エスミさんちの今日のごはん 食後のカクテルパーティ(ノンアル)
非お客様ァ「あれ?何読んでるんです?エランさん」
「……おかえり、スレッタ」
「ただいまです」
帰ってきたときに、居間で座っているエランさんは何かの本を読んでいた。
ポーチをおいて向かいに座る。
最近はデータ書籍が多かったけれど、今は紙の本だった。
「……これ」
「コックテイル……カクテルレシピブック?」
「そう」
なんでそんなものを、エランさんは実はお酒を飲む人だったのだろうか、と思ったが。
「それね、没収案件」
会話にパスを出してくれたのはミオリネさんだ。
「没収?」
「そ、あんたの……ライブラリにあったような学園ものでいえば、風紀委員? みたいな、ああいう組織が動いて没収したもの」
「なんで? 本ですよね」
思想関係の何かとか、禁止技術とか、そういうものでもないと思うけど。
「簡単に言えば、メニュー表よ、それ」
話を聞くとつまり、どこかの寮で学生相手にお酒を出して闇で営業していた学生がいたらしい。物の売り買い自体は禁止されていないが、内容的に風紀を取り締まる組織が動いたのだと。
「没収した物品は検査してから、送り返すとこだけど、ここはフロントだからって」
どこかに送るにもコストが大きい、廃棄も無駄、というか、処理にコストがかかる。だったら、活用できるものは活用しなければということらしい。
「ク……理事長には許可取ってあるから」
内装等はしかるべき処理がされ、レシピブック兼メニューは今エランさんの手元にある、お酒の類はほとんどを教員及び職員に横流し禁止の通達とともに希望者に配ったとか、
「ラムとかお菓子作りに使える奴と、ジュースの類は回してもらってきちゃった。一部は地球寮の奴らに送ってやろうと思うけど」
「いいですね、またお菓子作って遊びに行くならご一緒してもいいですか?」
「あんた、あいつらと友達なんだから私の許可取らなくてもよくない?」
「えっと、それはそうなんですけど……」
この間、ミオリネさんが地球寮に行ったときにはひとりで行ったみたいだし……、
「スレッタは君と行きたいんだよ、ミオリネ・レンブラン」
「え、エランさん!」
エランさんは本に目を落としたままで、軽く口にした。
思わず、ミオリネさんの方を見るが、
「……そうなの?」
どちらかというと、思いもよらなったというような表情をしていた。
「えっと、それは、その、あー、ハイ」
「……、そ。じゃあ、あんたもお菓子作るとき手伝いなさいよ!」
あれ、これはオッケーということだろうか?
――!
「は、はい。もちろん、足を引っ張らないようにします!」
「いや、うん。そもそも足を引っ張るようなことないと思うけど、いいのよ別に」
「え、でも」
「ミオリネは君とお菓子作りがしたいんだよ、スレッタ」
「あ、あんた!」
エランさんの言葉に、ミオリネさんは、急いで視線を向けた。
「……」
沈黙している。
「口を閉じて視線そらせば話題も逸れるとか思ってるんじゃないでしょうね」
「み、ミオリネさーん!」
ミオリネさんの視線がエランさんに向いているところだったので、隙だらけだった。
ハグをしにいった。成功した。背中から抱き着くと、一瞬だけ身じろぎを感じたでも、力を抜いたミオリネさんは私にされるがままになった。ちっちゃい、かわいい。
「ん。もう」
満更でもなさそう?
