オークが始めるラーメン屋

オークが始めるラーメン屋


俺はオークという種族である。

洞窟で生活しており、俺はそのオークたちをまとめる王であった。

つい先ほどまで勇者を名乗る男とその仲間が洞窟に攻め入ったので戦っていたところ、いきなり洞窟内に底の見えない大きな穴が開き勇者たちと自分はそのまま落下した。

そして今、俺は未知の世界にいる。

一体ここはどこなのだろう。

恐らくどこかの街に飛ばされた。

あれはワープ系統の魔法か何かなのだろう。

この周囲の建物は異常といっていいほど高く、明るい。

だが問題はそこではない、これだけのことが出来る国力ならば俺たちオークは敗北確定のようなものだろう。

そしておかしいのはそこだ、これだけのことが出来る以上魔法や剣に頼らずとも俺達を滅ぼす方法などいくらでもあるはずなのだ。なぜしない?できないのか?

それにこれが魔法によるものならわざわざ俺を人間の街に送る理由はなんだ?

普通に考えてオークなど町から遠ざけるべきだろう、人間ならば。

ワープの転送先を間違えた?いや、そもそも洞窟自体街から大分離れている。

そこまで転送できるほどの魔法に魔力を使用するなら自分を殺すための魔法か仲間を守るために使えばいい。というか勇者の仲間に恐らくそこまで誰かを遠くに飛ばせる魔法を使えるほど魔力も技術もないだろう。魔王と呼ばれる存在でも恐らく難しい。第一に、戦線離脱したいなら俺と一緒にワープする必要がない。

考えられるのは2つ、一つが魔法をしようとしてミスって自分ごと持ってきてしまった可能性と勇者でも自分でもない第三者が介入した可能性だ。

そんなことを考えていると腹が減ってきた、というかワープしてもう何時間もたっている、どうしたものか。

そんなことを考えていると人の声が聞こえた、今は夜である。そんな時間帯に普通出歩くだろうか。衛兵の可能性が高い。

「一応人化の魔法使っておくか……」

正直オークであること自体に誇りを持っているので種族を変化する魔法は使いたくないが致し方ない。人間に化けて声のした方向に歩いていく。一応の食事くらいは分けてもらえるかもしれないしな。

そう考えて歩き出すと、その場にそのまま倒れてしまった。そうだった……。人化の魔法って思ったより体力使うから疲れてるところでやると結構ヤバいんだった。「だ、大丈夫ですか!?」

近くを通った男が心配して駆け寄ってきた、良い人間だな。服装もしっかりしている、ここは富裕層の街なのかもしれない。

「す……すまない。少し腹が減っていて……眩暈が……」

「ちょ、ちょっと待っててくださいね!」

男はそういうとどこかに行って白濁透明の袋を抱えて戻ってきた。

「今あるものはこういうの何ですけど……」

そう言って袋からいろいろなものを取り出す。黒い三角の物体や円柱に蓋の付いた容器など様々だ。すぐに食えるものとしてその黒い物体を渡された。もしかしたらオークだと気づいていてこれは毒なのかもしれない、しかし人化の魔法を使い続けるためには体力がいる。毒くらいなら解毒できるだろう。そう考えて黒い三角にかぶりつく。

「……うまい。なんだこれは?」

「それはおにぎりって言って日本の伝統的な料理です、日本語をしゃべってるのに日本人じゃないっぽいですね。緑の髪に赤色の瞳、体格も日本人よりも大分いいっぽいし……外国人の方なんですか?」

