ウタ、巨大豆蔓を斬る

ウタ、巨大豆蔓を斬る


「………あァっ!!!」

「ぎゃあ~~!!なんてでっけェ雷…!!ここにいちゃ空の塵になっちまう!!!」


方舟・マクシムよりモクモクと立ち昇る黒雲より放たれる"万雷"は空島の全てを分け隔てなく、容赦なく叩き込まれ破壊していく。それは巨大豆蔓"ジャイアントジャック"の麓にいるナミやウソップ達も例外ではない。空にある全ての生きとし生けるものが、雲の上に形成された国が、神の島と呼ばれる大地が、無情にも打ち砕かれていく。


「みんな!!船へ急いで!!!私もルフィを連れてすぐに行くから!!!」

「よ!!!よし!!!わかった!!!」


こうなってはもはや逃げる以外に道はなしと、未だエネルを、そして彼の狙う黄金の鐘を追いかけるルフィを連れ戻そうとナミがウェイバーのアクセルを踏もうとした瞬間、それに待ったをかける人物がムクリと起き上がる。ウタだ。


「ルフィのとこへ行くの…?それなら……これを」ヒュ

「ウタ!あんた…!!え、帽子?」

「持ってってあげて……あいつの大事なものだからさ……」


起き上がってすぐにナミに投げ渡したのは"麦わら"との異名を持つルフィにとってトレードマークである麦わら帽子であった。本来、大切な約束を交わしたその帽子を肌身離さず持っているルフィであるが、ウタがエネルと交戦しやられ、気を失っている所へ駆けつけた際にその特徴的な紅白色の頭に被せていたのだ。


「持ってくって…!!いいけどあんた大丈夫なの!?あんな雷食らってたってのに…」

「いいから!!早くしないとあいつ…何しでかすかわかんないでしょ!!!」

「…!!わかった!!行ってくる!!!」


ウタの言う通り、右腕に巨大な黄金球という名の重りを持ちながら空を飛ぶ雷神に挑もうとするあの男が何をするか…今はとにかくこの降り注ぐ万雷によって国が失われる前に何とか脱出しなければならない。そうして腰の辺りに麦わら帽子を括りつけたナミはウェイバーのアクセルを踏み込み、巨大豆蔓を駆け上がっていく。それを合図にウソップとロビンは倒れている人達を連れその場を離れようと動き出す。


「とにかく生きてて良かった!立てるかウタ!?急げロビン!!こいつら何とか船まで運び出すん…………!!?」

「ワイパー…………」

「!!………剣士さん」

「変なおっさん!!」


ウタが起き上がったのを皮切りに、エネルによって倒された戦士達が続々と意識を取り戻していく。無論無事というわけではないが、シャンドラの戦士ワイパーは虚空を見つめ、海賊の剣士・ゾロは1つ咳き込み、空の騎士であるガン・フォールは「…エネル……!!!」とこの惨劇を引き起こした張本人の名を呼ぶ。


「よかった気がついた!!おい!!時間がねェんだ、歩けるか!?」

「始めおったか…」

「急ぎましょう。ここにいても何もできない」

「ワイパー」


サンジ・チョッパー・ピエールの1人と2匹を除いて起き上がり、何とか脱出を図ろうと皆が動き出そうとする中、シャンドラの戦士は虚空を見つめたまま一人静かに耽っていた。何故自分達が戦いに臨んでいるのか。何故シャンドラの火を灯そうと己らの命を燃やしつくそうとするのかを……



​───────​───────​───────



「ワイパー!!ワイパー!!!逃げなきゃみんな死んじゃうよォ!!!ワイパー!!!」


シャンドラの少女・アイサの呼びかけにより長い空想から目を覚ますワイパー。そしてその長い空想の最中にも破壊される空を見つめ怒りを露わにする。


「エネル…お前になぜ………!!!全てを奪う権利があるんだ…!!?」

「チ!!チキショ〜〜〜!!容赦ねェぞ早く逃げよう!!!もう何もかも終わりだァ!!!」


ウソップが叫びまわり、逃げ出そうと急ぐ中、それら全てを嘲るが如く上空に漂う方舟の主は声高に宣言する。


「ヤハハハ!!!ここは空!!!神の領域だ!!!全てが目障り!!!人も木も土も!!!あるべき場所へ還るがいい!!!!全て青海に降る雨となれ!!!ヤ〜ッハハハハハハハハ!!!我は神なり!!!!」


破壊の限りを尽くす神・エネル。そしてその魔の手は己が長らく拠点としていた神の社にも及んでいた。


「ヤハハハ…この懐かしき神の社にも用はない…その下の都市シャンドラにもな!!!」バリッ!!


