エージェントネタ
「結局、こうなるんじゃないですか!!」
「つべこべ言ってる暇があったら、退路を確保しろ!!」
「そちらこそ、追っ手を減らしてから言ってもらえます?」
「はぁ?これだから敵=正面から叩くしか出来ない奴は・・・」
「戦略だとか言ってまともに戦おうとしない人が何を今更・・・」
「「・・・まずはお前(あなた)を倒すのが先だな(ですね)」」
遡る事数日前。
「「潜入捜査?」」
「そう、急なミッションで申し訳ないけど、君たち2人が適任かなと思って」
とある国の諜報機関。自分たちはそこに所属しているエージェント。
こう書くと映画や小説のようだが、実際には派手なアクションよりも地道な下調べのほうが圧倒的に多い。
現地派遣組もいるが、こちらは本部勤務組のため、現場に行く機会はあまりない。
「現地組の奴らじゃ駄目なのか?」
「彼らには一般人を装ってもらっているからね。フォーマルな場に行かせるのには向いてない」
「まあ、招待状が届く様な立場である必要はあるか」
今回のターゲットは大企業。そこで行われる新技術発表のレセプションパーティーにて機密データを手に入れて欲しい、というのが依頼だ。
「ある程度のデータは公開されるとはいえ、社外秘になっている部分もある。先方が求めているのはそこだ」
「こういうのは先に発表したもの勝ちですからねぇ」
「開発競争ってのは世の常だよなぁ」
「で、2人とも引き受けてくれるのかな?」
「・・・武田晴信、拝命します」
「同じく、長尾景虎、拝命します」
「それじゃあ、2人ともよろしくね。必要なものはこちらで準備します」
ミッション当日。関連企業の一員のふりをして会場に入る。もちろん招待状もちゃんと準備して。
「これ、どうやって手に入れたんですかね」
偽造防止と招待客の確認作業の簡略化のため、ICチップが内蔵された招待状。「これを受付で提示してね」と渡されたそれは、紛う方なき本物だった。
「いろいろ伝手があるんだろ。こういう仕事はあちこちの業界と繋がりを持つんだから」
「働いておきながら言うのもなんですが、うちの組織って一体どうなってるんですか」
「知らん、俺に聞くな」
会場は招待客で溢れていた。取材陣もいたが、こちらは限られた数社のみの参加の様子だ。
「一般公開前の、企業向け発表会だったな」
「記者の数も限られてますし、そっち方面からの潜入は難しかったんでしょうね」
「準備する荷物も増えるしな。・・・記者より招待客のほうが身軽ではある」
フォーマルスーツに身を包んではいるものの多少の武装は携帯している。
とは言っても、探知器に引っかからないようにするために、護身用の武装のみだが。
「手荷物がない方が動きやすいのは確かですね」
「カメラやレンズは重いしな。レコーダーやPCもいるし」
重たい鞄を持って動き回るのは大変だ。打撃武器にもできるが、中の機材を壊す訳にもいかず最終手段といった所か。
「混雑しているうちに抜け出すぞ」
「会社の中にこんなホールがあるなんてよっぽど儲かっているんでしょうね」
「業界の中でも上から数えた方が早い会社だ。今日は限られた相手しか呼んでいないからここでするんだろう。一般向けの大々的なものなら宣伝も兼ねて、もっと大きなホールを借りて派手にやる」
「はー、お金持ちの考える事ってよく分かりませんね」
「広告宣伝費は惜しまない方がいいってやつだ」
事前に調べておいたルートで目的地に辿り着く。通信班と協力してロックを解除し部屋の中へ。
データベースにアクセスし、機材を繋いで中を見る。時間がかかればその分相手に見つかる可能性が高まるので迅速に、だが、手に入れたい情報は確実に。
「必要なのはここからここまでか」
「部屋の外から、音や気配はまだしませんね」
データをコピーして機材を回収する。
「・・・終わりだ。出るぞ」
「行きはよいよい、帰りはこわい・・・と」
「フラグを立てるな」
用事が済めば後は帰るだけ。こんな所とはとっととおさらばだ。
痕跡をしっかりと消して部屋を去る。周囲に気を配りつつ、出口へと向かう。
「なんか、あっさり行き過ぎているような・・・」
「だから、フラグを立てるのをやめろ」
「だって、なんか引っかかるんですもん」
「気にするな。俺だって何も感じていない訳じゃない」
やけに手薄な警備。まるで開けてくださいとばかりの簡単な鍵。手に入れた情報は本当に正しいものなのだろうか?
(依頼内容の時点で、怪しい部分が無かったか?)
情報が欲しいならこのような場で入手するのではなく、もっと長期的に潜入させて少しずつ引き出す方が良い。それこそ、現地組に社員として入ってもらうなどして。
(もしかして、狙いは情報ではなく、うちの方か?)
昨日の友は今日の敵、とばかりに変わり身が早いのがうちの組織だ。ある時は感謝されても、別の時には恨まれる。
「わぁ・・お客さんです」
前方には待ち構えている集団。見えないようにはしているが武装済みだろう。
「・・・やっぱりか」
「あちらに行くルート、塞がれちゃいましたよ」
「別の所から行くぞ」
踵を返して別の方角へ。追いかけてくる足音を聞きながら考えを伝える。
「最初の依頼からしてダミーだ。本来のターゲットはうちだな」
「そうだったんですか?」
「依頼主の情報が少ないというか、やけに回りくどかった覚えがある」
「なら何で受けたんです!?」
「たまには2人きりで出掛けるのもありかなー、なんて」
「冗談言ってる場合ですか!?」
「面倒そうな相手だったから、金輪際うちに関わってほしくなかった」
「クライアントを選り好み出来るような立場でしたっけ?私たち」
「俺のプライベートに関わる事だ。お前だって、秘密にしている事ぐらいあるだろう?」
「否定は出来ないので、これ以上は聞かない事にします」
遠回りにはなったが、出口まで近付いた。最後まで気は抜けないものの、もう一息だ。
「・・・出口も塞がれているか」
「まだ追いかけてくるんですか?しつこいですよ、もう」
「仕方ない、少し蹴散らすか」
そして冒頭へと戻る。
こちらが仲間割れしたと見たのか、一気に敵が近付いてくる。
「おっと・・・」
飛んできた一撃をしゃがんで避ける。ついでに足払い。バランスを崩した相手を後ろも巻き込むように蹴り飛ばせば結構な距離を飛んでいく。
立ち上がると同時に、カーボンファイバー製の警棒を振りぬく。手元に当たったのか、敵の武装が落ちた。
「いつもの得物の方がずっとやり易いです」
そう言いながらも敵を倒していくのが見える。戦闘スキルが高い相方だとこういった時、楽でいい。
ある程度、敵の数が減ったので強行突破する事にした。立ち塞がろうとするのを躱して、出口をくぐる。
迎えの車が来るポイントまで走りながら、相方が追い付てくるのを待つ。
「ちょっと、途中から手、抜いてませんでした?」
追い付いてきたと同時に、文句を言われた。
「得意な奴に任せて何が悪い」
「しかも置いて行かれましたし」
「お前なら出来るという信頼の表れだ」
待っている間もチクチクと文句が飛んでくる。
「景虎」
呼べばこちらを振り向く。
「お疲れ様。格好良かったぞ」
額にキスすれば、すっかり黙ってしまった。迎えが来るまであと少し。