人化の魔法を使うと緑の髪と赤色の瞳の人間に俺はなる、そこに関して間違いはない、人化は成功しているようだ。

取り敢えずここの情報を聞き出すために色々聞いてみることにした。

「そうなのかもしれない……すまない。何せここに来た記憶がなくてな」

「え、そうなんですか……。それは大変ですね……」

「ああ、だから本当に助かったよ。この『おにぎり』とかいうやつはうまいな!」「この後どうするんです、自分と一緒に警察に行きませんか?」

男が謎の容器にお湯を入れて喋る。

「警察っていうのはなんだ?」

「それも忘れちゃったんですね……。警察っていうのは治安を維持する国の機関ですよ。迷子とか出自不明の調査とかもしてくれます」

治安維持機関か……。正直選択肢としては無しだろうな。

俺は魔物である。人間の組織に入ったらもうその時が最後だろう。

「ああ、そうだ。ここの土地の名前ってわかるか?もしかしたら何かわかるかもしれない」

「ここは日本って国の東京って町……かな?まぁ東京ってところです」

「トウキョウか……そもそも二ホンも聞き覚えがないな」

「あ。カップラーメンできましたよ、食べます?」

「カップラーメンというのか、それは。いただこう」

男の動作をまねてふたを開けて『ハシ』とかいう道具を使って食べてみる。

「うまい!なんだこれは!」

「受けがいいっすねぇ、これは我が国日本の誇るべき食べ物の一つ、カップラーメンですよ!」

こんなうまいものをこの国は生産できるというのか……。そしてこの男も難なく分けるほどの財力の持ち主という事だろう。

「こんなうまいものを食べさせてもらって悪いが自分には今払う手持ちがない……すまない……」

そういうと男は

「いやいや、大袈裟ですって。今食べた物なんて子供の小遣いでもこの国じゃ変えますよ」

とあっけらかんと言い放った。

こんなものがこの国では買えるのか……。自分が洞窟に引きこもっている間に随分と人間は進化しているらしい。

しかし、美味い。このカップラーメンとかいうやつは疲れた体に染み込む味をしている。

「世話になった、もう自分で動ける。いつかこの恩は必ず返す。警察まで手を煩わせるのもあれだしな」

そう言って去ろうとすると男が「もう一度同じことにならないように」とカップラーメンを5つほど分けて作り方も教えてくれた。

徳の高い男だ、いつか必ず恩を返さなければな。

といったものの行き先がない。俺の記憶にない国、ない街、どうしようもない。せめて勇者たちでも見つけることが出来ればいいのだがな。

人の気配が無くなったところで一旦魔法を解く。実は永続的に人化の状態は保てなくもないのだが、やり続けるとオークに戻れなくなる。だから種族に誇りがある身としてはそんなに使用したいものでもないのだ。

そんなことをしながら歩いていると人が何人も倒れていた。

自分もあれだがこのトウキョウという町は夜に人が倒れることが多いのかもしれない。

どうしたものか、人化の魔法は解除してしまった。もう一回やってもいいんだがアレを連続でやろうとすると体が変化に耐えきれず、完璧に人になることが難しい。

取り敢えず、話しかけるだけもしておくか……。

「おい、大丈夫か。そこの」

「……いや、大丈夫ではないっすね……。眩暈もするしまるで三日くらい飯食ってないみたいな感じがして気分も悪い」

「奇遇だな、さっきまで俺もそうだった。親切な人間がカップラーメンってものを5つほど譲ってくれたんだ、そこの倒れてる四人は暗くて見えないが知り合いか?」「ああ、仲間なんだ……。」

「なら数は合うな、ちょっと待ってろ。作り方を教えてもらったんだ」

「本当っすか……?ありがたい……」

男は消え入りそうな声で言う。マジでヤバい感じだな、食事だけでどうにかなるだろうか。取り敢えず完成したのでまず男を呼ぶ。

「ほら食え、豚骨味とかいうらしい」

男は箸をうまく使ってその麵をゆっくりすすった、そしてそのまま一心不乱に食い続ける。箸をうまく使えるという事は日本の民なのだろうか。

「うまい、うまい、うまい、うまい、これだ、この味だ、懐かしい」

そう言いながら男は泣きながらカップラーメンを食い続ける。顔はぐちゃぐやだが悲しみというよりは喜びで泣いている。大げさな気もするだがよほど腹が減っていたのだろうな。

「っ……!そうだ、仲間にも……」

「落ち着け、全員分丁度あったんだ。持っていけ」

「……ありがとうございます!」

そう言って男は仲間の方にカップラーメンを持って行った。まだ熱いだろうにそんなことは気にしていないようだ。

まだ暗くて相手が疲弊しているから、よく見えていないのだろう。オークだとわかられる前にカップラーメンだけ置いてどっかいくか。そう思っているとカップラーメン持って行った方向から妙な言葉が聞こえた。

