ウタの"夜"
ウタの夜は長い。
オモチャ化の影響により眠れないため、自然と何かしら手や頭を動かしたくなってしまう。
とはいっても、ヒマつぶしではない。船長含め船員が6人と1匹プラス王女の少数一味では、オモチャといえど働く必要はある。
「キィ」
ウソップ特製・ウタサイズ用パチンコ"コガネ"を片手に、ミニ防御マントを羽織って、船内の平和を守るためにいざ出陣。
「キィッ!!」
──バヂンッ!!
──キシャアーーーー!!!!
鉛星(ウタサイズ)がゴキブリの脳天に直撃、断末魔(?)をあげたゴキブリはぐったり動かなくなり、骸となり果てた。
ウタの船内業務の一つ、船内害虫退治である。
「キィ……」
まったくどこから入り込んだんだ、とでも言いたげに、ウタはゴキの死体をゴミ袋へテキパキと処理していく。
ココヤシ村でも、ローグタウンでも、ウィスキーピークでも。出航後には何故かこの害虫が潜り込んでいた。
ヒトの生活圏であれば例外なくゴミ漁りへやってくる、病原菌の運び屋にして、全ての船員たちの怨敵。
もしかしたら、極寒の冬島であるドラム島からは、メリー号に忍び込むことはないかもしれない‥‥という淡い期待を、ウタは抱いていたのだが。
「キィ‥‥」
偉大なる航路の生物に、そんな常識通用しないよね‥‥とでもいいたげに、ウタはうなだれる。
サイズこそいささか小さいが、白色の表皮で木材に齧り跡を残すこの骸は、まさしく雪国のゴキブリだった。
しかし素早さはどの島からやってきたゴキでも例外でなく、船の衛生面をゴキから守るのは、まさに死闘。
慣れてきたためか、最近妙に感覚が鋭くなってきたのは、ウタにとって幸いだった。
「キィ」
キッチンやウソップ工場、資材庫を見回り、ネズミ獲り罠もチェック。
幸い、ネズミはドラム島にいなかったのか、今回は船に潜り込んではいなかった。
まだまだ油断大敵ではあるが、次の島は砂漠の夏島らしいアラバスタ。きっと害虫やネズミの類も数多くいることだろう。
チョッパーが仲間に加わったとはいえ、病魔に苦しんだナミのようなことを起こすまいと、ウタはフンスと気合いを入れ直し、テキパキと白ゴキを始末していく。
現在6匹ほど。
「キィ」
なんとなくだが、もはや船内に蠢く小動物や虫の類はいないとウタは直感し、生ゴミ箱へと死骸を片付けて、消毒液で手の布を洗い、今度は次の仕事するために甲板へ。
自称・"眠らずの番"。
星をみても航路の逸脱を伝えることはできないし、怪しいモノや天候の悪化に対処はできないが。
その対処のために起きている仲間を支えることが、ウタにはできる。
「キィ」
「ウタちゃん?こんばんは」
「キィ」
毛布を羽織って、寝ずの番をしているビビ。今日は、ビビの会話相手が役目のひとつだった。
「その様子だと、今日も大戦果だったみたいね。ありがと、ウタちゃん」
「キィ!」
ビビも、まだ短いとはいえ海の上で生きる女。船の上での害虫やネズミがどれほど恐ろしいかを、身に染みて実感している。
ゆえに、たとえ人形であろうと日夜船の安全を保つために励むウタを侮ることなく、ビビは満点の笑顔でウタを讃えた。
ウタも喜びを表現するように、ぴょんぴょんと飛び跳ねてビビに感謝を伝える。
「寒いでしょ?こっちに来て」
トテトテと歩き、ポスンとビビの胸元に収まる。
実際のところ、ウタには寒さも暑さも感じることができないのだが、ウタはビビの好意に甘えることにした。
布と綿の身体なんかであっても、抱きしめることでビビのほうは寒さがやわらぐかもしれない。
「故郷の夜の寒さがね、こんな感じなの。ドラム島は曇った空が真っ白で、雪の擦れる音が静かな夜だったけど‥‥」
「星空がキレイで、どこまでも静かな、空気が冷たい夜」
「キィ」
ウタが首をかしげる。
アラバスタって夏島じゃなかったっけ。
ウタに答えるように、ビビが故郷の美しさと過酷さを語る。
「砂漠はね、砂が太陽の熱をすぐに放出しちゃうから昼はとても暑いんだけど、熱をため込めないから夜はすごく寒いの」
「昼は太陽の日差しから肌を守るためなんだけど、夜は寒さを守るために着込むのよ」
ビビがフードを被って、耳の肌寒さから守ると共に、砂漠の民の知恵をウタに見せる。
「ルフィさんには内緒よ?アラバスタのこと、なんでも楽しみにしてるから」と、ビビはウタにウィンクした。
元より喋れないウタだが、こういうことは約束することが大事なのだと、ウタは頷いた。
はたして、砂漠の国ではどんなものが待っているのだろうか。
