オワコン、三人称視点改稿案番外1-2
でゅらはん作品名「オルタナティブ・ワールド・コーリング 略してオワコン」
序章 少女は再び世界に立って
番外 今なおも 因縁のいと 果てしなく
「ネヴァーエンド」
それはオルタナティブ・ワールド・コーリングがサービス開始された当初、最後の村に位置する拠点だった。
そこに初めて到達したパーティーが見たのは村と呼ぶにはあまりにも程遠い、一軒の名無しの掘っ立て小屋。その中にはセーブポイントと錆びついて使い物にならない開墾道具の山、そして老人のミイラと置手紙が残されていた。
「終わりなき繁栄を。果てしなき未来を。」
それを最初に発見した一団が何を思ったのか、今はそれを知る由はない。
老人の残した手紙に心を打たれたのか、申し訳程度のセーブポイントのみだった小屋をよほど寂しく感じたのか、はたまた苦労の末にたどり着いた最後の拠点があまりにお粗末だったことへの悔しさか……
いずれにせよ彼らは開墾道具を手に取り、それを修繕して小屋の周囲の開拓を始めた。
とはいえ一パーティーで出来ることは限られる。人も資材も圧倒的に足りない。そこで彼らは助けを募った。フレンドへのメッセージ、ゲーム内の共有チャット、連動サービスの掲示板、SNS等を駆使し支援してくれるプレイヤーを集めた。
果たしてどこまでが運営の意図したものだったのかは定かではない。ただ言えるのは、それがまだシステムとして実装される以前の、そしてオルタナティブ・ワールド・コーリング原初のプレイヤークエストの幕開けであったということ。
ある程度開発が進むと今度は常駐する人材が必要となってきた。いくら建物ばかりが並んでいても、人の賑わいが無ければゴーストタウンに過ぎない。これはログイン時間の限られるプレイヤー達には無理があった。
そんな時、突然あるキャンペーンが告知された。
「放浪する者達」と題されたそのキャンペーンの内容は、今まで町や一部スポットに配置されたNPCとは別枠で100種類もの特殊NPCがそれぞれ指定の地点に出現するというもの。例えば現役から退いた老騎士、例えば身寄りのない孤児、例えば駆け落ちした異種族のカップル、街の開拓という試みに興味を持った獣人の行商人、独立したばかりで拠点に困ったドワーフの鍛冶師etc……
こういった個性豊かなNPCからの依頼《クエスト》をこなしつつ、最前線の拠点まで案内すると特別報酬が獲得できるという内容であり、多くのプレイヤーたちがキャンペーンに参加し、情報の共有も積極的に行われた。
そしてキャンペーンの終了後、彼らは「この街に定住した」という体で最前線の拠点の住民NPCとなったのだ。
こうして、いつしかの一軒の掘っ立て小屋は小さな集落へ、村へ、そして街へと発展を遂げた。
ある時王都から使者が遣わされた。「街としての名前を登録せよ」との通達であった。
メタなことを言ってしまえば、運営からの粋な計らいだったのだろう。
街の名前決めにはプレイヤー達がガチからネタまで様々な案を提供し、選考には一悶着も二悶着も発生したものの、最終的に初代首長の置手紙から拝借したこの名前へと決まったのだった。
「Never end《果てしなく続く》」
――――――――――
「転移門」
それは追加課金プラン及びキャンペーンの特典を享受したプレイヤーのみが使用できる、街と街を繋ぐワープポイントである。プレイヤーは行ったことのある街に限り、この転移門を使って好きに行き来ができる仕組みとなっている。
青い肌の半魔の少女と紫髪の妖精が転移門を潜り街を出た直後、入れ違うように街へと降り立ったのは赤い肌の上半身を大胆に晒した半魔の少年とそれに付き従う黒いワンピースこ妖精。
「ネヴァーエンドなんて来たのは何時ぶりだ?」
「ナユタは疑問。ムゲンは何故あのオンナに執着する?」
「そりゃアイツには負けっぱなしだったからな。久々に来たリベンジのチャンスは逃さねぇよ!」
「もうムゲンはあのオンナよりもずっと強い。戦うまでもない」
「そりゃそうさ。だけどな……」
紅き半魔“ムゲン”は己のMENUである“ナユタ”に語った。
「勝ち逃げは許せねぇだろ?」
――――――――――
「集会所」
そこには冒険者ギルド、傭兵ギルド、職人ギルド、商人ギルド等といった複数のギルドが拠点を置いており、クエスト受発注やメンバー募集等を目的に集まった多くのプレイヤーたちで賑わう……とされている。
