エイプリルの悪夢

エイプリルの悪夢

愉悦部スレ主




 いつも通り屋上で屯っていた一護たちだったが、恋次がある噂を持ってきたことでその『いつも通り』のルーティーンが破られた。

 ──曰く、この護廷高等学校に転校生が来るという噂があると言う内容だったが、

 それだけならばどうでもいい事柄だ。しかしなんとその転校生が来るというのが一護たちのクラスに、らしい。


「この時期に転校生?」

「あぁそうなんだとよ」


 入学式からそう長く待たずの転校生、一体どんな問題児なのかと石田を除き2人は想像をふくらませる。


「まぁイキってる奴だったらシメるか」

「ハァ…ほどほどにしろよ…」


 石田は神妙な顔で教科書に視線を下した。

 ──そしてホームルーム開始時、教室に入ってきた人物は自分たちの想像を遥かに上回った。



「鳶栖璃鷹です 慣れるまで時間がかかると思いますがどうぞよろしくお願いします」


 整った顔立ちに水色髪のウェーブがかった癖毛の少女──鳶栖璃鷹を名乗った少女は人好きする笑顔を浮かべクラスメイトに挨拶をした。

 ここまで言えば至って普通の事象だ。いや学生からすれば転校生が来るというイベント自体物珍しいモノだが、そのような粗末なことは彼女の異質さ故にその事象が霞むのだ。

 転校生の女子という高校生ならば騒ぎ立てどういう経緯でここに来た、だとか下世話な者ならばスリーサイズを聞く愚か者が出てくるだろう。しかしクラスの間ではそのような青春を感じさせる出来事は未だ起こらず、静寂と驚愕の感情がこの教室の空気を作り上げていた。

