カミキヒカルは2児のパパ (センター)
───陽東高校・1-F
「あーあ、今ガチ終わってもうたなぁ」
お兄ちゃんが出演した『今ガチ』は主に中高生をメインとした視聴者に大人気を博し、私のクラスメイトも例に漏れず良く話題に上げていた。
「なぁなぁ兄が番組でキスしてたの、どういう気持ちなんー?」
みなみちゃんが今ガチラストのお兄ちゃんのキスシーンについて尋ねてきた。どういう気持ちって聞かれたらそりゃ…
「超複雑以外の感情、想像つく?」
「せやろなぁー」
実の兄のキスシーンが日本全国に放送されたのだ。正直気まずいったらない、具体的にはテレビで兄妹モノのキスシーンが流れた時の5倍くらい。
「いづれルビーもあかねちゃんと会ったりするんやろなぁ、なんせ兄の彼女やしー」
「彼女……」
でも告白したあかねちゃんの方はともかく、アクアのあかねちゃんに対する気持ちはおそらく違う。未だに役者の道に戻るか1人で悩んでいるアクアは、あかねちゃんにそのヒントを見出だそうと考えてるだろうし、あの性格上放っておけないだとかそんな所だろう。
恋愛感情はきっと……。
「『今ガチ』の話?」
考え込んでいた所に、ふと後ろから声を掛けられた。少し驚いてみなみちゃんと一緒に振り返ると、不知火さんが立っていた。
「あっ、うん」
「不知火さん知ってるんだ?」
「知り合いが出てる訳だし。面白かったよ」
不知火さんでもああいうの観るんだ、ちょっと意外かも……?知り合いってやっぱりアクアの事だよね。そんな気を遣わなくてもいいのにと言うと…
「イケメン、美少女だらけでほんと目の保養だった」
「「目の保養!?」」
え、私達の聞き間違い!?何か今不知火さんらしからぬ言葉が聞こえたような…
「トップスターもそういう事言うんやなぁ」
「顔が良い人が嫌いな人なんて居ないでしょ。本当に目に良かった、多分視力0.5位良くなったと思う」
((言う事オモロ!))
みなみちゃんと2人で内心同じリアクションをした。同時にさっきのも聞き間違いではなかったと確信、不知火さんがこんな面白寄りの人だなんて衝撃だよ。
「個人的にはMEMちょの乙女ヅラが観たかった。私が男子サイドで出てたら絶対押し倒してた、もっと気合い入れてオとせって思ったよね」
「不知火さんてテレビだとクール系なのにプライベートだとこんな感じなんだ……」
「でも実際、結構あるらしいよ。男の人って、面白い女性には恋愛感情より先に対抗心が生まれちゃって人気出づらいから、清楚売りにしてる間はボケさせないーみたいなの」
うわ、なんかヤな話。
「アクアさんの知り合い目線てのもあるかもだけど、超ドキドキした。多分みんなもそうなんじゃないかな」
「アクア兄さん、普通科の方ではかなりモテてるみたいやよ」
「芸能科でも何人か気になってる人もいるみたい。まぁ表向きは彼女持ちだし、当面は皆静観するだろうけど」
まぁあの容姿だし、それ自体は納得だ。私達兄妹はパパとママの容姿を惜しみ無くハイブリッドさせたものを余すところ無く受け継いでいる。
その割に私にその手の話が出ないのは、どこぞの兄(シスコン)が牽制をしているからだろうという事実を、私は知っている。だってアクアだし。
実際、『今ガチ』の注目度はかなり高くて兄の今後に関わる大きな番組になったのだろうけど、それは私達『B小町』にも大きな影響を与えた。
「わーっ!登録者1万人!」
「まぁ私のチャンネルからも導線作ったし、このくらいはいって貰わなきゃ困るよね~」
MEMちょ加入によって、私達のチャンネルは凄くソレっぽい動画を作れるようになった。
「なんか……公式って感じ!」
「公式以外のなんだって言うの」
もー、先輩は分かってないなー。こういうのはフィーリングだよフィーリング。
ていうかお兄ちゃんも読んでたけどその本何?『よくわかるインターネットウミウシ』て……
「まだ自己紹介動画とかしかアップしてないし、出来れば早めにPVとか上げたいけど…楽曲周りって今どうなってるの?」
「社長と副社長が知り合いのアーティストにお願いしてるみたい。
楽曲出来るまでは何にも出来ないでしょ?まだまだ先の話、のんびり構えましょ」
う~……そうは言っても私としては落ち着かない。せっかく正式にスタートを切ったのだ。すぐにでもアイドルらしい活動をしたい衝動を抑えられない。
「そうはいかないよ」
MEMちょが先輩の読んでた本を没収してそう言った。何かアイディアがあるのかな。
「私達は『B小町』なの忘れた?『B小町』には『B小町』の曲があるでしょ?」
あ!そっかその手があった!ママ達の時代のB小町と私達の新生B小町は同じ事務所、昔の曲を使ったところで何の問題も無いんだ!
