エンドロール・ロール・ロール
変な男に絡まれるイズナ君のイズ扉ちょっと、そこのお兄さん。あっしの話を聞いてみませんかい?あっ、と先に言っておきやすが、木戸銭は取りやせん。へぇ、あっしは幼少期一回は見た、地域の不審者情報に載せられるおっさんです。お兄さんは流石に防犯ブザーを持ってない、と信じて話しかけた次第でさァ。どうやらお兄さん、人を待ってらっしゃる。で、あっしは人に話を聞いて欲しい。どうです。ちょっーと、お時間あっしに貰えんでしょうかね。
えっ、さっさと本題に入ったら、ですか。マァマァお兄さん。気が早いのはモテやせん。気が長すぎるのもちょっと女の子が退屈しちまう。上手い具合に、待たせて、上手い具合に、待たせない。これがモテる秘訣でさァ。まっ、お兄さんみたいな色男なら、女も男も皆喜んで百年、二百年も待つんでしょうが、こちとら面も話も半端者。小細工でもしねぇと女も客も来ません。その半端者の話で良けりゃァ聞いていってくだせぇ。お兄さんのために誂えたとびきりの話ですんで。
男女の双子が心中した恋人たちの生まれ変わりだって話、どっかで聞いたァことあるんじゃぁないでしょうか。じゃ、同性同士の恋人が心中したらどうなるんだって話ですが、これはちょっとむつかしい。地獄に落ちるって話もあるにゃァはありますが、あっしは坊主じゃありやせん。それに、多様性の謳われる現代、男が男を愛した、女が女に恋をして地獄に行きやしたっていう話はちとしづらい。というわけでこれから話す話は、心中した恋人たちの奇妙な話でございます。
とある村に双子が生まれやした。これがお互いちっとも似ていない双子でして、しかも片割れは髪が真っ白で赤い瞳ときやした。取り上げた産婆もおっかさんも大慌て。この村白蛇を祀ってやして、赤ん坊は白蛇様だってことでおっかさんの乳を碌に吸わないまま神主の家に預けられたんですわ。残った普通の赤ん坊は家に残されおっかさんにもおとっつあんにも片割れのことを内緒にされたまんま五つを迎えようとしてやした。お兄さんは七五三を祝ってもらいやしたか?生憎、あっしは親がズボラでして千歳飴の一つも貰えずじまいでさァ。で、本題に戻りやすが、この双子が生まれたときには七五三の風習は広まってやして、当然、祝おう、という話になります。でも、おっかさんもおとっつあんも神社には顔を出すのはちょっと気が引けるわけです。なんせ、自分の子どもが居るわけですから。夫婦の事情を知っているのは神主と産婆だけですんで、大事な一人息子の五つの祝いをしないってぇのは外聞が悪い。悩んだ末に夫婦、覚悟を決めて神主に息子がどうしてるか訊きに行ったんです。訊いてどうするつもりだったかはあっしには分かりやせん。はい。残念ながら、あっしは独り身の寂しい男でして。マァ、二人悲壮な顔をして、神主を訪ねた。そしたら、神主さんが、どう考えても神様の子だからお返しできない、と夫婦が息子のむの字を出す前に言い放つ。おとっつあんも驚くが、もっと驚くのは当然腹を痛めて産んだおっかさん。イエス様を御産みなったマリア様だって天使がわざわざ来てアンタ神の子を孕んだよ、と教えられて尚、驚きなすったんだから、なーんの予告も無しに神様の子ども産んだ、なんて言われちゃァおっかさん、堪ったもんじゃない。だって自分の元に残った子どもは元気なふつーうの男の子です。もしかするとおっかさん、話によっては引き取ろうとしてたんじゃぁないでしょか。男のあっしが頭捻って想像しても仕方ありやせんが。
神主にそう言われて、夫婦意気消沈しながら、子どもの待つ家に帰る。そしたら、大人しく留守番してた息子が、急に、扉間にあったでしょ、と流暢な喋りで聞くじゃあないですか。当然、二人、扉間なんて人知りません。おっかさん、それ村のお友達かい?と息子に訊ねた。息子が、友達じゃない、と怒る。じゃあ、誰なんだい、とおっかさんが重ねて訊く。オレの片割れだよ、と息子があっけらかんと答えて、おっかさんもおとっつあんも何処で知ったのか問い詰める問い詰める。息子がそんな両親にムスッとして、なんでオレが分かんないと思ったのさ、とこれまた五歳とは思えぬ滑らかさで喋る。おっかさん、おとっつあんに、神主呼ぶよう急がせやす。どう考えても、こっちの息子も普通じゃありやせん。おとっつあん、他の村人にどうしたと聞かれても無視して社に駆け込みます。そしたら、神主さんが怒った顔して、いつ神の子攫ったか、と詰め寄る。