。
「やっばぁ!」
「めっちゃ緊張~!」
「でもアガるー!」
私は新人。
新人アイドル、有馬かな───!
◇◆◇◆◇◆
「ねぇ、本当に関係者枠じゃなくて一般枠で応援するの?」
「あぁ、ヒカルとアイだけじゃなくてアクアの奴までそうするって聞かなくてな。ったく、あんまり目立つような真似はするなよ?」
「はーい!でも3人分チケット取れて良かったー。私クジ運そんな無いから安心したよ」
「この日の為に準備もしてきたからね。今日は気合い入れて応援しようか」
ステージに上がるルビーを除いた俺達家族は今、壱護さんの車に乗せて貰って会場に到着し、他の一般客と同じように正面ゲートからJIFのステージへと入場を終えたところだ。
ルビー達新生『B小町』を引率するために先に会場入りしたミヤコさんと合流し、3人の様子を尋ねる。
「ルビー達は?」
「今は楽屋でステージ衣装に着替えて準備してるわ。少しだけ緊張してるみたいだけど、あの様子だと問題無いでしょうね」
「そうか。それだったら良い」
「それにしても人が多いね。全部で10くらいステージがあるって聞いてたからある程度の人混みは予想してたけど、こんなに多いとは思わなかったなぁ」
ざっと見渡しただけでも4桁は居るであろう群衆。既に目当てのアイドルグループのステージが終わって帰り始めてる者が居ても尚、この人数だ。JIFというイベントの大きさと影響力が窺い知れるな。
ふと、帰り支度をしている3人組の客の会話が耳に入ってきた。
「あ、店長。このまま次のステージ見てって良いですか?MEMちょが出るんすよ」
「名前は聞いた事あるな、何の子?」
「配信者なんですけどね、かわいくておもろいんすよ。最近『今ガチ』って番組出てて」
「あー、炎上したやつか」
炎上したやつ…。確かに世間からそういう認識をされているのは否めない。少し気になる物言いではあったが、当事者であるあかねが楽しかったと言っていた以上、余計な口は挟まない。
「その子が『B小町』っていうグループに入ったんすよ」
「『B小町』?」
「知ってるんすか?」
「…今の子は知らんのかぁ。それ、昔あったグループの襲名だよ。アイっていう伝説的な子が居てさ、そりゃもう凄かったんだけど…10年以上前に突然辞めちゃってさぁ…。
ま、一応ちょっと見て帰るか」
「ヒカル、アクア、聞いた?伝説的だってさ。照れちゃうよねぇ!」ヒソヒソ
「おい、頼むからバラすような真似だけはしてくれんなよ?ここで騒ぎになっちまったら、あいつらのステージどころじゃなくなっちまうぞ」ヒソヒソ
「分かってますよーだ。佐藤社長は相変わらず心配性だよねー」ヒソヒソ
「久々だなその間違い!斉藤だって何べん言や分かんだよ!」ヒソヒソ
母さんには悪いが、これは壱護さんの肩を持たざるを得ない。実際似たような前科が有馬の時にあるからな。
「若い子は知らない…。僕ってもうそんなにオジサンなのかな…」
父さんはなんか気付いたら変なダメージ食らって落ち込んでるし。
「大丈夫だよ、父さんはまたまだ若いって。未だに女性関係の話で母さんが黒いオーラ纏うくらいにはな」ヒソヒソ
ピクッ
「ちょ、アクア。それ洒落にならな…」ヒソヒソ
「ヒぃカぁルぅ~?」グルン
「ほ、本当に何も無いって!誓って!僕は君達家族を一番愛してるから!信じてアイ!」ヒソヒソ
「あ、愛してる……一番……えへへ」ニヘー
見てて心配になるくらいチョロいなウチの母は…。まぁ家族限定(主に父さん)だから問題は無いのが唯一の救いか。
「ほら、もう始まっちゃうわよ。私も関係者席に戻るから、3人をお願いね壱護」
