ウタの取扱説明書

ウタの取扱説明書

Nera

ある日、ルフィという青年は机の上にノートを見つけた。

2つ年上の幼馴染の女の字で『ウタの取り扱い説明書』と書かれていた。

彼はそれを見て落とし物だと思い、外で歌っているウタを呼びに行った。



「ありがとうルフィ!無くしたかと思って焦ったよ!」

「気にすんな!おれはいつも忘れてるからな!」

「……ところで内容って読んだ?」

「呼んでねぇぞ」



呼びに行くと案の定、ウタの所有物だと分かった。

彼女は不安そうに尋ねると純真無垢のルフィの笑みを見て胸を撫で下ろした。



「そんなに大事な物なのか?」

「ううん、ルフィにプレゼントするつもりだったからインパクトが薄れるかな…って」

「そっか、じゃあ…」

「そうだ!!ついでだからここでプレゼントしていい?」



少しだけ悩んでウタはノートをルフィにプレゼントする事にした。

書き終えたものの彼が喜んでくれるのか。

そう考えていたらノートを机に出しっぱなしにしてしまった。

だが、いざ伴侶の顔を見ると安心してしまい、覚悟を決めた。



「さっそく読んで良いか?」

「もちろん!!



ウタからプレゼントしてもらったノートをルフィが早速捲ろうとした。

だが、彼女が少しだけ儚げな顔をしていたのでゆっくりと抱き寄せた。

放っとくと消えてしまいそうだからこそ彼は黙って抱擁した。



「…どうしたの?」

「一緒に見た方がいいだろ?」

「それもそうね」



椅子を幅寄せして隣り合わせに座った2人は本と向き合う。。

幼少期の様に本を読み聞かせる義姉のようにウタは本を開いた。



「ウタの取扱説明書を音読していくね」

「ああ、分からない事があったら訊く」



ウタは自分の書いた説明書を幼馴染であるルフィの前で音読し始めた。

黒歴史を暴露するような感じだが、不思議と安心している。

彼の反応を間近で見られる事でどう思われているか瞬時に分かるせいかもしれない。



「可愛い絵だな。ウタとおれとフーシャ村の絵か」

「うん、1ページは絵を描きたかったの」



デフォルメされたルフィとウタがフーシャ村で遊んでいる絵が目に入った。

あの頃を思い出すだけで心が落ち着く2人は無意識に口角を釣り上げた。



「ここから説明口調になるけど…よろしくね」



『ウタの取扱説明書』

これは、私を愛してくれるルフィに捧げる説明書

もし、私が暴走したり対応に困ったりしたらこれを読めば何とかなります

火の気のない直射日光が当たらない場所で大事に保管してください



「帽子の中にしまえば良いのか?」

「さすがに蒸れちゃうからダメよ」



本心で述べるルフィにウタは困ったように返答する。

麦わら帽子の中という事は彼にとって絶対守るべき物と認識しているからだ。

だからといって保管できるわけもなく彼女は優しく断りを入れた。



「次行くね」

「いいぞ」



始めにウタという女は寂しがり屋で誰かと一緒に居たがる甘えん坊

ウタワールドと現実がごちゃごちゃになってて妄想が激しいです

孤独にすると悪化するので放置しないでください



「おれがお前を置いていくわけねぇだろ」

「ごめんね……どうしてもこれは書いておきたかったの」



ウタは、ルフィと一緒に居ないとすぐに壊れてしまいます

太陽が無ければすぐに枯れてしまう花なので絶対に引き離さないでください

もし、傍から離れる時は必ず一声をかけて約束を必ず守ってください



「大丈夫だぞ!!おれはお前から絶対離れないからよ!」

「でもトイレとか食料調達とかあるよね」

「生きるためにはそうするしかないからな」

「だからお願いしたいの。必ず私の所に帰って来てね…あっ!」



両手の指を絡めてルフィの顔を直視できないウタは彼にキスをされた。

一瞬で硬直して状況を確認した彼女は嬉しそうに行為を受け入れた。



「こうするとウタが嬉しそうな顔をするって書いてあるのか」

「うん、似た様な事が書いてあるよ……ここね」



ウタが暴走した時の対処法、第2条「動揺させる」

