『エピソードオブRED part11』

『エピソードオブRED part11』


「ウタ!!」

もう一人のウタが降ろした娘の元へシャンクスが向かう。

トットムジカが消えてなお、その体はネズキノコの毒に蝕まれ続けている。

もはや一刻の猶予も許されはしなかった。


「シャンクス…私…」

「もういい、喋るな…ホンゴウ!!」

「おう!!」

船医が一つの瓶を投げ渡す。

それを受け取ったシャンクスが蓋を開け、ウタの口元に寄せる。

「これを飲めばまだ助かる…すぐに眠れるはずだ」

「…シャンクス…会いたくなかった…でも、会いたかった……」

ずっと隠れていた本音が、死の間際に溢れてくる。

「もういい、いいから早く…」

シャンクスの言葉を遮るように、銃声が響いた。

あたりを見渡せば、観客達が未だ眠ったまま起きている海兵や海賊にまとわりついている。

「どういうことだ!!魔王を倒せば心が戻ってくるんじゃなかったのか!?」

眠る妹の対処に追われながらカタクリが叫ぶ。


「やめて…もう終わったの……やめて………」

だが、既に眠る者たちの支配権は『ウタ』にはなかった。



「…なァ、これどうなってんだウタ?」

「うーん…ちょっと面倒なことになってる」


〜〜


「なんでだよ…なんで帰れねェんだ!?」

魔王の消えた異空間でウソップが叫ぶ。

トットムジカとウタが消えてもなお、この世界の者たちは現実に戻れていなかった。

「遅かった…魔王に私達の心が囚われてしまった…」

「そんな……」


ゴードンの嘆きで辺りに絶望の空気が広がる中、一人ウタは内のそれに聞き出していた。


「…倒せばそれでなんとかなるんじゃなかったの?」

…思ッタヨリ力ガ大キカッタナ…取リ込メラレナカッタ

「…これ、あの子が寝たらなんとかなるの?」

イヤ、早クナントカシナイト全員コノママダ

「あっそ…」

どうやらあまり時間の猶予はないらしい。

…ドノ道好都合ダロウ?

