カミキヒカルは2児のパパ (みんなで、未来へ)

カミキヒカルは2児のパパ (みんなで、未来へ)



ヒカルが入院してから6日が経過した。あれからアクアとルビーと私の3人で毎日病室を訪れているけど、未だにヒカルは目を覚まさない。

ヒカルは長時間の手術と大量の輸血の甲斐あって、なんとか一命を取り留める事は出来た。しかし担当医の先生からは


「彼がいつ目を覚ますかは確証が持てません。根気強く病室を訪れて、声を掛けてあげてください」


と言われた。ルビーはそれを聞いて泣き出してしまったが、私は悲しいとは思わなかった。先生は「目を覚まさない」なんて一言も言わなかったから。


ヒカルは絶対に目を覚ます。こんなところで死ぬわけがない。そんな確証の無い確信が私の中にあった。

その事をルビーに話すと、泣き止んで真っ直ぐな目でこっちを見てちょっと笑顔が戻った。やっぱりルビーは笑顔が一番似合うよね。

アクアはずっと無言で何か考えていたけど、マイナスな方向で考えているような感じは無かったので安心した。


それから私達は欠かさずヒカルの病室を尋ねた。その日にあった面白かった事、アクアが役者の道を進むと決めて五反田カントクに弟子入りする事、ルビーが私と同じアイドルを目指したいと言った事、色んな話をヒカルにした。必ずヒカルが目を覚ましてくれる事を信じて。


「…じゃあ、ヒカル。また明日」


まだ眠ったまま目を覚まさないヒカルに、何度目かのさよならを告げて病室を出る。早くまた、4人で暮らしたいなぁ。


ヒカルが入院してからちょうど1週間。この日私は久々の完全オフで、日曜日なのでアクアとルビーも幼稚園はお休み。お見舞いの果物でも見繕って朝からヒカルの病室を尋ねようという話になった。


「パパ、今日は目を覚ますかなぁ……」


「分からん。ただ、絶対目を覚ますさ。案外今日行ったら何事も無かったみたいに起きてるかもな」


「あはは、そうだと良いなー。ほら、もうちょっとしたら出るからアクアもルビーも着替えておいで」


外は雲一つ無い快晴。アクアの言った事が本当になると良いと思いながら、3人で家を出た。途中で軽く買い物を済ませ、目的地である病院に到着する。


いつも通り病院で受付を済ませ、いつも通りの通路を通り、いつも通りに病室の扉を開ける。そこにはいつも通り


私達に微笑みかけてくれているヒカルが居た。


「え…………ヒカ……ル……?」


「っ…………」


「パ……パ…………?」



「やぁ。ただいま、みんな」



ヒカル………ヒカル……ヒカル…!!

手に持っていた荷物が全て床に落ちるのも構わず、ヒカルの元に駆けていって抱き付く。


『ヒカルが目を覚ました』


この事実だけで私の感情と涙を溢れさせるには充分だった。ここが病院の一室であることや私がアイドルであることなどの全てを忘れて、小さい子供のように泣きじゃくる。


「えぅ……ひっ、ぐ……ヒカルぅ……ぐすっ……よがっだぁ……よがっだよぉ……」


今の私はとても人に見せられるような顔をしてないと思う。でもそんな事はどうでもいい。

ヒカルの体温を感じる。ヒカルの心臓の音が聞こえる。泣きじゃくる私の頭を優しく撫でてくれる、ヒカルの手つきの感触がする。


「パパぁ、パパぁ……!うああぁぁぁああぁ……!」


ルビーもヒカルに飛び付いて私みたいに泣きじゃくる。ルビーもルビーで無理をしてたんだろう。不安と心配でいっぱいなはずなのに、笑顔を作って、明るく振る舞って、平気な振りの嘘を吐く。私はそんな心の内に気付いていたが、この子なりに周りへ気遣ったのだろう。見て見ぬ振りをした。