そう言い、放たれた雷は神の社を突き抜け巨大豆蔓の麓にいる者達のすぐそばを通り抜け、その下に眠るシャンドラを襲う。もはやエネルにとってこの空島に必要なものは何ひとつとして存在しない。ある物を除いて…


「…この国で私が欲しいものはあと1つ…!!黄金の大鐘楼のみ!!!」



「黄金の鐘………!?貴様今そう言ったのか…?」

「ええ」

「おめェら何を………!!」

「鐘…」


上空で神が求めるのと同様に、麓でも黄金の鐘についての話題が展開されていた。その発端となったのはエネルが黄金の鐘を狙っているとロビンが話し始めたからであった。


「それをエネルは狙ってるのか…!?なぜわかる…どこにあるんだ…」

「おい待てよそんな事言ってる場合か!早く逃げよう死んじまうよ!!」

「この大きな蔓の…頂上付近………」


ウソップが待て待てと、いずれルフィを連れてくるナミと船で待つと約束したろう!?と騒ぐウソップを気にもとめずロビンは話を続ける。都市の中心部を大地ごと巨大豆蔓が貫き、そして件の大鐘楼もかつて都市の中心部に位置されていたという。つまり、蔓に突き上げられた鐘はその時の衝撃により更に上空に飛ばされたと考えられることを。

この時、ロビンによる黄金の鐘の在り処の話を聞いてたゾロとウタは少し前に、大蛇により分断される前にルフィが話していたことを思い出す。


(なーおい、黄金郷にはでっっけェ鐘があんだよな!!)


ルフィがやたらと話し気にしていた黄金郷の鐘。それがここよりも遥か上の空にある。そしてそれを神も狙っており、ルフィがそれを追いかける。神の戯れに端を発したサバイバルから混戦状態となっていた神の島での戦いはある一つの物体に集約された。黄金郷の大鐘楼だ。


「この期に及んで"声"が…2つ…」

「……ったく!!!何て足の速さ…!!!」

「ナミは無事なのか………!!?ハァ…ハァ……それに…黄金の鐘だけはやらねェぞエネル!!!」



​───────​───────



「ワイパー!!駄目だよ!!今登ったって!!空を飛んでるエネルには追いつけないよ!!!」

「!!?蔓から離れろ!!!何か落ちて来る!!!」


黄金の鐘の在り処を聞いたワイパーが体に鞭を打ち巨大豆蔓を登ろうとする中、ウソップが上空から何かが落ちてくるのを確認する。


ドスゥ…ン!!

『ぎゃあ~~~っ!!!』


その正体は、先程エネルによって撃ち落とされた蔓の先端であった。


「お!!お!!おいまさかルフィ達の死体も一緒に落ちて来てやしねェか!!?」

「ウソップちょっと落ち着いて…」


おろおろおろろと慌てふためくウソップをウタは落ち着かせようとするが、当のウタの表情からは落ち着きの色は薄かった。あれほど大きな蔓の先端をいとも容易く焼き切るようなエネルギーを軽く放つ事が出来る相手なのだ。ルフィ達が無事だという保証はどこにもない。そんな心配をよそにワイパーは再び立ち上がろうと奮起する。


「ワイパー!!ほら!そんな体じゃ無理だよ!!」

「…………!!!…………この真上にあるんだ…大戦士カルガラの切望の鐘が…」


だがそんな決死の様相を見せる麓や合流に成功したルフィとナミなどお構いなしにエネルは次なる策を弄する。黒雲が形を変え、果てしない気流と"幕放電"の巣窟が球状へと変化していく。