「…まぁ、そうかもね」

ひと手間増えてしまったが、どの道目的は変わらない。


〜〜

「ゲホッ…ケホ…」

蝕まれた体が吐血と共に悲鳴を上げる。

「ウタ…!!早く薬を…!!」

シャンクスが必死に薬を飲ませようとする。

だが、『ウタ』もまたなんとなく察していた。

このまま寝ても解決にはならないことも。

この状況を解決できるのは自分なのも。

…今が、自らの行いへのケジメの機会なのも。


「………っ!!」

「ウタっ…」

ウタの手がシャンクスの持つ薬を弾き飛ばす。

手を離れた薬は回転しながら飛んでいき、

そのまま地面に落ちる…ことは、なかった。



「よっと」

「え…」

「…!!」

伸ばされた白い手が薬瓶を手に取り、その手の主が跳ねながら二人のもとへ向かう。

「あぶねーなお前…ほいシャンクス」

「あ、ああ…ありがとうルフィ…」

「…ま、待ってルフィ…私…」

例え薬が無事だとしても飲むわけには行かない、そう止めようとしてもルフィは笑っている。

「シシシ…大丈夫だ、ウタがなんとかするからよ」

そう言って笑うルフィの隣にウタが立つ。

彼女の身を包む黒い装いはすでに消え、元の服装に戻っていた。


「…任せてくれる?ちゃんと全員もとに戻してみせるから」

「…でも……私…」

自分の行いに、自分でケジメをつけることもできず他人に頼るような真似はしたくない。

そんな考えが伝わってしまったのか、目の前の自分が膝をついてこちらに語りかける。

「…あんたももうみんなのために出来ることはやったでしょ?…あの二重奏、悪くなかったよ?」

魔王との戦いの中、2つの世界に響いたあの歌声は、戦士達に確かに力をもたらしていた。

それに同意するようにシャンクスが頷く。

「…お前はおれ達のために歌ってくれた…それで十分だ」

「…でも」

なおも納得しかねる『ウタ』の肩が掴まれる。


「それでも納得できないなら…生きて他のやり方で償えばいい…生きてれば、やり方なんて無限にあるんだから」

かつての自分の死生観はよく分かっていた。

かつての自分にとって、大事なのは心だった。

それでも、旅の中で新たに得られた価値観がある。

それを知らずに現実から逃げるのは惜しいだろう。

「もう少し…こっちで頑張ってみない?」



「……分かった…シャンクス」

「!!ああ…!!ゆっくりでいいぞ」

『ウタ』の口に、ゆっくりと薬が流し込まれる。

それを飲み込んでいくのを見て、ルフィとウタは笑った。

「良かったなシャンクス、ウタ!!」

「ああ…ありがとう、頼んだぞ…」

「うん…!!…そういえば、一つ言い忘れてたことがあったんだ」

前方の岩場、声のよく響くその舞台に歩みながらウタが苦笑する。

「…実は、あんたが解決しちゃうと少しこっちも困るんだよね…ハハ」

「……え?」

静かに笑みを浮かべたまま、ウタはモンスターが持ってきていた電伝虫のそばに立った。


〜〜


…始メルノカ

「うん…みんな安心して!!すぐに帰してあげるから!!」

魔王の力の残る異空間に、声が響き渡る。


「もう一人のウタ…なんとか出来そうなのか?」

「帰れるのか、おれ達!?」

「サニー!!」

辺りにざわめきが広がる。絶望的だった空気が緩和されていく。


「少し待ってね…それと、びっくりして変なことしないように」

手にマイクを呼び出しながら注意をし…ウタがゴードンに向き合う。


「…ねぇゴードン…あなたこっちの『私』に言ってたね…天使の歌声だって」

「ん?…ああ、そうだとも。君の声は確かに天使の…」


「…ごめんね、そっちの『私』みたいな天使は…私は無理かも」

「…え…?」





「だって私……『魔王』だから」

その一言ともに息が吸われ……ウタのライブが始まる。



ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᚲ ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᛏ ᛏᚨᛏ ᛒᚱᚨᚲ


「なっ…!?」

困惑の声と共に、再び闇が渦巻く。

「あの女…!!」

体を熱したオーブンが出ようとしたのを、『ルフィ』が止めた。

「やめろ!!…あいつなら、大丈夫だ!!」

眼前で魔の歌を歌うその姿を、『ルフィ』は信頼の籠もった目で見つめた。


雨打つ心彷徨う何処 

枯れ果てず湧く願いと涙

解き放つ呪を紡ぐ言の葉

〜〜


ᛗᛁᛖ ᚾᛖᚷ ᛟᚾ ᚷᛁᛖᚲ ᚷᛁᛖᚲ ᚾᚨᚺ ᛈᚺᚨᛋ ᛏᛖᛉᛉᛖ ᛚᚨᚺ

死をも転がす救いの讃歌

求められたる救世主


「お〜……こりゃどういうことだい?」

再び現れたもう一人の歌姫が、再び魔王の旋律を奏でる。

民間人を足止めしながら様子を見ていた黄猿が渦にレーザーを放とうとするのを、ベックマンがライフルを突きつけた。


「またあの化け物が出るようだが…止めなくていいのかい〜…?」

「…よく分からんが…お頭と『ルフィ』が問題ないって判断したんだ…大人しく聞いててもらうぞ黄猿」


祈りの間で惑う 唯海の凪ぐ未来を乞う


「…しかしこの気配…こりゃすでに…」

目が見えずとも、藤虎はその気配から目の前に現れんとそれが、

既に先程の覚醒していた形態であることを察していた。


多くの人間の不安と期待の視線を浴びながら、

『魔王』はその歌の佳境に入った




その傲岸無礼な慟哭を 惰性なき愁いには忘却を


闇が更に加速して渦巻く。

その中心から傷の刻まれた髑髏が姿を表す。


さあ混沌の時代には終止符を 

いざ無礙にBlah blah blah!


鋭い爪のついた鍵盤の腕が次々と顕現していく。

巨大な黒翼が空に広がる。


無条件絶対激昂ならSinging the song

如何せん罵詈雑言でもSinging the song


先程まで己を閉じ込めていたそれが現れるのを、眠気に耐えながら『ウタ』は見つめていた。

本来なら絶望すら感じそうなその状況でも、そのようなものは湧いてこない。

そばに控えているシャンクスのおかげだろうか。

それともすぐそこで笑みを浮かべるルフィのおかげだろうか。


有象無象のBig Bang 慈しみ深く


─いや、違う。

空に浮かぶ魔王の、その下に立ち、歌い、踊る。


怒れ 集え 謳え


全力で魔王を呼び出す己の顔を見て、心から思った。


─嗚呼、なんて

─楽しそうなのだろう


破滅の譜を


同じ歌、目の前の彼女が言ってくれたように、きっと自分の方が技術は上。

それでも、目の前の歌からは自分の時のような狂気を感じない。

ただひたすら、使命すらも忘れ純粋に楽しんでいるかのような歌声に、心がどうしようもなく惹かれる。


─いつか、自分もまた、あれほどに歌を楽しめるだろうか。

そう思いながら、『ウタ』はゆっくりと意識を沈めていった。


「ウタ」死亡まで、残りーー分


to be continued…

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