何でそれに気付かなかったんだろう。さすがMENちょ天才!
「ちっ、気付いたか……」
先輩気付いてたの?言わないのはズルじゃない?
「今からでもやれる事は一杯ある!チンタラやってたらあっという間にアラサーだから!」
自虐ぅ~。これ結構お互いにダメージ大きいんだよね。言ってる側は勿論、聞いてる側も気遣いとどう反応したらいいのやらで案外困るのだ。
「アイドルのお仕事その1!アイドルの華でありもっともシンドい部分!ダンスのフリ入れ始めるよ!」
─────────。
あれからルビーとMEMに引っ張られる形で、私達は旧B小町のダンスのフリ入れを開始した。
やってみて分かったが、これが思ってた以上にキッツい。ぴえヨンブートダンスみたいに酸欠になるとかじゃないけど、単純に全身を使った動きを体に覚え込ませるのを曲の数だけこなさなければならないのがシンドい。本番ではさらに、それぞれの曲を歌いながら踊る。
アイドルというのは、想像してたよりも辛いものだった。
(映像で残ってるフリ付きの曲が全部で30曲……。まさか全部覚えろなんて言わないわよね………)
こっちは元々まともにアイドルをやるつもりなどなかった。それなのにあのドルオタ2人のモチベーションに合わせるなんて無理だ、なんて弱音が出てくる。
「はぁ……なんでアイドルやるなんて言っちゃったんだろ……」
レッスンルームから抜け出し、自販機の隣でしゃがみ込む。自分で言った事とはいえ、今更ながら後悔に苛まれる。でも思い返してみると私は自分からアイドルになりたいとは言ってない。元はと言えばあのスケコマシ三太夫が…
「おつかれ」
ふと気付くと、アクアがそこで買ったのであろう水を差し出しながら私を労ってきた。シンプルに疲労感がピークに達していた私はお礼を言って受け取ろうとした。
(っ!)
瞬間、私の脳裏に今ガチのシーンが過る。
黒川あかねにキスをした、あのシーンが……。
「いらない!あっちいってよ!」
「……俺に対して、最近ずっとそんな感じだな」
……。
「有馬が口も態度も悪いのは分かってる。けどいい加減…俺も傷つく」
アクアはそれだけ言うと、水を置いて去っていく。
まただ、またやってしまった。本当、私ってどうしていつも……
(何よ…何……そっちが先に……そっちが…っ!)