「照らせ……【ライト】」

この言葉には馴染みがある、なにせ洞窟に侵入してきた際に洞窟を照らしたのはこの魔法なのだから。そっちの方に目を向けると杖を持った女が起き上がって照らす魔法を使用していた。魔法を使用したことはさしたる問題ではない。問題なのは……。「え……嘘。あれって……」

女が驚いたような声を上げる。

そう。

「オーク!」

オークという事がバレてしまったという事である。その声に反応して『勇者』が降り向き、他の仲間もこちらを見る。

「お前がなぜここにいる!」

勇者が声を荒らげて言うが正直覇気はない。まぁ質問には答えてやろう。

「何故か?何故かって?そうだな……俺が聞きたいわ。ここどこだよ。正直お前らもよく分かってないだろ」

そういうと勇者一行は周囲を見渡し気づく

「たしかに……ここは一体……」

勇者の仲間の一人の軽業師の男が呟く。まぁこれでこいつらも知らない謎の場所なことだけが確定したな。どうしたものか。そう思っていると勇者の仲間がカップラーメンに手を付けていないことに気が付いた。

「どうしたお前ら、腹減ってないのか?だったら俺それ気に入ったから返してほしいんだが」

そういうと勇者の仲間の女騎士が吠える。

「下衆な魔物から渡されたものなど食えるか!」

「いや、別にいいんだけどさ。勇者はその下衆な魔物から渡されたもの食ったうえでお前らに渡してんだぞ。つかそれは倒れてる俺を見かけて食いものを分けてくれた親切な人間がくれたものだ。あーヤダヤダ、騎士様は人の親切も受け取れないんでちゅね~。うまいぞー、その豚骨味って奴」

「ぐっ……このっ……」

女騎士が悔しそうに歯を食いしばる。

そして軽業師は「何が豚骨味だ!お前を豚骨にしてやるよ!」といいながら突っ込んできたので服を掴んで投げ飛ばす。なぜそんな状態で勝てると思うんだろうか。

「好きにすればいいが、どうせ勝てないぞ。とっとと食ったらどうだ」

めんどくさいなこいつらと思い、食べることを勧める。

「……食いものには問題はない、お前ら食っとけ」

勇者が追い打ちをかけるように援護をしたのでおとなしく勇者の仲間たちはを食い始めた。その間に一個気になったことを聞いてみよう。

「なぁ、勇者」

「なんすか、感謝はするけど敵っすよ」

「いやまぁ、食い終わったら戦うのは良いんだけどさ」

「なに?」

「お前なんで『ハシ』使えるんだ?この国独自の道具だぞ、ほら見ろあいつら何て手で食ったり汁だけ飲んだり見てると面白いぞ」

軽業師は汁を吸うようにして直接食べているし、魔法使いと女騎士は手づかみで食べている。女僧侶だけが唯一『ハシ』を使って食べている。おそらく勇者のマネだな。

「お前ら……」

勇者がさっきよりも疲れたような面をしている。こいつからしたら有り得ない行為なのだろう、だがおかしいのは勇者である。こいつらの方が普通だ、こんな道具見たことないのだから。

「さっき聞いたんだが……」

勇者や他の仲間の視線が集まる、敵意というより好奇の視線だ。

やりにくい感じがしてならないが話を勧める。

「ここはニホンとかいう国のトウキョウとかいう街らしい。なんかお前たちは聞き覚えあるか?」

その問いかけに軽業師も女騎士も魔法使いも僧侶も首を振る。……勇者以外。

「……本当か?ここは本当に日本なのか?」

「知らねぇよ、そうなんじゃねぇぞ。少なくとも俺はその情報しか持ってない」

そう言っていると軽業師が横から話しかけてきた。

「だったらこっちにも質問があるんだけどよ、お前人の言葉喋れんの?」

「ああ、お前らよりも喋れる自信があるな。長いこと生きてるし。やろうと思えば人になることだってできる」

「だったらなんであの時喋らなかったんだよ」

あの時ってのは洞窟に来たときか。

「まぁ色々あるけどよぉ、お前ら俺がしゃべってたらさらに倒そうと躍起になるだろ。人の言葉話すなんて神話の魔物でもそんなにいないんだからよ。そもそもお前らが攻撃してくるから喋る暇なかったし」

