『エピソードオブRED part8』
大きく渦巻く闇から、巨大なそれが顕現する。
第一楽章からすぐに第二楽章に姿を変貌させた魔王が、
赤黒い稲妻を走らせる。
現実で近海に停まっていた軍艦が巻き込まれる爆音が響く。
トットムジカ。
ウタウタの実の能力者が歌うことで姿を表す最悪の魔王。
「…こうして正面から対面することになるとはね」
槍を構えながらそう呟く。
『私』は魔王の頂点、帽子の上で未だ狂気に満ちた声で歌い続けている。
ルフィと共に、飛び出していこうとしたとき、目の前に立ち塞がる影があった。
「…!ベックマン!」
「…ルフィ、ウタ」
副船長のベックマンが、何故か行く手を遮るように立つ。
「おい、そこどいてくれ!!」
「待てルフィ…ウタ、お前と最後に会ったのは?」
「え?…数ヶ月前」
私にとっては、シャボンディに行く前に会ったのが最後だ。
「…なるほど、やっぱりお前らはおれ達の知るウタとルフィとは別らしいな…」
納得したように目を閉じ、ベックマンが続ける。
「…お前ら、ひとまず民間人を守ってくれ…おれ達で『ウタ』はなんとかする」
「え…でもよ!」
「これはおれ達とあいつの問題だ…分かってくれ」
そう言って、再び魔王に向き合う。
「おい!ベック…」
「待ってルフィ…ひとまずは、言うとおりにしよう」
未だ周りの人たちは立ち上がって海兵たちに向かっていっている。
一部は私達や赤髪海賊団にも迫っている。
「ひとまず彼らを魔王から守るのも大事だと思う…今はそうしよう」
「…大丈夫なのか?」
ルフィがそう聞いてくる。
「…はっきり言ってこのままだと無理だと思う…だから、私が合図したらルフィもあいつに向かって?…私もあっちで戦う」
「…分かった!じゃあ行くぞ!!」
そう言って、ルフィが飛び出す。
私も現実で五線譜を構えながら…ウタワールドで、内側のそれに問いかけた。
「…あれ、どういうことなの?」
「何ガダ?」
「…あのトットムジカ、あんたより強くない?」
そう、目の前に構えるトットムジカから感じるパワーは、
私の中の魔王より更に強大に感じた。
「ソンナノオ前ノ下手ッピナ歌ガ悪インダ痛デッ!?」
「そういうことを聞いてるんじゃない!!いやそれもあるかもだけど!!」
確かに歌唱力はあっちの『私』が上回っている。
同じ歌の魔王なら、より技術のある方が力を引き出せるというのも納得がいく。
だがそれにしてもあの魔王の力は大きい。
何か別のそれが干渉していると言われても信じられるほどだ。
「知ラン!ソレヨリハヤクナントカシロ!」
「わかったよもう…!」
そうだ、私達が帰れるかどうかは今この時にかかっている。
ひとまず雑念を振り払い、攻撃に巻き込まれないようにしつつ、現実で五線譜で観客達を拘束しつつ守っていく。
ルフィも攻撃の余波から一般人を守っているようだ。
今はひとまず、その時を待つ。
〜〜
「うわっ…!」
ウタワールドでも、夢の中に囚われた猛者達と魔王の戦いが始まっている。
観客がいないこちらはより攻撃が激しい。
しばらくその場でじっと見据えていた『ルフィ』も既に動き出していた。
トットムジカの上の『私』が『ルフィ』を、そして私を睨みつける。
どうやらかなり憤っているらしい。
次の瞬間、トットムジカの腕がこちらに迫る。
「ウタモルフォーゼ!!」
音符から盾を召喚し身を守る。が、やはり重い。
そのまま盾が砕け、後方に吹き飛ぶ。
体勢を立て直したはいいものの、音符の戦士達が続々と迫ってくる。
「…あんた敵だとほんとに厄介だね」
他のみんなの攻撃も有効打に至っていない。
必要なのは同時攻撃…夢の世界と現実世界で同時に同箇所を攻めること。
「………」
できないことはない。
私が目になれば可能ではあるだろう。
…だが、今は待つことにした。
目の前で『私』に向かおうとするルフィがいる。
ならば、もう少しそちらに委ねたいと思った。
音符の戦士を蹴散らしながら、二人の様子を見る。
「ウタ!聞け!話を…!!」
「海賊と話すことなんか……ないっ!!!」
ただ一方的に攻撃する『私』に対し、『ルフィ』はひたすら問いかける。
そして『私』の投げた槍が『ルフィ』に迫ったときだった。
「…!!待っ…」
飛び出したゴードンが、ルフィを庇って槍に刺された。
「ゴードン!!」
音符の戦士を一気に片付けそちらに飛ぶ。
「待って…すぐに傷を…!!」
そう思って手をかざしたが、ゴードンに止められる。
「大丈夫だ…もう一人のウタ……ウタにこれ以上…友人を傷つけさせないためだ…」
「ゴードン…」
この世界でも、ゴードンは強かった。
かつてもゴードンの優しさに救われたこともあったのを思い出す。
「…何…?シャンクスを信じてるようなやつなのに?」
「違うんだウタ……嘘なんだ…!!」
血を吐きながらもゴードンが語り始めたのは、あの日の真相だった。
あの日エレジアで何があったか。何故シャンクスが『私』をここに残したか。
彼らの不器用な愛と、ゴードンのあの日の約束が、彼の口から語られる。
「聞いたかウタ!やっぱりシャンクスは…!!」
真実を知ったルフィが、笑顔で『私』の元に行く。
もう戦う必要はないと信じ進んだルフィを…
…『私』は、再び吹き飛ばした。
「ルフィ君…!!」
「…こうなっちゃったか」
ここで止まってくれるなら嬉しかったが、そうはならないらしい。
そろそろ本気で出るべきかと槍を構え直したとき、トットムジカの上に落ちたルフィが尚も問うた。
「それ…おれが描いたやつだろ…?」
「…っ!?」
『私』の左腕にあるそれ。
昨日、サニー号で合った時を思い出す。
『そういやウタ、お前の左腕のそれ…』
『ん?これ?そうそう、あんたのくれた麦わら帽子!今も私とあっちのあんたの大事な約束だよ!』
『へー、使ってくれてるのか!そっか!』
『へへ…こっちの私も、案外ちゃんと使ってるんじゃない?』
『そうだといいなー!』
『私』もまた、あの誓いを忘れていなかった。
咄嗟に出された『私』の拳を受け止め、ルフィが正面から向き合う。
「もうやめろ『ウタ!』」
〜〜
「…!?ルフィ!?」
現実とウタワールドで、名を呼ぶ声が重なる。
『こんなのは自由じゃねェ!』
「あいつ姿が変わるぞ!大丈夫か!?」
「…っ!?」
まずい、トットムジカが更に一つ上になろうとしている。
もしかしたら、『私』の身も危ないかもしれない。
「ルフィ!私は『私』助けにいくから、あんたは現実で思いっきりやって!あっちは私がやる!」
「!!分かった!!」
『こんなのは新時代じゃねェ!!』
私も、魔王の力が高まるのを感じる。
時間がない。すぐに現実で魔王の翼を展開する。
『お前が誰よりも分かってんだろォ!!』
『……ルフィ…!!』
最後に涙を見せた『私』が、魔王に取り込まれる直前…
現実の私の体が、魔王に飛び込んだ。
「ウタ」死亡まで、残り40分
to be continued…