カミキヒカルは2児のパパ (バズ)

カミキヒカルは2児のパパ (バズ)




──警察署には『記者クラブ』というものがある。署の一室で各報道機関が24時間新情報を受け取るために記者が待機していて、今か今かと新ネタを待ち望んでいる。


(………………)



───いちごプロ・事務所


「や、やったわねアンタ……。褒めた私が馬鹿だったわ」


聴取を受けた翌日、警察の記者クラブに今回一連の自殺未遂についての情報を流した。予想通りこの特ダネに食いついた警察とマスコミによって報道され、Twitterのトレンドに上るまでに至った。

だが、俺も感情に任せて情報を流したわけじゃない。目的ならある。


「着地点は見えてるんでしょうね……」


「ああ。上手く行くかは分からないけど」


ここからが本当のリアリティショーだ。



◇◆◇◆◇◆



あかねの自殺未遂のニュースが流れ、界隈では様々な議論が巻き起こった。勿論それで引く奴も居るが、新たな火種に中傷も加速。


「注目度が上がってプラマイゼロ、こういうのは炎上対策として良い手じゃないの。

現に今も黒川あかねは番組出演を見送っていて、復帰の目処は立っていないわけなのだから」


「おいアクア、お前話をここまで大きくしやがって。何かあったら責任取れんのかよ?」


社長とミヤコさんが険しい表情で俺に問いかける。だが俺は今回の件、分の悪い賭けだとは思っていない。

注目度というのは盤上に賭けられたチップそのもの。このギャンブルから降りれば、あかねは勝負しないままボロボロになって負ける。


「ポーカーはレイズしなきゃ勝てない。俺は手元にAが1枚でもあれば勝負する」


さて、そのために必要な材料を集め始めるか。


───今ガチ・撮影現場


「えぇ~…皆が映ってる映像や写真って言われても……そんな沢山は無いよ?」


俺がやろうとしている事に必要なものを集める為、メムに写真や映像の持ち合わせが無いか尋ねてみた。まぁ最悪10枚程度あれば良いと思っていたからそこまで無くても……


「いうて100枚あるかないか」


「めちゃくちゃあるじゃねーか」


100枚近くあってそんな沢山は無いって、このYouTuberはその辺の判断基準どうなってるんだよ。

だが素材が潤沢なのは幸いだ。素材があればあるほど、取れる選択肢やバリエーションが多いという事。


「何に使うの?」


「ああ、ちょっとな」


『今ガチ』はプロが編集したコンテンツだ。そこには、「黒川あかねを悪役にしたら面白い」という意図が存在する。

どんな聖人も、一面だけ切り抜いて繋ぎ合わせれば悪人に仕立て上げられる。それが『演出』というもの。


「俺には映像編集のスキルもあるし、素材さえあれば……」


「なるほど。つまりアクたんは、『私達目線の今ガチ』をやりたいんだ」


もう気付いたか。その辺りの勘の良さはさすがYouTuber、本業の人間といったところだな。


「それって誰かの入れ知恵?自分で考えたの?」


「?自分だけど」


「へぇー」


勘所悪くない、とメムがイタズラっぽく笑う。


「今のこの状況って、広告代理店風に言うと『能動視聴者数が多く、強いインプレッションが期待出来る状況』ってやつなの」


専門家の目線だな。曰く、現在の状況は一見あかねへの叩きが目立っているがそれは表面的なもの、実態としては数%程度のものでしかない。

内容が内容で、自殺未遂というセンシティブな話題。殆どの客層は叩くべきか擁護すべきか悩んでいる『無言の人々(サイレントマジョリティ』、つまり「答えを求めてるユーザー」が多い。

そこに『共感性の高い意見』を提供すれば、多くの人が「それが正義」と思い込む市場になっているとの事。


「これだけ注目されてる中だもん、世の中の意見まるっと上書き出来ちゃうかもね。

アクたんが作った動画を私達なら公式アカウントにアップ出来るし、導線は確保出来てる。動画のクオリティ次第ではデカめのバズも期待出来る…」


この状況下で自分の利も確保しようというのか。何ともまぁ、強かと言うか抜け目が無いと言うか……。


「完成したらデータちょうだい!アップしとくよ!」


「いや、それ位自分で……」


俺がそう言うなりメムは俺の肩に腕を置きながら、したり顔で続ける。


「アクたんは何曜日の何時にアップするのが一番RT稼げて、何文字程度の投稿が一番インプレッション高いか知ってるの?」


「いや……」


確かに、俺にはその辺の知識は無い。誰が何時どの時間帯にTwitterを見ているのかなんて興味が無いし、何より俺自身がそういうツールを殆ど使わない。


「私はネット上のマーケティングとセルフプロモーションでここまで来たんだよぉ?