分かってる、こんなの私がただ意地を張ってるだけなんだって事は。頭の中では分かってるはずなのに、私の心が、感情が理解してくれない。
本当はこんな態度取りたくないのに、キチンと話をしたいのに。
「……っ。ア、アクア…ッ」
私が呼び止めた時には、その声はもう彼の耳には届いていなかった。
◇◆◇◆◇◆
───銀座・高級鮨店
ガラッ
「おっ、来たね」
鏑木さんと今ガチ打ち上げの時に話をしてから1週間。言われた通りに時間を作り、指定された店へと足を運んだ。
「風の噂でちょこっと話を聞いたんだけど、君は本格的な役者になるかどうかを悩んでいるらしいね?」
「ええ、今は肩書きだけの単なる一般人ですので」
「勿体無いね。君程の容姿と演技力があれば、十分に役者として大成出来ると思うんだけど。どうしてそんな悩むのかな?」
「以前は役者をやるつもりだったんですがね、俺には才能が無いって所を見せつけられた。それ以上でもそれ以下でもないですよ」
近頃、つくづく思い知らされる。アイのような人を惹き付けるカリスマ性も、有馬のような太陽を思わせる演技力も、あかねのような他人そのものに成りきれる才能も、俺には何も無い。
役者としての武器がない。そんな俺が役者をやっていいものか、そんな考えが堂々巡りになる。
「才能ね。確かにあるに越した事はないけど、それは要素の1つでしかない。
役者もタレント業も、いわばハッタリ勝負。魅力的な素材が魅力的な嘘をつく事で、現実には存在しない様なカリスマを演出する。
君が得意な分野だと、僕は思うけどね」
「……どうでしょうね」
わざわざ俺である必要があるのか、という話になる。
そんな俺の雰囲気を察したのか、鏑木さんが話を続ける。
「君、いちごプロだったよね。ひとつアイくんの話をしてあげよう。今でこそアイドルを経て誰もが知る女優になったわけだけど、彼女も最初から輝きを放っていた訳じゃない。
…アイくんとは縁があって色々仕事を振っていたのは以前話した通り、その頃の彼女は田舎から出てきたばかりの芋娘でね」
俺も聞いたことが無い話だった。プロ意識も低く、周囲と馴染もうともしない。服装だってただ安いだけの似合いもしない服を着て現場に来る様な、ただの『子供』みたいだったと。
まさか母さんにそんな頃があったとは。多分父さんと出逢う以前の話だろうと思うが、あまり想像が出来ない。
「で……何かの一助になればと思い、僕がある劇団のワークショップを紹介した」
「ワークショップ?」
「そう、僕が大学の頃に入ってた所なんだけどね。『劇団ララライ』って言う、あかねくんが所属してる劇団だね。当時はそんなに有名でもなかったのだけど」
最近度々名前を耳にする『劇団ララライ』。鏑木さんの言うようにあかねが所属しており、同時に父さんも所属しているところ。
以前、母さんが父さんと初めて出逢った場所だという話を聞かされたが、この人の紹介だったのか。確かに母さんが自主的に足を運ぶような所ではないと思ってはいたが。
「恋は人を変えるという。そこだろうね、アイが恋をしたのは。
そこのワークショップに通ってから彼女は身なりにも気を遣うようになり……以前話した通り、良い食事の場所を訊いてくるようになったりね。流石に相手が誰かまでは分からないけれど、一気に大人の顔になったのを覚えているよ」
……。
「興味があるならララライの主宰を紹介する。そこなら、君の求めてる答えに近づけるだろう」
……この人はどうして俺にそこまでしてくれるんだ?俺なんて実績も何も無い役者くずれに過ぎない。今ガチで条件以上の働きをした義理と捉えたとしても、こっちの利を考えると採算が合わないように思える。
それを鏑木さんに尋ねると、曰く俺に可能性を感じるからだそう。俺としては買い被りすぎだと思うがな。
「この業界は貸し借りの世界だ。知っての通り、日本の芸能界は事務所と制作側の貸し借りがキャスティングに大きく関わる。そして、キャスティングによって収益は何億と変わってくる。こんな4万程度の鮨なんて端金に感じる程の金が動く。
ここで貸しを作っておく事で君が売れっ子になりまさに今が旬という時、僕はキャスティング戦争で大きなアドバンテージを得られるわけだ。Pの仕事ってそういう事だよ?」
なるほど、そういう事か。要は今のうちに唾を付けておきたいって話だ。俺なんかに付けたところで、メリットは薄いと思うんだがな。