 ───それはひとえに今、教卓の上に立っている彼女の服が原因だった。

 一見至って普通の制服。しかしこの護廷の制服とは真逆の白い学生服──それは護廷と千年以上抗争を続ける星十字学園の制服だ。

 黒の中に一滴の白が紛れ込めば目立ってしまうように必然だった。教師が痺れを切らしたように声を上げる。


「それは…前の学校の制服…?」

「えぇ、お恥ずかしながら制服を買うのを忘れてしまって、当面は前の学校の制服を着る予定です」


 璃鷹は「こちら許可書になります」と事前に準備をしていたであろう書類を教師に手渡した。一護は挙動不審な石田の様子に、「なぁ」と声をかける。


「あいつオマエの知り合いか?」

「…なぜそう思うんだい?」

「いやだって今ガン見してたじゃねぇか」


 見ていた、という表現よりは明らかにここにいるはずのない存在に愕然としている様子だった。

 石田は「さぁどうだろうね」とはぐらかすように一護の言葉を躱した。


「おいはぐらかすなよ」

「悪いが僕は失礼するよ。少し急用ができてね」


 件の転校生は石田の後ろ姿を見て微笑みながら手を振る。どうやら知り合いであるらしい。

 皆多少の不信感はあるだろうが星十字学園から来たといえど今はクラスメイトだ。恋次も調子に乗っていればシメるとは言っていたが当の転校生にその兆しはなく。

 敵高と言えど流石に女子にそのようなことはしないだろう。

 驚きはあったが転校生自体が問題児というわけではく。ホームルームは平和に終わるだろうと安心した。



「それじゃあ鳶栖は宮本の隣…」


 教師がどこの席に座らせるか指示していると──突然転校生・鳶栖璃鷹は教卓から降りた。

 何事かと皆が注目していれば、一護の机の前に立ち止まる。


「?なんだよ宮本の席はむこうだぜ」

「貴方が黒崎一護さんですか?」

「そうだけど…俺に何か用か?」


 知り合いかとも思ったが顔に見覚えがない。周りはその様子を傍観している。


「初めまして黒崎一護さん、聖十字学園から貴方に会いたくて来ました!」


 歓喜しているように一護の手を握ったままそう笑う転校生、その爆弾発言の瞬間。近くで悲鳴が聞こえた。



***



「女っ気ねぇと思ったらまさか星十字んとこの女子に惚れられるとはオメーもスミにオケねぇな!」

「俺に会いに来たってだけだろ何言ってんだオマエ…」


 屋上で揶揄うように朝の出来事をほじくり返す恋次に、どんよりとした顔でその発言を聞き流す。

 しかし恋次は「お前こそ何言ってんだよ」と一護に言い返す。


「ほぼ告白みてぇなもんじゃねぇか それにわざわざ会いに来たなんて言葉ここじゃカチコミの挨拶くらいしか聞いたことねぇし」

「そうか奇遇だな 俺もそれくらいしかねぇよバカ」


 もう諦めたらしい一護は馬鹿にしたように言葉を吐いた。それを聞いた市丸は疑問符を浮かべながら一護に尋ねる。


「一護告白されたん?」

「おめーのせいで余計に話が拗れたじゃねぇか」


 ため息を吐きながら購買で買ったパンを口に運ぶ。

 一護は「……石田は?」と朝に教室で見て以降姿を見せない石田の存在を恋次に聞いた。


「そういやホームルームから見てねぇな」


 焦った様子で教室を出て行った姿に何か引っ掛かりを覚えたが屋上の扉が開いた。璃鷹がこちらに手を振り「黒崎さん」と声を出す。


「阿散井さんもこんにちは」

「おう」


 人懐っこい表情で恋次に挨拶を交わす。それを見て市丸が物珍しそうに声を出した


「へぇ、この子が例の子?」


 璃鷹はその声の主に向き直り、名前を口にした。


「貴方が市丸さんですか?」

「あれ?ボクのこと知ってるんや」

「えぇ、皆さんは向こうでも有名ですから……鳶栖璃鷹です。どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそよろしゅう頼みますわ」


 警戒を含ませた挨拶。恋次と一護は気づいていないようだが、市丸と璃鷹はお互いの思惑を見透かすように握手をした。 

 一護はその様子を見ながら思い出したように「なぁさっき俺のこと呼んでただろ。何か用事あったんじゃねぇのか?」と問いかける。

 それを言うと璃鷹は少し気恥ずかしそうに答えた。


「あー……そこまで大したことじゃないけど…お昼ご一緒してもいいかな?」

「それは別にいいんだけどよ……その、一ついいか?もしかして…俺たち会ったことあるか?」

「?ううん、今回が初対面だよ」


 一護の言葉に、璃鷹は疑問符を浮かべながら否定する。嘘を言っている気配はなく、純粋になぜそんなことを言われたのかわからないという表情だった。一護は続ける。


「だって初対面で急に俺に会いに来たって、前に会ったことある奴のセリフだろ」

「初対面ではあるけど…会いたかったのは本当だよ」

「けど」

「……もしかして私と話すの迷惑?」

「……いやそういうんじゃ」

「本当?じゃあ私とも仲良くしてくれる?」

「それは別にかまわねぇけど…」


 『私とも』という含みのある言い方に違和感を覚えたがその疑問はすぐに消えた。

 一護は「…あと名前、さん付けじゃなくていい」と声を出した。


「?」

「他人行儀だし、友達なんだから普通に呼べよ」


 少し考える様子を見せる璃鷹は閃いたような顔を出した。


「じゃあ一護」

「距離詰めるの早いな!?」

「ダメなの…?」


 一護は頭をかきながら「俺から言ったんだから文句なんて言わねぇよ」と璃鷹に伝える。

 それを聞いた璃鷹は今朝と同じ笑顔で一護に小柄な手を差し出した。


「じゃあ改めてよろしくね」

「?握手なら朝しただろ」

「それは私が握ったから、次は一護からして」


 それに特に違いがあるのかわからないが、一護はひとまず璃鷹の手を握り返した。



***



 1人の少女が人目を避けるように廃墟に入っていく──入りくんだ場所にあるその迷路のような廃墟は昔は不良達や学生の肝試しとして頻繁に使われていたらしいが、ある時から行方不明者が後を絶たずついには遺体が見つかった場所として学生は愚か近所の人間ですら気味が悪いと近づかなくなった場所だ。

 そんな場所に少女が1人で入ろうとしている様子を見れば正義感が強い者であれば止めるだろうが、生憎とその近辺にはそのような善人はおらず、少女はそのまま闇の奥へ奥へと入っていく。