「ヤハハハハ…天は我がもの。思い知るがいい……!!方舟マクシムと私の能力があればこれだけの神業を成せる!!!」


そして巨大な球状の黒雲が、いや空が落ちていく。


「"雷迎"!!!!」


エンジェル島へ降り立った空は凄まじい雷を放ち、瞬く間にその島を消してしまう。そしてなおも黒雲からは万雷が鳴り止まない。この絶望的な状況の中、ウェイバーで迎えに来たナミの逃げ出そうという提案をルフィは拒否していた。"黄金郷"はあったじゃねェかと。"黄金郷"は空にあったぞと。そして鐘を鳴らせば下にいるおっさん達、猿山連合軍もクリケットらにそれを伝えるためにおれは黄金の鐘を鳴らすんだと!



​───────​───────


「なーおい、黄金郷にはでっけェ鐘があんだよな!!」

「ノーランドの日誌によるとそうね。確かにあると書いてあったわ」

「それがどうした」

「どうしたんだ?」

「しししし!!いい〜事考えたんだおれは!」

「わかった!鳴らしたいんでしょ、黄金の鐘!!」

「お!よくわかったなァ!!それによォ、そのでっけー鐘を空から鳴らしたらよ……下にいるひし形のおっさんやサル達に聞こえねェかなー。なァ!!聞こえるよなー!!!」


​───────​───────



以前、黄金郷を探すグループ内でルフィが話していた黄金の鐘を鳴らすという目標。ルフィが未だに戻ってこないこの状況下でゾロとウタはルフィの狙いは黄金の鐘であることを言い当てていた。


「………じゃあ…あいつは…」

「…確かに言ってた…でもこの状況で…」

「鐘を…鳴らすだと…!?」

「あいつはやると言ったらやる奴なの。たとえナミが連れ戻そうとしてもね」

「あァ…あいつは戻りゃしねェ…あいつの狙うものはエネルと同じだからだ」


そうこうしているうちに、先程の蔓の先端が落ちてきたように何か巨大なものが麓へと落ちてくる。ウソップが伏せろと警告するものの、落ちてきたものの正体はただの巨大な葉っぱであった。だがそれはただの葉っぱではなかった。


「………!?何か書いてあるよ!!!メッセージ!!!ルフィとナミからだ」

「え!?何て書いてある!!?」


葉っぱに書いてあったを方角を示す図と僅かな文章のメッセージであった。その内容は「この巨大な蔓を西に切り倒せ」というものであった。だがそれでどうなるのかと思われた直後、上空では信じ難い光景が広がっていた。先程エンジェル島を破壊した"雷迎"よりも遥かに巨大な黒雲の塊が姿を見せていたのだ。それはこの空島にて全ての目的を果たし、用済みとなったスカイピアを積帝雲ごと破壊することを示唆していた。

だがこのエネルのこの行動にはただ一つだけ、致命的なミスを冒していた。それは、マクシムとエネル本人が留まった場所に黄金の鐘があることをルフィ達に示してしまった事だ。それを瞬時に理解したナミは下にいる仲間達にメッセージを送ったのだ。西、つまりエネルのいる方向へ切り倒された蔓を渡りそこまで飛ぶために。そしてそのメッセージはしっかりと仲間達の元へ届いていた。


「倒れかけた蔓を渡って舟まで飛ぶ〜!!?」

「それ以外考えられねェだろ!!!」

「そんなムチャクチャな……!!!」

「じゃあウソップ、上行ってルフィ達止めてきてよ」

「止まる奴かよ!!!」

「​────どうあれ無茶でも何でもやって貰うしかねェだろうがよ」


無茶だなんだと小賢しいことを騒ぎ立てる麓の連中の声を聞いたのか、そこへいくつもの落雷が降り注ぐ。


「地面のある場所へ!!!ここじゃ遺跡につき落とされる!!!」


「ヤハハハ…虫ケラ共が…今更何をチョロチョロと。サバイバルに挑んだ時点で貴様等の運命は決まっていたのだ」


下々の策略を神が無意味だと言わんばかりにいくつもの雷を振り下ろす。だがしかし、なおも下々の者達は諦める事を知らなかった。


「とにかくやるぞ。舟の方に蔓を倒しゃいいんだな」

「私もいくよ……もうアレを落とされる前にエネルの居場所へ辿りつけるのは」

「ゾロ!!!ウタ!!!」

『今、この空島であいつらしかいないんだ!!!』


巨大豆蔓を目指し、剣士と歌姫はそれぞれの得物を手に携え走り出す。狙いは当然メッセージに書かれていた「巨大豆蔓を西に切り倒せ」である。2人の戦士はその目標に向けて未だ雷が鳴り止まない巨大豆蔓への道を駆け抜ける。