そんなやりとりのなか勇者が口を開く。

「……ここは俺の故郷で、異世界だ。お前たちは俺が別世界から国に召喚されたのは知ってるだろ?」

勇者は仲間に同意を求め、仲間も頷く。

「んで今自分のステータスを調べたら知らないスキルが一つあった。【旅人】とかいうスキルだ。効果は自分の思った場所に行けるようになる能力らしい。今回ここに戻ってきたのは多分急に発現したスキルの暴発だろう。俺の故郷に帰ってきたわけなんだが……」

勇者はそこで口をとめる、そしてバツが悪そうに言う。

「俺の目的は元の世界への帰還なんだ、そのために勇者として魔王を討伐する旅に出たんだが目標が達成されちまった。……俺はどうすればいいんだろうな……」

「そんなの、こっちに戻って討伐しなくちゃダメじゃない。貴方は勇者なのよ!」

魔法使いが声を荒げるが、僧侶が反論する。

「勇者様はこちらの都合で呼ばれてこっちの世界に来たのですよ、帰ってこれたのならもう……」

女騎士は黙って考えている、軽業師は口を開いて

「俺は、お前を友人だと思っている。お前の意思を尊重したい気持ちが半々、俺と一緒に旅をして魔王を討伐してほしい気持ちが半々だ。何よりこっちの世界に戻ったらもう会えない可能性だってあるんだろ」

と己の気持ちをつぶやいている。

「なぁ、オーク」

不意に女騎士がこっちに話しかけてきた。

「なんだ?」

「お前たちは人間の言葉も話せるし常識もある、なぜ人間と共存しなかったんだ?」それは今聞くことなのか?だがもしかしたらこれが大事なことなのかもしれない。一応答えておいてやろう、俺もこの空気はいたたまれない。

「人間の言葉がわかるのは魔物としての格が高い生き物だけだ、オークの中で人の言葉がしゃべれるのも人化できるのも俺だけだろうな。何せ俺はそろそろ三千歳を超えるくらいに生きてる」

「えっ」

軽業師が驚いた声を上げる。

「魔王が出てきたのがせいぜい百年前なのよ?それじゃあなたの方がよっぽど魔王じゃない」

魔法使いが呆れたような声を上げている、大方嘘だとでも思っているんだろう。

「そりゃお前らが魔王なんて呼んでる存在は俺ら『本物』の魔王からしたらガキもガキだからな」

「『本物』の魔王……?」

僧侶が疑問の声を上げる、まあ当たり前か。そんな話聞いたこともないもんな。

「お前たちは恐らくすべての魔物が魔王という存在に従っていると考えているな?」

「まぁ、そう教えられたからな」

勇者が答える。

「まずそれが間違いだ、魔王っていうのは魔物の種族ごとの王を表す。例えば俺はオークの魔王だ。ゴブリンにもいるし、ドラゴンにだっている。勿論そいつらも人の言葉も話せるし人化もでき——」

「いや待ってくれお前が魔王!?」

女騎士は驚きの声を上げる。

「ああ。で、こっから重要になってくるのがお前らが魔王と呼んでいる存在だ。俺達『本物』の魔王はかなり古い時代から生きている。ちなみにお前たちが呼んでる魔王もある種族の王だ、だが俺たちが行っている魔王会合という種族の代表が顔を合わせる会合にも参加しないし、かなり最近出てきたやつだから素性もよく分からんが一回だけあったことがある」

