『エピソードオブRED part7』

『エピソードオブRED part7』


「……………。」

一面に広がる水面を歩く。

あの賑やかなライブ会場はもう見る影もない。

水面下遥か下に、観客だった者達が浮いている。


『こやつ、死刑にするだえ!!』

『天竜人に手を出すのはまずいよ!!』

『羊たちの面倒見ないとだから帰るよ…。』

『皆さんは、騙されているんです!!一刻も早く、ここから脱出するべきです!!』

『本当に、騙していたの!?』

『帰りたいっつってんだろ!!』


先程の光景が未だに脳裏に浮かぶ。

突如現れた天竜人によってみんな恐がってしまった。

その後現れた海軍の英雄だって人のせいで、みんな更に混乱してしまった。

だからもっと「楽しく」なってもらった。

これで大丈夫だろう。

新時代はもうすぐ始まるのだ。

こんなところで挫折するなんてことがあってはならない。


「ねぇルフィ…もうすぐ新時代だよ?」

現実、雨に晒されながら眠り続けるルフィに語りかける。

…ここで、彼と決別することになる。

だがせめて、ちゃんとルフィとケジメはつけたい。

どうせルフィのことだ、この世界を嫌ってもう一度来るはずなのだから。



その時だった。

ピチャリと、ウタワールドのこちらに歩いてくる足音が聞こえる。

きっとルフィだろう。

「…また来たんだ、どうせ勝てない……の………に…」


目を疑った。

そんなはずはないと。

これは幻覚か何かだと。



「……誰、あんた」


「見ての通りだよ…『私』」


目の前にいたのは、確かに『私』………ウタだった。

「…何?誰のいたずら?」

「…………」

答えず、目の前の『私』が近づいてくる。

よく見れば、背中にはあの大きな槍を持っている。


「…何?あんたも悪い人なの?」

「まぁそうかもね、私海賊だし」



は?

なんと言った?

海賊?私が?


困惑の大きい胸の中が、一気にドス黒く染まるのを感じた


「…私の姿で……私の声で……」


「海賊なんて名乗るな!!!」


指先から音符を噴き出させ、戦士に変える。

無数の戦士が、目の前のそれに突っ込んでいく。


「急速な練習曲<プレスト・エチュード>」


一閃だった。

『私』が槍で突撃し、戦士を蹴散らした。


「…っ!!なら!!」

大きな音符に飛び乗り、空に浮かぶ。

そのまま五線譜を取り出し『私』に飛ばす。

誰だって構わない。歌にしてしまえば…


「ペンタグランマ…!!」

目の前の『私』もまた五線譜を生み出し、私の五線譜にぶつけて絡ませる。

…間違いない、紛れもなくウタウタの実だ。


「何よそれ…なんだってのよ…!!」

悪魔の実は同じ種類が同時にいることはない。

同じ能力者が会うなどありえない。

ではこれはなんだ。

目の前の『私』はなんだ。


「…………!!」

考えばかりに意識が取られて、私は目の前に『私』が飛んできていたのに気づけなかった。



ペシッ


何をされたか分からなかった。

数秒遅れて、左頬が痛む。

視線を戻せば、振りぬかれた右手が見える。


ビンタ?

今、ビンタをされた?

「…なにを」


「…あんた、何がしたかったの?」


いきなり何を言い出すのだろう。『私』のくせに。


「決まってるでしょ…皆が幸せになれる新時代を」

「その皆の体をあんな使い方して…心をこんな風にして…これがあんたの新時代?」


うるさい、何様だ。

海賊のくせに。


「…解決は私も手伝う、だからもうこんなことはやめ」

うるさいッ!!!


上空から音符を落として叩きつける。

そのまま水柱を周りに出して閉じ込める。

ほんとうに能力者なら出てこれはしまい。

…いや、そもそも全て幻覚に違いない。

考えれば私がもう一人いるなんてあり得ないじゃないか。



「…………」

…そんなことを思っていたら、今度こそ来たらしい。

「…また来たんだ、勝てもしないのに」

「まだおれは負けてねェ」



〜〜


「いたた…冷たい」

…イイノカ?