「今日は2人とも泣き虫さんだね。……本当に、心配かけてごめんよ」


「ううん、いいの……。ヒカルが目を覚まして、私達の側に居てくれてる。それだけで充分だよ……」


「……ありがとう、僕の為にこんなに泣いてくれて。僕も明るくて元気なみんなが居てくれるだけで充分だよ」


ああ、やっぱりヒカルは暖かい。一番大変だったのは自分なのに、本気で私達の心を労ってくれている。そんな心優しい彼の事が、私は大好き。


「母さんもルビーも今日まで周りに明るく見せてたけど、その実毎晩不安で泣いてたんだ。でも、目が覚めて本当に良かった。心配したよ……父さん」


アクアの言葉を聞いたヒカルは驚いて目を丸くした。


「ア、アクア……今、何て?」


「だから、心配したって言ってるんだよ。『父さん』」


「そうそう、アクアがやっと私達の事お父さんお母さんって呼んでくれたんだよ!」


さっきまでの大粒の涙は何処へやら、私は満面の笑みを浮かべながらヒカルに報告する。アクアはまだ少し照れくさいのか、ふいっとそっぽを向いてしまった。


「ついにアクアが……目覚めて早々に涙が出そうだよ。……でも何があったんだい?」


「えっとね、ヒカルが救急車で運ばれてからね……」


あれからの出来事をヒカルに説明する。



◇◆◇◆◇◆



ヒカルが気を失って間も無く、救急車が到着した。アクアが玄関の外に出て場所を示し、救急隊員を誘導する。


「早く来てくれ!出血多量で重篤な状態なんだ!」


アクアに急かされた隊員2人が担架を持って玄関口まで来る。「これは酷いな…!」と状態を把握すると、ヒカルの体を慎重に担架へと載せて救急車に運び、病院へ向けて出発する。

それから間も無くして、同じくアクアからの連絡を受けたミヤコさんが到着した。車から降りたミヤコさんに、号泣した私とルビーが半狂乱になりながらしがみつく。


「ミヤコさんどうしよう!ヒカルが、ヒカルが死んじゃうよぉ…!!」


「パパが!パパがぁ…!!」


「ふ、2人共、ちょっと落ち着きなさい!」


普段の私とルビーからは考えられない状態の2人と廊下の凄まじい血痕・血溜まりを見たミヤコさんは、一刻を争う状況だと理解したらしい。すぐに私達3人を車に乗せて、ヒカルが搬送された病院へ向けてアクセルを強く踏む。



─────────。


───総合病院


病院に搬送されたヒカルは集中治療室に運び込まれ、今手術を受けている。担当の先生の話によると、頭の傷がいくらか深いのと出血があまりにも多かったとの事で、手術が成功するかは五分五分だと言われた。仮に助かったとしても障害が残る可能性も無くはないと言われ、私達は絶望した。


「私のせいだ……私が、私がヒカルに玄関の対応を頼んだから……」


涙が次から次へと溢れてきて止まらない。まさか数年も音信不通だった母が襲い掛かって来るなんて想像もしなかった。

恐らくアイドルとして大成した私を、金の成る木か何かと思って連れて行こうとしたんだろう。昔からお金に汚い人だったから。


そんな母の凶行に、ヒカルはただ巻き込まれただけだ。あの時私が出ていればヒカルが襲われる事は無かったかもしれない。今、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされる事も無かったかもしれない。

終わりのない後悔と自己嫌悪。絶望の真ん中に居る私を、ミヤコさんは同じように涙を流しながらも精一杯励ましてくれて、背中を優しくさすってくれた。


「…あなたは何も悪くないわ。今は、あの子の手術が成功するのを祈りましょう?」


私と一緒に大泣きしてたルビーは、今はアクアに肩を抱かれながら同じように背中をさすられてる。いつもは冷静沈着で感情を滅多に見せることが無いアクアも、今は誰が見ても一目で分かるほどに表情が沈んでいる。


ヒカルの命が懸かってる深刻な事態なのに、無力な私達にはただ祈ることしか出来ない。


(お願い……どうかヒカルを、私達の大事な人を助けて……!)


