カクとウォーターセブンの子ども達

カクとウォーターセブンの子ども達


昼下がりのウォーターセブン。風の爽やかな晴天の日。街は住民や観光客、はたまた船の修理に訪れた船乗りで賑わっていた。ガレーラカンパニーのドックからは、職人達の威勢の良い声や、金槌の音などが響く。

そんな中、数人の少年が広場の片隅に集まって、なにやら言い争っていた。


「お前ら何もわかってねェよ! 一番かっこいい職長はカクだ!」

「わかってないのはお前だろ! 一番はパウリーだ!」

「おれはタイルストンさんだと思うけどなァ」

「ルルさんの方がかっこいい」

「ぼ、僕はルッチさんとハットリさんが……」


それぞれの言葉を聞くに、どうやら「一番ドックの職長五人のうち、誰が最もかっこいいか」について議論しているようだった。

彼らはウォーターセブンに住む子どもだ。大人でさえお気に入りの職長については言い合いになるのだから、子どもなら尚更である。


「他の職長はカクみたいに飛び回ったりしないじゃん!」

「カクも他のみんなも、パウリーみたいにロープを自在に操れないだろ」

「タイルストンさんが一番力持ちだし、男らしくてかっこいいよ」

「男らしいって言うならルルさんだってそうだ! 大人の男って感じでかっこいいだろ!」

「えっと、ルッチさんは寡黙で働き者なとこが、かっこいいよ! ハットリさんも、紳士的だし……!」

「ハットリは鳩じゃん」

「あう……」


段々とヒートアップしていく彼らの背後に、一人の男が近づく。それに気づかないまま、カクを推している少年が一際大きな声で叫んだ。


「だから! 職長の中で一番かっこいいのはカクだってば!!」

「ほう。喧嘩しておるのかと思ったら、わしらの話じゃったか」

「えっ!?」


少年達は、聞き覚えのあるその声にバッと振り向く。

彼らの真後ろに立っていたのは、年若い青年だった。白いキャップを被り、オレンジと紺のジャージを着て、そのチャックを首元まで閉めている。それから何より目立つのは、長く角張った鼻だ。

先程から話に出ていた職長の一人、一番ドック大工職職長のカクである。


「え、かっ、カク……さん! 何でここに!?」

「わはは! いい、いい。カクで構わん。わしはちょっと遅めの昼休憩に来たんじゃ」


突然現れたカクに、他の職長が一番だと言っていた少年達もソワソワしだす。

イチオシの職長は違っても、ウォーターセブンの市民はみんな、職長達が大好きだ。彼らも例外ではない。全員かっこよく見えるからこそ、その中でも一番を決めたいのだ。


「お前達、わしらの中で一番かっこいい職長が誰か決めたいようじゃな」

「う、うん。そう! おれはカクが一番だと思ってる!」

「本当か! それは嬉しいのう」

「……カクもかっこいいけどさ、おれはパウリーが一番かっこいいと思うな」


カク以外の職長が好きな少年達は「目の前にいるのに他の人を褒めるの!?」とでも言いたげに、パウリーファンの少年を見やる。次いでカクに視線を移すが、彼は気にした様子もなくニコニコと笑っていた。


「ほうほう。なるほどな。あやつはまァ、仕事ぶりは良いからのう」

「!」


カクの言葉に、パウリーファンの少年はパッと顔を明るくして頷いた。

それを見た他の子も、自分の思う一番かっこいい職長について語り出す。


「タイルストンさんは顔はちょっと怖いけど、優しい人なんだ」

「そうじゃのう。確かにタイルストンは情に厚い男じゃ。わしもあの性格に助けられることが多い」

「ルルさんは真面目なとこが渋くてかっこいい!」

「うんうん。あいつほど真っ直ぐな人間もそうおらんじゃろうなァ」

「る、ルッチさんは、腹話術しながらでもお仕事してて、すごいです! 僕、お話しするの苦手だから、憧れます」

「わはは、そうかそうか。そうじゃな……苦手なことを乗り越えて頑張れるのはかっこいいのう。別に腹話術でなくてもと思うが……」

「ルッチさんは腹話術なのがいいんです!!」

「そ、そうか」


少年達はすっかり笑顔になっていた。空気もずいぶん和やかだ。


「お前達は本当にわしらが大好きなんじゃなあ。ちとむず痒いが……悪い気はせんのう!」

「ねぇ、カクは誰が一番かっこいいと思う?」

「あっおい! カクに聞いたらダメじゃん! 自分が一番とか言いづらいだろ!」

「でも気になる! みんなの話に頷いてくれたし」


それもそうだと、少年達はカクをじっと見つめた。

話が自分に向いていることに気づいて、カクは大きな目をぱちぱちと瞬く。どう答えようかと悩んでいるようだ。

しばらく首を捻ったりしていたカクだったが、結論が決まったらしく、一人でうんうんと頷いた。

それから、口を開く。


「わしが一番かっこいいと思うのは……」


少年達だけでなく、彼らの話が聞こえていた周囲の人間も、ごくりと唾を飲み込んだ。


「やはりアイスバーグさんじゃな! 職長ではないが……あの人以上にかっこよくて尊敬できる人はおらん!」


微笑みながらも真剣な様子でそう言ったカクだが、少年達はぽかんとしている。そして、ハッとしたように顔を見合わせて、くすくすと笑い出した。


「……なんじゃ? 流石にかっこつけすぎたか!? 褒められた嬉しさで調子に乗ってしもうたかのう……」

「違うよ!」

「だってカク、おれ達や他の大人とおんなじこと言ってるんだもん!」

「おんなじこと?」

「おれ達いっつも誰が一番かって話すんだけど、結局決まんなくて、アイスバーグさんが一番ねって言って解散するんだ」

「うちの父ちゃんも、友達と言い合いになった時そうしてる!」

「でもそれがずっと続いてるから、今日はアイスバーグさんは殿堂入りってことにして、職長さん達の中から決めようって言ってたんだ」


心底おかしそうに笑う少年達にそう説明されて、カクは一瞬、眩しいものを見るように目を細める。本当に一瞬のことだったので、少年達も近くの大人も、誰も気づいていなかった。


「……ふふ、わはは! そうじゃったか。そりゃあすまんかった!」

「いいよ! 今日もアイスバーグさんが一番ってことにしようぜ!」

「今度は絶対、パウリーが一番って言わせてやるからな!」

「あ、ぼ、僕も……もっとたくさん、ルッチさんの良いところ言えるようにするっ!」

「おれも!」

「じゃあおれももっと頑張ろうかな」


結局少年達の議題は決着しなかったが、ウォーターセブンの街の賑わいには、彼らの楽しげな笑い声が加わっていた。

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