ウタVSアーロン

ウタVSアーロン


「ごめんみんな!」

ココヤシ村の人たちの方へ振り向き、ナミが言う。震える拳を握りしめ、表情を強張らせながら。それでも堂々たる笑顔で、高らかに。

「私と一緒に、死んで!!」

「「「「「「ぃよしきたァ!!!」」」」」

そんなナミに、村の人たちが力強く答える。どの顔にも、迷いは微塵もみられない。

ナミの隣に立つ私も、村の人たちと同じ気持ちだ。というか、頬が緩んでしまって止まらない。

一方で、ゾロの首根っこを掴んでこちらを見ているギザッ鼻の魚人——アーロンの表情はみるみる険しくなっていく。「なるほど、全員ブチ殺し希望か・・・」などと言っているが、まったくとんだ『負け惜しみ』だ。

(『私たちの船の航海士』を、甘く見ないでよね——)

とはいえ、ここからそんなことをあいつに言っても仕方がない。

その代わりというわけではないけど、私はナミの方を振り向いて、言った。

「ありがとね、ナミ」

「ウタ・・・?」

「私たちの命、一緒にかけてくれて」

ニッコリ笑い、そして、一気に駆け出す。


——私が大地を蹴るのと、パークの外れでとんでもない勢いの噴水が上がったのは、ほとんど同時だった。


「あんな所に噴水はねェぞ!?まさかあのゴムやろ——」

「‟重々しい”(グラーヴェ)」

「ア?」

「‟受難曲”(パッション)!!!」

「グオ!!??」

振り抜いたデッキブラシが、アーロンの横っ面に直撃する。轟音と共に建物の方へ吹き飛ぶアーロンを尻目に、あいつの手から解放されたゾロを抱え、私はふわりと着地した。

「「「「「なァ!??」」」」」

「ウタ!?」

「ウタちゃん・・・?」

みつめる人々の驚きの声を、背中で受け止める。ナミやサンジまで何故そんなに驚くのだろうと一瞬思ったが、よく考えればシロップ村でもバラティエでも、私はウタウタの力が中心でこういう戦い方はあまり見せていなかったと気付いた。

(まあいいや。私も久々に暴れたかったし。何より——)

ゾロをサンジのところに横たえて振り向けば、体を起こしているアーロンと目が合った。

「選手交代だよ。アーロン」

驚きと怒りが入り混じったアーロンの目を、私もとびっきりの怒気を込めて睨み返す。

(私も、コイツはぶっとばしたい!)

「ここからは、私が相手してあげる!!」





「すげェ・・・ウタの姉貴・・・」

「まったくだ・・・あの細腕でアーロンをぶっ飛ばすなんて・・・」


(さて、と)

意識はアーロンに向けたまま、周囲の様子をうかがう。

中途半端に崩れた建物と、のびてる魚人たち。たぶんルフィがやったのだろう。で、肝心のルフィの姿が見えないわけだが、まあおおよそ見当はつく。

「サンジ、さっきの噴水って」

「ああ、ルフィだ」

「そっか・・・」

なんで、とは訊かない。どうせアホみたいな理由だろう。

「じゃあ、こっちに戻してきてもらっていい?たぶん私じゃ、そんなに長く持たないから」

‟重々しい受難曲”(グラーヴェ・パッション)を喰らったっていうのに、さしたるダメージも受けてなさそうなアーロンを見据えながら言った。

「大丈夫さ、すぐにすむ!」

そう言って、サンジが海に飛び込んだ。ますますなにしたんだろうと気になるけど、今はそれどころじゃないと意識を切り替える。

目の前の敵は、アーロンただ一人。『最短ルート』を選ぶなら、これは非常に楽な状況だ。ウタウタで眠らせてしまえばそれで御終いなのだから。

とはいえ、それは「聞いてくれれば」の話。


『ウタの技って強ェけど、耳栓されたらめちゃくちゃ弱ェよな』


子供時代の、懐かしい声が脳裏をよぎる。あの時ちゃんと言ってくれていたのに、私はクリークとの戦いで同じ轍を踏み、ルフィの助けになれなかった。

あの戦いの後ゼフさんが言ってくれたように、私の能力は使いどころが難しい。だからこそ、その見極めが重要となる。

——パークの外れ。私の歌が届きそうな場所にいるっぽいルフィ。

——たぶん戦いの始まり辺りにブッとばされて、いつ起きるかわからない魚人たち。

——至近距離で一人だけ聴こえるように歌うなんて余裕はつくれそうにないアーロンの力量。


(いまは、歌うべきじゃない)

