オモチャの海賊団inシャボンディ③
ホビローさんinシャボンディbyペンギン視点。
ジャンバール解放~船に戻ってきた辺りまで。
ガチャン、ガラララ、とそこそこ大きな音を立て地面に落ちた首輪に、目の前の大男が驚いた顔をしてこちらを見下ろしてくる。……おれ達の潜水艦に連れてったら入れるだろうがそこかしこで頭ぶつけるんじゃないかなこいつ、と『キャプテン』の指示を思い出して内心ため息を吐いた。
「よぉ、ジャンバール。うっとおしい首輪から解放された気分はどうだ?」
「お前達は……」
「おれ達はハートの海賊団だ。おれはまぁ……今は『プロキシ』と呼んでくれりゃあいい」
今はまだ正面玄関の方の騒動に海兵が意識を取られているため気づかれていないが、早めに行動した方がいいのは間違いない。おれが『プロキシ』でよかったな今回……と思ったのは、これからこの大男――天竜人の内の1人に奴隷として扱われていた、捕まる前は海賊団のキャプテンをやっていたジャンバールと呼ばれる人物を勧誘しなければならないからだ。
おれ達所謂旗上げ組は『キャプテン』の代わりに『プロキシ』として振舞う事が多いが、その割合はやはり偏りがある。ベポが『プロキシ』をやると唯一のミンク族という事もあり印象に残りやすい上、現状『キャプテン』を考慮に入れない場合の海賊団内最強戦力という点から自由に動けた方がいいという事でベポの『プロキシ』役の回数は数えるほどだ。おれとシャチはその点いつも被っている帽子も入れ替えてしまえば見分けがつかなくできるのでよく『プロキシ』役になるが、咄嗟の判断でより『キャプテン』の望むように振舞えるのはおれの方だ。シャチはどちらかというと戦闘時など機転を求められる場面で『プロキシ』役になる事が多く、今回のような「他に視線がある場面での『プロキシ』役」はおれに回ってくる事が多い。それすなわち、交渉などの場面で事前に『キャプテン』から受けた指示を元に『キャプテン』としての対応が求められるという事で……今回の『プロキシ』役はおれでもシャチでも良かったのだが、シャチがおれがやった方がいいのではないかと言った事で今こうしてジャンバールにおれが対面する事になっているのを考えると野生の勘でもあるのではと思ってしまう。
……思考が逸れた。そんなわけで、珍しく騒動が起こった時点で人ごみに紛れる、もしくは撤退の指示を出さなかった時点でこの事を考えていたらしい『キャプテン』に、おれはジャンバールの勧誘を指示されたわけである。誰かを救った結果力になりたいと仲間になる事はあっても、『キャプテン』が自分から勧誘する事は非常に稀なんだが……やっぱり気にしてるんだろうか、と邪推しつつ、状況を把握してこちらへ視線を落としてくるジャンバールと正対する。
「なぜ」
「中の騒動は聞こえてたんだろ? 天竜人達は麦わらの一味によってノされてる。中に居た海兵や護衛共は既に倒された、外を囲っている海兵達も他の海賊団がありがたーい事に倒してくれてる。そんな中、オークションの中の奴隷未満達が逃げ出してるってのに、あんただけ逃げれてねぇってのは、『可哀想だろ?』……ってのがまず1つ。ただその上で、おれはあんたに『キャプテン』の提案を届けに来た」
「キャプテン……?」
「おれ達の『キャプテン』はトップシークレットなんでね。『キャプテン』の意向を伝えるのが『プロキシ』の役目なんだよ」
「……『キャプテン』というのは、先ほどまで正面玄関に居たはずのおれが、突然ここに転移させられた原因か?」
「そ! 凄いだろ~! おれ達もさっきまでこの中に居たんだぜ」
に、と笑って見せる横で、シャチがコンコンとヒューマンショップの壁を叩く。……そう、おれ達は今、正面玄関を経由する事なくヒューマンショップの外、外壁の近くにいた。ジャンバールも元は鎖で正面玄関近くに繋がされていたのに鎖を残してここにいるのも、同じ『キャプテン』の能力によるものである。
