『エピソードオブRED part9』
「……っ!!」
「遅かった……大丈夫?ウタ…」
「…うん…少し待って…」
崩壊を始めた夢の中で、膝をついた私をロビンが心配してくれている。
少し立つのに時間がいるかもしれない。
現実の私は、魔王の中にいた。
この光景を見るのは…スリラーバーグ以来だろう。
どちらが上か下かも分からぬ真っ黒な空間に浮いているような感覚だ。
今この身を包んでいる「それ」がなければ、このまま浮かんでいることしか出来なかっただろう。
闇をかき分けるように進んでいくと…蹲る『私』の姿が見えた。
近づくにつれて、四方からの怨嗟の声が大きくなる。
─お前のせいだ
─お前のせいで
─お前が悪い
「……ねぇ」
「うるさいッ!!」
伸ばした手を払って『私』が叫ぶ。
「言われなくたって…全部知ってた…分かってたよ!!」
その言葉とともに、闇の中に映像が浮かぶ。
間違いない、私も見たあの電伝虫だ。
「一年前…あの日見たこれが…全部教えてくれた…」
─あの"ウタ"という少女は危険だ…!!
あの子の歌は、世界を滅ぼす!!!─
あの夜、あの悪夢の映像。
他でもない私が、トットムジカでエレジアを滅ぼした証拠。
やはりこちらの私も、既にこれを見ていたのだ。
「……だったら」
「だからって今更どうしろって言うのよ!!」
私の体を掴んで慟哭は続く。
「世界中のファンのみんなが、私の歌を楽しみにしているのに…!!」
また一つ映像が浮かび上がる。
映像電伝虫に照らされているかのようなそれは、一人の少女を映している。
─ウタちゃん、ここから逃げたいよ…ウタちゃんの歌をずっと聞いていられる世界はないのかな─
「私は『海賊嫌いのウタ』!!私を見つけてくれたみんなのためにも!!」
「……もう…引き返せない……『新時代』を!!」
左腕に力を込め、涙ながらに『私』が吠えた。
「…なのに…なんであんたは…同じ私なのに…」
力が抜けた腕が落ち、『私』がその場に膝をついた。
「………え」
涙で荒れた喉から気の抜けた声が出ている。
…自分が自分を抱きしめる絵面など、傍からすれば随分滑稽だろう。
「………何を」
「強いね、あんたは…ちゃんと立ち上がって」
「…え……?」
「私には、無理だったから」
2年前のあの日を思い出す。
あの日、映像を見た私は、耐えられずに逃げようとした。
己の力からも、仲間からも、傷ついているだろうルフィからも…約束からも。
もしシャンクスがいなければ、あのまま私はあの場で終わっていたはずだった。
「…あんたはそれでも、ファンの皆のために立とうとした…私には、真似できるか分かんない」
「…そんな……」
「…それに、ダンスはともかく歌だけならそっちの方が上手いしね〜…流石ゴードンだよ」
「…さっきから何の…」
腕を回したまま足を伸ばし、そのまま共に立ち上がらせる。
「私歌以外からっきしだから…誰かに頼らないと生きていけない自身がある」
かつてあいつの行っていたような言葉を口に出す。
「今までも、ルフィにゴードンにシャンクスに…とにかく色んなやつに頼ってきちゃった…だから!」
目の前の『私』の肩を叩いて向き合う。
「あんたも、もっと誰かを頼って!…みんながあんたを頼りにしたように、あんただって頼りを探していいんだから!」
ゴードンがいる。ファンの皆もいる。
『私』自身の責任感が阻んだが、きっと頼ろうとすれば出来たはずなのだ。
「あーでも、シャンクスは一発殴ったほうがいいかな…」
流石に12年放置はあれだろう。
気持ちは分かるがそれはそれとして殴る権利は『私』にあるはずだ。
「……でも…もう今更」
顔をそむけ、『私』が呟く。
既に第三楽章になった魔王は『私』の意思を関係なく暴れているのだろう。
今の私には、現実の様子は探れない。
それでも、励ますように背中に手を添える。
「大丈夫!魔王は私達でなんとかする…あんたが償いたいなら、その後皆も一緒に考えてくれるから」
「…私…達?」
「うん!」
どうやら、やっと『私』が、私の奇妙な姿に気づいたらしい。
〜〜
「…ありがとうロビン…もう大丈夫」
「そう?でも…」
「大丈夫!…心配しないで」
そう言い残して駆ける。
「あっ…もう一人のウタさん!!あなたは…!!」
指揮を取っていたコビーには悪いが進ませてもらう。
余波に巻き込まれた『ルフィ』も既に立ち上がっているようだ。
ギア4でトットムジカに突撃している。
「…やるよ、トットムジカ!」
「ヤットカ…早ク譜エ!」
「はいはい!」
悪態を流しつつ、あの旋律を口ずさむ。
先程も見た黒い渦が身を包む。
再び装いが変化していく。
海賊帽は傷の文様のついた帽子に、コートは四皇赤髪を思わせる大きく黒いものに。
更にそれを突き破るように一対の黒い翼が現れ、周りに傷のついた髑髏が浮かぶ。
…最後に、消えていた左腕のアームカバーが戻ってきた。
これで準備は万端だ。
「『ルフィ』!ちょっと避けて!」
「えっ!?…ウタ!?」
〜〜
「クッ…!」
赤髪のシャンクスは、今も尚トットムジカに立ち向かっている。
それでも、数いる音符の戦士に足を取られる。
その隙を狙う魔王が、赤い稲妻を放った。
「チッ!……な」
防御しようとしたその時、目の前に影が現れた。
白い服、白い髪、白い煙。
全身白く染まったその影が、眼前に迫った稲妻を…なんと素手で掴んだ。
「なっ…!?」
「シシシ!!」
〜〜
「"終焉"<ラグナロク>…」
「"ゴムゴムの"ォ…」
「"奉献唱"<オフェトリウ厶>!!!」
「"雷"ィ〜!!!」
現実とウタワールド、奇しくも2つの世界で、
赤い光が魔王の胴体に当たり…貫く。
「よし!きっとルフィだね!」
「シシシ!ウタだな!」
互いの世界で、硬い絆で結ばれた二人が笑う。
「…その姿…あなたは一体、何者なんですか…もう一人のウタさん」
夢の世界で、駆けつけたコビーがそう問う。
「…そうだね…ちゃんと紹介しないとか」
「…駆けつけてみれば…何者だ…まさか、麦わらか…?」
現実で、現場に現れたカタクリも問いかける。
「カタクリ!忘れたならもっかい言っとくぞ!」
それらの問いに、異なる世界でそれぞれが同時に答える。
「私は"麦わらの一味・歌姫"ウタ!」
「おれはモンキー・D・ルフィ!」
「未来の"海賊王"を支える…」
「いつか"ワンピース"を手に入れて…」
「"魔王"になる女だ!!!」
「"海賊王"になる男だ!!!」
かつて、『新時代』を誓った二人が、高らかに声を上げた。
「ウタ」死亡まで、残り30分
to be continued…