おとっつあんもおっかさんもそんな怖いこと当然してやせんからなんのことやら。どうにか怒った神主宥めて、家に来てもらいます。家の戸をガラリ、と開けると、白い髪の男の子が自分の息子と楽しそうにしてるもんだから、おとっつあんは開いた口が塞がらない。神主さんは、やっぱりお前らか、と髪の毛逆立てて怒る怒る。おっかさんはそんな男二人放って、嬉しそうに子ども二人を撫でてます。そんなてんやわんやの中渦中の子ども二人外に出て行こうと草履を履く。おっかさん、慌てて、外にいっちゃあだめだよ、と叱る。そしたら、息子が、扉間が見つかったからもういいんだ、と返す。全然、答えになってやせん。手を引かれている白い子が、苦笑して、イズナ、母上はなんで外に行くか訊いてるんだ、と息子に話しかける。ご両親、息子にイズナなんて名前つけてません。どんな名前か知りやせんが、きっと太郎とか、その辺りです。ちなみにあっしは、名無しの権兵衛と申します。はい、しょうもない嘘を挟みやした。
でも、息子はイズナが自分とよく分かっている風で、おっかさんの方を向いて、ごめんね、もう家に居る理由が無くなっちゃったから、と可愛い顔を申し訳なさそうに歪めます。それだけ言って、二人とも大人の手をすり抜けてタタッと走り去る。子どもの足ですから、追いつけるはず、と三人必死になって捜すもどこにも居ない。一月諦めず捜して影も形もないことを神主もおっかさんもおとっつあんも認めないといけなくなった。ただ、ある日、神主さんの枕元に白い子の好物だった川魚が置いてあったそうで。それきり、なぁんにもわかりやせんが。
お兄さん、そんな渋い面しないでくだせェよ。前公園の鳩に話したときは皆翼を羽ばたかせて大うけしたはずなんですがねぇ。えっ、鳩向けの話じゃなくて、人向けの話をしたら?ですか。お兄さん、痛いところを突きやすね。あと、話し方が胡散臭い?へぇ、あっしは、生国が摂津の肥後育ち、青年時代を出羽で過ごし居を武蔵に構えて十年ですから、胡散臭いのはご愛敬でして。これでも、話の研究はちゃぁんとしてます。はい、今は便利なもんでなんでも動画になって誰でも見れますんでね。動画といえばァ、お兄さん。昔は無声映画って言って、音がないのが当たり前だったそうです。あっしも若かぁないですけど、流石に本物の無声映画を劇場で見たことはないです。あっしのこわーい、爺さまは見たことあるって言ってましたが。で、この無声映画っていうのは、横に活動弁士っていうが居て、映像に合わせて喋るんです。当然、映画の内容でさァ。今だと不思議な感じがしやすが、ちょっと豪華な紙芝居と思えばどういう感じかは想像がつくんじゃあないでしょうか。まっ、今からあっしが話すのは映画にまつわる話で、映画の歴史じゃァないんで、これは箸休め代わりの小噺。明日には忘れてくだせぇ。
お兄さんは映画を見やすか?あっしは、映画館ではエンドロールを全部見るタイプでしてね。テレビやら今流行りのサブスクなんかで見るときは飛ばしちまいますが、映画館は特別です。あっしと違って忙しい人が多い現代、エンドロールを見ないで帰るって方もマァ居ます。それは悪いことじゃァありやせん。それでも勿体ない話だとあっしは思いやすがね。何せ、エンドロールを見なきゃ、物語は終わりません。誰それが演じていた、なんていうのは見なくてもいいですが、本当に物語が終わったか確認することは大事でして。今から話す話は、一本の奇妙な映画の話でごぜぇやす。
いつの時代の話かはわかりやせん。ただ、忍同士が争っていやした。忍と一口に言いましても、歴史に則ったいぶし銀な活躍をする忍から、ドロン、と術を使い、敵をばっさばっさと倒していくヒーロー的な忍が居ますが、ここで出てくる忍は術を使いやす。しかも皆派手で、到底忍べないような術ばかり使うタイプです。そんな派手な術を使う連中でしたから、争いも血で血を洗う恐ろしいもので、見ていて心地の良いものじゃありません。主人公の忍にはライバルのような男が居やして、その男ってぇいうのが味方の血飛沫を浴びても顔色一つ変えない恐ろしい男です。会う度に殺し合いをし、決着がつかない、ということを繰り返していた二人ですが、ある日決着が尽きまして、主人公が負けてしまいやす。あっ、お兄さん、まだ話は続くんで待ってくだせぇ。