そう結論し、私はデッキブラシを構えなおした。

「・・・下等種族の女が」

ゆらりと立ち上がったアーロンが、近くの壁に手を置く。

「!?」

「何をしたァ!!!」

バギリと凄まじい音を立てながら、アーロンの腕力により壁が持ち上がる。挙句そのまま、その元壁をこっちに向かって投げてきたのだ。

「‟低音域の遁走曲”(フラット・フーガ)!!!」

飛んできた壁を切りつけて身を守りつつ、後方に下がって身を護る。

「シャハハハハ!!」

「!?」

ところが次の瞬間、アーロンが自分でその壁を殴り割って飛び出してきたのだ。

「くたばれェ!!!」

引き絞られた拳が、頭上から振り下ろされる。

「‟繰り返す”(リピート)・‟とても強く”(フォルティッシモ)!!」

でも、こっちだってわざわざそれを喰らってあげるほど甘くはない。

さっき使った‟低音域の遁走曲”(フラット・フーガ)を、より力を込めてもう一度使う。アーロンの拳を受け流す形でデッキブラシを振り抜き、その勢いのままアーロンの横をすり抜け、距離を取った。

腕の痺れを意識しながら、当たり前のように地面に突き刺さった拳を抜くアーロンを見つめる。猛獣くらいならとっくにくたばってる攻撃を浴びせているのに、怒らせただけでしかなさそうというのは、ちょっと嫌気がさすくらいの頑丈さだ。

「おれの前に立ちはだかるってことァ、まずはてめェが死にたいらしいな女!!!」

ざぶんと、怒り心頭のアーロンが拳を抜いた体勢のまま、海に片手を突っ込んだ。

「ウタ危ない!避けて!!!」

「無駄だ躱せやしねェ!‟打水”!!!

叫ぶナミの声をかき消す様に、アーロンが海水をこっちに向かって投げつける。ナミの発言からするに当たったらマズイものなのだろう。海から直接掬っただけに、帯状に広がったそれを避けるのは容易ではない。そう、『普通』では。

(でも残念!ウタウタの力は、ウタワールドだけじゃないんだよ!)

「‟元気な詠唱曲”(アニマート・アリア)!!」

 微かな旋律が、口からこぼれる。アーロンに聞かせるわけでも、ウタワールドに招くためでもない詠唱曲。それを聴くのは私自身。その旋律に導かれ、私の体に力がみなぎる。


そう、ウタウタの力は『歌』の力。聴いた相手を音楽の世界で魅了するのも歌なら、歌を歌う人自身に力を与えるのもまた、歌の力。

——幼いあの日、コルボ山でエースやサボに散々やり込められて作り出した、私のもう一つの戦い方だ。


迫る水をギリギリのところで躱して、アーロンに接近する。後ろで起こる炸裂音を無視するように、私はデッキブラシでアーロンを切りつけた。

「‟繰り返す協奏曲”(ダカーポ・コンチェルト)・‟だんだん強く”(クレッシェンド)!!!」

「ヌゥ!!」

歌の力も借りて、一撃ごとに力を強めながらの連続攻撃。これさえアーロンには器用に防がれ躱されているが、それで十分。

(このままルフィが来るまで続けてやる!!)

‟元気な詠唱曲”(アニマート・アリア)を使ってもこれだ。やっぱり私じゃ、アーロンを倒し切るのは難しい。だからこそこのままこいつを釘づけにして、ルフィの復活を待つと、より攻撃を加速させる。


その時だった。

「ニ゛ュ・・・おのれロロノア・ゾロ・・・!」

背後から響いたその声を、私の耳が拾ったのは。


「余所見とは!!」

「しまっ!!」

「余裕だなァ!!!」

その声に気を取られた一瞬でデッキブラシが掴まれ、ゴミでも払うかのようにブラシごと私の体が放り投げられる。そのまま壁に激突し、痛みが全身に響き渡った。

「ハチ!人間がゴム野郎を助けに海に入った!!!」

「ニュ~~、わかったぜアーロンさん!!」

「ッツ!・・・させないって!」

「シャハハハハハハ!!!」

「クッ、キャアアアアァァァ!!!」

立ち上がり、デッキブラシを構えようとした私の元に、アーロンが猛然と突っ込んできた。とっさにデッキブラシを横にして防御するが、ガバリと開いたアーロンの口がそれを飲み込む。メキィ!という音と共にデッキブラシが喰い折られ、私はもう一度壁に叩き付けられた。

「ッ・・・・・・!!」

痛みで肺から空気が出る。ギリギリで首を曲げてなければ、こいつのギザッ鼻が私の顔を貫いていただろう。それでも必死に睨み付ければ、アーロンはその至近距離のまま獰猛に笑っていた。