『キャプテン』の能力、オペオペの実の能力によって展開される"Room"。その中で行える"シャンブルズ"という技は、"Room"内に存在するあらゆるものの位置を一瞬で入れ替える事ができるというもの。その入れ替えるものの制限は全くなく、おれ達がヒューマンショップの外に出る時のように外に転がる石と人を入れ替えたり、ジャンバールを今おれ達がいる所へ引っ張ってきたように紙と「鎖に繋がれた首輪を残して」ジャンバールを入れ替える事だって可能だ。"Room"さえ広げる事ができれば、その発動は一瞬で行われる。"Room"を広げている間は体力を消耗するという欠点はあれど、"Room"を一瞬で望んだ広さに広げる事ができるように訓練した『キャプテン』なら、これぐらいは朝飯前の事だ。他にも付けられていた鎖はおれ達でぶった切ったけど。
まぁそこまでするという事はそれだけ『キャプテン』がジャンバールを勧誘したいという気持ちが強いという事なのだが、とジャンバールから視線はそらさないまま背中の気配に意識を向ける。『キャプテン』は音がしない。須らく『キャプテン』から発せられる音が消えてしまうから、たとえ息切れしていたとしてもそれを感じ取るには気配を読むしかない。現に今、『キャプテン』がおれの背負うカバンの上でわずかに体を震わせている――そう全力疾走した時のように――事に気づいているのはおれだけだろう。ホビホビの能力を食らっている所為……というか11年前からサイズが変わっていない所為だとは思うのだが、『キャプテン』の体力は同年齢の男性と比べて少ない。小範囲、かつ一瞬の"Room"展開ならともかく、それより前も能力をちょくちょく使っていたし、外に出す、そしてジャンバールの位置を入れ替えるために広く"Room"を広げたのが体力を削った原因だろう。少しとは言え息が上がっている様子にまたこの人は無茶をして……とため息が出そうになったのを押さえつけつつ、なるほど、と納得した様子のジャンバールへ単刀直入に『キャプテン』の言葉を伝えた。
「なに、提案は簡単な話だ。『おれと来るか? 海賊キャプテン・ジャンバール』」
「――そう呼ばれるのは久しぶりだ」
「ちなみに一緒に来てくれるとおれ達も楽できそうだからうれしいな! キャプテンやってたなら強いって事でしょ?」
「そうだな。ついでにおれ達の海賊船は潜水艦だから、もし天竜人からの追手が差し向けられたとしても、それより早く手のとどこかないところまで逃げられるぜ」
「ま、"麦わら"天竜人を殴ったから、『キャプテン』もあんたを解放しようという気になったみたいだし、半分ぐらいは”麦わら”に感謝すればいいが……拾われてくれる気はあるか、キャプテン・ジャンバール?」
小首を傾げて挑発的に問いかけつつ、手を差し出す。できれば早く手を取ってほしいんだがなぁ、とこちらに気づき始めた海兵達を知覚する。まぁベポが暫く追い払ってくれるだろうけど……と思ったところで遠距離から「音もなく」矢が飛んでくるのを認識してハッとした。まさか、と思った直後に、差し出した右手が掴まれるついでに引っ張られ、迫っていた矢がおれと比べ遥かに太い腕に薙ぎ払われた。
「――天竜人から解放されるなら、喜んで『お前』の部下になろう!!!」
「……ハハ、そう来なくっちゃな!」
ぶん! とそのまま薙ぎ払われた腕に、近寄ろうとして来ていた海兵が気持ちよく薙ぎ払われる。わー流石見た目通りの重量級……! と思いつつ、直後に背中に感じた複数回叩かれる感覚にハッとして更に海兵へ追撃を与えようとするジャンバールの服を引き同様に海兵からの攻撃を弾いているシャチとベポへ声をかける。