手術が始まって1時間くらいが経った頃、汗だくで息を切らせた社長が到着した。


「ヒカル!ヒカルは!?あいつちゃんと生きてんだろうな!」


「……壱護、病院なんだから静かにしてちょうだい」


「あ、ああ。そうだったな……スマン」


私もルビーも目を泣き腫らして、心労から無言のまま俯く。社長に注意したミヤコさんも元気がない。

そんな私達に代わってアクアが社長に説明してくれた。


「…手術が始まってから1時間くらい経ったところだ。まだ続いてるけど……出血が多すぎたから、正直分からない」


救急車が来るまでの間に懸命な応急処置をしていたアクアが、悔しいとももどかしいとも取れる表情になる。


「っ……クソッ!」


社長が悔しそうに壁を殴る。それはそうだろう、前に社長は私とヒカルの事を自分の子供みたいに思ってると言ってた。息子同然のヒカルが今、生死の境を彷徨っているのだ。やりきれない気持ちだろうという事は私でも分かる。


「……アイ。今日のドームだが、どうする?今なら関係者に事情を説明して中止にも出来るが……」


「壱護……」


「こんな事になっちまったんだ…。俺達の夢がどうこうなんて悠長な事言ってられねぇだろ。」


「…………」


無理だ、こんな精神状態でまともなパフォーマンスなんて出来るわけがない。それに社長とメンバーのみんなには悪いけど、ヒカルに見てもらえないドーム公演なんて私にとって何の意味も無いんだ。

社長に中止のお願いをするしかない…。


「うん……。今の気持ちじゃとても……」



「ママ、行って」


そう言ったのは、さっきまで私みたいに俯いて落ち込んでいたルビーだった。

全員が驚いた顔をして一斉にルビーの方を見る。


「ルビー……?」


「パパ、ママのドームライブ見るの楽しみにしてるって言ってた…。自分のせいでママのライブが中止になったって知ったらパパ、すごく落ち込んじゃうと思う。お願いママ。パパ、今すごく頑張ってる…ひっぐ、だから……だから……!」


そこまで言い終わると、またルビーの目からポロポロと涙が溢れる。そんなルビーの肩をアクアが優しく抱きながら、真剣な眼差しで私の顔を見る。


「俺からも頼む、母さん。父さんが俺達を残して死ぬわけがない……。母さんの声が父さんに届くように、ドームを沸かせてきてほしい」


「…!アクア、今……」


「俺も、父さんみたいに母さんのライブをずっと楽しみにしてたんだ。だから……頼む」


「ルビー……アクア……!」


私はルビーとアクアを抱きしめた。2人だって辛いはずなのに、立ち上がって、前を向いて、私を励ましてくれてる。私は幸せ者だ、そんな2人の強さと優しさに再び涙する。

自分の子供がここまでしてくれているのだ。母親である私が沈んだままでどうする。


立ち上がれ


前を向け!


あなたは『アイドル・星野アイ』でしょ!!


涙を拭い、社長の方に向き直る。さっきまでの弱々しい私はもう居ない。今ここに立っているのは、B小町の不動のセンター・アイだ。


「社長、行こ!」


「!……ったく、あん時と同じ目ぇしやがって。…そうだったな、お前は昔っから生粋の嘘吐き(アイドル)だったな」


私の決心を察してくれたらしく、社長は頭を掻きながら私に言う。


「ドーム、全力で沸かせてこい!」


私は力強く頷いて社長と一緒に車へ乗り込む。「2人の事は私に任せて、行ってきなさい!」と背中を後押ししてくれたミヤコさんの言葉もあって、私のボルテージは最高潮に達した。