「それは……何の王なんだ?」

勇者が興味津々という感じで聞いてくる。こいつら元気になったな……。さっきまで飯がどうの別れがどうのといっていたのに。

「そうだな、その話をする前に。なんでお前たちは魔物を狩るんだ?」

その言葉に女騎士が声を張り上げる。

「何故だと!?お前たちは自分の罪深き行いもわかっていないのか!」

「ああ、分かんねぇな。俺たちは洞窟でおとなしく暮らす種族だ、ゴブリンやドラゴンだって本来はな。侵入してこない限り何も危害は加えていない」

「戯言を!お前たちは無垢な女を犯し、勇敢な男を貪り食うだろう!」

「そこなんだよなぁ、俺達はそんなことしないしする理由がない。お前たちは……そうだな。勇者、人間に一番近い動物って何がいる?」

「え、なんだろうな。あっちの世界にもいるのだとゴリラ……とかかな」

「お前たちはゴリラと生殖行為をして子孫を残せるか?」

無理無理というように全員が首を振る。

「ほらな。俺達は女を犯す理由はないしそう見えるのは身ぐるみ剝ごうとするのを抵抗してくるから手荒になるだけだ。そもそも、俺は人間と敵対しないように配下に指示している。仮にそんなことになっているのならそれはお前ら人間の仕業だよ」

「そんなこと……!」

女騎士は反論をしようとするが俺は続けざまにいう。

「何より、魔王の正体を知って人の言葉がしゃべれる俺と友好を結んだ人間を人間側が生かしておく理由がないしな。結構今までにもいたんだぜ?俺と友になった奴は。悉く死んでるがな。力不足を痛感するよ」

「なぜ……」

僧侶はあっけにとられたようにつぶやく。

「何故ってなぁ……。一つ聞く、魔物とはなんだ?」

「人とはともに歩めない、魔力を帯びている攻撃的な生き物の事よ」

魔法使いが答える。

「次に、亜人っていう種族がいるよな。エルフとか獣人とかだ」

「いるな、それがどうかしたのか」

勇者が返答する。

「俺達やゴブリンは何故亜人じゃないのか分かるか?それは人間と生殖行為を行っても繁殖できないからだ、だから俺達は人間の基準から魔物で亜人は人間側という事になる」

そう、そうなのだ。だが俺は人間になることが出来る。俺はそこで人化の魔法を使った。全員驚いた面でこっちを見る。

「まぁこんな風に俺は人になれるわけなんだが、実はこれってゴブリンにもドラゴンにも亜人にもなれるんだよな。これがどういうことかわかるか?」

「いや、まだよく分からない」

女騎士は重い口を開くように答える。

「まぁそうだろうな。魔物の俺から人間になれるんだ。この状態なら俺は人間と生殖だってできる。『魔物』の俺が『人間』になれるんだぞ。もう答えは一つだろうが」

なんとなく察しがついたらしい。

「そうだ、人間を基準にして考えると分かりにくいが動物とか生き物全般を基準にすれば分かりやすいな。お前たちは」

勇者も軽業師も魔法使いも僧侶も女騎士ももうわかっている。

「魔物だよ、亜人とかもな」

「だから魔王が存在する」

「生まれたての魔王がな」

「それがお前たちが指している魔王だよ」

全員が驚いた面をする。

「だったら……なんで俺達に倒させようと……」

軽業師が呟く。理解が出来ないのだろう、自分たちの種族の王を倒す理由が。

いやけどまぁ……

「別にそれはわかるけどなぁ、お前たちの王がお前たちに仇なしてんなら倒せというだろ。魔王なんてどいつもこいつも強い力を持っているんだ」

「だったら自分たちに言ってもいいじゃないですか!」

僧侶が裏切られたかのような声を上げる。

それはそうだな、だから……

「魔王が人間だと知られるのはよくないんだろう、例えば魔王が種族の意思をある程度操る力があるって言ったらお前らどうするよ」

魔法使いがハッとしたような顔をする。

「うまいこと弱っているところを操れれば……名実ともに王になれる……」

間違いじゃない、だが少し違う。

「魔王っていうのは敗北すると勝利した奴に権利が移るんだ、それはどんな勝負でもいい。魔王の権利は魔王が戦いの場に出た時点で勝手に賭けられる。そういうシステムだ。俺の戦いからは力を、話し方からは知性を感じるだろ?だからお前たちに弱らされたところを横取りしたらその時点でそいつに権利が移るんだよ、こんな話すれば誰も戦ってくれないだろう。だから俺からこの話を聞いた奴は闇討ちされているんだが……」