「シャチベポ! "飛ぶぞ"!」
「「!」」
「ジャンバール受け身取れよ!」
「――分かった!!」
「『キャプテン』!!」
叫ぶと同時、ぶぅん……という音が聞こえた瞬間には視界が切り替わっていた。少し上空に飛ばされたのを認識し、斜めっている地面――屋根にしっかりと足をつけ衝撃を殺す。ガン、と鳴った音は他の戦闘音にかき消された。周囲を見回し、目立つ巨躯をとりあえず中央の方へ引っ張る。
「ここは……」
「ヒューマンショップの屋根の上だ。とりあえず上見られなきゃ気づかれねぇだろ……シャチ、そっちの方見てくれ」
「へいへい」
とりあえずジャンバールはベポに預け(後ろで「とりあえずお前はおれより下ね」「奴隷よりはマシだ」という会話が聞こえた。ベポ多分それベポが暫く世話係になるって意味伝わってないと思うぞ)、影などでバレないように気を付けつつ眼下を覗く。高いところだけあって、海兵が一旦大体かっ飛ばされている事、少し離れたところから増援がこちらへ向かってきている事、そして指示をしているらしき正義のコートを纏っている者の中に――金髪と煙草を見とめる。
(……居た)
踵を返して戻れば、ジャンバールの手当てをベポが行っているところだった。天竜人の奴隷にされていただけあって、ジャンバールの体はいたるところに怪我がある。ジャンバールは拒否しようとしていたがぷんすか怒っているベポが強引に手当てを進めているらしく、関係性は問題なさそうだな、なんて思って頭を振った。今はそれどころじゃないと、同様に戻ってきたシャチに水を向ける。
「――そっちは?」
「正面に比べりゃ少ないが、やっぱ裏側も海兵が屯ってるな……奴隷なりかけの巨人がいただろ? あいつが他の非戦闘員の奴隷なりかけ達を逃がすために戦ってるからそこそこ人数がいる。手薄なのは横だろうな」
「ああ。こっちは一旦麦わらとユースタスが正面の海兵をかっ飛ばしてたが、第二陣が来そうだった。あっちに合流するのは二重の意味で無いな」
それに、とここで両手を握り拳にして3人に見える位置に掲げる。ジャンバールは首を傾げたが、シャチとベポは意図を理解して両手に視線が向く。それを確認して、空中をノックするように点と伸ばす音をそれぞれ両手に当てはめたモールス信号に従って動かした。……それもこれも、『キャプテン』に気づかれないように情報を伝えるため。
『キャプテン』の現在の居場所を考えてもらえれば分かると思うが、『キャプテン』はマントの下にいるため周囲の様子を認識するのはおれ達の会話や音を参考にしている。なので音を介さなければ、『キャプテン』に気づかれずに情報をやり取りするのは容易だ。筆記でもいいが紙とペンを取り出すよりもこちらの方が早い。……何せさっきこのヒューマンショップの上へ飛ぶという指示を『キャプテン』が出すのに使っていたのもモールス信号である。おれ達旗上げ組どころか、船員は全員修得しているレベルであるので。そうして伝えた内容に、シャチとベポは顔を見合わせて困った顔をした。
『正面に「あの少将」がいる』
『あー……』
『よし気づかれないように逃げよう』
『賛成〜』
『そっちに話を持ってくから援護よろしく』
『分かった』
「――ならもうちょっと待って、麦わらとかが逃げるタイミングなら海兵もそっちに気を取られるだろ。そのタイミングで降りて街の方へ行こう」
「そうだな〜……他のメンバーも自己判断で戻ってるとは思うけど確認ついでに待つか」
「そうだね、ジャンバールの怪我もうちょっとしっかり手当したいし……ジャンバール、咄嗟ならともかく、しばらく治るまで戦闘禁止ね! 拷問受けたとこ痛いでしょ!」
