エピソード伊生2ー変化
そんなどこか噛み合わない世界で4年過ごし、幼稚園に上がろうかというころ。「いっちゃん、来年からいっちゃんはお兄ちゃんになるのよ」
母から聞かされた一言に伊生は目を瞬かせた。
弟、と聞いて思い出すのは最近公園に行った時に見かけた光景。自分と同い年くらいの少年が、それより少し小さい少年の手を引いてあれこれと世話を焼いているというものだった。
あれが弟と兄、というものなのだろうか。
絵本を読んでいてもたまに兄弟は出てくる。そこに出てくる兄は、弟を大切にして、弟もまた兄を慕っていた。
けれど別の本では、喧嘩をして紆余曲折を経て仲直りをして、めでたしめでたしで締められていた。
……喧嘩、喧嘩は嫌いだ。目から入ってくる情報がどっと増えて、怒りの感情がばしばしこちらを攻撃してくるみたいだ。
弟ができても喧嘩はしない。とりあえず伊生は固くそう誓った。
そして母のお腹もかなり大きくなり、出産予定日ちょうどに弟は産まれた。
「ほらいっちゃん、弟が産まれたわよ」
そうして初めて会った弟はあまりにも小さかった。自分の半分もない、ちょっと触れたら壊れてしまいそうないのち。
「名前はもう考えてあるの」
世一、っていうのよ。
「……よいち」
母の言葉をおうむ返しするように返したそれに反応するように、弟は……世一火が付いたように泣き出した。
「あらあら、大丈夫よ~この子はあなたのお兄ちゃんよ、怖い人じゃないわ」
「世一じゃなくてよっちゃんって呼んだら喜ぶんじゃないか?」
冗談めかして言う父の言葉を正直に受け止めて、再度伊生は呼び掛ける。
「……よっちゃん?」
今度は泣かなかった。代わりに弾けるように、きゃらきゃらと笑う小さい弟。
伊生はそれで、不思議と弟と通じあえた気がしたのだ。
「よっちゃん、可愛いね」
「!やだいっちゃんがそんなこと言うの初めて~!」
「そうだな、世一は可愛いな!伊生ももちろん可愛いぞ!」
わいわいと賑やかになる病室には、もう笑顔しかなかった。
それから伊生は世一から離れずそばにいることが多くなった。
世一が何を感じ、どうしてほしいのかを常に気を付けて、要求を感じとろうとする。そうするとあれだけ煩わしかった様々な情報が気にならなくなるのだ。
両親も育児に積極的に協力してくれるいいお兄ちゃんとして特に止めることはなく、伊生兄の優れた感覚は世一を中心に研ぎ澄まされることとなる。
そしてこの頃、伊生はもう一つ、人生を変えるような大きな分岐点を向かえようとしていた。