ウタとアト
「お前ウタだろ。 おれだよおれ!」
「--あ、ひょっとして、ルフィ!」
歌姫ウタの抱擁を、男は笑顔で受け止めた。
広大な会場に動揺が走る。 男が飛んできた升席からも、どういう関係なのかと怒声が飛んできた。
麦わら帽子をかぶった男、海賊・モンキー・D・ルフィは振り返って言った。
「だってこいつ、シャンクスの娘だもん」
「あっ……」
ウタが止める間もなく発せられたその言葉は会場を揺らすような驚愕の悲鳴に飲み込まれていった。
仕方がないやつだ、という風に額に手をやるウタに、ルフィは改めて向き直った。
「なあ、アトはどこにいるんだ? 一緒じゃねえのか?」
「あぁ、あの子なら裏方だよ。 このライブで使うデザインとかも全部アトが考えてくれたんだ」
このワンピースもね、と裾をつまんで示すウタ。
更に質問しようとしたところに、銃声が響き渡った。
・・・・・・・・・
「うおー-! なんか一杯だ!」
「このままじゃ囲まれるべ」
仲間を捕らえられ、偶然居合わせた舎弟のバルトロメオ、同盟相手のトラファルガー・ローとその部下である白熊のミンク・ベポに助けられたルフィ。
無数の音符兵が飛び交う街を見下ろして言った言葉に、横に並ぶバルトロメオが不安そうに続けた。
その言葉を聞きながらローは思案する。
ウタの能力に対処できない以上、立ち向かうという選択肢は取れない。
どうにかして逃げ続けるしかないが、エレジアの地理に明るくない自分たちがいつまでもつか。
カツン、と何かの落下音で思考は中断された。
飛んできたのは小石だ。
投げられたであろう方向に目を向けると、そこには赤白髪の女がこちらに手を振っていた。
ローとバルトロメオは咄嗟に能力を発動しようと構えるが、ルフィは相手を見ると呑気に手を振り返した。
「あ、アトじゃねぇか! おーい!」
「馬鹿っデカい声をだすなっ」
ローは鋭く言うが、ルフィは聞く間もなく女の方に跳んで行ってしまう。
待ってけろ、と慌ててバルトロメオもそれに続く。
手招きする女の様子から、少なくとも敵ではない、と判断してローも足を向けた。
・・・・・・・・・・・
「久しぶりだなぁアト! 元気か?」
「うん。大丈夫だよ。 久しぶりルフィ」
案内された廃墟の中でローとバルトロメオが見たのは、またしても抱き合う二人の姿であった。
目を丸くして驚いているバルトロメオとベポを放置して、ローは女を観察していた。
ウタと瓜二つの顔、髪型。 ウタと同じノースリーブのワンピースに右腕にはアームカバー。
髪色はウタとは逆だが、生き写しと言っていい。
「あっえっと、は、初めまして、だよね。 私はアト。ウタの妹です」
ルフィから離れた女・アトはそういって頭を下げた。
歌姫ウタの妹という情報に再び目を丸くする二人。
ローは警戒したまま尋ねた。
「ウタの妹なら、なぜおれたちを助ける」
「そ、それは、その……」
「それは私が話そう」
廃墟の奥から声が響いた。
日に照らされて現れたのは、品の良い恰好をした初老の男である。
ゴードンと名乗った男は、まずアトに顔を向けた。
「アト、先に表をお願いしていいかな」
「あっうん、分かった。 ち、ちょっと手伝って」
「え、おれだべか?!」
近くにいたバルトロメオの手を掴んで、アトは廃墟の外に駆けていった。
「大丈夫なのか?」
「ああ、彼女の能力なら、しばらく時間を稼げるはずだ」
・・・・・・・・・・・・・
「んで、おれは何をすれば……?」
「あっそのへんで、そう、立って見ててください」
バルトロメオを外に連れ出したアトは、廃墟の入り口正面で立ち止まった。
そこで手を合わせ、左右に広げる。
すると掌の間に色の塊が現れた。 表面は角ばった岩のようだが、まるで宙に浮く水滴のようにウネウネと形を変えていく。
バルトロメオが驚いていると、アトはその色を両手で押しつぶし、頭上に振りまいた。
「点描世界〈ドットアート〉・モザイク」
アトを起点に広がった色はルフィたちのいる廃墟を覆い、しかし廃墟そのものは変化しなかった。
代わりに色が収まっていくにつれ、バルトロメオの視界のアトやルフィ達の姿が薄くなっていく。
今度は驚く間もなく、バルトロメオ以外の人間は周囲から見えなくなった。
「あっあのー、ちゃんと見えてない、ですよね?」
「うおっと。 大丈夫だべ! これはおれも入っていいんだべか?」
「あっはい、ど、どうぞ」
虚空から声が聞こえるという状態に驚きつつ、廃墟に歩を進めると、先程とは逆に徐々にアトたちの姿が見えてくる。
「はー、便利な能力だべ」
「私のアトアトの実の力でちょっと分かりづらくしました。
あっお姉ちゃんも知ってるから絶対じゃないですけど、お話する時間はある筈です」
二人が廃墟に戻ると、ゴードンとローは黙ったまま、ベポは輝く背負いものを地面に置き、ルフィは瓦礫やら木片やらを積み上げていた。
「アト、お疲れ様。 気づかれなかったかい?」
「あった多分大丈夫、うん」
「では、話をしよう。 ウタとアト、そしてこのエレジアの話を」
そうしてゴードンは静かに語りだした。
12年にわたる親子の愛憎の話を。