「……分かった……が、とりあえず、どうして持ち歩くにしては過剰な程の内容物が入った救急箱がポンと出てきているのかを聞いてもいいか」
「「うちは医者が多いから」」
「……?」
おれ達の無言のやり取りに疑問の目を向けるジャンバールにシーッと人差し指を立てたから、ジャンバールは特段口にする事なく他の疑問を口にした。それに答えつつ、シャチに電伝虫を投げた。受け取ったシャチが他の船員達に電話をかけているのを尻目に、正面玄関の方へ視線を投げる。
さっき下級海兵への指示出しを行っていた中にいた、1人の将校。北の海で旗上げして暫くした頃に遭遇し、ここシャボンディ諸島にたどり着くまで延々と追いかけられているその将校をロシナンテ少将という。多分本来なら表に出てこない――いわゆるスパイとか、そういう役割を担っている海兵だと思う。初めて会った時はそもそも海兵の恰好ですらなかったし、何ならおれ達が最初の頃は隠密行動重点だったために必要な情報を手に入れる過程で手に入れた情報を求められて流し、その後全く別のところで海兵達と会話しているのを見てようやく海兵だと知ったぐらいだ。向こうはおれ達に賞金がかかった時点で気づいたようで、次に鉢合わせした時はすぐさま追いかけられたのだけど。
それだけならまぁ、ごくごく一般的な開閉と海賊の関係だと言えなくもない。にもかかわらず今避ける事を選び、あまつさえ『キャプテン』に独断で知らせずにいるのは……どう見ても、ロシナンテ少将と『キャプテン』の間に並々ならぬ関係があるのは明白だからだ。なにせ、ロシナンテ少将は『キャプテン』の身にかかっている能力の内の1つ、ナギナギの実の能力者なのだから。
おれ達旗上げ組は、『キャプテン』がおれ達と会うまでに何があったのかを聞いてはいる。しかしそれも、ホビホビの能力を受けたせいで身近な人全てに忘れられた事、『キャプテン』の事を忘れたにもかかわらずホビホビの能力者に追加で命令される前に助けてくれた人が居た事、恩人が守るためにナギナギの実の能力を『キャプテン』にかけたままはぐれてしまったために今なお『キャプテン』が話せない事……この程度だ。それより前の事はホビホビの能力で消される前の環境が入ってくるからだろう、明らかに(情報共有のために筆記していた)手が止まっていたし、聞いたタイミングが『キャプテン』からすればオモチャ化からさほど時間が経過していなかった頃だったから、『キャプテン』の中で消化できるまでは待とうという話になっていた。しかしロシナンテ少将と『キャプテン』が遭遇した最初で『キャプテン』の反応がおかしかった事、ナギナギの能力者だと判明して関係性を問う前に『キャプテン』の方から聞くなと言われてしまった事、その時点で准将になっていた頃から『キャプテン』とはぐれた頃は既に海兵だっただろう事から、色々嫌な想像ができてしまって聞くに聞けなくなってしまったのである。実際、ロシナンテ少将とおれ達が対面していて『キャプテン』が『プロキシ』としてのおれの背中にいる時は、余計に存在感を無くそうと背中にがっつり引っ付いて反応しなくなってしまうしなぁ……。
……おれが想像できる範囲で予想を述べるとすれば、『キャプテン』は海賊になってしまった現状、オモチャ化する前の『キャプテン』の事を忘れているのなら丁度いいと、ロシナンテ少将を「『キャプテン』を元に戻す」というおれ達の目標に関わらせないようにしようと考えているのだろう。オモチャ化直後で記憶がなくなったのにも関わらず助けてくれる優しい海兵が、『キャプテン』を持って今ホビホビの能力者を抱えているドンキホーテ海賊団から逃げたのなら、そしてそれが『キャプテン』の恩人なら、ドンキホーテ海賊団から狙われている可能性は多大にありえる。『キャプテン』は姿さえバレなければ厄ネタは究極の悪魔の実と言われるオペオペの実の能力者である事ぐらいだ。