「えへへー」
「……もう」
・
ミオリネが荷物を取りにいく、と言って出ていった。
スレッタは残って質問をしてきてくれる。
「それで、どうしてそんなのを読んでるんです? エランさんお酒飲みます?」
「飲めるかどうかわからないね、飲んだことがないから」
スレッタに問われたが、そうとしか返せない。調理用のとか、香りだけとかならともかく、『お酒を飲む』ということをしたことはない。
「一緒ですね……えへへ、みんなが飲めるようになったら一緒に飲んでみたりとかもいいかもしれませんね」
「そうだね。そんな約束も、いいかもしれないね」
皆ということだけど、ミオリネも入れてだろうか?誕生日で考えれば、ミオリネが一番遅くなるか……。そこまでの未来、約束ができるというのは。
未来を与えてくれた彼女たちのおかげだ。
スレッタの頬に手を当てる。
「えへへ?」
暖かい。
「ありがとう」
「……?」
疑問符を浮かべたような表情。
しかし、拒絶は含まれていなさそう。
「おら、色ボケ」
後ろから、ミオリネの怒ったような声、しかし、強い声ではない声で頭に何かが乗る。それは、
「なんです、それ?」
疑問の顔でスレッタがいう。
「シェイカーってやつね。実物見たことない?」
「お酒が出るバーで、カウンターの中の人が振ってるやつですね?」
「それそれ。消毒終わったから取ってきたの……使うんでしょ」
頭の上のそれを手に取っていう。
「ありがとう」
・
「お酒は飲みませんよね!?」
「飲まないわよ。私が不良娘にでも見えるわけ?」
「……えっと」
スレッタが答えに窮しているのを見ながら、ミオリネに対しては、見た目はともかく品行方正でもないだろうと思ったが口にはしない。
「カクテルの中には、ノンアルコールのものもあるからね。さっきも、レシピブックからそういうのを抜粋してた」
「なるほど、そういうのもあるんですね!」
「食後に……まぁ、いわばごっこ遊びね。どう? スレッタ」
「面白そうです!」
「決まりね」
「今日の食事は軽めにしてある」
軽いといっても作業量の軽さ、だが。
一昨日のクリームシチューの時に作って作り方が馴染んでいるホワイトソースでグラタンだ。チキンでは芸がないので、サーモンにした。フロントでも手に入りやすい魚介系食材の一つ。とはいっても、缶詰のオイルサーモンだから崩れるのに注意。マカロニは柔らかめにゆで上げるサーモンとのバランスだ。野菜はジャガイモ、玉ねぎ、にんじんの基本的な組み合わせ。チーズをかけてオーブンにかける。
サラダは……今日はトマトは入れない。あとはパンを焼き上げる。
歯ごたえ、香ばしさはパンとチーズ頼み。
・
「ごっはんー、って、エランさん、それは!」
「ふふーん、エランにはバーテンっぽさを重視した衣装も用意したわ!」
遊びに全力なお嬢様だ……、スレッタが喜んでるからいいか。
「清潔な白シャツにピシッとしたジレ、ネクタイはちょっと迷ったけど、蝶ネクタイね。あとは、袖の長さはあってるけど、シャツガーター、二の腕についてるやつね。これでワンポイント」
「ガーターって、太もものアレじゃないんですか?」
……ガーターベルトか。どういう物をガーターというのか、細かいことは知らないが。
「この場合は、袖を調整するやつね」
「……あれ、袖があってるなら、いらないんじゃ?」
「まぁ、私のセンスでの見た目重視なのは間違いないけど、手を使って作業してもらう分、ちょうどの袖では作業しにくいかもしれないからね。だからって、バーテンダーが袖をめくって作業っていうのも……」
「美意識、ですね!」
「……そうかな、そうかも」
僕の美意識は関係ないのだろうか、いや、別にこだわりがあるわけでないが。
とりあえず、練習がてら先ほどのレシピブックを見ながらシェイカーを振ってみる。アイスもミオリネが用意してくれたが、もちろん、習熟しているわけじゃないのでサイズが適切かはわからない。
「サラダにトマトがないんだけど」
「そうだね……だから」
オールドファッショングラスに氷を入れる。そこにシェイカーから注ぐのは、少し色が濃いトマトジュースで、
「バージンメアリー……だって」
「うちのトマト?」
「そうだよ」
トマトジュースは諸々の用意がいるといわれた時点で作り始めていた自家製、そこにソース、タバスコ、レモン果汁を加えてシェイク。
