ウタとルフィの邂逅
赤と白に髪を塗り替えて、頬に星のマークを化粧した少女ウタ。彼女は机からはみ出さんばかりのベリーを数えていた。
縦に立つほどの太さとなったベリーの束を一枚ずつ数えていく。時折親指をペロリと舐めて湿り気を足す。
「ふふっ」
こぼれ落ちる笑みを気にせずに一人ベリーを数えるという至福をこなしていた。そのまま彼女はやたら古そうな紙に。羽ペンで数えたベリーの数字を書いていく。
「また出てくるし、便利だよねー」
書き終わった古紙を捨てながら、彼女は次の神に手を伸ばす。あと三つ酷ある古紙は、ウタにメモ帳代わりにされているようだ。
そのまま机のベリーを数えていくウタ。
だが、外から大きく聞こえるような怒声がその時間を邪魔する。
「だ〜れの鼻が真っ赤でド派手ですだァッ!」
「……またやってる」
自身の船長の癇癪に大きくため息をつきながら、彼女は立ち上がる。
ベリーと束を部屋が埋まるほどあるBと書かれた袋に投げ入れながら出て行った。
「ち、違います船長! そんなこと言ってません!」
「派手に死ねェ!」
「ひっぃ、ウタ金庫番助けてッ」
「何してるの!」
「あん、お前か」
苦しそうに空中に浮かび、もがく男と大きく真っ赤な鼻をつけた男を見比べながら彼女は問う。
バギー海賊団船長『道化のバギー』はウタを睨め付けて話し出した。
「こいつがグランドラインの海図が入った部屋の鍵を、つけっぱなしにしてたんだ」
「いった。ちょっとした手違いで──へへっ」
空中で離されて尻餅をついた男は笑みを浮かべ、揉み手をしながら二人を見上げる。
「…………」
その男の反省していない様子をみて、ウタの視線の温度が一気に低下した。
そのまま大きく息を吸い出す。
「う、ウタ金庫番! ま、まさかあれですか! あれは、あれだけは勘弁してください!」
瞬間大男が叱られる子供のようにガクガク震えながら、地面に擦り付けるように頭を下げる。
「い、今すぐ! すぐに泥棒猫を捕まえてきますから! あれだけは勘弁してくだい!」
地面に何度も頭をつけて土下座をし許しをこう大男。自分よりも数十も年下の少女を恐れるようにみっともなく謝っていた。
「ウタ、もういい。お前! 今すぐハデに捕まえてこい!」
「は、はい!」
船長に命令されて飛び上がるよう起きると、天井から身を投げ出さんばかりに走り出す大男。
その顔は地獄からなんとか逃げ出した安堵で涙が流れていた。
「いいの? バギー?」
「あんだけ脅されれば、奴も身に染みるだろうよ。グランドラインじゃ、兵力がいくつあってもたりねェからな」
「ふーん」
そのまま船長の隣に座りながら、彼らは報告を待った。
「この町で興行も成功したし、そろそろ戻るの?」
「ああ、戦力も整い出した。これからグランドラインにハデに出航していくつもりだ。だってのに」
地団駄を踏みながらバギーはぶつくさと不満を漏らす。感情表現が豊かな船長を見ながら彼女はポツリと呟く。
「一応控えてあるけど?」
「そうそうあれには控えが……あるのか!」
飛び上がりながらウタの言葉にバギーは驚愕。
「どうせこんなことになると思ってさ」
「そうか」
どこか投げやりな彼女の言葉に、バギーはただ一言言って押し黙る。
戦力という名の足手まといか、数という名の暴力を言っているのかは彼女とバギーだけが知っていることだろう。
とある海賊団とどうしても比べてしまい、厳しくしつけのようにウタウタの実の能力を使うようになっていた。
それが彼女の向上に役立っているのだから、やるせないのも無理はないだろう。
ぼんやりと追手からの報告を待っていると、泣きべそをかいた大男三人衆が取り逃したと報告に来た。
「てめェら怪力大男三人衆がなんてザマだ! 小娘一人取り逃してんじゃねェ!」
「申し訳ありません! バギー船長!」
「しかし、やたらと強かったんですよ!」
「そうですよ! 麦わらをかぶった親分てやつが!」
「しかもあの泥棒猫結構可愛いんです!」
余計なことを言った一人がそのままバギー含めてタコ殴りにされる。それを見ながら彼女は、ピクリと赤と白に色分けされ二つに丸く結んだ髪を跳ねさせた。
(麦わら……まさかね!)