ウタはルフィにキスをされると思考を放棄して受け入れる癖があります

この場合は必ず障害物が無い所で行なってください

不意に倒れ込んだり眠ってしまう危険性があります



「何でキスに弱いんだ?」

「カップルってキスをするでしょ?大人ってイメージで昔から憧れていたの」



照れを隠すようにウタは元のページに戻していく。

だが唇を離したルフィは見抜いていた。

もっと愛情を欲していると。



「次は私の行動ね」



ウタは歌を歌うのが大好きです。

毎日数十曲を歌わないとストレスで壊れてしまいます

また、ルフィが一緒に歌ってくれると喜びます

疲れている時に軽く一曲歌ってあげるといいでしょう



「……ルフィ専用の歌姫になっちゃったね」

「大丈夫だ、お前のファンはこの程度で逃げねぇよ」

「世界政府が発禁しても?」

「こっそり聞いてると思うぞ」



世界政府によってウタの歌声を記録したTDは発禁になった。

既に世界からはウタという歌姫の存在は抹消されていた。

故に彼女は皮肉ってルフィ専用と告げたが彼はフォローを入れた。

世界一の歌声を忘れるわけが無いと。



「ふふふ、ありがとう」

「それはそれとして今日も子守唄をよろしくな」

「任せておいて!!」



世界一の歌声を独占する事となったルフィは贅沢な使い方をしている。

両親の愛情に恵まれず祖父からは雑な扱いをされ続けた。

そんな時、出会った海賊の娘は彼の人生と価値観を大きく変えた。



「ここも大事だから音読するね」



ウタはルフィの温もりと匂いを欲しています

必ず寝る時は同じ布団で寝てあげてください

一緒に寝ないと不機嫌になったり泣いてしまいます



「思ったんだけどおれの匂いって臭いよな?」

「それが良いの。私がルフィに上書きされる感じで嬉しいの」



ウタは一線を越えてルフィと愛し合った時、濃厚な匂いが癖になってしまった。

自由を愛する男が自分を支配し、所有物と扱うのに劣情を抱いている。

身も心も捧げてしまった彼女は、ルフィなしでは生きていけないほど壊れていた。

本来ならルフィがそのフォローをするべきだが劣悪な環境で彼も似た様な状態だ。

共依存しているからこそ奈落の底へと転落して底なし沼に嵌まった。



「おれの帰る場所は、ウタが居る所だ。だから絶対に1人にしないねぇよ」

「そう言ってくれると安心しちゃう…」



ロマンを求める探求心と自由を求める解放感を求めるルフィだが例外がある。

どんだけ楽しくても必ずウタの傍へ戻ってきて一緒に居るのだ。

それは、太陽も休まないと疲れる事を意味する。

優しく太陽を包み込んでくれる闇の存在は、彼にとって安らぎの場所である。



「それにウタはいつも良い匂いがするからな!ずっと嗅いでいられる」

「せめて香りって言ってくれない?恥ずかしいの!!」

「でもよ、髪の毛も靴下もウタのおっぱいも良い匂いがするんだ」

「やぁ!!恥ずかしい!!」



乙女として人一倍体臭に気を遣っているがルフィはそれすら好きだった。

ウタとしてもルフィの咽る様な体臭を口では拒否しながら欲している。

2人共、伴侶の匂いが癖になっており、同衾すると真っ先に匂いを嗅いでいた。



「次行くよ!次!!」



ウタは恥ずかしがり屋で女の子です

着替えている時は、覗かずに着替え終わるまで待っててください

顔を真っ赤にして怒る可能性があります



「何回もこれで怒られたな」

「だって、女の子の着替えを見るんだもん」

「ごめん…」

「『そこは減るもんじゃねぇし良いだろ』?って言わないの?」

「だって、説明書に書いてあるだろう?守らないといけないし…」



ウタは逃亡生活を得てルフィを異性として認識した。

手のかかる義弟から自分を導いてくれる夫という価値観の変化。

だからといって気軽に女の身体は見せられない。

身体を飽きられるのが嫌という感情もある。



「でもおれ、寝る時はパンツ一丁だよな?」

「最近、暑いからね。私も下着姿で寝てるし、それは例外で良いよ」



さすがに真夏日の夜に同衾するのがきつい時がある。