狙われる事はあっても、狙っている事は気づかれない、だって相手に記憶がないのだから。そうなれば、恩人を関わらせないために、自分があの日はぐれたオモチャだと、記憶がなくなっているだけで大事な存在だったかもしれないなんて可能性さえ無くそうと考えている可能性は高いだろうなと思っている。シャチ・ベポと『キャプテン』が居ないところで意見を交換した結果2人とも同意見だった事を確認した日から、ロシナンテ少将と鉢合わせしないように画策するようになるのも当然の事だった。……向こうはなんでか飽きもせずおれ達の目撃情報があれば必ず追いかけてきているんだけどな、一体何が琴線に触れたのやら。
今ここにロシナンテ少将が現れているのも、おれ達を追ってだろう。先に気づけてよかった、とため息を吐いたところで、眼下がまた騒がしくなった。ちらと視線を向ければ、建物の中に居た麦わらのクルー達が出てきたところで、それに呼応して海兵達が捕まえようと指示を出し始めたところらしい。会話の中身を聞く限り指示者は准将と呼ばれているから、ロシナンテ少将は能力の付与程度で指揮は下にぶん投げてるのか……? とのんきに煙草を吸いながら周囲を見回している金の頭を遠目で眺める。
「――……な、麦わ……に一目……次に……しねェ……!」
「……も「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」はおれが見つけるぞ!!」
ピク、と雑多な剣戟の音を縫って届いた麦わらの言葉に背中が震えたのに気づいて、……クスリと笑う。「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」は、存在すると言われているもののそのくせ目指していると口にすれば正気か? と頭を疑われる程度の認識の海賊団が殆どだった。おれ達は第一の目標が別だから特に言った事はないが、海賊として船出した以上いずれは目指したいと思っているのは『キャプテン』も、他の船員たちも同じだろう。麦わらや、ユースタスもそれは同じだったらしいな、と思いながらユースタスの言葉を受けて背中に言葉を落とした。
「――が、この先は……それを口にする度胸のねェ奴が死ぬ海だ……!! "新世界"で会おうぜ」
「……会えるといいですね。次は、『キャプテン』が」
返事はトン、と背中を叩かれる事で返ってきた。ハハ、と笑いつついつの間にか電話を終えおれと同じ方向を見ていたシャチと笑みを交換する。手当を終えながらこちらに近寄ってくるベポも同じで、唯一分かっていないのはジャンバールのみだ。しかしその視線はおれのマントに向いていて、勘がいいな、と思いながらその体を叩く。
「――疑問は、船に辿り着いてから説明してやるから後で、な?」
「! ……ああ」
「そろそろ降りても大丈夫かな? 海兵、大体追いかけてったし……」
「そうだな。あ、シャチ、帰還具合は?」
「大体半々ぐらいだ。戻ってないやつも早く戻るように指示は出したし、あいつらはツナギも脱いでるから時間はかかるだろうけど問題なく戻ってこられるだろうって。ただ、24番GRに他の超新星の海賊が多くて、戦火が飛んでこないか監視のために残ってるって言ってたから、状況によっては回収しに行くべきかもな」
「それは後でもう一度電話すればいいんじゃない? ……あ、あそこなら海兵が手薄だよ、見られたら伸せばよさそうだね」
「よし、そろそろ降り――おァ、っ『キャプテン』……!」