 奥の鍵のかかった扉を開けるとその部屋の中央で茶髪のスーツ姿の男──村正はまるで少女を待っていたかのようにそこに立っていた。

 璃鷹はその男に対して何か驚きの表情を見せるわけでもない一言、声を出した。


「首尾は」

「順調だ」

「ならよかった」


 璃鷹は上着を廃墟に似つかわしくない真新しいソファに放ると、独り言のように声を出した。


「密偵なんて他の人に頼めばいいのに…まさか竜ちゃんに任せるなんて何を考えているんだか…」

「黒崎一護と交流があったからだろうな 昔馴染みの方が疑われにくい」

「……番長《グランドマスター》はアテにならないし他も竜ちゃんが理事長の命令で動いてる事を知っているから私が言ってもその件での抗争は管轄外として扱われる…戦力はこっちで補充するしかないでしょうね」


 璃鷹は「破面学院から星十字に来た方達なら多少は見込めるとは思いますが…」と悩む仕草を見せた。

 璃鷹自身が選んだ事とはいえ、使える物があまりに少なすぎる。だがすぐに致し方ない事だと頭を整理した。村正も流石に今回は戦力が少ない事を気にしているらしく璃鷹に尋ねる。


「他に目星はついているのか?」


 璃鷹は自身の携帯を見ながら「まぁ一応は」と返事を返した。


「……村正、適当に紅茶のお茶請けの用意お願いしてもいいですか?できれば後で先方にアポイントを取りますからその日時までに」

「それは構わないが……本当によかったのか?今回の護廷への転入はお前の独断と聞いたが…」


 本来、護廷への襲撃は理事長の許可が下りるまで禁止されている。

 最悪の場合番長《グランドマスター》であるユーグラム・ハッシュヴァルトに粛清される危険も十分に含まれているのだ。それは璃鷹の身を案じての発言だったが、肝心の本人は特に気にした様子はない。


「?だから」


 むしろなぜそんな事を聞くのかよく分からないと言うように村正を見つめる。

 それを見て村正は先ほどの自身の発言を撤回した。


「いや…すまない少々野暮な問いだった」

「村正は真面目ですね」


 頭を撫でようとしてると気づいたが、その手が村正の頭に触れる前に璃鷹が部屋の隅に置いてあったソレに気がつく。

 ──それは手足が縛られ猿轡をされた護廷の制服を着た青年だった。


「あぁ!早速捕まえて下さったんですね…元は同郷の貴方には申し訳ないことをさせてしまいましたが…」

「響河亡き今…私の主人はお前だ。気にすることはない」


 もっとも…この少女がそのような些細な事柄を気にしないことは村正は知っている。先ほどの村正への気遣いも、もはや長年染みついた癖のようなものだ。

 自身を生き餌にし、永遠に捕食者《演者》であり続けるための努力が垣間見える。

 ──そして彼女にとっては自身も便利な道具の一つである。普通ならば激昂するだろうが、しかし村正はそれで構わなかった。

 村正はこの永遠に癒えない悪食に取りつかれた哀れな主人に星を見せたいだけなのだから、その過程がどんなものであれ、だ。

村正の視線に気づいたのか、主人である少女はいつものように笑っている。


「貴方の目的は知っているはずですが……少々理解できかねますね」

「お前と同じだ。理解してもらおうとは思わん。だが知っておいてくれ……それはどうする?護廷の者言えど下っ端だ。情報など何も持っていないだろう」

「いいえ?これは私の〝趣味〟です」


 璃鷹は村正にゆっくりとした口調で答えた。


「──護廷を潰すためには黒崎一護を潰す《壊す》必要がある。まずは外野から埋めて行きましょう」


 ポケットから璃鷹は折り畳まれた紙切れを取り出して、火をつけた。

 そしてオレンジ髪の青年や他の者たちが映った写真をライターで燃やしていく───その中には石田の写真も混じっていた。

 恍惚とした顔でその燃え滓となった写真を見つめながら璃鷹は恍惚としたした笑顔を見せる。


「楽しみだね?竜ちゃん…」



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尚このあと普通に負ける模様

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