「勿論君にだけしてる訳じゃない、有馬かなくんやMEMちょくんにも可能性を感じてる」
「!」
「君達、なんだか面白い事を始めたみたいだね。あの『B小町』を復活させたそうじゃないか」
…もう目を付けていたのか。分かってはいたが、やはりこの人は情報が早い。
「なかなか、有望な投資対象だと思っているよ」
「まさか…」
「ま、そこはMEMちょくんを通じて話を出しておくよ。そうだ、ついでと言っちゃ何だがもう1つ。いちごプロにカミキくんって居るだろう?彼の演技を見た事はあるかい?」
父さんの演技……。そういえば話に聞いてるだけで実際にそれを見た事は未だに無い。
「いえ、カミキさんの演技はまだ目にした事は無いですね」
「おや、そうなのかい?ララライに再び所属したらしいし、もう見たものだと思っていたんだけどね」
「……」
「彼、20年位前にも一度所属していてね。回数は決して多くはないんだけど、彼の演技を見た人が揃って口にしたのは……
『常人の演技じゃない』」
どういう意味だ?常人の演技じゃない…?それだけではまるで意味が分からなかった。
「どういう事なんですか?」
「見たら分かるよ。近い内に、彼も再び舞台に上がるだろうからね。その時は君も……」
「……?」
◇◆◇◆◇◆
「「ジャパンアイドルフェス!?」」
「うん。『今ガチ』でお世話になったプロデューサーがコネあって……興味があるならねじ込んでくれるって!」
ジャパンアイドルフェス、通称JIF。アイドルにさして興味が無かった私ですら知ってる超ビッグステージだ。
全国のアイドルが多数出演する巨大フェス。10のステージが用意されており、ステージによっての格差も大きく、一番大きいMAIN STAGEは誰もが知るようなメジャーグループレベルでないと立つことは不可能。
そんな大きなステージに私達が?ていうか…
「JIFって来月でしょ!?無理無理!全然準備出来てないじゃない……私達みたいな新参者が、いきなりそんな大きなステージ……「やろやろやろ!」
興奮したルビーが言葉を遮って参加の意欲を見せる。頬くっつけてこないで!暑苦しい!
「JIFだよJIF!新生『B小町』の初ライブがそんな大きなステージで出来るなんてすごくない!?」
「だけど、確実に周りの心証良くないわよ。絶対コネコネコネコネ言われる…」
「大丈夫だって!私達は伝説的グループ『B小町』の後継者なんだから!」
何に自信を持って大丈夫なんて言ってるのかしらねこの子は。それに、後継者なんて言っても勝手に名乗り始めただけでしょうが。いつ正式に受け継いだのよ。
「でも実際やらない手はないと思うよぉ?普通のグループが何年も必死に活動してやっと立てる舞台……。ここでやらなきゃ何の為に活動するの、って話になるよ?」
「……」
それは、そう。MEMちょの言うことは尤もだ。正式に始動して間もないなんて便利な言い訳で逃げてても、こんなステージに立つ機会なんて訪れるかどうかすら分からない。逃げて地下アイドル擬きの活動をずっと続けるか、コネコネ言われようとも身の丈に合わない大きなステージに立つか。こんなの、選択肢など無いに等しい。
「はー…やるっていうならやるわよ。これも仕事だし」
「「よし、決まり!」」
ホント、心底から楽しそうねこの2人は。
「じゃあアレだね!そろそろ、決めないとだね」
「何の話?」
フフン、とMEMちょが勿体ぶる。そんな重要な話なのかしら……。
「『B小町』のセンターを誰にするか!」
えっ、センター?何の話かと思えば…
「それってそんなに大事?別に誰でも良くない?」
「「大事だから!」」
2人がキビシイ顔付きで同時に叫ぶので、思わず体がびくっと驚いた。
「センターってのはアイドルの花形!」
「歌って踊れて可愛い子が立つグループの顔!」
「一番大事なポジションなんだから!」
「「ねーーっっ♥️」」
そんな全身使ってまで激しくプレゼンしなくても…。てかホント仲良いわねアンタ達。
「で…やりたい人はいるの?」
「「っ!」」
ん?この反応、もしや……
「べっ……別にやりたい訳じゃないけど……皆がどうしてもって言うなら……」モジモジ
「やっぱりここは年の功なのかなぁ。やりたくないけど私の人生経験がグループを一つに……」テレテレ
どっちもめちゃくちゃやりたそうな顔してるわよ。てかMEMちょ、アンタホントにそれで良いの?素直にやりたいって下手に言うよりも火傷負ってないかしら?