「どうせ駄目元だったよ…少し、ルフィとの話を聞いてみる。」


ずぶ濡れの夢の世界から、これまたずぶ濡れの現実に意識を戻す。

今はルフィと共に骨の上から下を監視できる位置で様子を伺っていた。

こうなった以上、『私』自身の意思であれを歌ってもらうしかない。


「おい、あっち大丈夫か?コビーやトラ男もいるって話だけどよ?」

「うーん…」

彼らが動いているのは確認してある。

恐らく何かしらの策は考えているだろう。


…夢の中の『私』と『ルフィ』の対話は少なくとも和解とは行かなそうだ。

『私』の語る過去は、世間一般でもよく知られる話…赤髪海賊団が、エレジアを滅ぼしたという過去だ。

『ルフィ』は全く信じていない。

シャンクスは必ず『私』を助けに来ると信じている。


「……ところでさルフィ」

「…おう」

「…やっぱり、来てるよね」

何がとか誰がとは言わなかった。

つい先日、ワノ国でも感じた懐かしい覇気が近づいている。

だから焦ってはいなかった…『私』が現実の『ルフィ』にナイフを振り下ろそうとしていても。

それを止める手が迫っているのが分かっていたから。



「…シャンクス……なんで……?」

「久しぶりに聞きに来た…お前の歌を」


「やっと来たね…シャンクス」

「ああ!」

ライブから6時間ほど立ってようやく来てくれた。

シャボンディに向かう前、最後に見たときと変わっていない。

他のみんなも来てくれているようだ。

「みんなー!一番悪い海賊が来たよ!!」

『私』の掛け声と共に、再び周りで眠る人達が立ち上がり、赤髪海賊団に向かっていく。「またもう…」

「まーシャンクス達なら危ないことはしねェだろ」


夢の中でも進展が起きた。

シャンクスが来て動揺した『私』に、夢の中の急ごしらえな連合達が迫る。

その中でも何故かいるサニー号、トラ男、そしてロメ男君のおかげで、『私』が無音のバリアに囚われる。

声を出せなければ、如何にウタワールドといえど何もできやしないはずだ。

未だ水柱の中だが、そろそろ出てもいいかもしれない。


「とりあえず私達も…あ」

「ん?どうした?」

「いやその…あんた大丈夫?」

すっかり頭からルフィの約束のことが抜けてしまっていた。

「ん?いや、大丈夫だ!」

心配と裏腹に、ルフィは笑っている。

本人なりの考えがある顔だ。

「そう…それならいいけど」

「おう!それより……っ!先行くぞ」

「え、ちょっと!」

ルフィが飛び出すのを慌てて後を追う。

さっきの様子からして何か「視た」のかもしれない。

そう思った瞬間、下から銃声が響いた。


「…え…?」

「…!?」

その場にいるものが全員硬直し…困惑している。

それはそうだろう、今渦中の中心にいる歌姫と、眠っている大海賊。

それが何故か上から落ちてきたのだから。


「ん〜ふん!」

ルフィが食い込んでいた銃弾を跳ね返す。

もし遅れていれば、シャンクスを拘束している一般人の一人に当たっていただろう。

更に銃声が連続で響くのを、咄嗟に五線譜で弾く。

「ルフィ!?ウタ!?なんでお前ら二人いる!?」

「私…?それに……ルフィ…!?」

『私』もシャンクスも混乱している。

それはもう仕方ないだろう。

「ごめんシャンクス説明後で!」

今はそれどころじゃないと、上に輝く光を見る。

「…そうだな」

大将黄猿が放つ数々のレーザーを弾き、シャンクスが首元にグリフォンを突きつけた。

「こちらも色々混乱しているが…とりあえず親子喧嘩に首を突っ込まないでもらえるか?」

「お〜そうも行かないよねェ…なんでウタと麦わらが二組いるんだい?」

「どうやら、あっしらもお前さんらも想定外なことが起きてるみたいでさァ…」

シャンクスに、大将二人が牙をむこうとしている。

「あちゃー……やっぱりまずかったかな」

「いや、客の人が傷つくよりは大丈夫でしょ」

しかしこの状況、どうやって収めようかと頭を抱えたときだった。


「…あんた…」

「ああ、そういえばこっちで会うのは初めてだったね」

『私』がフラフラとこちらを見ている。

「ほんとにいたなんて…それにそっちのルフィは…」

「おう、昨日会っただろウタ」

なんてことないようにルフィが答える。


「じゃあ…あんた…さっき海賊だって…じゃあ…」

頭の中ではまってほしくないピースがはまったように震えながら言葉が続けられる。

…それに対し、本当にあっさりとルフィは答えた。


「ああ、こっちのウタはおれの仲間だぞ」



─その言葉を聞いた『私』の顔は、どういう顔だったのだろうか。

怒りなのか悲しみなのかそれとも…その場では、それを判断する時間はなかった。


水柱を脱したと思えば、ウタワールドで異変が起きた。 

その場にいた者たちが、音符に包まれ装いが変わっていく。

ルフィ達も、コビー達も、ビッグマム海賊団も。

…私にも音符が飛んできた。

いつもの服装が、巨大な海賊帽とコート、その下にカーディガン、シャツ、ガーターと変貌していく。

バリアボールの中にいる『私』を見る。

その手には、あの4枚の楽譜が握られていた。



「悪い人達には悪い印を…もっと早く決めればよかった…」


「私にこれを使う勇気がなかった…でもあんたを見てようやく覚悟ができた…!!もう迷わない!!」


「気をつけて!恐らくあれが!!」

ウタワールドでロビンが警告をする。


「来るよルフィ…!!」

「おう!!」

こちらにとっては世界の命運をかけた…

私達にとっては、元の世界に帰るための戦いが始まった。


『ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᚲ ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᛏ ᛏᚨᛏ ᛒᚱᚨᚲ』


狂気と覚悟を孕んだ破滅の譜が、2つのエレジアに響いた。


「ウタ」死亡まで、残り1時間弱


to be continued…


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