見ててねアクア、ルビー、ヒカル……


さあ!完璧で究極のアイドル、B小町・アイのドーム公演開幕だよ☆



─────────。


アイ…母さんが社長と一緒にドームへ向かってしばらく経ち、B小町のライブが始まる時間になった。

俺達兄妹とミヤコさんは病院の迷惑にならないよう車へ移動し、タブレットでアイのライブ視聴をする。


「ママ大丈夫かな……」


「心配ない、さっきの母さんの顔は俺達が推してる『アイ』だった。きっと最高のパフォーマンスを魅せてくれる」


そうだ、アイはもう大丈夫。前世から長年アイのファンをしている俺が言うんだから間違い無い。

最後に見せたあの表情に俺は見覚えがある。あれは、あの時病院の屋上で見せてくれた『俺達双子を産むと決めた表情』と同じだった。強い覚悟を秘めたあの顔をした時のアイに心配など無用だ。


(さぁ、見せてくれ…。俺とさりなちゃんが焦がれた最推しの姿を、社長とミヤコさんが目指した夢の果てを!)


「始まったわよ!」


ワァァァアアアアアア!!!!!


ドーム内から大歓声と無数のサイリウムの光が上がり、同時にステージがムービングライトで照らし出される。


『みんなー!来てくれてありがとー!!今日は全員で楽しんでいこうっ☆』


『Go! Go! STAR☆T☆RAIN ♪ 』


『難しいこと考えるよりも ♪ もっとスウィートな愛を感じていたいの! ♪ 』


最初の曲は『STAR☆T☆RAIN』。大多数の観客が入れる合いの手もあって、普段のライブとは比べ物にならない大迫力のものになっている。

見ている限りだと涙の痕はメイクで綺麗に隠せているし、歌声やパフォーマンスにも何一つとして問題ない。それどころか過去最高のクオリティと輝きをこれでもかと魅せつけている。

良かった…。アイのライブを観れる嬉しさは当然あるが、それ以上に安心感が俺の心中を占める。ふと隣を見ると、いつも騒がしいはずのルビーが大人しかった。その顔を見ると、嬉し泣きの表情でポロポロと涙を流していた。


「ママ…良かった…ちゃんといつもの、大好きなアイドルのママだ……!」


どうやら安心していたのは俺だけではなかったようだ。更にはミヤコさんまでボロ泣きしている。社長と一緒に夢見たステージ、それを今まさに目の当たりにしているのだ。

…現地の社長はどんな顔をしているのだろうか。案外、腕組みしながら笑顔で娘の晴れ姿を観ているかもしれないな。


(…天国から見てるかい、さりなちゃん。君の憧れた推し(アイ)が、ついに最高のステージで輝いたよ……)


あの日の病室での笑顔を思い浮かべながら、一番星の光をこの蒼い双眸に焼き付ける。



B小町のドーム公演はファン全員の脳を焼き、伝説のライブと言わしめる程の大成功を収めた。



◇◆◇◆◇◆



「……そっか、ドームは大成功だったんだね。僕もリアルタイムで見たかったなぁ」


「退院したらみんなで一緒に見よ!ヒカルにも感想聞きたいな!」


「ふふ、楽しみにしてるよ。アクア、ルビー、ライブの感想はどう?」


「「最高……」」


ウチの子達ってたまに限界オタクみたいになるなぁ。


「でもパパ、ホントにすっごく心配したんだよ?ママなんてずっと『ヒカルがまだ目を覚まさないよぉ……』って私達抱きしめて泣いてたし」


「んなっ!?」


なんでバラすのルビー!恥ずかしいから言わなかったのにぃ!それになんでちょっと私の真似上手いのさ!


「それ言ったらお前だって『パパ死なないよね?ね?』ってずっと泣いてたろ」


「あー!お兄ちゃんバラさないでよ恥ずかしいじゃん!」


いんがおーほー?だよルビー!ナイスアクア! ていうかアクアもルビーの真似上手いね。


その後もやいのやいのと3人(主に私とルビー)で騒いでると、その様子を見てたヒカルがふふっと笑う。


「「笑わないでよヒカル/パパ!」」


2人してハモった事に今度はアクアが噴き出したので、ルビーの矛先がアクアに向いた。


ようやく私達に本当の笑顔が戻った。これから先も色んな事が起きるだろうけど、何も怖くない。


だって私にはヒカルと、可愛い可愛いアクアとルビーが居るからね!

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