これぐらいの高さなら別に問題なく降りれるだろ、と自分の足で降りようとして、浮遊感と共に視界が切り替わる。今度は合図も何もなかったため慌てて踏ん張り体勢を崩しかけるのを避けながら非難の声を上げれば、背中で叩かれた内容は『情報を伝えないクルーには良い薬だろう』というもので……『キャプテン』もしかしなくてもどっかで外見たな?? これは船に戻ったら説教コース、と覚悟しながらジャンバールを引っ張り森の中へ走りこむ。とりあえずまず海兵の目を撒く事が最優先だ。
「はぁ……っ、よし、とりあえず撒いたな。ジャンバール、大丈夫か?」
「問題、ない……、流石、鍛えているな」
「そりゃあね! 今ここは……20番GRかぁ、さっきシャチが言ってたのって24番GRだっけ?」
「ああ。ウニが確か行ってたところの筈だ」
息を整えつつ、シャボンディ諸島に来てすぐに手に入れた地図を広げて確認する。さっきまでいた1番GRから海軍の駐屯地と反対方向に逃げたため、気づけば20番GRまで逃げてきていたらしい。おれ達が船を止めたのは25番GRだから、24番GRは隣だ。無法地帯の20番台のGRは外側が外海に接しているから他の海賊団も停めやすいんだろうな……。
「ウニのやつ、電伝虫持ってってたか?」
「いや、一旦戻ってきたけど、おれ達がまだ戻ってきてないから、戦火の偵察のために再度出てったらしい。何かまずそうなら電話入れるように言ったし、こっちはこっちで進みながら電話きたら24番GRを通るのを避ける、でいいと思う。さっき電話した時麦わらが天竜人殴ったって情報は既に届いてたし、目ぇ付けられないように余計な戦闘は避けるだろ他所の海賊団も」
「まぁ大将が来るって話だったからな……早く船に戻って最悪潜水しちまおう。海の中まで追ってくるなら――おれ達の独壇場だしな」
「違いねぇ」
他のGRと比べれば喧騒の遠い中、目立たないように――とはいえジャンバールが一緒の時点で目につくのは仕方ないのだが――海兵を避けながら進む。おれはシャチに比べれば周囲を見ている方だが、『キャプテン』に比べればその感知範囲は狭い。おれも視ておくから感知できるように頑張れ、と『キャプテン』に言われたのもあって、20番GRから23番GRまでは4人揃って海兵の気配を知覚できるように見聞色の覇気を訓練する時間となった。確かに常々実践しなきゃ身につかないものではあるけどこんな贅沢な覇気の訓練もないだろうな……という思いが途切れたのは、23番GRから24番GRに足を踏み入れてほぼすぐの事。突然ジリリリリ! と鳴り響いたコール音に、慌ててシャチが受話器を取り上げる。
「ぅわっ、と、――こちらシャチ!」
『シャチ! 『プロキシ』も、そっちは無事か!?』
「ああ、こっちは特段……何があった?」
『24番GRにはまだ入ってないんだな、良かった! 今どこだ、24番GRは迂回してくれ! ウニが今戻ってきたんだが――』
「おやぁ〜〜〜……? またこれは、運がいいねぇ〜〜〜」
バッ、とそちらを向いた時には、目の前に光った足裏が迫っていた。次の瞬間強い衝撃に吹き飛ばされるのを、俺より後ろにいたジャンバールに受け止められる。
「「『プロキシ』!!」」
「……っ、大丈夫だ!!」
「うん、このマーク……ハートの海賊団だねェ〜〜〜……戦桃丸、ハートの海賊団がこっちにいるよォ」
『いつの間にか姿消したと思ったらそんな所まで逃げてたのかよ!! オジキ今24番GRだろ!!? オジキはそいつら頼んだ!! おれは麦わらを探す!!』
「分かったよォ」
電話を切り、電伝虫を懐にしまう相手――大将・黄猿に舌打ち。咄嗟に腕でガードしたものの、相手が食べたピカピカの実の特色である光と同じ速度の蹴りを受けた所がジクジクと痛んでいた。多分、折れたな……折れた程度で済んでよかった、と無理やり切り替えて懐から伸縮できる棒を取り出す。覇気を使えなきゃ碌に攻撃を加えられないだろうが、身代わりにはなるはずだ。
