エラスレ書きたい。書けない

エラスレ書きたい。書けない


 胸にちりりとした感覚がはしり、手を当てる。

 どうしてだろう。彼女がこちらに笑顔を向ける度になぜだか胸が痛くなる。

 「少し顔色が悪いみたいですけど、大丈夫ですか?」

 心配そうな顔が近づき、こつんと額があたる。

 「良かった。熱はないみたいですね」

 「大丈夫だよ……」

 すぐ前に広がる彼女の顔を見るのが恥ずかしくなり、視線をそらす。

 「今日はお出かけを止めて、家でゆっくりしましょう」

 「本当に大丈夫だから。それに、君も楽しみにしてただろう」

 そう。ずっと楽しみにしていた筈だ。ようやくお互いの休みの日が合うからと、何日も前から計画を建てて――。

 「お出かけならいつでもできます」

 「でも……」

 続く言葉を止めるように、両手で頬を包まれる。

 「確かにお出かけするのは楽しみでしたけど、貴方と一緒にお家でゆっくり過ごすのも大好きなんです」

 優しく微笑んでくれたことに罪悪感が湧き、また胸が痛くなる。

 「どうして君はそんなに優しくしてくれるの」

 僕はもう、君の好きだった“エラン・ケレス”ではないというのに。

 顔も名前もあの頃とは違う。全くの別物だ。

 なのに彼女は――

 「おかしな人ですね。ずっと、何回だって言ってあげます。貴方のことが大好きだからです」

 あの頃と変わらず、何も無いはずの僕に、彼女は沢山の物を与えてくれる。それなのに、その優しさを素直に受け止めることができない。

 「生きていてくれてありがとうございます。会いに来てくれてありがとうございます。貴方と一緒にいられる今が、とても嬉しいんです」

 だから、謝らないで下さい。

 泣きそうな子供を宥めるように優しく抱き締められる。

 あの頃あったのは、影武者としての役割と、そのために与えられた名前だけで、自分の物と呼べる物は何もなかった。今持っているものは、戻された顔と名前だけ。それ以外の物は、全て失ってしまった。

 そう思っていた筈なのに、与えられた二度目の生で彼女を探し求めた。

 会った所で、彼女の知っているエラン・ケレスではないのに。受け入れられる筈が無い。真実(本当のこと)なんて言える筈もない。それなのに、全てを知った上で彼女は受け入れてくれた。

 この想いがなんなのかは分からない。恋ではないのだろう。

 ただ、彼女の傍から離れ難く、誰にも渡したくないという思いがある。


 「ありがとう。スレッタ・マーキュリー。ぼくも……僕も、君と一緒にいられて……嬉しい」

 おそるおそる抱き締め返す。彼女から少し驚いた様な気配を感じたが、さっきよりも強く抱き締め返される。

 自分よりも小さな身体な筈なのに、誰よりも大きく感じる。

 「これからも、ずっとずっと一緒にいて下さいね」

 「……頑張るよ」

 心の奥底に張り付いた罪悪感に押し潰されるのが先なのか、この想いの意味に気がつくのが先なのか、今は分からない。

 ただ一つだけ手に入れることのできたこの存在だけは、離したくなかった。


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