カフェとお酒

カフェとお酒



「なんだか……緊張しますね」


僕とマンハッタンカフェが契約を結び、幾年が過ぎた。彼女はすでにトレセン学園を卒業し、いまは大学に通っている。


僕もカフェの卒業ののちに新入生のウマ娘を担当に迎え、新たな“最初の3年間”を歩み始めている。


カフェとは卒業してからも交流がある……────どころの話ではない。何故なら彼女はいま、僕の部屋で暮らしているのだ。


同棲、ということになる。


今日は彼女が誕生日を迎え、20歳になったその日。


お祝いをしようとお酒を用意して、それを目の前にしたカフェのセリフがさっきのもの。


テーブルには僕たちふたりで作った料理といくつかのお酒が並んでいる。こうしてカフェとお酒が飲める日が来るなんて、なんだか感慨深い。


「本当に家で良かったの? いいお店、探してたのに」


「いいんです」


せっかくだからと前々から考えていたのだ。カフェの誕生日に連れて行ってあげたいお店や、飲んでみてほしいお酒……────けれどカフェはふたりで家で過ごしたいと言ったのだった。


「……誕生日は……あなたと、おうちでのんびりと過ごしたくて……」


「どうして?」


「……秘密……です」


僕の問いかけに、カフェは少しだけ恥ずかしそうに目を逸らした。女の子って難しい……。


ともかく料理は出来たし、お酒も準備完了だ。部屋の照明を少し暗くして、アロマキャンドルに火をつけて……────


「始めようか」


「……はい」


彼女と僕のグラスにワインを注ぎ、


「お誕生日おめでとう、カフェ」


「ありがとうございます……」


ちん、とグラスを小さく当てて乾杯。僕が赤い液体を口に流し込むと、カフェも倣うように口をつけておそるおそるワインを含んだ。


「……どう? 初めてのお酒は」


「はい……なんだか……不思議な、味ですね。渋味の中に……ほのかな甘さがあって……」


そう答えると、カフェはまたワインに口をつけた。どうやら彼女の口にあったようで安心だ。お酒に詳しいわけではない僕だけど、ネットで調べたり同僚に聞いたりして、比較的クセのないものを選んだから……喜んでもらえて良かった。


そこからはふたりで談笑しながら料理を食べ、お酒を飲んで……ふたりだけの誕生日パーティーを楽しんだ。


用意したお酒はワインにカルーア、フルーツ系のリキュール……甘めのお酒を中心に集め、色々と試してカフェの好みを見つけてみようということにしていた。


中でも1番気に入っていたのは意外にもワインで、最初に飲んだ味がとても良かったのだそうだ。


「……ふふ……おいしい……ね、トレーナーさん……」


いつしかカフェは僕の隣に座り、こちらへもたれかかったり抱きついたりという絡み方をするようになっていた。その頃には僕もかなり酔いが回って、そんな彼女に違和感を抱くこともなく抱きしめ返すなど受け入れしまっている。


「もう……僕はキミのトレーナーじゃないんだけどなぁ……」


久しぶりに“トレーナーさん”と呼ばれて少しむず痒い気持ちになりつつ、もたれかかってきたカフェの頭を撫でる。


「ん……ふふ」


猫のように目を細めて気持ちよさそうにするカフェ。口調も普段向けられるものより砕けて、なんだか新鮮だ。


「……トレーナーさんも……飲んで……」


とぷとぷとグラスに注がれたワインに口をつけながら思う。これで何杯目だろうかと。


空になったお酒のボトルは……────数えるのはやめておこう。カフェが楽しんでいるならそれが1番だから。


「……ふふ……えへへ……」


カフェの白い頬は、すでに赤く染まっている。口元はゆるゆるに熔けて締まらない。ふにゃふにゃと身体を揺らしては僕にもたれかかって気持ちよさそうに目を閉じる。


明日この記憶が残っていたらカフェは大変だろうな……と頭の片隅で考えながら、酩酊しつつあるカフェを可愛がることがやめられない。


ぴこぴこと忙しなく動くカフェの耳を触ったり、仕返しとばかりに僕の頬をつつかれたり。


彼女の細い腰に手を回し、抱き寄せたり。


僕の腰に尻尾を巻き付けて密着させられたり。


「……今日で……私、大人になったんですね……」


これ以上密着することができないほど僕に寄りかかりながら、カフェは嬉しそうに言う。


「そうだね。これからはお酒も好きに飲めるし、どこに行っても何をしてもカフェを縛るものはない……その代わり、自分で責任を取らなくちゃいけないけどね……」


「ごめんなさい。ちょっと難しくて、よく分からないです」


「自由になった……ってことだよ」


「……自由、ですか」


大人になると、子供と呼ばれていた今までとは比べ物にならないほど自由になる。好きな仕事に就けるし、好きなところに出かけられるし、お酒も飲めるし、車の運転だって。


ただ、その代わり……その行動には責任が付きまとうことになる。責任という枷を背負った自由。


どうかその責任に囚われず、カフェには幸せに過ごしてほしいものだ。


「でしたら……」


カフェはグラスに残ったワインを一息に飲み干してから僕に視線を送る。


琥珀色の瞳は潤んで蕩け、見つめ合うだけで僕は吸い込まれそうになってしまう。


このままではいけないと視線を少し下にやると、今度は首元のボタンを少しだけ解放したカフェの肌が目に飛び込んできた。お酒で体温が上がったせいか、じんわりと汗をかいて湿っている。


「……あなたと、幸せになるのも……自由ですよね……?」


だめだ、と理性が言う。しかし酔いのせいか、その警告はもうほとんど意味を成さない。ゆっくりと近づいてくるカフェを、払い除ける力がない。


彼女はもう、大人になった。


だから自由にしていいということは、僕も……彼女を自由にしても許される……ということ。恋人とはいえ、まだ大人と子供だった昨日までとは違って……もう、僕たちは大人同士。


大人同士の恋には、もう。


「もう……────我慢、しなくて……いいですよね……?」


彼女の問いかけに、僕は頷く。


もとより、覚悟は決めている。彼女をこの部屋に招いた時から、一緒に暮らし始めてから……責任を取るつもりだった。


だから、もう────


「……好きだよカフェ」


「はい……ふふ、私も……あなたが好きです」


酔った勢いで愛を囁き合いながら、ふたりでグラスを傾ける。自由になった日の夜は、心ゆくまで自由に過ごせばいいと思う。


まだまだ夜は長いのだから。

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