昔とある村でそのまま別れたまま会っていない少年を思い出すも、こんな簡単に会えるはずないと思い沈黙する。
「バギー船長!」
「今度はなんだ!」
「盗人女がこっちにきました」
「よォし連れてこい! はァ! 自分から来たのか! なんでだ!」
「わかりませんが、こっちに来てます」
潜入か何かなと思いながらも彼女は、海図を盗んだ女を一目見ようと何も言わずに視線を向ける。
その時彼女は思いもよらずにとある少年と再開することになる。
投げ出されるように縄でぐるぐる巻きにされた少年が放り出される。
泥棒猫と呼ばれるナミという名の少女とバギー船長との会話がウタも脳を通り過ぎる。
じっと麦わら帽子をかぶった少年を穴が開くほど見ていた。
(え、うそ! まさか)
「あれ、お前‥……もしかして」
少年も自身をやたらと見つめる視線に気づいたのか、ウタの方へ目を向けた。
真っ黒な目にあった頃には無かった目の下の切り傷。だが、彼女の思い出の中の少年がそのまま成長すればこうなるだろう、という姿形をしていた。
「ウタ、お前ウタだろ!」
「ルフィ? うわァ、やっぱルフィだ! 久しぶり!」
彼女は飛び上がるように立ち上がると、そのままふん縛られた少年に抱きつく。
「久しぶりだなァウタ!」
「10年ぶりくらいかな!」
しっとりと抱きついて笑い合う。まるで映画の一シーンのようだが、それを邪魔する者がいた。
「ってオィ! 何してやがるウタ!」
「何よ! せっかく10年ぶりに会う幼なじみとの再会なの!」
「あ、そりゃ失礼……するかァ! ハデ馬鹿野郎が! そいつはうちの海図を盗んだ親分だぞ!」
ノリツッコミのまま大きな声でバギーは怒鳴り散らす。
ガツガツと地面を蹴るくらいに苛立っているようだ。
「……本当? ルフィ?」
「え? あっ? いやその……そ、そうだよ」
明らかに目線を逸らして音にもなっていない口笛を吹いてごまかすふりをするルフィ。
(うそ下手! ……はぁ、仕方ないなぁ)
「んっ! じゃァ、しょうがないね」
スッとルフィから離れると、そのままグイッと引っ張り出す。
「うわァ! 何すんだよ、ウタ!」
「海賊の宝に手を出すことの意味。ルフィだってわかってるでしょ?」
そのまま大男三人衆が持ってきた鉄の檻に入れた。
「あ〜、じゃあ、しゃあねェな。にっしし」
「でしょ」
檻の前でニッコリと笑い合う幼馴染みたち。これが子供同士の他愛のない喧嘩で終わる問題ではないことを、二人は共有していたようだ。
(な、なんで笑ってんのよ)
その様子を泥棒猫ナミは、ドン引きしながらも見ていた。
「ようし、盗まれた海図も戻ってきた! 新しい仲間もできた! 野郎ども、公演成功祝いの宴の続きだァ!」
「「「うおおおお〜〜〜!」」」
お調子者らしくそのまま船長の号令通りに大騒ぎが始まる。
飲めや歌えの大騒ぎ。酒に肉が飛び交い、芸事まで始まる。
手品に玉乗り。火吹きショーにナイフのジャグリング。
「あー、楽しそうだな。やっぱ海賊ってこうじゃないとなー」
檻の中から羨ましそうに見つめるルフィを見て、こっそりとウタが駆け寄ってきた。
「えへへ、どうルフィ? 楽しんでる?」
「全然楽しくねェ!」
「だよねぇ。ねぇどんな気分? 宴を前にして参加できないのはどんな気分?」
「うがーっ! ウタ、お前なァ!」
「ごめんごめん。はい、これ。ちょっとだけどお肉持ってきたよ」
「おぉ、ありがとう」
大きく口を開いて食べ出すルフィを見ながら、ウタはため息を吐いた。
「うめェ!」
「そりゃいい肉だからね。……ねぇルフィ」
「何だ」
「もう一回聞くけど、何が目的?」
「あぁ、それはだな……い、いやねえよ目的なんて? おれ知らねえよ?」
また目線を逸らして音にもなってない口笛を吹くルフィ。下手くそすぎる嘘を見て、ウタの目が細まる。
「もぅ! ……大体それシャンクスの帽子でしょ!」
「ああ、預かったんだ」
「預かる?」
「いつかこの帽子をシャンクスに返すんだ」
じっと見つめ返してくるルフィを見て、思い出にある小さな男の子が、少年にまで成長したことをウタは思う。
「……おっきくなったね。ルフィ」
「だろ! にっししし」
顔中で笑顔を見せるルフィを見て、ウタも自然と笑みを浮かべることになった。
「よォし! 宴も佳境だ! ウタ、一曲頼むぜ!」
バギー船長の声を聞いて、彼女は立ち上がる。そのまま宴の方に向き直るとステップを三回行った。
すると、バギー海賊団はみんなで真ん中の机から椅子や皿、飲み物を退かす。散らかった食べかすまで片付けて綺麗にした。
他の海賊も楽器を手に持っている者は、近くまで駆け寄っていく。
「リッチー!」
「ガウッ!」
「うわ、ライオンだ!」
ライオンを呼ぶ声がしたかと思うと、ウタの前に大きなライオンが飛び出てきた彼女が乗りやすいように背を小さくする。
ウタは一度ライオンを撫でるとそのまま背中に乗った。そのままライオンは立ち上がり、彼女を真ん中の机まで運んだ。
「それじゃあ皆! バギー海賊団の公演成功を祝って! 一曲行くよォ!」
「うおおおお──ーっ!」
「U・T・A!」
「我等が歌姫!」
「ディーヴァ!」
リッチーと呼ばれたライオンから真ん中の机に登ると、ウタは大きく息を吸った。
問題も多く、面倒ごとばかりだが、それでも彼女の海賊団を見渡しながら歌う。
「ありったけの〜」
夢を讃えるような歌い出しと共に歌うのはWe Are!。
バギー海賊団の未来を歌うのか、幼なじみの少年を思って歌っているのか。
両方だと、彼女は大きく胸を張っていうことだろう。
この後海賊狩りのゾロが乱入し大騒ぎになったのはまた別の話。