俺は周囲を見渡し、言う。

「ここなら関係ないよな」

「なんで……魔王は表に出てこないんですか?」

僧侶が聞いてくる。

正直お前たちの種族の問題くらい自分で考えて欲しいものだがな。

「俺もよく分からん。お前らの王だろ。それに、なんせ百年前に俺達『本物』の魔王を倒すためにやってきた勇者を名乗るガキがその魔王だからな。国が総力を挙げてその魔王を倒そうとするのはそこも理由なんじゃないか?怖いんだろ、自分たちの代でその魔王が復讐しにくるんじゃないかって」

「そんなことが……」

現在の勇者が呟く。

そういえば、百年前に攻め入った勇者を名乗るガキは「お前を倒して日本に帰る」といっていた。

「もしかしたら今の魔王も日本の民かもしれんぞ。百年くらい前に日本について言ってた気がする」

勇者は驚いた顔をすると顔を俯かせ考え事をし始めた。

「だったらなんで魔王なんかになったんだろうな」

軽業師は思い付きの様にいう。

魔王の視点からの意見はこうだ。

「魔王ってのは種族の中で頂点になったもんだ、つまり頂点になったものはなりたくなくても魔王ってことなんだ。恐らくだが……そいつは勇者時代に俺達『本物』の魔王に挑んできたんだよ。何回負けても、何回死にかけてもな。だから魔王になった。そんで隠れた理由だがな——」

「種族の王になった以上隠れて過ごしていくのが平和だと信じている、それに昔は人間同士の争いも多かったらしい。もしかしたらあんたらよりも争い続ける人間の方が信頼できなくなった、それか魔王になってから力を狙われ続けているというところ……か?」

勇者が顔を上げて意見する。

中々に賢い感じがするな。

「それに俺と同じ、日本出身なんだろ?隠れて帰るための研究を行っていたりするんじゃないか?」

「多分、大体合ってるんじゃないか?矛盾は感じない」

俺がそう肯定すると、勇者は大きくため息をついた。

「もうマジで帰る理由がなくなったなぁ、いや一個あったな」

そういうと勇者は自分のスキルを確認した。

「うん、ちゃんとあっちの世界にも行けるっぽいな」

「あたしたちの世界に戻るの?」

魔法使いが聞く。

「ああ、魔王に会いたい。俺のスキルなら魔王をこっちまで持ってこれるはずだ。そうだ。オーク、お前はどうするんだ?」

「どうするか……。正直魔王やるのもう疲れたしなぁ。こっちの世界で過ごしてみてもいいかもしれん。お前のその移動スキルなら何年かあれば真似れるかもしれないし、あいつらの王なんてとても正気じゃやってられん。そうだな、最後に魔王らしいことして魔王の権利を誰かに譲渡するか。勇者、あっちの世界には大きな穴を伝って繋がってたよな。暴発を見る限り」

「ああ、多分そんな感じだと思う」

その返答と同時に俺は目をつぶり集中する。

「穴をあけてくれるか」

勇者はそういうと異世界を繋げる大きな穴をあける。

さて、やるか。そこに向けて手をかざす。

「《魔王として命じる、これは強制である。その一、人間の言葉の知識を共有する。この知識を活用し、人間と平和を築け。その二、お前たちの所にやってくる勇者に協力を惜しむな。その三、お前達に人化の魔法の知識を共有する、うまく利用しろ。》ぐっ……!」

不味いな、無理矢理命令を植え付けるのはかなり力を使う。種族単位で常識を買い替えているのだ。反動で体の血管が切れ始めている。早くしよう。

「《その四、魔王の権利を一番賢く強いものに譲渡する。その五、俺はやっと任を下りれるのでできれば探さないでほしい。その六、この後自分は人化を永続して行い続け、『種族』の王の権利を放棄することをここに誓う》」