こう見えて、バズらせのプロなんだけどぉ?」


─────────。


「ふぅん?じゃあ俺、楽曲提供するよ」


「そんなの出来るのか?」


「いや俺、レーベル所属の音楽でメシ食ってるプロなんだけど…。自分のバンドで作詞作曲してるしヨソに提供してたりすんだけど……」


マジか。自己紹介の時にバンドマンとは聞いていたが、ケンゴの奴そんなことまで出来るのか。しかもその場での即断即決で。


「なんかエモい感じで泣かせりゃいいんだろ?得意得意」ジャンッ


おー、とケンゴの自信に感心していると、気付かない間にゆきが隣に来ていた。


「でもやっぱさ、あのシーンは欲しくない?」


どのシーンなのか尋ねると、あかねがゆきの頬を叩いてしまった直後のシーンとの事。

確かに、叩いた後パニックになりかけたあかねを落ち着けるように優しく抱きしめてたあのシーンは素材としてこの上無い。


「あー。でもあそこ、カメラ止まって……」


「ふっふ、甘いな。プロモデルの私が、定点カメラの位置を気にしてないと思う?一応、カメラに気持ち良~く映るポジでやってたんだよー」


ノブにしては珍しい困惑顔で、色々台無しなんだけどと溢す。


「絶対スタッフは取っといてる、分かって隠してるんだよ。ズルいよねー」


「……」


ゆきの言っていたのが事実なら、確かにあのシーンを収めたデータを番組側は所持しているだろう。だが向こうの意図が意図である以上、おそらくそれに反する物をおいそれと渡しはしない。


だったら────


─────────。


「いやまぁ、あるにはあるけどね」


直接、交渉するまでだ。


「映像データは持ち出し厳禁、さすがに渡せないぞ?」


「そうですね。表に出れば、出演者達を悪役に仕立て上げる演出をしたって白状するようなものですから」


「……」


「この注目されてる中そんな事をすれば、あかねへのバッシングが番組に向かいかねないですもんね」


理解が早くて助かるよ、とDが溜め息混じりに言う。最終的な結果自体は番組側が欲しかったものとはズレているだろうが、根本を見ると番組側の敷いたレールそのものが引き起こした事態であり、向こうもそれを理解している。

