端切れ話(エレベーターパニック)
地球降下編
※リクエストSSです
地球へと降りてからわずか1日。
まだまだ目新しいモノにキョロキョロしているスレッタは、エランに連れられてある建物の中にいた。
随分と古い建物のようだが、中に入ると意外と綺麗だ。狭い階段と入口を越えるとどうやら何かのお店のようで、大型のものから小型のものまで、色々な品が展示されている。
端の方はテントが置かれ、また別の端では衣服が置かれている。更に別の端にあるのは、人間サイズの武器や盾だろうか…?
「エランさん、ここって何のお店ですか?」
水星ではマトモなお店がなかったので学園での記憶でしかないが、こんな品が置かれているお店は見た事がない。
よく分からなかったので、素直にエランに聞いてみた。
「ミリタリーショップ。アウトドア品も売っている店だよ」
「はぁ…」
ミリタリー。アウトドア。
スレッタとエランは別に戦争をしに地球に降りたわけではないので、ミリタリーではなくアウトドア品というものが目当てなのだろうとスレッタは思った。
確かに地球は野外だらけだ。フロントでは建物から出て外で生活する人と言うのはあまり見ないが、地球ではきっと違うのだろう。
なにせ放置された何も建っていない土地がそこら中にあったりするのだ。地球寮でしか見ないような動物もたくさんいて、そんな子たちがそこいらに生えた名も知らぬ草をもしゃもしゃ食べていたりする。
そんな野性味あふれる地球なので、フロントとは違って必要になる道具も色々あるのだろう。見ればエランはさっそく大ぶりのナイフを手に持っていた。
握りの部分を確認している様子は、何だか慣れているようにも見える。
「エランさん、それって必要なんですか?」
「1本あれば色々と便利だね。それぞれの専門の刃物には劣るけど、移動してる間は荷物を減らしたいから」
「へぇ…」
相槌を打つが、具体的にどう使うのかはよく分からない。フロントでは刃物なんてそんなに使わないからだ。
ただ道具の使い方は色々あるというのは分かる。エアリアルに付いている武装も普通なら単なる武器なのだが、考えて使えば立派なレスキュー用品になってくれる。
その後もエランは次々と品物を見ていった。ランタンやロープや携帯食。たくさんのポケットが付いた大きなバッグ。あとは丈夫そうな衣服や妙に重い靴などもここで購入していた。
色々買ったと思うのだが、新しいバッグに全部収まってしまった。容量も計算して購入していたのだろう。
「これで全部ですか?」
「上の3階に防犯グッズを取り扱ってる店がある。目立たない携帯武器や撃退スプレーなんかもあるから、そっちも見て行こう」
「はい」
エランに連れられて店の外に出る。上の階に行くには階段を上るか、エレベーターを使うかだ。
スレッタはじぃっとエレベーターを見てしまう。フロントにもあるが、目の前のものはレトロな雰囲気に満ちている。それに…。
「エランさん、こ、こっちを使いませんか?」
階段を上がろうとするエランの手を引いて、つい言ってしまった。
「エレベーターを?」
「地球のエレベーター、使ってみたいです。だ、駄目ですか?」
「………」
ちょっとした我が儘を口に出してしまったが、大丈夫だろうか。ドキドキしながら待っていると、エランはこくりと頷いてくれた。スレッタは喜んで扉の前に立つ。
「このボタンを押せばいいんですよね」
「そうだね、基本はフロントのものと一緒だよ」
大ぶりのボタンをぽちりと押して、暫く待つ。この建物は5階立てくらいだが、地下もあるので実際はもっと大きい。ちなみに今いるのは地下1階だ。
チン、と小気味いい音を立ててエレベーターのカゴが到着する。まずはエランが足を踏み入れ、スレッタも続けてその中に入った。
思った通り中は狭い。そしてスレッタとエランの2人だけだ。
扉が閉まると、少しの時間を置いて動き出す。ほんの少しの振動と、ほんの少しの重さを感じる。スレッタはわくわくとその様子を楽しみながら、ちらりとエランの方を盗み見た。
短い時間だが、こうして密室に2人きりとなると少しだけ緊張する。スレッタが読んだコミックの中には、エレベーターの中に閉じ込められた2人のロマンスを描いた作品もあった。
そんなトラブルは早々起きないだろうが、ちょっとした疑似体験を味わいたかったのだ。
この密室に、エランと2人…。想像だけでも素敵だと思う。
スレッタが満足げに息を吐いた瞬間。ガゴンッという音と共に床が震え、周囲がフッと暗くなった。
周囲の電気が消え、カゴの上部に非常灯の明かりが付く。まるで水星基地の緊急事態モードのようだ。
「えっえっ!?」
「───!」