「さてと……海賊団一括で懸賞金が掛かってる珍し〜い海賊団だけど……個々の能力はどうだろうねェ?」
「はは……天竜人を殴ったのは麦わらで、おれ達はあの場に居ただけの巻き込まれなんだけどなぁ……見逃してくれたりしねぇ?」
「あらァ、そーなの。でもま、返事は想像つくでしょーよ……っ!」
「っ!!」
軽くいなされた解答にですよね、と思いながら棒を構えた直後、ガァン……! という硬いものがぶつかり合う音。しかしおれには衝撃が来なくて、見ればおれと黄猿の間にシャチが滑り込んで――なんとその蹴りを受け止めていた。止めている腕は黒く――武装色の覇気で染まっていて、それに僅かに黄猿が驚く。
「おぉっと」
「っおりゃあ!!」
掛け声と共にシャチが黄猿を跳ね飛ばす。やっぱり土壇場での成長はシャチの方が起こりやすいな、とその背にすまんと小さく言葉を落とした。シャチは(『キャプテン』を覗いて)おれ達の中で一番武装色の覇気が使える方ではあるが、その発動率は6割程度だ。4割のおれと比べれば安定している方だし、今こうして使えているのだから流石である。いいって事よとこちらも小声で返ってきたのを聞きつつ、黄猿を注視していると……その長身の向こう側に転がっている他の超新星と呼ばれる海賊達と戦闘の被害を受けたのだろう建物が見えてうへぇとなった。超新星達は死んでいないようだがダメージが酷そうだし、こちらに視線が向いているが動けそうにない。25番GRへ向かうには24番GRを突っ切るのが一番早いのだ、どうにかして通り抜けなければ……と自身も棒に武装色の覇気を(シャチに比べると遥かに安定していないが)纏わせれば、膝を使って勢いを殺した黄猿がおお~、と緩く感心したような表情を浮かべる。
「まさかこの時点で、既に武装色が使えるようになっている海賊団があるとはねェ~……懸賞金1億は低いんじゃあないのォ?」
「はは、大将に褒められるとは光栄だな……!」
「おれの蹴りを止められたんだから誇っていいよォ。これはちょーっと時間かかりそうだねェ……」
「あんたが真っ先に狙うなら『プロキシ』だろうよ! おい『プロキシ』、指示は!?」
「――『ここから500』!」
「マジかよジャンバールついて来いよ! ベポ守れ!!」
「アイアイ!!」
シャチの声にベポが真っ先に黄猿へ殴りかかる。しかし覇気を纏っていないため、その蹴りは軽々すり抜けてしまった――しかし今はそれでOKだ。すり抜けた事で少し拍子抜けしたような表情をした黄猿が視線だけベポの方に向け、殴りかかった勢いそのままにベポがそのまま走り去ろうとするのに追撃を加えようとするのを――阻止する形でシャチの武装色を纏った拳がぶつかる。
「逃げてるけど良いのォ?」
「最初からおれ達の目的はあんたを倒す事じゃねぇよ! ジャンバールそのまま走れ!」
「ああ!」
「お前だけに格好つけさせないからなシャチ……!!」
ガィン、と嫌な音が武装色を半端に纏った棒から響く。完全ではないとはいえ武装色を纏った武器だ、いつものようにすり抜ける事もできないのだろう、拮抗状態に持ち込んでから一瞬弾き薙払えば軽々しく避けられ、攻撃されそうになるのをシャチが遮り、シャチが狙われればおれが、ベポとジャンバールに意識が向けば2人で畳み掛ける。入れ代わり立ち代わり場所を交換し、ベポとジャンバールがさっきおれが告げた500――接敵した位置から25番GRの方へ500m進んだ位置まで進むまで耐えていれば、1分も立たぬ間におれもシャチもボロボロになっていた。致命傷は食らっていないが無理やり動かした腕は激痛を発しているし、棒に纏わせていた武装色の覇気は早々に安定しなくなったので、まだ纏えているシャチを主軸におれがサポートに回る立ち回りに切り替えたためシャチは何度か重い攻撃を貰っている。……ただこれどう見ても本気じゃないな、とバキン! と手の中で砕けた棒に舌打ち。ベポ達は、と移動するにつれ彼らを背にしていた状態になっていたため視線を向け――時折意識を引ききれずに飛んでいたレーザーをなんとか避けている2人が無事なのを見て――その意識の隙間を黄猿が見逃す筈もなく攻撃を加えようとしてくるのと、それにもう武装色の覇気が解けてしまったシャチが割り込んでくるのが正面に戻した視界の中で見えた瞬間、シャチの服を掴んで叫ぶ。