交渉するなら、そこを重点的に突くのが有効だ。


「僕等がやっているのは『リアリティショー』というエンタメだ。皆、リアリティのあるイザコザが楽しみで番組を見ている。

僕等はあかねに何も強制していない。それはあかねの選択で、僕等は視聴者に向け分かりやすく演出してるだけ。」


嫌ならNGを出せ、そうすればこっちだって使わなかった…と。

よくもまぁ次々と出てくるものだ、保身目的の正論をいけしゃあしゃあと。


「あかねは責任感強いんですよ」


「知ってるよ。ずっと撮ってるんだし」


あかねはプロで、番組側も仕事でやっている、か。なるほど、『プロ』ね……。


「Dは今いくつですか?」


「35だけど」


「あかねは17だ」


「……」


プロだろうがなんだろうが、そんな事は関係無い。世間的にも年齢的にも17歳なんてまだまだ子供。経験も知識も成長途上の、間違いばっかのクソガキに過ぎないだろ。

あの日のあかねの表情が脳裏を過る。この世の全てに絶望し、自らの命を断つ選択をするまでに迫られたあの表情が。


怒気を孕ませ、しかしてそれを抑え込むようにした溜め息を1つ吐き、Dを見ながら言う。


「大人がガキ守らなくて、どうすんだよ」


Dは何かを少し思い詰めた後、帽子を目深に被り直して深い溜め息を吐いた。


「……言えてるなぁ」



◇◆◇◆◇◆


───夜・MEMちょ宅


「あー違う違う!そこ長尺の方が素人が頑張って作った感出るって!」


「ここで俺の曲でしょ!」


「バーンって感じで行こうぜ!」


「うっせえなぁ…」


現在夜の10時。俺達5人は今メムの家に上がらせてもらい、動画の制作・編集を行っている。

実のところ、ここ数日徹夜をしながらこの作業をしているのだが、外野が次から次へと口出しをしてくるので作業が難航している。


というかゆきとケンゴのはまだしも、ノブのそれは何なんだ。意味が分からんし抽象的過ぎるぞ。


「てかスタッフさんこんな写真くれたんだけど!」


「やばーっ!使お使お!!」


いや構成……。


その後もメンバーの意見を取り入れたり議論したり…


「良いよぉ!」


メムやゆき、スタッフから預かった写真や動画の素材を用いて…


「凄く良い!!」


朝昼晩を問わずにほぼぶっ続けで制作作業を進めていった結果……



「うぅぅぅ………………。あぁ………………」


無事に動画と、俺の屍が出来上がった。

しかし我ながら酷い光景だ。冷えピタを貼って机に突っ伏して、その周りには眠○打破やモン○ター○ナジーの空き瓶や空き缶が何本も転がっている始末。

だが、動画は完成したのだ。これからエンコードが終了するまで少しは仮眠を取……


「ほら監督ー、エンコード終わったよ。投稿しちゃうからね」


…る時間など無かった。

くそ、さすがは人気YouTuber…良いスペックのマシン使ってるな…。もう少し寝かせろよ……。


「どん位伸びるかな♪ 最低でも5000は行って欲しいよねぇ」


「それも結構難しいよー?気合い入れて作ったものほど意外と伸びなかったりするからねぇ…」


5000……Twitterでそれだけの反応を得る難しさは普段使ってない俺にはピンと来ないが、本業の人間がこう言う辺り簡単な事ではないのだろう。

だがこれだけの時間と労力を費やしたのだ。結果が出ませんでした、なんてお粗末な事にならないよう願うしかない。


「最初の1分で100RT位行けば……最終的に結構なバズにはなると思うけど」


「100な」


「まぁやるだけやったんだ。さぁ、ショーダウンと行こうぜ!」


「お前が一番何もやってねぇくせに……」


「リーダー面がひどいね」


ケンゴとゆきがノブ以外の声を代弁する。

そんなやり取りを聞きながらパソコンの前に辿り着くが、寝不足でフラフラな俺の腕は伸びきらずにマウスの直前でダウンした。

見かねたメムが代わりにマウスを操作し、動画を投稿する。


[ いつも「今ガチ」を見てくださっている皆さんへ


メンバー全員で動画を作りました⭐

これが僕たち  私たちの「今ガチ」


ぜひ見てほしいです                   # 今ガチ ]


さて、どうなるかな……


[ 💬         🔁 3         ♥️ 4 ]


「むむむ……」


[ 💬 58         🔁 32         ♥️ 4 ]


「むむむむむ…………」


[ 💬 92         🔁 56         ♥️ 208 ]


(お願い…!)(伸びて…!)(頼む…!)(行ってくれ…!)


[ 💬 226         🔁 167         ♥️ 638 ]



「イケる!!これイケる、きたぁあああ!!」


「「「「よっしゃぁぁあああ!!!」」」」



◇◆◇◆◇◆



ポンッ♪


(今ガチ公式アカウントの通知…?何だろ……動画?)


『分かってる、焦っちゃったんだよね』


『ごめ……雑誌撮影もあるのに……』


『大丈夫。あかねは私の事、嫌い?』


(───っ!)


『嫌いじゃない。強くて優しくて…好き……』


『私も、努力家で一生懸命なあかねの事好き。だから怒らないよ』


(……アクアくん……ゆきちゃん……みんな…………っ!)



───この動画は、24時間後に74,000RTを達成。

黒川あかねのイメージを変革すると同時に、『今ガチ』の人気を決定付けるものとなった。


炎上騒ぎは、「ある程度」の収束を見せた。

そういう歯切れの悪い言い方になるのは、炎上に完全な解決は無いからだ。

これからも事ある度に蒸し返されて、言い続ける奴は10年後も言い続けるだろう。


「あかね!」


「動画、見た。まだ色々言われてるけど…だけど、うん。次の収録から復帰する」


「良かったぁ」


どうやら本調子とまでは行かないまでも、あかねの奴も少しは元気を取り戻せたようだ。

撮影復帰にも意欲的な様だし、それだけでもあの動画を作った甲斐はあったかな。


「でも、無理して出なくても良いから…。

あっ、今の無理して出なくてもってのはヤな意味じゃないからね!私としては無理してでも出て欲しいんだから!」


ちょっと困り顔をしたあかねが「分かってる」と返す。

言葉も『演出』の1つ。自分や相手には意図通りに捉えることが出来ても、第三者が歪曲した捉え方をしてしまえばたちまち炎上へと繋がる。ゆきが過剰に恐れるのは無理もない、それが今の世の中なのだ。