「ああ、任せとけ。ほらそろそろ行くぞ。伝説的アイドル後継者の初ライブ、見届けるんだろ?」
「「「はい!/うん!/ああ」」」
─────────。
「『B小町』さん、どうぞ」
「「「はい!」」」
いよいよ始まる、今までの努力の集大成が。
スタッフに出番を促された私達は、袖から出てステージに上がり、各々の立ち位置へと着く。
ステージ上から観客席を見渡す。私達が出て来た瞬間から大きな歓声が上がったのを耳にして、改めて自分達が今大舞台に立っているのだと再認識させられる。
(…集客は悪くない。ウチにはインフルエンサーが居るから心配してなかったけど、思ったより赤のペンライトも目立つ)
『サイリウムのカラーは、私が赤!ママと同じ色!』
『じゃあ私は黄色かなぁ。有馬ちゃんはどうする?』
『んー…何でもいいなら、白』
『白かぁ』
MEMちょがちょっと複雑そうな顔をしながらそう言った。
『え、駄目なの?』
『駄目じゃないけど、特別感出てズルいって思う子も居てモメがちだから…』
特別感…。そうなんだ……。
『いいじゃん。ドルオタじゃない先輩らしいっちゃらしいし!』
3人でそれぞれのサイリウムカラーを決めた時の会話を思い出していると、1曲目のイントロが流れ始めた。
いけないいけない、今はライブに集中しないと。
『『『We! Are! STAR☆T☆RAIN♪
Check! Now! Come on! Come on! Come on! Come on!♪
We! Are! STAR☆T☆RAIN♪』』』
『『『B小町!!』』』
1曲目は『STAR☆T☆RAIN』。アイさんの時代のB小町が、ドーム公演で最初に歌った曲との事だったので、ルビーとMEMちょの強い希望によって選出された。
『難しいこと考えるよりも♪』
『もっとスウィートな愛を感じてたいの!♪』
『良いも悪いも見た目じゃね?(見た目じゃね?)♪』
一度ステージに上がれば、別に緊張とか無い。むしろ冷静過ぎる自分が居て…。
前寄りの客が振ってる色は黄色ばかり。うちの客はMEMちょ目当てで、皆あの子が見たくて来てる。
やっぱりあの子がセンターの方が、客は喜んだだろうな。
「…!」
「どっすか?『B小町』古参オタとしては」
「全然別モン!こんなん『B小町 』じゃねーよ。あのグループはアイっていうスターと、他の6人が共鳴し合ってたから成り立ってたんだよ。あの伝説のドーム公演がまさにそうだった。木っ端を3人集めたからといって……っ?」
パフォーマンスの途中だというのに、ルビーが何か言いたげな表情をしながらこちらをふと見つめてきた。
(先輩、暗い顔してるよ?もっとさ、
楽しんでいこうよ!!)ニコッ☆
(っ!)
言葉には決して出していなかったけど、この子が何を伝えたいのかがすぐに分かった。
それと同時に、今のルビーの笑顔が、『B小町』時代のアイさんのそれと重なった気がした。
実の娘だからとか、受け継いだ遺伝子がどうこうとかの理屈じゃない。
今のルビーの姿は、アイさんのそれなのだ。
(今の金髪の子…。あれってまさしく───)ブンブンブン
「店長!?」
……ああ、この子は眩しいな。
アイドルが好きで、ずっと楽しそうで、アイドルになるために生まれてきたみたいな子。
『みんなありがとー!今お送りした曲は、『STAR☆T☆RAIN』でーす!みんなー!覚えてくれたー!?』
ワァァァアアアアアア!!!!!
今この瞬間も誰かの心を奪って、どんどんファンを増やして。
こういう子が上っていくんだろう。
『じゃあ次の曲行くねー!次はみんなお待ちかねの、あの大ヒットソング!
『サインはB』!!』
ワァァァアアアアアア!!!!!