過酷なことには違いないし、そもそも強大な海賊を倒すための血生臭い戦いが待っていることも覚悟の上だが、
それでも見知らぬ島へと冒険に行けることは、今のウタにとって何よりもうれしいことだった。
きっと、フーシャ村に置いていかれたままでは、心こそが止まったままでいただろう。
「砂漠にはね、他にも──」
「キィ!」
「ウタちゃん?」
いきなり、ウタがビビの胸元からぴょんと飛び出した。
「ルフィさんと一緒で、見てのお楽しみにしたいのかしら?」とビビは思ったが、スチャリと装備した右手の武器で察した。
ウタのお仕事が発生してしまったらしい。
「あ、あははは‥‥ウタちゃん、頑張ってね」
「キィ!!」
何やら怒っている様子のウタを、ビビは苦笑いで見送る。
ウタはこれから、船内の秩序を揺るがす、最大の敵を討ちにいかねばならないのだ。
ビビも、ルフィたちとそれなりの航海を重ねて、敵の正体はわかっている。
その、恐るべき敵とは──。
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計画は完璧といえた。
船番のシフトと、料理人が朝食の仕込みに必要な時間に見当をつけ、ウタがビビの相手をしている隙を見計らう。
この日のために、足音を消して歩く訓練をイヤというほど重ねた。
まさしく彼らは、一流の盗人といえよう。
(よーし、いいぞチョッパー。おれ様の教えたウソップ忍び足、蹄の足でも獲得できてきるぞ)
(カルーもいたからな、ニンゲンの技術を真似するいい練習になったぞ)
(ししし、お前ら良かったな!)
(クエッ!)
この日、船内の盗み食い常習犯二人に、二匹が加わってしまった。
(でもいいのか?ルフィ)
(なにがだ?)
(盗み食いって、いけないことだろ?こーゆーのはよくないって、ドクターの持ってた海賊本にも載ってたぞ)
(確かによくはねェ。でもな、チョッパー。深夜に食う肉ってのはな‥‥"罪"の味なんだ!!)
("罪"の味‥‥!!悪いこと‥‥!!まさに海賊……!!)
(だろ?!)
真面目な顔でアホな理論を展開するルフィ(※船長)に、チョッパー(※船医)は爛々と目を輝かせる。
ぶっちゃけた話、海賊だろうが海兵だろうがカタギだろうが、航行中における食糧の盗み食いは許されざる罪なのだが、
悪ガキをたらし込む不良のノリじみたルフィに、チョッパーは見事丸め込まれてしまった。
何よりも、未だかつてやったことがない「夜の盗み食い」に心躍らせていたのだ。
チョッパーにはまさしく「冒険」といえよう。
(ぬきあーし‥‥)
(さしあーし‥‥)
(うそーっぷ・しのびあーし‥‥)
(クエー‥‥)
無駄に洗練された無音の忍び足で、余計な反響音を響かせることなく、2人と二匹は宝の在処へと侵入する。
料理人が貪る惰眠の隙をつき、たどり着いたは冷蔵庫が眠りしキッチン。
盗み食い犯たちは無言の勝鬨をあげようとするが──。
「キィ!!!!」ドンッ!!
「「「「?!?!」」」」
冷蔵庫の上でハンマー片手に仁王立ちし、夜闇に眼を光らせる(ように見える)ウタの姿を目撃し、絶望のどん底へと叩き落された。
「キィ」
「あ、あはははー‥‥き、き、奇遇だなー、ウタ!!」
「き、今日もゴキブリ退治か??いやーいつも助かってるぞー、でもゴキブリ退治ならハンマーよりおれ様特製パチンコのほうが‥‥」
「‥…キィ」
「すまんルフィ!!あとは任せた!!」
「"脚力強化"!!」
「クエーッ!!」
「あっ、ずりィぞお前ら!!」
ウタが静かに激怒している。
まだ付き合いの浅いチョッパーですらも「ヤベェぞ」と直感し、ルフィ以外の全員が逃げの一択を選んだ。
そう、最大の危機に対して身体を張るのは、船長たるルフィの役目。
その船長がもたらす最大の危機・食糧危機へと立ち向かうのは‥‥ウタのお仕事。
「な、なァウタ、べべべ、別におれァなんも悪いことしてないぞ??たまたまキッチンに寄っただけで‥‥」ヒューヒュー
「キィ」
「と、とりあえず‥‥そのハンマー、しまってくんねェかなァ‥‥?」
「キィー!!!」
「ギャーッ!!!!」ゴスン!!
ウタの夜は長い。
今日もまた、船長の盗み食いを罰する"一晩正座、動いたらハンマービンタの刑"を執行せねばならなかった。
起きてきた色男のコックに、船長ともども「おはよう、ウタちゃん。おらクソゴム、ウタちゃんに詫び入れてとっととテーブルにつきやがれ!!」という挨拶をもらうのが、いつものルーティーンである。
幸せ、されど過酷。しかしかけがえのない、暗闇の想い出。
ウタが"夜"から解放されるのは‥‥もう少し、先のお話。