今の発言でさえ、Twitterで呟こうものなら軽く燃えてしまうだろう。


「これからはさ、あかねもちょっとキャラ付けた方が良いんじゃない?やっぱ素の自分で出て叩かれるとダメージ大きいし」


「キャラ?」


「そうだな。何かしら演じてたら、その『役』が鎧になる。素の自分を晒しても傷付くだけ。

これは別にリアリティショーに限った話じゃない、社交術としても重要な概念だ」


「アクたんも何重に演じてるもんねぇ」


メムの奴がもう少し奥底を見せてくれても良いんじゃないかと言うがお断りだ。第一、今のこの『星野アクア』でさえ演じてるものと言われれば反論しづらい。正しく俺の人生でありながら、同時に外す事の出来ない鎧。

実際、今の俺は『誰』なんだろうな。


「私…演技は得意だし……やってみようかな」


「そうだよね。あかねって地味に女優だし」


「むしろそれしか取り柄無い……」


あかねの演技を見たことはまだ無いが、父さんが目を掛けるくらいだ。確かな実力を持っているのだろう。なのに「それしか無い」とは、謙虚な事だ。


「でもどんな役演じれば良いんだろ?」


「んー」


おい、何故こっちを見てる。嫌な予感がするな。


「アクたんはぁ、どういう女が好み?」


「なんで俺に……」


「今男君だけだから。理想の女性像を教えてあげてよ」


理想……理想の女性……。前世では何人か付き合った女性は居るが、理想かどうかと問われればしっくり来ない。


やはり、理想の女性と言われたら、頭に浮かぶのはあの人だけだった。


「…顔の良い女」


「ぅうわ最悪」


「ルッキズムの権化出たな」


ゆきとメムがドン引きの眼差しを向けながら罵倒する。だが俺は意に介さず、あの人の特徴を言語化する。


「太陽みたいな笑顔…完璧なパフォーマンス…まるで無敵に思える言動……。

吸い寄せられる、天性の瞳……」


そう、理想の女性とは『B小町・アイ』。もちろん今の大女優となった彼女(はは)も該当はする。だが、俺(ゴロー)は未だにどうしようもなく、B小町のセンターだったアイの奴隷(ファン)だ。かつてさりなちゃんと共に推した、彼女の───


「難しい事言うなぁ」


「抽象的です……」


「んー、でもあれかな。

B小町のアイみたいな?」


「!」


…まさか、言い当てられるとはな。少し動揺が体に表れたのか、飲み物を飲もうとした手が止まる。


「アイって、今国民的大女優の?」


「そそ、女優になる前はB小町ってアイドルのセンターやってたんだ。違う?アクたん」


「……いや、まぁ。だいたい合ってる」


メムが画像を探してゆきとあかねに見せると、ゆきと2人でメンクイだと俺を揶揄う。

それを軽く聞き流していた俺に、ふとメムが尋ねてくる。


「でもさ、今の女優のアイじゃなくてアイドルの時のアイなの?」


「あぁ。別に深い理由があるわけじゃないがな」


「「ふーん?」」ニヤニヤ


メムとゆきがニヤニヤしながら俺の方を見ている。だからこの手の話題は答えたくないんだ。


「アクアくんの好みの女の子、やってみるね」


「やれやれー!」


「アクアを落とせー!」


3人で盛り上がって、俺を陥落させようとやる気満々になっている。

だが……


(アイの真似なんて誰にも出来ない。あれは天性のものだ)


そう、あれは天性の……


─────────。



アクアくん達と別れてから、夕暮れの道をメモ帳とにらめっこしながら歩く。女優一筋でやってきた私は、アイドルとかそういった方面には疎いので知識が乏しい。


頑張ろ。


(アクアくんは、私の為に頑張って動画作ってくれたんだ。嵐の中、私を探しに来てくれた)


(うれしかったな)


恩返ししないと。アクアくんの好みを演じてアピールしたら、喜んでくれるかな。


でも、なんだか自分で自分にしっくり来ていない。嬉しいのは本当だけど、こう…本当に恩返しだけなの?といった感覚。

自分の中にある何かにまだ気付けてないといったような、そんなちょっとしたモヤモヤとした感覚。


「B小町時代のアイ……。資料集めないと」


まだ図書館は開いてるはずだと、少し足を早めて目的地へ向かう。


────黒川宅・あかねの部屋


「特徴はやっぱりあの瞳……自信から来るもの?」ペタ


「だとしたら承認欲求は満たされてる。友人関係は薄そう」ペタ


「でも異性関係は何かあるだろうな。家庭環境は良い?…いや、この人格形成は劣悪な方向かな。愛情の抱き方に何かしらのバイアス有り」ペタ


秘密主義と暴露欲求。破天荒な言動に反し完璧主義者。無頓着さと過度な執着。金銭感覚が節制傾向。ファッションはやや無関心…いや、徐々に改善傾向?視力は良い。聴覚と嗅覚が過敏。歩き方が大股。教育レベルは低め。箸の持ち方が少しいびつ。発達障害の傾向。思春期の段階で性交渉があった子特有のバランスの悪さ。


カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ


ペタッ ペタッ ペタッ ペタッ ペタッ ペタッ ペタッ ペタッ ペタッ ペタッ ペタッ ペタッ ペタッ ペタッ ペタッ ペタッ ペタッ ペタッ ペタッ ペタッ 


…15歳あたりから破滅的行動に改善が見られる。

20歳あたりに感情や笑顔を出す場面が増え始める。「自分自身」の芯が見られ始める。


「……良い出逢いがあったのかなぁ」



◇◆◇◆◇◆



「黒川あかね、大変だったわね。大丈夫そう?」


「ああ、なんとか持ち直した」


「本当に良かったよ。最近焦りも見えてたし、あの台風の日の一件では心臓が締め付けられるような感覚だったよ」


父さんは本当にあかねを評価してるんだな。

そんな父さんは今、母さんを膝枕しながら頭を優しく撫でている。こうでもしないと、この手の話題を出す時に母さんが拗ねてしまうからだ。にしても今の母さん、端から見るとまるで猫みたいだな。実際気分屋な面が強いし、間違ってないかもな。


「あ~あ、あのままリタイアしてくれれば良かったのに…」


「お前さ…」


「有馬さん…」


「かなちゃん…」


俺達3人が冷ややかな目線を送ると、有馬は大慌てをしながら商売敵としての話だと否定する。それでもクチの悪さは何のフォローにもなってないがな。


「いや、同い年で同じ女優業やってる人間としては目の上のたんこぶって言うかさ。ちょっとは堕ちてこい、って気持ちを持つのも分かるでしょ?」


「あー、それは私もちょっとあるかも」


母さんは絶対思われる側の人間だろという事を母さん以外の全員が思っただろうが、押し黙る。


「何だっけこういうの…なんか長い名前の…」


「シャーデンフロイデかい?」


「そう!多分それだ!さすがヒカル、あったま良いー!」


父さんの撫でる手付きがさらに優しくなった気がした。隙あらばイチャつく事を理解したのだろう有馬は、もはやこの光景を歯牙にも掛けなくなった。


「シャーデンフロイデ…?黒川あかねに、有馬かなが?」


そりゃそうでしょと有馬が返すが、俺にはピンと来ない。有馬も俺の雰囲気に疑問を持つような感じがあったが、すぐに何か納得をした様子。


「あー…あんた演劇興味ないんだっけ。カメラ演技の人だもんね」


有馬と父さんによると、『劇団ララライの黒川あかね』と言えば、天才役者として演劇界では有名らしい。


『今ガチ』の大人しくて、謙虚で、それに加えて真面目で繊細な彼女しか知らない俺には、やはりピンと来ない話だな。



◇◆◇◆◇◆



「本日より、あかねちゃん復帰になります」


「皆さん、ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。頑張りでお返ししたいと思っています。

宜しくお願いします…!」


微笑む撮影スタッフ達に拍手で迎え入れられ、あかねが安堵の息を吐く。

直後、女性スタッフの声掛けによって全員が撮影準備に動き始める。さて、俺達も所定の位置に着かなければ。


「行くぞ」


あかねにそう言いながら教室へと足を進める。後ろからあかねの「うん」という返事が聞こえ、撮影準備に入ろうとした。

すると、あかねが居たはずの方から



「そうだねアクア」


(───っ)



あかねの声色で、あかねではない『誰か』に名前を呼ばれた。

今まで幾度となく耳にしたと思われる『誰か』に、思わず足が静止する。


「ふあぁっ…眠いんだよねぇ、収録早すぎてさー」


コツ…コツ…と後ろから足音が聞こえる。聞き覚えのある喋り方をする、その人物の方を振り返る。


その正体が俺の目に映った時、俺は自分の目と現実を疑った。


「あ、もうカメラ回ってる?」


そこには、両の瞳に金色の星を宿した『B小町・アイ(くろかわあかね)』が立っていた。



「てへっ☆!」



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