「そろそろ倒れてもらわないとねェ……!」
「ベポ!!」
「アイアイ!!」
ドガッ!! とシャチ諸共吹き飛ばされ、ほぼ水平に飛んだおれとシャチがベポとジャンバールに受け止められる。衝撃にぐ、と呻きつつまずい『キャプテン』……!と背中の安否を気にしつつ視線を上げれば、纏めて追撃を仕掛けようとしている黄猿の姿が見えて――それに、笑う。
「おれ達の勝ちィ!! 『キャプテン』!!!」
弾き飛ばされた事で、指示された500mを超えていたのだ。ここからなら――『キャプテン』の"Room"が届く!! その証拠に、ブゥンという鈍い音と、広範囲故に一瞬とはいかなかったのだろう青いドームがはっきり知覚できる時間広がって、次の瞬間視界が切り替わった。ジャンバールの腕の中のまま、ドシャァッと甲板に倒れ込む。
「っは、え、ペンギ――」
「シャチ! お前その傷っ」
「――っ潜航準備急げェ!! 一旦潜るぞ!!!」
「ら、了解!!」
ドタバタと準備を始める船員達を他所に周囲を警戒して、喧騒が遠い事にホッと息が漏れた直後、一度飛んでいた腕の痛みが戻ってきて呻く。横を見ればベポに抱き留められたままのシャチも最後に蹴り飛ばされた時か、腹部に酷い怪我を負っていた。ただ手術レベルまで行っている様子はなく、思わずマシだな? と声が漏れる。
「攻撃、受ける瞬間……なんか……武装色纏えたみてぇで……」
「え、お前ただでさえ腕のもあそこまで纏い続けれたの初だろうによくできたな」
「へへ……あー……つっかれた……」
「うー、ごめんね、おれがもっと安定して使えればよかったんだけど……」
「武装色はおれとシャチが一番マシだからな……仕方ねぇよ」
「……すまない、おれが戦えればよかったのだが」
上から降ってきた謝罪にキョトンとジャンバールを見上げる。シャチやベポも同じで、3人から何故? の詰まった視線を向けられた事にジャンバールがたじろいだ。
「ジャンバールは既に怪我人だろ? 怪我おしてまで戦えなんて言わねぇよ」
「そうそう、戦える奴が居ないならともかくおれ達が居るのに?」
「それにジャンバール、体庇ってたでしょ! その状態で大将と戦闘なんて余計に怪我が増えるだけだよ」
「だが……」
眉根を寄せる姿に、シャチ達と顔を見合わせて頷きあう。こいつぁ重傷だ、とジャンバールのメンタルケアを視野に入れつつ、いい加減背中を叩かれて痛いので自分の足で立ち上がった。何はともあれ船に来れた訳だし、すぐ船内に入らなければだが――ジャンバールの背を叩き、にっこり笑って口を開いた。
「――ま、何はともあれ! これから宜しくなジャンバール!」
「……! あぁ、これから世話になる。宜しく頼む!!」
「「「「「宜しく!!」」」」」
ジャンバールの言葉に対して(流石に甲板に出ているメンツだけだが)返ってきた唱和に、おれ達は顔を突き合わせて笑ったのだった。
「あ、ちなみに『キャプテン』なんだけどユキヒョウのオモチャの姿してるから」
「……は?」
「ほらこんな」
『宜しくな、ジャンバール?』
「……!?」
船が海に潜り追手もないと一息ついた後、手当を受けるおれとシャチの横で『キャプテン』を手の上に乗せられ、動くオモチャという存在に驚愕して固まるジャンバールがいるのだが、それはまた別の話。