エピローグ
一瞬、眩しい光に包まれて閉じた瞳を開くのを忘れたかと思った。しかしすぐに、薄っすらと浮かび上がる民家の灯りと遠くに見える街灯に、すっかりと日が暮れて空を覆い尽くした闇夜が頭上遥か彼方まで広がっていることに気づく。
「夢…じゃないよな。もどってきた、のか?」
「……そうみたいだな」
「あ〝あ〝、よがっだ!!アルベル!アルベル!」
「1のおかげだ。…おれも、無事戻って来られて良かった」
不思議なこともあるものだ。
二人はあの悪夢のような空間から生還したことを喜び合い、熱い抱擁を交わした。その後、携帯で時刻を確認すればスーパーから出て20分程度しか経っていなかったことに気づくが、アルベルは自分の頬の傷に触れてあれがただの幻想ではなかったことを悟る。
何はともあれ、無事に帰ってこられて良かった。あんな経験滅多にするものではないが、これからも1との日々を一日一日大事に生きようとアルベルが決意したところで「腹が減ったな〜。早く帰ってご飯作るね!」と1がアルベルの手を引いた。
「わっ!?」
「あ、ごめんなさいごめんなさい!!前よく見てなくて」
「こちらこそごめん。ちょっとよそ見していて」
走り出した瞬間、前からやってきた男にぶつかって1は慌てて頭を下げると、男が取り落としたものを三人で手分けして拾う。薄い板状のそれはよくよく見ると数字が書いてある。
「4×9……もしかして小学校の先生なんですか?」
「そうなんだよ。明日の算数で使おうと思ったんだけど…何度確かめても一枚足りないんだよね…」
「落ちたのは全部拾ったと思うが、その…足りないというカードは?」
「なんでか6×6だけ無くてね……一体どこで落としたんだろう」
1とアルベルが顔を見合わせる。こんな偶然あるものだろうか。暗がりで判別が難しいが、意識して見ると財布に入っていた免許証の男によく似ている気もした。
「あ、ありますよね。知らないうちに落とし物していること!おれも結構うっかりしているんで、無くし物なんてしょっちゅうなんですよ!」
「ははは、子供たちにはちゃんと確認しなさいって言い聞かせる立場なのに面目ないな…でも、ありがとう。人間誰しも失敗はあるもんね」
「そうそう!おれなんかいつもアルベルに迷惑かけてばかりで……」
「もう慣れた。それに1がいつも一生懸命なのは知っているから迷惑とは思ってない」
「アルベル!」
「君たちはとても仲良しだね。さてと、家に帰って6×6だけ作り直さないと…君たちももう暗いから早く帰りなさいね」
「はーい!」
男の背を見送って二人は顔を見合わせた。しかし、あの不可思議な空間のことを蒸し返すのは憚られて、しばし暗がりで見つめ合うだけだった。
「帰ろうか。おれ達の家に」
「そうだな。……1」
「なあに、アルベル?」
「これからも一緒だ」
「もちろん!死ぬまでも死んでからも一緒だよ!!!魑魅魍魎になってもアルベルを愛するから!!!!」
「……」
「ごめんごめん流石に重すぎたか。いやでもそれくらいおれの愛は大きいしアルベルのためならなんだってやれる!」
「別に呆れたわけじゃない。もののけになっても引っ付いてくるあんたが想像できて困惑したんだ」
「困惑させてごめんよ〜。あ〝でも困りベル可愛い…好(ハオ)」
「……さっさと帰るぞ」
「うぃ」
少しずつ深さを増す夜の闇。月の出ない夜は底なしの闇が蔓延り、幻想か現実か奇々怪々な出会いを生み出すこともある。邪神に見初められ神に救われた二人の若者は誰もいない道を仲睦まじく歩いていく。その背中をか細く輝く星々が照らしていた。