羨ましい。
皆に見てもらえて、求められて。
私の事を見てくれる人は誰も居ない。ママもマネージャーも、私の事ほったらかして。
ファンですら見てるのは、昔の私の面影だけ。
[ 誰か、私を見て… ]
それだけを十数年、叫び続けてきたのに。
[ 私が必要と言って… ]
それさえ言ってくれるなら、私はどれだけでも頑張ってみせる。
[ あの子は使えるって言って… ]
そしたら馬車馬の様に働くよ。
[ 頑張ったねって褒めて… ]
そしたらもっともっと頑張るのに…。
誰か、誰か……。
私はここに居て良いって言って…───
そう願った私の目に映ったのは、夜空に高く掲げられた1本の白いサイリウムだった。
その白いサイリウムの持ち主は、星野アクア。
今私が一番見てほしいと心から願った人が、私のカラーのサイリウムを掲げていた。
と思ったらいつものスン…とした表情のまま、キレッキレなヲタ芸を披露し始めた。
それだけじゃない。アクアの後ろで別の2人が、これまた良い動きのヲタ芸を披露していた。
よく見たらアイさんとヒカルさんだ。2人は周りに気付かれない様に変装してはいるが、私達には見慣れた変装だったので1発でバレていた。
(アクたん!?それにアイさんにヒカルさんまで!?)
(アハハっ!揃って何やってんだろ、ウチの家族は!)
(ぷっ!!)
馬っ鹿みたい!澄ましたカオして何してんのあいつ!それに後ろの2人も、そんな事するようなキャラじゃないでしょ!?
親子3人揃いも揃って私達全員のサイリウム振って、箱推し気取りか?この浮気者アクアマリンめ!
…決めたわ。私がアイドルやってる間に、アンタのサイリウムを真っ白に染め上げてやる!
『『『あ・な・たのアイドル♪』』』
私の事、大好きにさせてみせる!
『『『サインはB♪ chu♪』』』
(アンタの推しの子に、なってやる!!)
「───っ!」
(あの子、良い顔してるわね。やっぱり問題無いって見立ては間違ってなかったわ)
(あんの馬鹿親子、大目立ちじゃねえか。……でもま、今日位は大目に見てやるか)
「店長、あの子もなんか良くないすか?1曲目より表情も良くなってきて、正直推せる」
「3人とも、他のグループならエース級の容姿。特に真ん中の子はオタ受けど真ん中だし、歌も上手い」
「人気出るかもなぁ」
◇◆◇◆◇◆
ルビー達の初ライブが終わった後、俺達は壱護さんに乗せて来てもらったハイエースに戻った。壱護さんに事前相談も無く親子3人でヲタ芸を披露した事について説教を食らう覚悟をしていたが、意外にもお咎め無しだった。
「周りには正体バレずに終わったみたいだしな、今日だけは大目に見てやるよ。けどヒカルもアイも、いつあんなの出来るようになったんだよ?」
「ああ、それはですね…」
───JIF本番・2週間前
「俺にヲタ芸の稽古をつけてほしい?」
ルビー達の基礎体力作り用のメニューを考案していた時、突然父さんからそんな話を受けた。
「そう。実の娘の晴れ舞台、僕達も客席からしっかり応援出来ないかと思ってね」
「アクア、小さい頃私達のミニライブでルビーと一緒にやってたじゃん?だから教えてもらうのはアクアが一番だなーって思ってさ。お願い!」
「教えるのは別に良いんだが、壱護さんに叱られるんじゃないか?目立つ事すんなって」
そう、ヲタ芸とは基本的にどうあっても目立つものだ。サイリウムベイビーなどと呼ばれて大バズりをしてしまった過去を持つ俺は、その事実を痛感している。
ましてや俺の両親は共に容姿が抜群に良い。ヲタ芸などしなくとも目立ちかねないのだから、あの社長が許すとは到底考えられない。
「社長には僕が説明するし、説教も僕が全部受ける。だからルビー達の為に教えてほしい。頼む、アクア」
「アクア、私からもお願い。ルビーだけじゃなくて、かなちゃんとMEMちゃんにもアイドルを楽しんで貰いたいの。私達『B小町』の、可愛い後輩だもん」