集会所の大広間は閑散としている。ギルドの受付以外にも所々人が突っ立っているが、あくまでそれは賑やかし《NPC》に過ぎない。かつては最前線だったこの街も、7年超経った今ではマップの序盤部分に位置する小さな拠点。その特殊な成り立ちを除けば何一つとしてユニーク要素はなく、設備《UI》は時代遅れ、特に大きなイベントの発生も見込めないこの街にわざわざ足を運ぶプレイヤーは滅多にいないのである。
そんな寂れた大広間を黒いローブに身を包みフードと仮面で顔を隠した一団が縦断していく。他に反応する対象もないNPCたちはその一団を見て口々に緊張した面持ちで呟くのだ。「暗殺者ギルドの連中だ」と……
「ターゲットを直ちに探し出せ。見つけ次第、私が確保に向かう」
集会所を出たところで、リーダーである先頭の女が他の4人に指示を下した。徹底して抑揚を潰したかのようなその声からは、彼女の感情を察知するのは不可能。他4人の仮面が「無表情の人間」を模したものであるとすれば、リーダーの顔を隠す仮面は「無」そのもの。除き穴も呼吸口も無い仮面の裏の表情を窺い知るのは困難を極める。
「「「「ハッ!」」」」
リーダーの指示を受け、部下たちは散開して町を散策し始める。それを手元のマップで確認しながらリーダーの女“九十九《ツクモ》”は己のMENUである仮面の妖精“一《イツ》”にも指示を下した。
「イツ、ターゲットの位置を検索」
「ハッ! ローディンローディン……」
――――――――――
「ローディンローディンローディンローディン…………出た」
「お? それでアイツはどこにいる?」
「建物の中から裏路地まで探った。だけどあのオンナ、この街にはいない。ムゲンはどうする?」
「となるとこの街を出たか……フレンドリストを頼む」
「わかった」
ナユタが無現のフレンドリストを表示する。ムゲンが注視するのは“アイツ”の名前とログイン状態。
「『オンライン』ってことはつまりまだログアウトはしてないってことだな」
ムゲンがこのことに気付いたのはつい先ほどの話。そのプレイヤーは長らくの間「オフライン:最終ログイン3年前」と表示されていた。なぜ3年以上もログインしていなかったアイツが今になって再びこの世界へ降り立ったのか? 疑問はあるがとにかく今は……
「ムゲンはどうする?」
「探すに決まってるだろ」
「そうじゃない。どこを探す?」
「アイツのことだから先に進んでるんだろ。周囲のフィールドから探ってみようぜ」
「わかった」
そうして、ムゲンとナユタは街の外へと繰り出すのだった。目的の人物が「先」ではなく「最初の街」に向かったことを知らないまま……
――――――――――
所変わって暗殺者ギルドの本拠地。鴉《カラス》と呼ぶにはいささか巨大すぎる三本足の巨鳥の遺骸に暗殺者ギルドの本拠地は存在していた。その頭骨内部に構えられた小さな座敷。骸の目は窓になっており、そこに映るのは外の景色……ではない。
「申し訳ありません、頭領。有効な手掛かりは得られず」
窓に映るのはネヴァーエンドにいる九十九。“頭領”と呼ばれた着物姿の女性NPCは、ネヴァーエンドへと派遣した部下からの報告を聞いていた。
「なぁに、問題ないさ。すぐに捕まるとは思ってなかったからねぇ……」
頭領が筆を走らせると、九十九の元へクエスト続行のサインが表示される。九十九はそれをみとめると通信を切った。
「アンタ達はどう思うんだい?」
頭領は座敷の前に立つ側近達に話を振る。そこにいるのは二人のプレイヤーと二人のMENU。いつもそこに立っているのではなく偶然居合わせただけではあるが……
「あの人のことだから、そのうちまた派手にドンパチやってくれますよ~。私たちはそれを追えばいいんです」
「追えばいいのだ!」
片や、お揃いの毛皮製ジャケットを身に纏い、お互いに手入れが全くされてないバサバサ髪の少女(?)と妖精。
「それにしても、まさか今になって再び姿を現すなんてねぇ……」
「……予想外」
片や、上品な赤いドレスに身を包んだ大柄の女性と黒いタキシード姿の紳士然とした妖精。
「ところで頭領、あの人を捕まえたらどうするんです?」
「さぁねぇ……」
頭領が懐から取り出したのはとあるアサシンの名簿。その名簿には「破門」の印が刻まれていた。
「どう落とし前つけてもらおうか……」
――――――――――
それはかつて繋いだ縁達。それがもたらすのは如何に……?