軽く混ぜるだけでもいいようだが、シェイクはシェイクで空気を含むだのとあったのでやってみた。材料全てを冷やしてあったので、意外とシェイカーを持った手が冷たい。
いわゆる市販品のトマトジュースよりもさらっとしているので、少し、イメージが違うのかもしれない。
「ふうん……なるほど。料理と一緒でも邪魔にはならなそうね」
「まぁ、グラタンとはあんまりかもしれないし、水も用意してあるよ」
チェイサー、というわけではないが。
「え、エランさん!私には!」
「もちろん。まずは、同じものだよ」
スレッタにも出す。口をつけずにこちらを見てくる。
「どうしたの?」
「いえ、あの、……今は振らないんですか?」
「……、あとでね」
そうですか、と少し残念そうにして、口をつけて、それから表情が和らいだ。彼女の口にも合ったらしい。
・
おおむね好評な夕食を終えて。
机の上を片付けた。居間の机と明るいキッチンではそこまで格好もつかない気もするが、スレッタとミオリネの表情を見る限りは問題なさそうだ。
「私はトマトとオレンジジュース、そこにレモンをちょっと。混ぜるくらいでいいから」
「ご命令とあらば」
きりりと冷えている三種の材料を混ぜる。
「レシピブックよりも少なめの材料で作るのね」
「……いろいろ試したいだろう?」
そーね、と返ってくる。
「エランさん、私の分は何か、振って作る奴を」
「わかった」
グレープフルーツとクランベリーのジュースを等量シェイカーにいれる。
氷を二つ。キンキンに冷やしてあるのでやはり手には冷たい。
かしゃん、かしゃんと、振る。
「バージンブリーズ」
グラスはたくさんある。あとで洗うのは少々面倒だが。
新しいグラスが冷えているので、そこに新しいカクテルを注ぐ。
「シーブリーズというカクテルをノンアルコールにしたものだね」
「へぇ……さっきのトマトのやつもバージン何とかでしたよね」
「……既存のカクテルをノンアルコールにしたものの頭につけることが多いみたいだね」
もちろん、ノンアルコールが先にあるようなものは独自の名前がついている。
「さっきの、バージンメアリーももとになったレシピがあるわよね」
そう言って、ミオリネとスレッタは先ほどの紙のレシピブックを見る。
「トマトのレシピの……あった」
「ブラッディ・メアリー……なんか物騒な名前ですね」
「ふうん、昔の地球のお姫さま……違う、女王様?の名前がもとになってるんだ」
ワイワイと楽しそうにしているので、自分の分を作る。
スレッタと同じグレープフルーツジュースとジンジャーエールを注いで、ライムジュースを少し入れて、氷を入れて軽く混ぜるだけ。
ちなみに、こちらについては、元になったカクテルとノンアルコールで名前が同じらしい。その名はロシアンハート、地球の国の名前がついているのはその国でよく飲まれていたスピリットを使うレシピだからだろう。
「シーブリーズは海風みたいな意味でバージンブリーズは……新しい風、かしら?」
「名前通りにさわやかっぽいです!」
「へぇ、美味しい?」
「美味しい、と思います!」
一口頂戴、とか目の前でやっている。
いや、別にいいのだけど。
「エランさんの飲んでるそれは?」
「炭酸系だね、飲む?」
「一口だけ、貰います……そのあと、甘い奴、何かお願いしてもいいですか?」
「わかった」
僕のカクテルに口をつけて……思ったよりも炭酸が強かったのか一瞬強く目をつむった。
かわいらしい。
ともかく、甘いもの……。
考えながら、冷蔵庫から、いくつかのつまむものを出す。
この間から少しハマったピクルスと、サイコロ状に切ったチーズ、サラミ、ビスケット。
せっかくなので、グレープフルーツジュースを使うもので比較をしやすくしようと考えた、ついでに、スレッタとミオリネの会話が盛り上がるとなると……。
タンブラーに氷を入れて回す、タンブラーがより冷える。溶けた水を捨てる。
グレープフルーツジュースを注ぎ、そこに、ザクロのシロップを入れる、混ぜる。
先ほどのバージンブリーズはどちらも甘くないジュースなのでさわやかであるが甘いとはならないだろう、こちらは、グレープフルーツにザクロのシロップであるため、結構甘い、はずだ。
「シャーリーテンプル」
「シャーリーテンプルはグレープフルーツじゃなくない?」
ミオリネに突っ込まれる。
「その本には何種類か載ってたから」
「おんなじ名前でレシピが複数あるの?」
「一対一で対応させてる組織もある……あった? みたいだけど、その本はいろいろ載せる方針だったみたいだね」