驚くばかりのスレッタをよそに、エランは瞬時に空気を切り替えて行動を開始した。すべての階のボタンを押したかと思うと、カゴの側面にピタリと耳を付けて動きを止めている。
「エランさん?」
「……おそらくケーブルは切れてない。人らしき足音、物音などもしない。人の手による工作───ペイル社の追手という訳ではないみたいだ」
どうやら音で周りの状況を確認していたらしい。だが言われた内容に仰天した。
「お、お・・・追手ッ!?」
「可能性は低い。とりあえず出来ることをしよう」
見た限りでは先ほどからずっと停止したままだ。エランは非常用のボタンを長押しして管理者を呼び出そうとしたが、応答はない。
「普通こういうのはすぐ出るものなんだけど…。最寄りの階にも着かないし」
どうやら非常用のバッテリーが搭載されていれば、停電していても最寄りの階まで動いてくれるらしい。もしかして、古いエレベーターだから搭載されてないのだろうか。
「エランさん、えっと、上から脱出とかは…?」
「ドアを開けたりカゴの天井に上ったりはしない方が良い。単純に危ない」
「あ、はい…」
コミックの知識だったのだが、よく考えればそうである。スレッタは引き下がった。
「緊急連絡先も書いてない。仕方ないからしばらく待って、1時間経っても何もなければこの地域の消防に連絡しよう」
「すぐに来てくれるんですか?」
「分からない。長時間放置される可能性もある」
「大声で人を呼ぶのは?」
「いや、やめておこう。見たところ非常用の物資も置いてないようだし、下手に体力を消耗するよりも温存しておいた方がいい」
「は、はい…」
床に座るエランに倣って、スレッタも近くにちょこんと座り込む。そのままだとお尻が痛くて冷えるので、携帯用の毛布を敷いておく。
「…ごめんなさい、エランさん」
ぎゅうっと毛布を強く握りながら、気付けばエランに謝罪の言葉を告げていた。スレッタの気まぐれのせいで、酷いことになってしまった。正直ロマンスどころではない。
「きみが謝ることはないよ」
優しい言葉と共に、手の甲をエランの手が覆った。手袋をした手はとても大きくて、とても心強く感じる。
1時間後、エランは地域の消防に連絡をするまでずっと手を握ってくれていた。
「数時間は掛かるみたいだ」
「そ、そんな…」
告げられた言葉は衝撃的なものだった。先ほどエランが消防に連絡をしてくれたのだが、すぐには来れないと言われたらしい。
「暫くはこのままだね。携帯食料を買っていてよかった」
長期戦モードに頭を切り替えたエランがバッグをあさって、携帯食料と水をスレッタに渡してくれる。
「非常用の物資があればそちらを使ったんだけど、ない物は仕方ない」
エランの言葉を聞きながら、少し喉が渇いていたスレッタはさっそく水をコクコクと飲み始めた。
人心地付いてから、時間を潰すための会話を試みる。スレッタも切り替えは早い方だ。
「エレベーター内の非常用物資って、何が入っているものなんですか?」
「色々あるけど、水と携帯食料は必ずあるはず。あとはライトとか、ティッシュとか。…ああ、簡易トイレもあるね」
「と、トイレ…!」
「衛生面では重要だから。といっても、この中には肝心の非常用物資はないんだけど」
言われて気付いた。そうだ。密閉空間に閉じ込められたという事は、トイレに行けないという事だ。
スレッタの額に冷汗が滲む。さきほどかなり水を飲んでしまったけど、自分は大丈夫だろうか…?
───それから更に1時間。スレッタは心なしかモジモジしていた。まだ大丈夫だ。まだ…。けれど、それ以上は分からない。
いつの間にか会話も無くなっている。そんな中、ふと気づくとエランが何かを作っていた。不透明なビニール袋の中に、厚めの紙をナイフで裂いたものをたくさん敷き詰めている。
気を紛らわせるものになるかもしれないと思ったスレッタは、好奇心の赴くままに聞いてみた。
「何を作ってるんですか?」
「簡易トイレを。そろそろ必要になるかと思って」
「!!!」
ちらりとこちらを伺うような視線に、スレッタは慄いた。モジモジしていた事がバレている。しかもつい昨日恋心を自覚したばかりの相手に、自分用の簡易トイレを作られている…!
「その、生理現象だから仕方ないよ。何だったら僕は天井に上ってるから、その間に…」
「ししし、しませんッ!!!」
気遣いの声が逆に恥ずかしい。このままではスレッタの乙女としての何かが死んでしまう。
「でも「絶対にッ!!しませんッッ!!」
ロマンスは死んだ。残ったのは己自身との戦いのみだ。
…結局この後すぐに停電が直って事なきを得たのだが、暫くの間エレベーターの使用は2人の間で自粛されたのだった。
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