過去の因縁は果てしなく続く……
番外 廃人は 高みにありて 尚もまだ
見渡す限り緑の地平線。現実であれば雄大さを感じるこの景色もゲームとして見れば手抜きの塊。所々に言い訳じみて配置された木々や大岩が尚更侘しさを加速させる。
空を見上げれば青い空と白い雲。内部のプログラムによってランダムに生成される雲に、プレイヤーを取り巻く乱数との関連性が取り沙汰され検証が賑わったのも今は昔。
ふと柔らかな風が平原を吹きわたり、足元の草花を揺らしていく。その風向は北北西から。それと相反して頭上を流れる雲は北へ北へと流れていく。
特に特徴的なオブジェクトやギミックがあるわけでもないこのような手抜きと凡ミスはゲームの後半に行けば行くほど増えていく。旧スタッフ陣の一斉解雇を皮切りにクオリティを著しく低下させたこのゲームの象徴的一面と言えよう。
そんな平原のど真ん中で佇む男が一人。全身を特殊な意匠が施された錆色の鎧で覆った青髪の青年だ。その手に持つ銀色の盾には銀色の剣が納められており、それぞれに宝玉を持った龍の意匠が施されている。剣の抦頭と盾の上部は特殊な鎖を介して銀色のリングへと繋がってある。
男は銀色の盾を高々と掲げスキルを発動した。それは強制エンカウントのスキル。
途端、先ほどまでのどかだった平原の空気が一変した。平原からはどこからともなく鹿型モンスターの群れや獅子型モンスターが現れ、空からも怪鳥やワイバーンが頭上から男を急襲する。大量のモンスター達にタゲられているにもかかわらず、男の顔色は一つも変わらない。掲げた銀色の盾から剣を抜き、近づくモンスター達を次々と切り倒していく。振り下ろした一撃が獅子を真っ二つに裂き、銀色の剣閃が怪鳥を串刺しにする。ワイバーンの吐いた毒ブレスはスキルによる見えない盾に阻まれ、返す刀で放たれた飛ぶ斬撃が首を刎ねる。
「クェーーーーーン!」
「「「「「クェーーーーーン!」」」」」
巨大なボス鹿に先導され、鹿型モンスターの群れが男目掛けて殺到する。それは手練れであっても無事には済まされない質量攻撃。プレイヤー間でも迎撃よりも回避がセオリーとされる。しかし男は避ける素振りを一切見せず、盾を構え、剣の切っ先を群れへと向け叫んだ。
「サーヴィ・スエリア!」
それは男の持つ武器「來光剣《りょくこうけん》サーヴィ・スエリア」に付与された特殊スキル。盾と剣、それぞれ刻まれた龍の意匠が光り輝き、大小一対の白銀の龍となって男の横に現出した。男が剣を振るうと、小さな方の龍がそれに追随するように宙を飛び回り、次々と鹿達に喰らいつき蹂躙していく。
「クェーーーン!」
群れが蹂躙される中、ボス鹿が跳躍で龍を躱し男へと迫る。黒い光を帯びて振り下ろされる禍々しい角。それを男は盾で真正面から受け止めた。
「終わりだ」
男の背後でとぐろを巻いていた大きな方の龍がボス鹿へと襲い掛かる。角を振り回し龍に応戦するボス鹿。男はその懐へと潜り込み、その無防備な腹に盾を叩きつけた。
「クェン!」
ボス鹿は高々と宙を舞い、その身体に大小の龍が喰らいついていく。スキルの発動時間を終えた龍が霧散し消えていく中、男は落ち行くボス鹿にとどめの一撃を放った。
「戦闘終了! これがリザルトよ!」
眩いばかりの金髪に白いワンピース姿のMENUが男の周りをくるくると飛び回る。
「討伐数クリア! 指定の個体の討伐もクリア! あれほどの数を|無傷《ノーダメージ》で討伐よ! まあ、あなたなら当然の結果よね! ……べ、別に褒めてるんじゃないわよッ!」
「とりあえず村に戻る。面倒だから案内を頼むよ、ティア」
「フン! 道くらいちゃんと覚えときなさいよ! ま、仕方ないから案内してあげる! こっちよ、ルインス」
ティアというMENUを連れたこの男の名はルインス。レベル450にまで到達したいわゆる廃人《トッププレイヤー》の一人である。
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「村の周りの魔物を討伐してくださり、ありがとうございます! これでまた安心して暮らせます……!」
村長の男はルインスに感謝の意を示し、握手を求める。握手に応じたルインスに対し、ティアは耳元でこう囁いた。
「リンゲージ成立よ」
「別にそれが目的じゃない。どうやら当てが外れ……」
