エルフ的解釈の三つ目ちゃん
なんやかんやでパーティと別れてマヌルとの再会を目指す勇者、鬱蒼とした森を進んでいると突然声が響いた。
「いけないわねぇ…子羊ちゃんが一人でこんなところに居ちゃ…」
勇者は警戒を強めて周囲を見渡す。しかし声の主を特定できず、剣を抜いて慎重に相手の出方を伺った。その背後、森の闇の中から音もなく腕が伸びてきて勇者を掴もうとする。
「そこっ!」
刹那、それに気付いた彼女は剣を振り抜く。完璧に捉えたと思われたその一撃は、予想に反して虚しく空を切るだけであった。
「クスクス…怖いわねぇ…でもそんなことしていいの?」
森の中から嘲笑を響かせながら麻袋を抱えた女の魔族が姿を表した。3つの目が特徴的な美女である。
「…僕を簡単に倒せると思わないでね」
「もちろん、そこまで楽観主義じゃないわよ私」
そういいながら表情には余裕を漂わせている。
「でも無駄に疲れることはしたくないタイプでもあるのよねぇ」
「戯言を続けるならこっちから行くよ!」
勇者は魔力を放出して剣を構える。一瞬でも早くマヌルに会うため、こんな女の相手をしている時間はないのだ。
「はぁぁぁぁ!!」
「あらぁ〜怖いわぁ〜この子ごと両断されちゃいそう」
「ッ!」
魔族は抱えていた袋を雑に投げる。中からパンを抱えた幼い女の子が放り出された。
「卑怯な…!」
「フフフ…あの世で負け惜しみを言ってるのね!」
攻撃を中断したことで隙だらけになった勇者に魔力を込めたパンチが見舞われる。それは勇者の鳩尾にめり込み、彼女を大きく吹き飛ばした。
「グァ…グゥゥ」
「あらあら、女の子が出していい声ではないわね」
勇者を見下ろしながら接近し、何度も何度も踏み付ける。勿論片手は気絶しているパン娘の方に照準を定めている。"抵抗したら小娘を殺す"という意思表示だ。
「アーハッハッハ!伝説の勇者も育つ前ならただのポンコツねぇ!」
「グッ…ウッ…」
「この程度で大戦果扱いなんだから楽なことだわ…アドラメレクが四魔天に選ばれたのに、私が選ばれないなんておかしいもの」
「ウッ…ガッ」
一段と勇者を踏み付ける力が増していく。どうやら彼女はそのアドラメレクとかいう魔族に嫉妬しているらしい。
「ハァ…ハァ…」
「でも…その屈辱も今日で終わり…さっさと殺して…」
「ハァ…ハァ…こんな卑怯なことしないと今の僕にすら勝てないからそのアドラメレクって人に先を越されるんだよ…」
「!?」
思わず魔族は攻撃を中断する。殺そうとは思っていなかったが、死んでもいいという気持ちで相当に踏みしめたはずの勇者の目は、輝きを失わないどころか爛々として自分の首を狙っていたのだ。
「…ハッ、そんな口を聞いて良いのかしらぁ?あの子の命はアンタの態度次第…」
「殺してみなよ」
「ッ!?貴方ねぇおd「ただの脅しとは思ってないよ、でもその子を殺した時点で僕は躊躇いなく君に攻撃できる」
その視線は本気を感じさせるものであった。一瞬魔族はその目線に気圧されて表情が硬直するものの、すぐに笑みを取り戻す。
「…そうねぇ…ならその前にトドメを刺してしまえばいいことでしょう!?」
脚に魔力を集中させ、今度こそ勇者の頭を踏み抜くために脚を振り上げる。
「フフッ、アドラメレクって人に嫉妬してる割に結局は最後までまともに戦うことはしないんだ」
勇者は憐れむような、嘲るような声色で魔族を見つめた。地に這いつくばり相手を見上げているはずのその目は、どこまでも女魔族を見下した視線を送っていた。
ドクン、と魔族の心臓が跳ね、顔が紅潮していく。
「……減らず口もこれで終わりよっ!」
魔族が脚を思い切り振り下ろす瞬間、勇者は全力で自分の身体に魔力を纏わせて身体を活性化させる。
「っ!」
勇者は転がって踏みつけを回避、無駄のない動きで立ち上がる。一瞬の隙を突かれた魔族は反応が遅れ、さらなる隙を晒す。
「クソッ!」
「させないっ!!」
魔族は反射的にパン娘に腕を伸ばすが、その腕を切り飛ばされてしまう。
「ギャァァァァァッ」
「これで終わりだっ」
勇者の横一閃は完璧に魔族の体を捉えて両断した……が、なにか手応えのない感触であった。
「ハァ…ハァ…まさか…ここまでやるとはねぇ」
「……!」
両断されたはずの女魔族は、しかし疲れた様子ながらも饒舌に喋り始めた。
「ちょっと予想外だわ…保険をかけて正解ね…」
勇者は何かに気づいたように足元の小石を拾って気絶しているパン娘に投げてみる。その石はまるでそこには何もないかのようにすり抜けて少女の背中の中に消えた。
「幻覚…それもここまで高度な…」
「これが私の魔眼の力よ、3つ目は伊達ではないってことね」
「……」
「質量のある幻覚は大変なのよ?それにダメージもある程度フィードバックされるから、今は左腕とお腹が痛くて仕方ないわ」
そういいながら徐々に声色に余裕が戻っていく。こうしている間にも本体は回復しているのだろう。
「随分ベラベラと能力を教えてくれるんだね」
「フフ…どうせ幻覚かどうか見破る術は無いんだもの、それに…貴方の戦いぶりに惚れちゃったかも」
「!?」
勇者の背中に悪寒が走る。命の危険とはまた別種の…なにか不愉快な感覚である。
「実は四魔天なんて私はどうでもいいの…"あの子"が私の手に入らない場所に行ってしまったことにイライラしていたのだけど…」
「…」
「ウフフ…もっと素敵な人に出会えちゃったわ…あの凛とした視線、諦めない心、なによりあの見事な一閃…」
「なっ…ふざけたことを!」
しかし、魔族の表情は恍惚として勇者に熱い視線を向けている。
「ねぇ?魔王討伐なんて止めて私の女にならない?私は本気よ?」
「ぼ、僕はそんな趣味はない!というかもう既に好きな人が…って!う、うわぁぁぁ〜〜」
顔を真っ赤にした勇者がどこかへと走り去る。追いかけたいのは山々ではあったが、両断された状態ではままならない。
「…他に…好きな人…」
「……邪魔、ねぇ…」
実質、勇者は自覚なくマヌルの命を狙う敵を増やしてしまったのだが、流石にそんなことは知る由もなかった…。