オモチャが人前から消える理由
「私は今日の大会……どんな手を使ってでも優勝して……!!
"メラメラの実"の力で!!ドフラミンゴを討つんだ!!」
それは無謀な話なのかもしれない。
現に今こうやってルーシーにあっさりと組み伏せられている以上、決勝まで勝ち進んだとしてもルーシーに勝てる見込みは薄い。
でも。
「もう守られるだけじゃイヤなんだ!!!
今度は私が兵隊さんを守りたい!!!」
せめて何かをしてあげたい。
私達を救う為に命を懸けようとまでしている彼らの為に。
「………兵隊さんが……死んじゃう」
怖かった。
それが何よりも怖かった。
「兵隊って?」
「片足の……オモチャの兵隊さん」
「ん?コロシアムの入り口でそんな奴に会ったぞ?」
「ええ、きっとその彼……」
「……やっぱり、オモチャも死ぬんだな」
「え?」
呟くようにルーシーが言うと、ルーシーは被っていた麦わら帽子から小さな紙切れを取り出して手のひらに乗せた。
元はどんな形だったんだろうか。端の方が焼け焦げて、いびつな形の小さな紙片。
それはコロシアムの外に向けてひとりでに動いているように見えた。
「それは?」
「ビブルカードってんだ。持ち主のいる方向へ勝手に動く……んまァ不思議カードだな」
「へえ……焦げてるのはどうして?」
「……これは持ち主の生命力で燃えたり直ったりするんだよ。元々はもっと大きかったんだけどな」
つまりこのカードの持ち主は、もうかなり生命力が弱ってるってことかな……
「そっか……でも、そのカードがどうしたの?」
「…………ウタ」
「え?」
「……おれの仲間に、ウタって奴がいるんだよ。この国の奴らと同じ、生きたオモチャだ。口は利けねーけどな」
「えっ!?」
ちょっと予想外だった。
この国以外にも生きたオモチャがいたなんて。
「今は他のおれの仲間に預けてるんだ。このビブルカードはそいつのだ」
「……そう……なんだ……」
「あ、そうだ。なァレベッカ、この国ならオモチャの医者とか無いか?」
「え?」
「最近ウタが元気ねェからよ、どっか悪いなら治してやりてェんだ」
人間病ならまだしも、オモチャが病気なんて聞いたことない。
時々動けなくなって捨てられるオモチャはいるけど、それはどれも潰れたり壊れたりして直しようがないようなオモチャだった。
「……ごめん、ちょっとそれは分からないかな……」
「そっか……」
「……そのウタって子とは、どれぐらい一緒にいるの?」
「ん?んー……えーっと、おれが7歳の時からいるから……12年かな?」
「そんなに……」
兵隊さんが私の元に現れてから10年。
それより2年も長い。
……オモチャの寿命って、何年ぐらいなのかな。
「……まァ、多分病気じゃねェんだろうけどな」
「…………」
ルーシーは手のひらの上のビブルカードに目を落とす。
こうして話している間にも、少しずつ燃えて小さくなっているようにも見えた。
ルーシーの顔は、何かを覚悟しているような、でもやっぱり受け止めきれていないような、そんな顔だった。
「………………」
「……大事な友達なんだね」
「まァな」
「……この国の人達にとっても、彼らは人間と同じ。
友達のいない人の友達になり、
兄弟のいない人の兄弟になり、
恋人のいない人の恋人になる。
何故一緒に暮らしちゃいけないのか分からないくらい」
兵隊さんは、私にとって親も同然の人。
たった一人の家族だった母親を亡くした私にずっと寄り添ってくれた。
それがどれだけ心の支えになったことか。
「ニシシ、あの面白ェ兵隊がなァ。
……ウタもおんなじだ。おれの大切な仲間で、ずっと一緒にいた友達だ」
ルーシーにとってのそのウタって子も、私にとっての兵隊さんと同じぐらい大切な存在なんだね。
……それを知ってしまったからこそ、手のひらの上の紙片を見つめるルーシーの表情が辛かった。
きっとこの先待ち受けている運命は、ルーシーにとってもウタちゃんにとっても辛いものになる。
ルーシーは今、それを受け入れる準備をしている段階。
きっとまだ覚悟はしきれていない。12年も一緒にいた友達との別れが近づいているんなら無理もない。
そんなルーシーに、私は何て声をかければいいのか分からなかった。
そして、待ち構えている運命が私にとってもルーシーにとっても想像だにしないものだったなんてことは、この時まだ知る由もなかった。