温もりを味わう為に同衾しているが、それが却って邪魔になる。

本来なら想定しなかった事態に夫婦は下着姿で寝るのを妥協した。

改訂の余地があるとルフィとの会話で思ったウタは改訂に取り掛かるつもりだ。

そうしないと、ルフィは説明書を見てその通りにしか動けなくなるから。



「次はね!私とルフィにとって大切な事よ!」



ウタはルフィに愛されているのを自覚しています

それでも行動や口で示してくれないと不安になります

毎日、抱き締めたり褒めたり頭を撫でたりしてください

愛は満たされる事はありません。どんどん与えてあげてください



「…ウタ、何が欲しいんだ?」

「愛と平穏!!」



未だに未来が見えない逃亡生活を送っている2人。

定期的に拠点を転々とし、船を捨てていく。

幼馴染以外の全てを失った2人は、残された物を大事にしていた。

そしてこれからはもっと大切な存在が生まれてくる。



「私たちの子の為にも…平和で暮らせるところはないかな?」

「ダダンの所はどうだ?」

「うん、あそこなら平和で暮らせるかもね」

「山賊になるけど良いのか?」

「もう犯罪者だし気にしないよ」



ルフィの故郷であるフーシャ村を北上するとコルボ山がある。

そこでは女頭領のダダンと愉快な山賊たちが根城にしている。

既にフーシャ村には海軍の部隊が展開しているがそこなら安全かもしれない。

少なくとも『お母さん』というイメージがあるダダンは2人にとって心強い。



「説明書にはお母さんになった私の事も書いてあるの」



お腹をさすりながらウタはゆっくりとページを捲っていく

まだ先の事ではあるが、母親になると対応は変わっていく。



「やっぱり、母親になるとどうしても子供が優先になっちゃうね」

「どっちも大切にするぞ。おれはこれ以上失いたくないからな」



ウタはお母さんになると子供に付きっ切りになります

子育てでイライラして感情をぶつけてきますが、許してください

不安です怖いです捨てないで置いて行かないで見捨てないで一緒に居て愛して欲しい

私は恐れているのルフィに置いて逝かれそうでやだやだ一緒に生きて欲しい

私はあなたと最強なんだから離れちゃ駄目なのこの子もそうなの

愛してる!!愛してる!!ルフィが大好きでずっと考え続けて頭が一杯でああああ



「おいウタ…」

「…えーっと、ごめん。なんか寝ぼけたみたい」



もはや説明書というより感情を書き殴った日誌である。

母親になる嬉しさの裏には将来を見通せない彼女が現実が蝕んでいた。

黙り込んだウタを不審がってノートを覗いたルフィは、すぐさま行動に移った。



「このお腹にいる子の父ちゃんになるんだよな」

「うん、絶対に守ってあげないとね」



ウタが精神的に不安定になったのは妊娠したのもある。

身体が重く感じて吐き気がしてイライラが募っている。

歌もお腹の事を考えると激しい曲は歌えずにストレスが発散できない。

お腹を優しく撫でるルフィの手を見て甘える事しか考えていなかった。



「ウタはお母さんになったら何がしたいんだ?」

「えっ?意味が分からない。どういう事!?」

「例えばよ!家族みんなで大合唱とかどうだ?」

「いいねそれ!」



母親になるのに不安に感じていたウタはルフィの提案に乗っかった。

立派な母親として子供を育てるのは決まっているが何をするか決めていない。

家族全員で楽しく歌う風景を思い浮かべてそれをやってみたくなった。

過去は変えられないし、現在はまだ先が見えない。

だが、未来は帰られると信じて見たくなった。



「ところでこの説明書、このページから真っ白じゃねぇか?」

「だってまだ追加するつもりだもの」



説明書を捲ったルフィは、字が乱れた先は白紙である事に気付いた。

それについてウタはこれから追記すると返答を聴いて彼は笑った。

つまり、彼女は生きていくという事に希望があるという事だからだ。



「ししし、じゃあおれの説明書も書いてくれよ」

「ルフィの?」

「ああ!おれじゃ書けないからな」