もう一個のレシピはジンジャーエールだったが、先ほどのスレッタの様子を見る限り炭酸物はやめておこうと思ったので、こちらのレシピだ。
「甘いけど香りがあって、んー、好きです!」
「そう、よかった」
良かった。
「これはノンアルコールが先にあったみたいなことが書いてあるわね」
「へぇ、昔の地球の役者さん。子役の役者さんのために作られたんですね」
「さっきのブラッディ・メアリーと同じように人名由来なのね」
「こっちはこの子のために作られた……って、いい感じの由来ですね」
楽しそうだ。
「私は……味でも選べるなら、酸っぱいのがいいわ」
「えーと、わかった」
味の評価までは書いていないのだが……レシピから読むしかないか。
開いていないジュースを開ける必要もあるが。
レモン、オレンジ、パイナップル、三種のジュースをシェイカーに。
カクテルグラスで、と書いてあったので、新しいグラスを出す。
これはレシピ通りの分量でいいか。
「シンデレラ」
「へぇ」
「酸味が足りないならレモンを足す?」
「シェイクできないから混じりが悪くなるんじゃない?」
言いながら、口にして。うん、と答えた。
「悪くないわ」
「それはよかった」
・
お菓子も大方、カラになったのでラストオーダーという空気。
「最後ですし、変わったカクテルってないんですか?」
「変わった……」
悩むと、ミオリネからアドバイスが来る。
「卵を使ったやつとかどう?」
「なるほど」
言われてもぱっと思いつくレシピはない。
そこで、ミオリネがレシピブックをこちらに見せてきた。
「これを三人分」
「……わかった」
意外と、この子は……。
スレッタがなんですか、なんですか、と興味津々という顔をしている。
レモンジュース、砂糖、全卵をシェイカーに。
振る。
が、どの程度振るのかがいまいちわからない。
卵を使ったレシピなのでよくシェイクと書かれているがよく、がどの程度かわからない。
「あの、エランさん」
「……、どうしたの?」
疲れて少し返事が遅くなった。
「えっと、私もシェイクしてみたいなぁ、って」
「あー……」
こちらの疲労を見て取ってくれたのだろうか、と思った。
その気遣いを、ちらりと、ミオリネのほうを見る。
こくりと首肯するのが見えた。
「じゃあ、ちょっと、お願いしようかな」
「はい!任せてください」
しばらくシェイクの音がして。
「これくらいでしょうか」
「いいんじゃないかな」
グラスに注ぐ。三人分だったので三つの氷を入れたグラスに等分。
そこに、ジンジャーエールを注ぐ。砂糖漬けのチェリーを添えて。
「できました! 名前は?」
「……名前は?」
「名前はいいでしょ、味よ味」
えー、どうしてですかミオリネさん!と言いながらも、スレッタは先にミオリネが口を付けたのに合わせるように口に含んだ。
「へぇ、うん、ちょっと変わった味ですね。卵を飲むというのはなかなかない経験ですが」
「ちゃんと殺菌検査した生でいけるのは高いからねー」
「うん、美味しいね」
最後のビスケットを三人で食べてお開き、となった。
・
楽しかったなぁ、と思いながら洗い物をする。
エランさんがやろうとしたが、代わってもらったのだ。
エランさんはミオリネさんが上がった後に入浴をしに行った。
今日は、私が最後。
洗っているときに背後に気配を感じた。
「ミオリネさん?」
「ふふ、楽しかった?」
笑顔だ。つられてこちらも笑顔になる。
「はい! ありがとうございます!」
「私も楽しんだからね、ありがとうも変な話よ」
「えへへ……でも、ありがとうございます!」
「はいはい、終わったら、シャワー浴びてさっさとベッドに来なさいよ」
一緒に眠る。確かに、あんまり時間がずれると眠っていても目を覚ましてしまうからおんなじ時間に合わせたほうがいいのは確かだ。
「わかりました……あのあの」
「どうしたの?」
「えっと、ほんとにお酒が飲めるようになったらみんなでどこかに行きましょうね」
「あー、……」
ミオリネさんは、少し、困ったような顔をする。
――いや、だっただろうか、勝手に決めて。
「ご、ごめんなさい、ミオリネさん、こ、ここ、断ってくれても」
「え? あ、ごめんそうじゃなくて」
じゃあ、なんなのか、と思ったときにミオリネさんはこちらから視線を逸らして照れたような声で。
――こっちから誘おうと思ってたってだけ。
といった。