「だ……だ………!!大丈夫かあいつら!!頼むぞ!!!そんなもんブッた切れんのはお前らしかいねェんだ!!!」


麓にいる者達の攻撃手段や余力を考えると、そびえ立つ巨大豆蔓を切り倒せるのはもはやあの2人をおいて他にいない。雷の雨を切り抜けつつ、2人は切り倒すのにちょうど良いポイントを探し出す。


「く…ハデに穴ァ空けやがって!!」

「!ここからイケそう!!ゾロ!!右側お願い!!!」

「おう!!!」


そして切りかかるのにちょうど良い所を見つけた2人は息を合わせて蔓へ向かって飛び込み、刀を、槍を、一閃する。


ズババン!!!


1本の巨大豆蔓を形成する2本の螺旋する蔓のうちの片方を2人の戦士が見事に切り落とす。


「いよし!!!やったぞ!!斬った!!!」


ギャラリーが大きく湧く中、1つの閃光がビカッ!と輝き、休む暇も与えず容赦なく2人の戦士へと襲いかかる。


ボコォ…ン!!!バリリッ


「!!?うおお!!!ゾロ!!!ウタ!!!」


空中にいるところを狙われたために躱す事など叶わず、雷が直撃したゾロとウタはそのまま下の遺跡へと落下してしまう。


「畜生ォ〜〜〜〜っ!!!で…で…で…でも斬った!!!斬ってくれたぞ!!!」

「………そんな、見て!!!」

「え!!?………!!た……倒れねェ!!!」


自身を形成するうちの片方を切り落とされたにも関わらず、巨大豆蔓はビクともせずそびえ立っていた。ゾロとウタの決死の行動も無に帰すかと思われたその時、とてつもない衝撃が下からやってくる。だがその衝撃をもってなお、巨大豆蔓は少し傾くだけでそびえ立つままであった。この状況を見たのか、はたまたそんなものなど関係ないのか、とにかく…とワイパーが立ち上がる。


「無理だよワイパーやめて!!!」

「黙ってろあの鐘は…カルガラの遺志を継ぐおれ達が鳴らしてこそ意味がある…!!!あの麦わらに何の関係があるんだ!!!」

「放っとけロビン、あんな重傷マンに阻止されるもんか。あの蔓を倒すのが先だ!!!上でルフィ達が待ってる!!ゾロとウタが半分斬ってくれてるし全体は傾きかけてんだ!!!おれ様の"火薬星の舞い"を炸裂させる事でヤツは大きな悲鳴と共になぎ倒されるのだ!!!​────やはりこの海賊団…おれ様こそが砦なのだ!!!出動だうおおお」


ウソップの長い前口上からの出動を待てと止めようとしたが、それをロビンが阻止する。400年前、ある探検家が「黄金郷を見た」とウソをついた話により。その話の中、黄金郷を探し続けている子孫の名を、その子孫の祖先の名を問うたワイパーの目からはとめどなく涙がこぼれ落ちていた。そして、体を震わせながら、しかし確実に1歩1歩前へ進み"火薬星の舞い"を行っているウソップを押し退けて巨大豆蔓の切り落とされていないもう片方の蔓へ右手をかざす。


「"排撃"!!!!」


そう叫んだのと同時に蔓は大きく抉られ、倒れ始める。そして倒れ始めた巨大豆蔓を確認した神の社の雲の上にいたルフィとナミは、エネルの元へ蔓を伝い"噴風貝"の「最速」により向かい始める。


「飛ぶわよ!!!ルフィ!!!」

「おォ!!!」


「行けェェ!!!お前らに全部かかってんだァ!!!」

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