エルフの水浴び
実り多きエルフの森の奥深くに美しい湖があった。初夏の少し汗ばむ気温に、ヂェミナイ・エルフの二人は水浴びをしにその湖に来ていた。
初夏の太陽が湖面をキラキラと輝かせる中、二人はそこへ飛び込む。ばしゃんと大きな音が森へとこだましていき、その音はやがて消えていった。
「あー!気持ちいい!」
双子の片割れの金髪のエルフが水面から顔を出し、両手を上げながらそう歓声を上げる、そして、顔に張り付いた長い髪を後ろにかき上げながら、姉のことを探す。
「姉さん?」
光が反射するために水中はよく見えず、妹はそう声をかけてみる。すると、ざばあと彼女の背後から大きな水音がして、妹は姉らしき腕に抱きしめられながら後ろに引き倒されてしまった。
ごぼごぼという水疱が耳元を駆け上がっていく音、冷たい湖の水とは違う暖かい姉の体温、それから、水中から見上げる大空の青さ。
妹は一瞬の光景に目を奪われ、
(綺麗……)
と思った瞬間、鼻の奥にツンとした痛みを伴う刺激を感じる。妹はその強い刺激に慌てて水から顔を出そうともがいて、背中の姉を弾いた。
次は二つの大きな波紋が湖を揺らしていき、湖面には金髪と茶髪のエルフが現れた。
「ちょっと!鼻に入ったじゃない!」
妹は姉に背を向けて鼻に入った水を息で吹き飛ばしていく。
「あはは!ごめんごめん」
そんな妹に姉は髪を後ろに纏め、ちっとも謝意を乗せずに謝る。そして、妹が汚い所を見られなくないのを察して彼女は後ろに倒れていき、仰向けで水面に浮かび始める。空は雲一つないほどに晴れていて、湖とそれとは違った深さの青が広がっていた。
大きな胸が重力に従って僅かに横に垂れ、水滴がその肌を滴っていくのを感じながら、姉は目をつぶって水の流れる音と妹が顔を流す音を聞く。
「まったく。姉さんったら」
鼻の水を取って顔を洗った妹はそう言いながら、水の流れによって湖を漂っていく姉に向かって泳ぎ始める。
やがて妹が姉に追いつくと、姉は手を伸ばして妹が泳ぐために伸ばした手を繋ぐ。そして、姉は妹のことを引っ張って自身に引き寄せる。
2人が腕を絡められるほどに近付いたところで、姉が空から目を放し妹のことを見た。妹はとてもいい笑顔で姉に笑いかけ、「ん?」と姉が首を傾げたところで――
「仕返しよ!」
妹が姉に圧し掛かって一気に水中へと引きずり込んでしまう。
「がぼっ」
姉が何かを言いかけたがそれは水中の気泡と化し、意味をなさない音へと変貌する。
姉は水中で何とか姿勢を整えると、目を開けて妹のことを探す。果たして妹は金色の髪を水中で揺らめかせながら、そこにいた。姉が眉を上げて怒りを露わにして見せたが、妹は素知らぬ顔で上を指さす。
そこには、真っ青な空に白い複雑な網目状の光の線が走るという、美しい光景があった。
ぶくぶくと泡が上っていくたびに、その光の線は複雑に形を変え、一瞬たりとも同じ形を見せなかった。
姉がその光景に見惚れていると、妹は彼女に近づいて水中で姉のことを抱きしめる。暖かく柔らかい体をお互いに感じると、二人は目を合わせて額をこつんと合わせる。
そして、揺らめく水中へ降りてきた光によって、タトゥーの複雑な文様がいつもと違っう顔を覗かせる中、二人は目をつぶって唇を合わせるのだった。