ふと、ルインスの視線が村長の男ではなくその後ろの子供たちに注がれた。村を救った救世主に目をキラキラと輝かせる少年と、他所の人間に対して警戒心が抜けきらず真横の少年の袖をギュッと掴む少女。ルインスがそういう趣味というわけではない。彼が着目したのは二人が身に着けているお揃いのアクセサリーだった。
「すいません、村長さん。ちょっとあの二人にお話を聞いてもいいですか?」
「ええ、もちろんですが……」
「ちょっといいかい? 君たち。そのペンダントについてなんだけど……」
ルインスは懐からリンゴを二つ取り出し、少年少女へと話しかける。このリンゴは「仲良しリンゴ」と呼ばれるアイテムであり、これを渡したNPC(特に子供)の好感度を上昇させる効果を持つ。「初手リンゴ」と呼ばれるこの行動はNPC達から効率よく情報を収集するためにプレイヤー達が頻繁に行うテクだった。傍から見れば犯罪臭しか感じないという欠点はあるが、NPCには基本不問だ。
「「リンゴありがとー!」」
「どういたしまして。君たちはどこでこれを手に入れたのかな?」
ルインスの問いに対し、少年はリンゴを頬張りながら答える。
「村の外に俺たちがいつも遊び場にしてる岩場があってさ。不思議な形した大きな魚と一緒に落ちてたんだよね」
「大きな魚?」
「うん! なんかすっごい四角い形しててさ! あんなの俺初めて見たもん」
「魚はどうしたのかな?」
「それがさ、ふしぎなんだけ……」
「飛んで行っちゃいました!」
少年を遮るように少女が答える。いかにも面白いものを見たと語るような態度の少年に対して、少女はどこか思いつめた風にルインスは感じた。
「私たちを見た途端、すぐにどっかに飛んで行っちゃったんです。そしたら、お魚さんがいた場所にこれが落ちてて……」
件のペンダントを見せながら少女は言った。
「あのお魚さん……なんかすごく悲しそうでした」
「悲しい?」
「えー! 俺は楽しそうに見えたけどなぁ~」
「楽しい……」
ルインスは暫し黙考した後、もう一度仲良しリンゴを二つ取り出しながら尋ねた。
「二人のそのペンダントを僕に見せてくれるかな?」
「「うん! いいよ!」」
リンゴと交換するような形でペンダントを受け取る。二つのペンダントはちょっとしたパズルのような構造をしており、ちゃんとした手順を踏むと元から一つであったかのように綺麗に組み合わさった。ルインスは完成したものをティアの方へ差し出し言った。
「ティア、読み取ってくれるかい?」
「えぇ! ……うぅ……わかったわよ……」
ティアが渋々それに触れる。直後、彼女の身体が硬直し何かに憑かれたかのように目から異様な光を放ちながら話を始めた。
「|遘√?險俶?縲《私は記憶、》|豬キ縺ョ險俶?《海の記憶》 |蜷瑚?繧磯寔縺《同胞よ集え》」
「|「遘√?《私は》|縲《『》|蜑」蜈医?譁ュ蟠《剣先の断崖》|縲《』》|縺ォ縺ヲ蠕?▽《にて待つ》」
光が止み、ティアが体の制御を取り戻す。
「うぅううぅ~っ! これ嫌い! ほんと嫌い!」
喚くティア、それを見て村長は心配そうにルインスに尋ねる。
「お、お付きの妖精様は大丈夫ですか?」
「剣先の断崖か……あ、ティアのことなら大丈夫です」
「あなたには聞いてないでしょ! というかなんでルインスに聞くのよ!」
「妖精さん、大丈夫?」
「リンゴあげるよ?」
「あら、ありがとう♪ でも大丈夫よ!(ルインスの方を向いて)この子達の純粋さと優しさを見習いなさい!」
「はいはい……これ、返すね。ありがとう」
「「うん!」」
ルインスはペンダントを元の形に分解し、二人に返却する。その後、村長からクエストの報酬を受け取り、街を発ったのだった。
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「それにしても『剣先の断崖』か……まさかまさかだ」
『剣先の断崖』……それはこのゲームでも最初期のロケーションの一つであり、ルインスのような廃人プレイヤーが今更訪れることはまずない場所だと言えた。
「でも行くんでしょ?」
「もちろん。一番近いのはファーステップだったっけ? というわけで転移門のある町まで案内頼むよ」
「わかったわよ。ついてきなさい!」
フフンと鼻を鳴らしながら先導するティアの後ろをルインスはついていくのだった。