「くやしがることはねェ・・・どのみちてめェら全員、死ぬんだよ!!!」

顔を放し、私の頭をかち割ろうと腕を振り上げるアーロン。


「‟卵星”っ!!!」


状況をひっくり返す一撃が飛んできたのは、まさのその瞬間だった。

「!?」

「ニュ!?」

突然飛んできた卵が、アーロンとタコの魚人の顔に当たる。

次いで、とても勇ましい声が聞こえてきた。


「援護するぞウタ!!!」


「ウソップの兄貴!?勇ましい!!」

「無事なのか!なんて堂々とした登場っ!!」




「存分に戦え!!!」

「「「「「そこかァ!!!!」」」」」

「・・・アハハ!」

村人たちのいるところからさらに離れた壁に空いた穴から登場したウソップに、みんなから総ツッコミが入る。こんな状況だというのに、私もつい笑ってしまった。

「ウソップ!!」

「聞けナミ!おれ様が幹部を一人幹部を一人幹部を一人仕留めたぜ!!!」

良かった、ウソップもやったらしい。

「ニュ~~、アイツ」

「おいタコ助・・・!」

ウソップの方に注意が向いていたタコの魚人の肩が、後ろからガシリと掴まれる。

「てめェはもうおれに、負けてんだろうが・・・いい加減に・・・」

ぐるりとタコの魚人を振り向かせ、ゾロが凄まじい気迫と共に言い放つ。

「くたばれェァ!!!」

「ニュウアァァァァ!!!!」

切り飛ばされ、悲鳴と共に飛んで行くタコの魚人。

「ロロノア・ゾロ、お前ェ・・・!!!」

「アアアアァァァ!!」

「!?」

ここまで来たら、次は私の番だ。ゾロに気が向いた隙に、アーロンの拘束から脱した。

折れたデッキブラシの片方を捨て、まだ長い方を持ち直す。

「残念だったね!!私たちは死なないし、ここで負けるのはあんただよ!!!」

そうだ。私たちは、私はここで負けるわけにはいかない。


私が追いかけて、追いつかなきゃいけないのは、こいつよりもよっぽど強くて、そしてよっぽど大きいあの背中!


「下等種族がァ!!」

「‟心を込めた”(スピリトーゾ)!!」

迫るアーロンに向かい、デッキブラシを構える。

喰い折られたそれでは、いつもの戦い方はできない。

だから私が取ったのは、記憶に色濃く残る「あの人」の構え。

「‟追想曲”(リコンダンツァ)!!!!!」

見様見真似のシャンクスの剣技を、ウタワールドの力を借りてアーロンの顔面に叩き付ける。

完全に粉々になったデッキブラシの向こうで、アーロンの体躯が後方にグラリと傾き——


ギョロッ!!


「え・・・ウッ!!?」

そして、一気に立て直された。

(なに、今・・・一瞬コイツの目つきが変わった・・・!)

口をふさぐような形で頭を掴まれ、私の足が宙に浮くのを感じる。

「ウタ!」

「お前もだロロノア・ゾロ!」

「グッ!!」

駆けつけてくれようとしたゾロもまた、アーロンに首根っこを掴まれ、同じように持ち上げられた。

「さっきから見てたが女・・・てめェ能力者か?ボソボソ口を動かして力を増していやがったが・・・シャハハハハ!だかこれで小細工は出来まい!!」

ミシミシと、頭を締め上げる力が増していく。塞がれた口から、痛みで微かな声が漏れる。隣のゾロも同じなのか、うめき声が聞こえてきた。

「いいザマだ、お前らこのまま」

「・・・へへ」

「ア?」

そんな状況なのに、ゾロの口からは笑みがこぼれた。私も同じで、痛みをこらえて目元だけでも笑って見せる。

「・・・無視してりゃあ・・・どうにかなったかもしれねェのにな・・・」

「・・・そういうことだな・・・ナミのためにとおれたちに挑んだのがいまさらおかしいか・・・」

「そうじゃねェよ・・・!

 言っただろ・・・このゲームは・・・おれ達の勝ちだ」

「何!?」

そう、もう遅い。頭に血が上って私たちを殺そうとするのはいいけど、アンタをぶっ飛ばしに来た、肝心要の男のことを忘れてるようじゃ、どうしようもない。




「戻ったァーーーーっ!!!!!!」




そして、とんでもない大声と一緒に、ルフィが海から飛び出してきた。

(良かった、とりあえず無事っぽい)

「ゴム野郎」

「遅ぇよ、バカ・・・!」


「ゾロ、ウタ!!」

びよーんと伸びたルフィの腕が、私とゾロの体を掴んだ。

——まあ、なんとなく何がしたいのかを理解して、私は自分でもわかるくらいに、痛みとは別の理由で顔を引きつらせた。

隣のゾロも察したようで「オイ・・・やめろ・・・まさか・・・」と呟いている。ゾロもルフィの行動パターンが分かってきたんだねぇと現実逃避しながら、私は後方からの引っ張られる力に身を任せた。


「交替だ!!!」

「「うわあああああああああああ!!!!!」」

「「「「「ドアホーッ!!!!!」」」」」


遥か下から響く村の人たちの声を聞きながら、私は体を捻ってゾロを抱きかかえる。さすがにこの状態のゾロをそのまま着地させたらシャレにならない。

なんとかしてパークの外れに着陸し、ゾロと並んでぶっ倒れる。

「わりィ・・・助かった。ウタ、お前やるじゃねえか・・・」

「まあね・・・でもさすがにもうしんどい。あとはルフィに任せよ」

「ああ・・・だがそれはそれとして」

「うん・・・」



「「あいつ・・・あとでコロス(殴る)・・・!!」」


そう言って、私たちは二人して息を大きく吐いた。

まあ何にしても、あとはよろしくね、ルフィ。

 




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