カボチャ頭のロナルド

カボチャ頭のロナルド


 吸血鬼退治人ロナルドの代名詞といえば、常に身に着けているカボチャのかぶりものである。

 見習いになっても間もないころに着用するようになったというそれは、ハロウィンのジャック・オー・ランタンに似ている。だが描かれているのは不気味だが愛嬌のある顔ではなく、単眼の意匠だ。全裸やマイクロビキニが練り歩いていても気にしない新横浜の住人は動じないが、そうでない相手は会うとぎょっとする。ヴァモネという前例があるから気にも留めないのかもしれないが、全体的にどことなく着ぐるみっぽいヴァモネに対し、ロナルドは首から下がどう見ても成人男性だから異様に映る。

 ドラルクは、ロナルドとの初対面でびっくりして死んだ。カボチャ頭の大男が銃を手に佇んでいたら普通に怖い。ヒナイチも初めて会ったときは後ずさりしていた。東京から来たミカヅキも、初対面のときのリアクションといったら本当にもう。驚かなかったのはオータム書店の社員くらいではないか。

 同居するようになってからも、ロナルドが入浴以外でカボチャを外すのを見たことがない。食事の時は隙間から箸を突っ込むし、全裸にされても真っ先に隠すのは下半身ではなく顔。企画でデートすることになってもカボチャをかぶったままだった。

 しかしドラルクはロナルドの素顔を知っている。ドラルク城が爆破炎上した際、覆面に引火したため慌てて脱いだときに目撃したのだ。入浴中にちょっかいをかけることもあるから、そこでも見る。ただし、その後念入りに殺される。

 ドラルクの基準では、いや世間一般の基準といってもいいだろう、ロナルドは美貌と言っていい容貌の持ち主だった。甘さと精悍さの入り混じった顔立ち。光を反射して煌く銀髪。まばたきのたびに音がしそうほど長い睫毛が取り囲む、空とも海ともとれる澄んだ青色の瞳。それでいて体のほうもまるで彫像のようなのだから、素顔でいればどれほどの女性が見惚れることか。

 だが、ロナルドは異様なまでに人前に素顔を晒すことを拒んだ。やんちゃな子供が覆面を取ろうとすれば凄まじい勢いで逃げ、トラブルがあってカボチャが破損すれば顔を隠すものを求めてその場から消える。そうして探しているときにバケツをかぶって戻ってきたこともあった。反射するものも嫌がる。基本的にカーテンは閉め切られていて、テレビは使わないときは布をかけることになっており、家に唯一存在する鏡は洗面所にあるが、それも普段は覆われている。

 けれど、顔を隠していてもロナルドは若くして独立した腕の立つ吸血鬼退治人であり、オータム書店の人気作家であり、善良なお人よしであった。女性ファンは数えきれず、街を歩けば子供に声をかけられ、視界が狭いだろうに銃を撃てば百発百中。一族との初対面では新手の使い魔と勘違いされる外見だが、普通に会話はする(若干聞き取りづらいこともあるが)ので仕事に支障はない。困っている人がいれば声をかけ、アルマジロのジョンを可愛がり、メビヤツにお揃いだと囁きかけ、ドラルクを殺す。きっとそれは顔を隠していなくてもたいして変わりはない。ドラルクも同居人がカボチャ頭でも困ったことはない。ジョンが怖がるわけでもないからだ。今でも無言でぬぼっと立たれると死にそうになるが。

 吸血鬼退治人ロナルドが覆面でも、その顔をほとんどが知らないままでも、少なくとも新横浜では問題なかった。


 今夜の退治対象はグール使いだった。グール自体の精度はマナー違反にも及ばないが、とにかく大量に使役できる。一体一体は取るに足らない。だが、ここには弱い吸血鬼も多い。無差別に襲い掛かるそれらから一般市民を避難させなければいけない。ドラルクも後方で負傷者の手当や救出を手伝っている。あまりの多さに退治人も吸対も疲弊していた。

 ヌー! と頭の上のジョンが、何か知らせるように鳴いた。見れば、同胞の女性が数体のグールに追われている。誰かが「お母さん!」と叫んだ。女性の息は乱れて脚はもつれ、今にも転びそうだ。

「ロナルドくん! 頼む!」

「ああ!」

 ロナルドが女性を庇うように、グールの前に立ち塞がる。女性の悲鳴と同胞の哄笑。牙をむき出しにしてグールたちは飛び掛かる。女性はぎゅっと目を閉じ、身を守るようにうずくまった。

 グールが噛みつけたのは女性の喉ではなく、ロナルドの胸でもなく、頭にかぶっていたカボチャだった。その個体はロナルドの拳で塵になった。それから同時に飛び掛かった三体のうち、二体は撃ち抜いたが、最後の一体はカボチャをついに砕く。何度も何度も攻撃を受けていたカボチャのかぶりものが、とうとう限界を迎えたのだ。

 軽い音を立てて、オレンジ色の破片が地面に散らばる。そこから現れた銀髪碧眼の美丈夫に、一瞬誰もが呆気にとられた。グールを使役していた同胞さえも。その一瞬が命取りだった。ロナルドがグールを倒すのと、ヒナイチが同胞を制圧するのはほぼ同時。

「大丈夫ですか?」

「は……はい」

 ロナルドが顔を覗き込むと、女性はぽーっと顔を赤らめて返答した。無理もない。命の危機がある状況で助けられて、しかもその相手が若い美青年。そんな顔になるのも当然だ。しかしロナルドは女性の様子に首を傾げ、ついで自分に注目が集まっていることに気づいた。半田が苦々しいような、心配しているような、複雑な表情をしている。その理由に思い至らないらしい。

「ロナルドくん」

「あ?」

「カボチャ」

 ドラルクが地面を指すと、ロナルドは素直にその先を辿る。そこには無残に壊れたカボチャのかぶりもの。それを視認したロナルドの顔からさーっと血の気が引いていった。手がぺたぺたと自分の顔に触れ、ぶるぶる震えだし、

「ヴェアカッカボッヴァッパァアアー!!!」

 夜の新横浜にロナルドの奇声が響き渡る。それに反応する間もなく、ロナルドは顔を隠すものを求めていずこかへ走り去っていった。追い付こうと考えることすらできない速度だった。誰もが呆気に取られてその後ろ姿を見つめていた。

 数分後、ロナルドは三角コーンをかぶって戻ってきた。銃を持った三角様にしか見えなくてドラルクは死んだ。おまけにロナルドは自力で抜けなくなって泣いていた。なんだかんだ言いながらも助けてやった半田はいい友人である。

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