…知ってはいたが、家族思いで仲間思いの両親だな。それに、『B小町』の後輩か。前世から筋金入りのファンである俺がそんな事聞かされたら、黙ってるわけにはいかないよな。
「……分かった。本番までの間に、俺が2人にみっちり稽古をつける。ただし結構色んな筋肉使うから、筋肉痛は覚悟してくれよ?」
─────────。
「って訳で、この2週間位でアクアにしっかり教えてもらったの!」
「今日までになんとか形に出来てよかったよ。全身の筋肉痛は必要な犠牲だね…痛たた」
母さんは元々アイドル時代から全身の筋肉を使う激しい動きをしていたせいか、筋肉痛に襲われる事も無く数日でモノにしていた。
対して父さんは最初着いてくるのがやっとで、この2週間の間に何枚湿布薬を使用したか覚えていない。
「アイは大丈夫そうだから良いが、お前はちゃんと体休めろよヒカル?」
そんな話をしていたら、着替えと帰り支度を終えたルビー達とミヤコさんが戻ってきた。
「はーーぁ、疲れたぁ。あ、お兄ちゃん達来てたんだ」
「まぁな」
「お疲れ様、ルビー。有馬さんにMEMちゃんもお疲れ様」
「お疲れルビー。3人共すっごく良かったよー!流石は『B小町』の後継者だね!」
「あ…ありがとう、ございます…」
「アイさんにそう言ってもらえるなんて、感激ですぅ!はー、推しに褒めてもらえる幸せ…」
全員が車に乗り込んだのを確認すると、壱護さんは事務所に向けて車を走らせた。
道中の車内で先ほどの新生『B小町』の初ライブの感想を話していると、有馬がおずおずとした態度で俺に尋ねてきた。
「……どうだった?私達のステージ」
……。
「まぁ、初めてにしてはよくやったんじゃないか?」
「む、何それ。もっと褒めなさいよ」
「それは出来ない」
有馬達はこれから、今回よりももっと大きなステージでもっと凄いライブをやれるだろうと俺は確信している。
それを考えたら、ここで高得点を出すのは勿体無い。その事を有馬に伝えると、多少の不満はあれど満更でもないといった表情で顔を逸らした。
「良かったねかなちゃん、アクアがここまで褒めるなんて中々無いよー?」
「え、そうなんですか?」
「母さん、頼むから余計な事は言わないでくれ」
油断も隙もない母さんを事前に諫める。有馬にそういう情報を渡したらウザ絡みをしてくるのが目に見えているからだ。
「あの2人、やっと話する気になったみたいね」
「なんだか仲悪いですよね」
「あれはそういうのじゃないわよ。ねえアクア、『今ガチ』のあかねとは上手くいってるの?」
ミヤコさんから脈絡無くそんな事を尋ねられた。急にそんな事聞いてくるなんて思わなかったな。
「いや、まだあれから会ってない」
「そうなの?」
「そりゃただの仕事相手だしな。インスタ用の写真を2人で撮りに行くって話はしてるけど」
俺がそう返答するや否や、有馬は突然普段の調子に戻って俺を煽ってきた。
「はん!そうよね!あの黒川あかねがアンタなんかに本気になるハズないもの!テレビショー上の演出ってやつね!あるある!
アンタも哀れねー!駄目よーああいうの本気にしちゃ!あーやだやだ!」バシバシ
「……」
だからあんまりこいつには情報を渡したくないんだ。急に元気になって人を煽り倒してきやがって。
「急に有馬ちゃんニコニコになって……ん?」
[ アクたん ♥️←有馬ちゃん]
(…ハッ!そういう事!?有馬ちゃん、アクたんの事………ハウッ!?)
[ あかね ←?→ アクたん ♥️← 有馬ちゃん ]
(はわわわわ…………!あかねーーー!!私、どっちを応援するべきなのぉーーー!?)
─────────。
「あかね、次の仕事が決まったぞ」
「えっ、これ本当ですか!?」
…………!
(アクアくん…また一緒にお仕事出来るね)