さて、向こうの奴らはこれで大丈夫だろう。

あとは、魔王の後任者が俺を超えるその時まで種族を放棄しよう。

「最後だし、詠唱でもするかな。『我はその種を超越する、我は何にもなれる、我は己が変貌する先に人を求めん』変貌魔法【人化】!」

そう言って俺は種族に別れを告げ、緑の髪と赤い瞳の人間になる。

これで俺はもうオークではない。

あとは俺を越すオークが出るまで人間から戻ることもできないだろう。

「それで、どうするんだ。お前」

俺がすべてが終わった満足感に包まれていると、女騎士が話しかけてきた。

「そうだな……。あれがうまかったんだよ。あれ作りてぇ」

「ああ、そういえば豚骨のカップラーメン気に入ったって言ってたな」

勇者が思い出したようにつぶやいた。

「それの作り方でも学んでみるさ、こっちの世界も見て回りたいしな」

「おう、たまにこっち戻ってくるから教えてやるよ。ちなみにカップに入ってるからカップラーメンなだけでそれの正式な名称はラーメンな」

勇者はそういうと自分の作った穴に飛び込む。

「まぁ俺も、あいつの生まれ故郷を見たいしな」

「アタシも!」

「私もです!」

軽業師に続いて、魔法使い、僧侶が言いながら穴に飛び込んでいく。

「何かいってから降りるっぽいな、これ。お前はなんか言いたいことあるか?」

俺は残った女騎士に聞く。女騎士は俺の眼をしっかりと見る。

「すまなかった。お前達にずっと人間の罪をかぶせてしまっていて……」

「いや、俺達はナワバリに入ってきたやつの身ぐるみは剝いでるし、正直感謝されるようなものでもないと思うぞ」

「だが、私が怒ったのはそれとは関係がないところだ、かねて謝罪する。すまなかった!」

こういうのは梃子でも動かないタイプだろう。

「まぁ、そう思うならまず勇者を手伝え。そんで手が空いたんなら……」

「……?」

「俺の豚骨ラーメン手伝いでもしてくれ」

「……ふふっ。それはいいな、是非とも手伝わせていただこう」

そう言って女騎士も穴に入る。

「んじゃ、お前ら達者でな。気を付けていけ」

「おーう、ピンチになったらこっちに転がり込んでやるさ」

そう言って勇者一行は闇夜に消えた。

辺りを見渡すと明るくなり始めていた。

「……取り敢えず」

俺は歩き出す。

「宿と働き口、探しますかぁ……」

************

そこから一年も立っていないが俺は結構な資金をためていた。

というのもあっちの世界の金品がこっちで高く売れたのだ。

銀行というものがよく分かっていないから、まだ自分のアイテムを収集するスキルを使っているがいつかこっちのシステムになれたいと思う。

勇者の言った通り、勇者は何回かこっちの世界に転がり込んでいた。

俺はどこでも暮らせるので家など持つ必要は無いのだが、転移先をどうやら俺にしてるらしいので取り敢えず住所を確保した。

俺はそこでラーメンの研究をした。まだ研究を始めて六か月程だが、勇者たちの協力もあって結構うまいのが作れている。

勇者に連れられてうまいラーメン屋にも行った、勇者の仲間の魔法使いと軽業師はしょうゆ味という味付けが好きらしい。分かる、あれは万人に好まれる味だろう。

意外だったのが僧侶だ。なんとあのメンバーの中でも大食らいだったらしく、いろんな味を食べつくしている。味は塩と味噌が同率で一位といっていた。

あれで滅茶苦茶な細身なのだから意外過ぎる。

だが味の参考人としてはとてつもなく心強い。

そして女騎士はというと、なんと俺の研究の手伝いをしてくれている。

勇者と俺は豚骨ラーメンが好みなのだが、正直作り方がどっちもわからなかった。

そしてお互いに「お前こっちの人間のくせに分かんねぇのかよ」や「プロじゃないとこういうの分かんねぇんだよ、てかお前の方が分かれや。元豚みてぇもんなんだから豚骨に関しては一家言あるだろ」などの醜い争いを繰り返していると女騎士が「これはこうなんじゃないか?」といってうまいこと味を調整してくれた。