そうこうしない内にドルオタ2人がセンターの座を巡ってアピールをし始めた。
「やっぱりここは躍りの上手い私じゃない!?」
「いやいや、メディア慣れしてて経験豊富な私こそ!」
「それ言ったら先輩になるよ?『ピーマン体操』でオリコン1位取って音楽番組出まくってた人だし」
「うわー懐かしー」
人の黒歴史掘り返すな!避けようのない流れ弾をいきなり全力で飛ばしてくんじゃないわよ!
「微妙に音外してる歌い方がさぁ」
「ねーっ、子供らしくて可愛かった♥️」
「ぐっ」
こ、こいつら…あんま触れられたくない人の黒歴史にヅケヅケと踏み込んで来よってからに…
「ちょっと歌ってみてよ!」
「絶対イヤ!自分が歌ヘタなの位分かりきってるし!」
「やっぱセンターの資格って歌じゃない?」
「たしかに。センターの子がマイク握ってないのは映えないもんね」
浅ましいわねこいつら…。こっちはセンターやる気なんて無いんだからちゃっちゃと決めなさいよ。
「カラオケの点数で高い方がセンターでどう!?」
「よしきた!」
ん?カラオケの点数?MEMちょが歌ってるのはまだ聞いたこと無いからともかくとして、ルビーって歌上手かったかしら…?
「先輩もいくよね!?」
「私はパス」
ルビーが困惑しているが、私のやる気云々の話じゃない。センターはグループの顔と言うならば、私をセンターにした日にはこのグループの人気が出なくなるからだ。
「そんな事……」
「エビデンスが十分すぎる位あるのよ。一発屋の子役が終わった後も……この業界でしぶとく生きてた私が、ただ演技だけやってたと思う?色んな分野に手を出してみたけど人気は出ず、子役時代の名声で仕事をくれた会社に赤字を出させまくったくせに、ちゃっかりギャラは貰ってご飯食べてきた私よ?」
当時の事を思い出しながら話している内に、なんだか妙なテンションになってきた。
「詰まるところ、有馬かなに客は付いてないワケなのよ!あははははは!こんなクチ悪くてスレてる女に金出したくないってのはめちゃくちゃ同意!あっ、そういえば『今日あま』のドラマも赤字だったんだっけ!