負けたはずの主人公ですが、なぜかベッドで目を覚ましやした。自分を殺したはずの男が、何やらわからぬ言葉で話しかけてくるもんだから主人公は思わず怒鳴ります。ですが、言葉が通じぬのは相手も同じ。急に激昂する主人公に困った顔をして男はベッドの横に薬を置き、部屋から去って行きやす。敵だった男がよこした薬なんて飲めやしません。ここがァ何処かなんてさっぱりでしたが、主人公、痛みを堪えてベッドから立ち上がり、部屋から出て行きます。その場にあった、自分が身に着けてたらしい剣もって。お察しの通り、目指したのは男のところ。男は目立つ容姿をしてやしたから、あっさり主人公は見つけます。やぁやぁこれなるは、と名乗りもあげず、男を斬り殺しました。お兄さん、どうしやした?せっかくの男前が台無しでさァ。あっしの話が顔色が変わるほどつまらなかった、とかじゃあなけりゃ良いんですが。
男を斬り殺した後、主人公も周りに居た軍人らしき男に殺されます。と、思ったらまた場面が変わりやして、殺したはずの男の手を引いて走っている最中でした。雪がこれがまぁ、二人の体力を奪うように降り積もってまして、このままじゃあ、共倒れです。男の方が、主人公に自分の着ていた外套脱いで渡し、そのまま追手の方に行ってしまいました。この間、可哀想なプロレタリア派の作家が拷問死したと聞いたばかりの主人公は必死になって男を追いました。男は主人公を友情から匿ってくれただけです。殺されていい理屈なんてない、と栄養失調で上手く動かぬ身体をがむしゃらに動かします。漸く人影が見えたとき、男が自殺したことへの特高の酷い罵倒が耳に入り、主人公は膝から崩れ落ちその場で泣き崩れます。へぇ、このままだと単なるバッドエンドですが、まだ話は続きやす。だから安心してくだせぇ。
主人公は戦争の荒波も生き延びやして、夢だった映画監督として働き始めます。若い頃散々被れた共産主義思想じゃあなくて、大衆に受ける娯楽映画を中心にカメラを回し、それなりに売れてやした。にも関わらずある日急に自殺をしまして。よく分からないフィルムを残して割腹自殺。呪われたフィルムとして世を騒がす……という所で映画は終わり、なんですが、随分と中途半端でごぜぇやしたね。実は、あっしその曰く付きの映画にジョン・ドゥとして出演してやして。へぇ、嘘です。でもあっしがそのフィルムの内容を知っているのは嘘じゃありやせん。なにせ、あっしはエンドロールをきっちり見る派ですんで。
実は、そのフィルムの内容は男と主人公の悲しい恋物語でして。流石のあっしも出会いまでは知りやせんが、元々二人は血の繋がりのない双子のように仲が良かったとのことで。それがいつの間にか恋仲へ。この二人、名家の次男、という愛を貫くには色んなしがらみが多い恋人同士でした。いつか別れてお互い結婚することを覚悟はしておりましたが、不幸な事故が起きてしまいやす。男がもっと力のある家に養子にでるって話が出たんですが、それを主人公の家が妨害しやした。実は、二人の家は休戦状態なだけで非常に仲が悪かった。お互い拮抗しているから休戦と相成ったのに、どっちかが力を持てば殺し合いです。そういう意味じゃあ、主人公の家も正しかったのかもしれやせん。でも、やり方がよろしく無かった。使用人に金掴ませて男に毒を飲ませたんですこれが。一命をとりとめやしたが、もう男は長くありません。主人公、男をどうにか連れ出して、自分と男の身体を縄で括って、海にざんぶりと入ってしまいやした。あっ、ロミオとジュリエットとの焼き直しじゃあないかって言うツッコミは野暮でございやすよ。なんせ、これくらいの悲劇ならどこにでも転がっているもので、この呪われた映画の話も、それに尾ひれがついて龍になっただけ。しかも、まだカメラは回ってござんす。で、甘いマスクのお兄さん、銀幕のスターになってみる気はありやせんか?トゥルーマン・ショー?いやぁ、なんのことだか、あっしには。
そういやぁ、心中した恋人は双子になると話しやしたが、その心中した恋人の生まれ変わりの双子がまた心中をしやしたらどうなるかお兄さんご存知だったりしやせんか?えっ、まだ上映前だからオレにも分からないかな、ですか。へぇ、これはあっしが野暮なことを訊きやした。あっ、お兄さん。あの髪、待ち人が来たんじゃあないですか。これはこれは、この女が放っておかない色男を待たせるとは中々じゃあないですかい?ハァ、オレが好きで待っているからいいんだよ、とはとんだ惚気をいただきやした。さっ、この川を渡ってくだせぇ、そしたらまたお二人何処か新しい世界に行きやす。へっ、あっしの正体ですか?某は張三李四という四川省出身の中国人でございやす。勿論、冗談でさァ。