そこから俺は女騎士に手伝ってもらっている。

そういえば、手伝うという約束をしていた。

恐らくそれを覚えているんだろう、正直冗談のつもりだったが滅茶苦茶助かっているから約束はしておくもんだ。

まぁだが、女騎士も「私は料理が好きなんだ」と楽しそうにしてるしいいだろう。

最近では勇者の能力で時間がある時には手伝いに来てくれてるしな。余程料理が好きなのだろう。

そして今日はその研究成果の披露会ともいえる日だ。

許可は貰っていないのだが、移動式の屋台を夜中にだすことに決めた。

客が来なくてもいい、やることが重要である。

俺はスキルから組み立て式の屋台を出す。

これは勇者が暇つぶしに作ったものだ、どうやら工作が好きなようでこういうの以外にも調味料を入れるケースも作ってくれた。

組み立て終えて、人気があまりなさそうなところまで移動する。

人が多いところだと大げさに話題になってしまうかもしれない。

目的地に到着すると、俺はラーメンの準備をする。

豚骨やしょうゆのスープを温めておき、具材や麺の確認も行う。

そうしていると、人の声が聞こえてきた。

その声はゆっくりと近づいて、屋台のノレン(というらしい)を潜る。

その顔を見てみると驚くことにあの時助けてくれた男だった。

男も自分に気づいたようで、驚いている。

「あの時は本当に助かった、おかげでこんなことをするようになってしまったよ」

というと男は笑い

「豚骨はありますか?」と聞いてきた

「勿論」と答えて 

俺は麺をゆでる。

そうしていると次は聞き覚えのある男や女の大勢の声が聞こえてきた。

「お~い、大将やってる?」

といいながら勇者が入ってきた。

「やってるぜー」

と適当に返事をしてるとその後から勇者の仲間がどんどんと入ってきた。

その中に見慣れない男が一人いる。

いや、見たことがある百年前だ。

という事はと思い、勇者を見ると親指を上げた拳をこちらに突き出していた。

「で、何食べるんだ?」

と俺が聞くと

軽業師と魔法使いは「醤油!」と元気よく答え、僧侶は「塩をお願いします」と落ち着いた口調で答えた。勇者は「豚骨」と答える。

「ちょっと待ってくれ、これ一人で手が回るかな……」

と俺が弱音を吐くと

「仕方ないな、お前は。手伝うぞ」

といって女騎士が手伝ってくれることになった。

ちなみに女騎士は「お前が一番自信のあるもの」が食べたいと言った。

まぁなら豚骨だろうな。

そういえば、こっちの世界の常識にも慣れて、服装も全員こっちの世界の人間である勇者から見てもおかしくないものになったのだが、勇者の「ラーメン屋は白のタオルを頭に巻いて、自分の店の名前が書かれたエプロンが基本装備」というこだわりにより俺は今白いタオルを頭に巻いている。これは何のためにあるんだろうか。そんなことを考えていると麺が茹で上がったので湯切りをしてスープに入れる。

そして具材を乗せて、客に出す。

「遅くなったけど恩を返すぜ」というと

「期待してますよ」と返してきた。

やっぱり徳が高いな、この男は。

男が麺をすする、なんだかんだ初めて商品として人に出したんだ。

緊張がないわけでもない。

そう構えていると男は

「うまいじゃないですか」

といって麺をすすっていく。

それを見てた元勇者は

「俺も……その、豚骨一つお願いします」

といってきたので俺は

「あいよ」

と一言答えると、麺をまた湯切りしていく。

醤油ラーメンが完成したので二人に出すと、二人とも元気な声でいただきますと言って食べ始めた。

感想は二人とも「美味い!」という力強いお墨付きだった、ありがたい。

次に塩ラーメンを出すと、僧侶は「おいしいです」と心底美味そうに言った。

そして豚骨ラーメンも四人分完成した。

その場の全員の提案でみんなで食べながら色々話そうという事になったのだ。

女騎士は席に戻り、俺はラーメンを三人に出す。

元勇者は目を輝かせてラーメンを見つめている。

俺は手を合わせいただきますと言ってラーメンを食べた。

うん、美味い。そう思っていると、勇者も女騎士もうまそうに食べていたが元勇者だけまだ手を付けていない。

「どうした?何かあったか?」

と聞くと元勇者は

「いや、本当に久しぶりで感情が……その……あっちで結構経ってたけどこっちでは立ってなかったから……嬉しくて……」

「まぁわからなくはないが、麺が伸びるぜ。早く食いな」

勇者が促して、元勇者も食べ始める。

この後の顔は言うまでもないだろう。

その後はいろんな話もしたし、いろんなことも聞いた。

こうして俺のラーメンの初披露はこれ以上ない成功を迎えたのだった。

~完~


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