MEMちょは登録者数めちゃくちゃ多いし…アンタも顔だけはすこぶる良いし…その初々しさがウケると思うわよ……?」
悪いハイテンションで自虐を言った後、言ってて虚しくなってきた。虚無感に包まれて陰気なオーラを出しながら2人に背を向けて小さくなる私。
だがそれとは別に……
「人から好かれるのって、アンタ達みたいに素直で可愛い子なのよ。私みたいに面倒で捻くれた女じゃなくてね。私は賑やかし程度に思ってくれればいいから、カラオケでもなんでも良いから2人でセンター決めて」
「…なんか最近の先輩卑屈じゃない?ヤな事でもあった?」
…この子はたまに無意識で核心を突いてくるから怖いわね。
別に何も無い、と言えば嘘になる。あいつと黒川あかねのシーンが脳裏にこびりついて剥がれない。
それをずっと、私は引き摺っている。
「大丈夫だって、なかなか人を褒めない兄ですら先輩の事可愛いって言ってたじゃん。それにパパもママも言ってるし。面倒でも捻くれてもないって」
「……でも、それ『今ガチ』でMEMちょにも言ってたし」
「面倒で捻くれた女だなぁ……」
言った。今面倒で捻くれた女って言った。事実だから何も言い返さないけど…。
「ああ言えばこう言う……これと付き合う男は大変だろうなぁ…」
「まぁ芸能人って面倒人ばっかだし。…あとできてね?」
「…うん」
MEMちょに慰められ、後で合流する約束をした。……別に拗ねてなんかないし。
─────────。
───カラオケ店・カラ缶
\ 57点! / デンッ \ 43点! / デンッ
「「…………………………」」
「よくその点数で勝負に乗ってきたねぇ!?」
「そ、そっちだってヘタウマの部類じゃん!」
私とMEMちょは今カラオケ店にて、センターを決める為の点数勝負をしている。
が、蓋を開けてみたらこれがひっどい結果。
ママのセンスの中でも唯一歌唱力だけは引き継げなかった私はともかく、大見得切って勝負を提案してきたMEMちょも殆ど同レベルってどうなの!?
『アイドルは個性!ヘタウマでも商品価値はあるしぃ!?下手なのはもうどうしようもないじゃん!?』
『下手な子がちょっとずつ上手くなっていくのをリアルタイムで追える喜び!これを私はファンに提供しようと思ってるんですぅ!ドラマ性があるんですぅ!』
お互いわざわざマイクを使ってまで精一杯の自己弁護?フォロー?をする。といってもお互いの歌がアレな事実は変えれないんだけどね…。
「はぁー、歌はもっと真面目に練習しとくんだった」
「お互い要特訓だね!」
「同じ土俵に持ち込まないでもらって良いかなぁ…?」
え、そこで梯子外すの?言ってもどんぐりの背比べでしょ…?
「ちょっと休憩にしよ?」
「だね。息抜きになんか軽い曲……。先輩の『ピーマン体操』でも歌おっか」
「ルビーも中々の性格してるよねぇ。正直すきよ?」
そう言うMEMちょこそ、悪い顔しちゃってぇ。デンモクに入力する手つき凄いスムーズだよ?
「あっ」
「ん?」
と、先輩の名前で検索をかけた所でMEMちょが何かに気付き、小さく驚く。何だろうと思って画面を覗いてみると、そこには『有馬かな』の検索結果の曲が結構な数で並んでいた。
「有馬ちゃん、『ピーマン体操』の後も結構曲出してたんだ」
「知らなかった…」
MEMちょがスマホを慣れた手つきで操作し、『ピーマン体操』の上に表示されている曲をYouTubeで検索する。
曲名は…『Full moon…!』?
「聞いてみる?」
「うん」
検索したら公式のMVが出たので、MEMちょに再生してもらった。すると…
『…白く眩しく♪ あなたの心を奪う♪
光になりたい♪』
聞こえてきたのは、綺麗な澄みきった歌声。『ピーマン体操』のようなちょっと音を外してる可愛いものではなく、まさに透き通る透明感と表現出来る程に美しいものだった。
思わずMEMちょと2人で聞き入ってしまう程、良い曲だった。
「…ほんと、めんどくさい人だな……」
「これで下手って言うの…自分に厳しすぎない?」
曲を聞き終わってから、2人で向き合って苦笑いを浮かべる。多分MEMちょも同じ事を考えているだろう。
これはもう、決まりかなぁ。