ルフィは信念や夢はあるが自分についてよくわかっていない。

寝ながら食事ができるとか第三者の発言でようやく気付けたくらいだ。

自分の隅々まで知っていると過言ではないウタに任せようとした。



「いいよ。まずはルフィの弱点でも書こうかな」

「おい待て!それ反則じゃね!?」



悪そうな顔をした彼女に慌てる男だが手遅れだった。

表向きはルフィがウタを所有しているが裏では尻に敷かれている。

全てが勝っているようで所詮、義弟であるので義姉には勝てない。

喧嘩では彼女に勝てないし、海兵時代では彼女にお世話になりまくった。



「どうしようかな?」

「分かった、おれが悪かった!!」

「なんで謝るの?」

「だって、子供にバレたらまずい弱点があるんだぞ!!」



父親として立派に生きていく予定のルフィは焦っていた。

ウタが自分のどうしようもない事を箇条書きで記しと思っていた。

むしろ、そこが彼女が大好きな所と気付けない男は懇願するしかなかった。



「大丈夫、喧嘩は私に勝てないし、隅々まで身体を洗ってもらう…」

「あー!あー!そうだ!!おれはウタが弱点だ!だからさ!!」

「ダーメ、ルフィの弱さも大好きだからさ。観念しなさい」



ルフィは部下が居た海兵時代では1人でできていた事を全部忘れていた。

帆船の動かし方から文字の書き方、着替え、身体の洗い方。

とくに毎日入浴していたのに今では妻に全身を洗ってもらっている。

おかげさまでウタは夫の肉体の異常がすぐに分かってしまう。

漢として格好良い生き方を見せたい彼には隠したい事に間違いない。



「ねえ子供が生まれたらなんて呼ばれたい?」

「えーっと…分かんねぇ!そん時考えるよ」

「えー、パパとかダーリンとか色々考えていたのにな」



もちろん彼女はママと呼ばれたいので説明書にそれを明記するつもりだ。

本当の両親の存在を知らずに父親代わりだった海賊に置いて行かれてた。

そのせいで人生が狂った彼女は、ママとして子供から離れないのを誓っている。



「ママはね、お父さんが大好きなの。麦わら帽子が良く似合うお父さんが」

「大丈夫だ!おれはシャンクスを超える男だ!!」



天真爛漫のルフィはとびっきりの笑顔を妻に見せた。

時代と環境のせいで潰されかけたが、それでも復活しようとしている。

幼少期は立派な大物海賊になると思っていたが今ではお父さんになろうとしている。

ようやく安心したウタは彼の手を取った。



「じゃあ、説明書の最後に付け加えていい?」

「ん?何を書くんだ?」

「ウタはルフィに導いてくれないと生きていけないってね」

「おれもそうだぞ」



ウタは、『ウタの取扱説明書』の最後のページに文言を記した。

すると立ち上がって棚から白紙のノートを手に取った。

もちろん、これから『ルフィの取扱説明書』を書く為だ。



「ねえルフィ、教えてよ。あなたの全てを」

「いいぞ。ウタも教えてくれ」



夫婦はお互いの本性や過去、性癖を曝け出して説明書を書いていく。

逃亡生活で伴侶を気遣って黙っていた事すら暴露した。

ようやく海兵時代のように対等になれた2人は、次の事を考えた。

約束や宣言をしていたが、ルールなど一切決めてなかったのだ。



「ふふふ、やっぱり説明書って書くのは大変よね」



ウタはこれからも説明書を書いていく。

自分から伝えないと想いが伝わらないと分かったから。

夫婦の決まり事や将来の夢に繋がる習慣を盛り込んでいく。

1人なら挫折しても2人一緒なら絶対達成できると思っている。



「これからもよろしくね!!」

「ああ、よろしくな!!」



改めて夫婦は向き合って挨拶した後、天候を確認する為に外に飛び出した。

『ウタの取扱説明書』は室内に入って来た風でページが捲れる。

最後のページには、こう記されていた。


ウタはルフィと逢えて幸せです

末永く愛していくので手を取って導いてください

2人で最強だから


END

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