エラン様と5号
自分に似て性格が悪いと断言されれば気にならないはずがないので、エランはペイル社に調整にきているエラン(5号)のもとを訪れた。
自分が性格が悪いことは自認しているが、他人に指摘されると腹が立つ。それになんだ、ニューゲンめ、このエラン様をさして性格が悪いとは。抜け目がないとかせいぜい奸知に長けるとか、そういう言い方をすべきだろう。
大体、よく他人を性格が悪いなどと言えたものだ。あのババアの方が長く生きている分やった悪行も数知れずだ。自分のことは華麗に棚に上げられるのは年の功か。それとも痴呆が始まっているのかもしれない。
場所はカウンセリングルームだ。
ベルメリアに適当な用事を言いつけて席を外させる。5号の主目的は彼女も知っているし、スレッタと懇意にしている彼女を思いやる程に部下思いというわけでもなかったが、やはり女性を色仕掛けで落とそうという企てを女性が聞いているのは少々居心地が悪い。
「キスするまであとちょっとだったんだけど、思ったより身持ちが固くてね。ミオリネ・レンブランに操を立ててるみたいだ。水星人は古風だね」
カウンセリング用の椅子に座った5号はぱちぱち、と長いまつ毛をアピールするかのように目を瞬かせる。あざとい。上位者に媚びる眼差しだ。
相対する椅子に座ってエランは彼を観察する。
エランが部屋に入って来た直後から彼はこんな目つきだった。わかりやすく媚びるのは彼の処世術なのだろう。女ならいざ知らず、自分と同じ顔からの上目遣いは少々堪える。
思えば前任の「エラン」は良くも悪くも媚がなかった。むしろエラン相手にすら無関心を貫こうとしていた。あれは頑固な男だった。
「まあ次は成功すると思うよ。もう陥落寸前だもの、あと一押しだよ」
「手荒な真似はよしてくれよ?俺の顔なんだからさぁ〜、品位ってものを大切にして欲しいわけよ」
「いやだな、恋愛は多少強引な方がときめくものでしょ?」
花でも散らしそうな笑顔だ。
こいつウザいな。と、率直にエランは思った。
「なあ、お前同性に嫌われるタイプだったりしない?」
「今は僕はあなただからわからないなぁ」
しれっと返す肝の太さは大したものだった。
こういうところは確かに自分に似ている。ものすごく嫌だ。検体の個性の幅広さに歯噛みしたくなる。
「雰囲気変わりすぎだろ…。学園で疑われてないだろうな?」
「フフフ、そんな時はねえ、ホルダーの名前を出すんだよ。みんな砂糖吐くみたいな顔で納得してくれるよ」
「あっそう…」
氷の君がホルダーとの恋に解けて、出て来たのは甘ったるいお花の王子か。さぞかしペイル寮では良い噂のタネになっていることだろう。
「随分楽しそうだけど目的わかってんの?お前を恋愛ゲームさせるために送り込んでんじゃないんだけど。」
「わかっているよ。エアリアルね…。大丈夫、一回寝れば女は情が移るから。言うことを聞かせるなんてわけないさ」
「は?」
やはりベルメリアを外していて正解だった。いたらとても居た堪れない思いをしていた。
「まさかホルダーと寝る気なのか?お前は俺の顔と名前を使ってんだぞ!品位を保て!」
「品位?うーん、高貴な方々の文化はよくわからなくて…セックスは品がないのかい?ペッティングまでなら許されるかな?」
「そういう問題じゃない!」
もう一度思う。検体の個性に幅がありすぎる。
集めたのはニューゲンなら選別したのもニューゲン。つまりあのババアが諸悪の根源だ。
こいつが俺と同じとよくもほざいたものだ。もう俺に対する悪口以外の何物でもないではないか。
「いいか、お前がやったことはいずれは俺のやったことになるんだよ。後々揉め事になりそうなことは避けろ」
睨みつけると5号はわざとらしく萎縮してみせた。
手段は選ぶな、と本来なら言うべきなのだろう。しかしスレッタ・マーキュリーは連絡がつかなければ館内放送をしかけ、パーティーにも乗り込んでくる行動的な女だ。
その一途さや純粋さが愛らしさがないとは言わない。決して言わないが、社会的地位のある者にとっては刃物を持つ女と同等の怖さがある。
正直「エラン・ケレス」でハニートラップにかける案も気が進まない。怖い。決闘で勝てる見込みがないからやるが。
5号は納得しているようにはみえなかったが、反論してエランの機嫌をこれ以上損ねるような真似はしなかった。上目遣いで微笑んでくる。
「わかってるよ。あなたの代理であることを忘れたりしないよ」
「そうしろ」
ちょっと話しただけだが、とても疲れた。帰ろう。ベルメリアもそろそろ帰ってくるだろう。
ふと思い立ち、立ち上がったついでに訊ねてみる。
「こんな仕事して、お前って欲しいものあんの?」
「?お金と市民ナンバー?」
「そりゃそうだよなぁ…」
わかりきったことを訊くんだね、僕に興味があるの?とあざとく小首を傾げる5号はとても逞しそうだった。せいぜい長生きしてくれればいいのだが。