ウィスキーピークにて 5
「イガラム、その恰好は……?!」
「あっはっは!! おっさんそれウケるぞ絶対!!」
「もうっ……バカばっかり……!」
女装したイガラムにビビ以外の全員が変な物を見たような反応を返す。
恐らくパートナーだったMsマンデーの物であろう大柄なワンピースにビビの物と同じグルグル模様を描き、似たジャケットを羽織り、後頭部で髪を纏めている。
この場にいない一味の他二人が見ても同じような反応をしただろう。
勿論イガラムは伊達や酔狂でこのような格好をしたわけではない。
「いいですか、よく聞いてください。 BWネットワークにかかれば追手はすぐにでもやってきます。 Mr5ペアが敗れたとなれば尚の事……!」
イガラムは一度言葉を切り、ビビの前に片膝をつく。
「ビビ王女、アラバスタへの”永久指針(エターナルポース)”を私に」
覚悟を浮かべた顔を見たビビは小さく頷き、懐から取り出した永久指針を手渡した。
イガラムはその重さを確かめるように掌に載せ、そしてビビとここにいる全員に計画を話し出した。
「いいですか、私はこれからあなたになりすまし、彼ら四人分のダミー人形をつれて一直線にアラバスタを目指します。
BWの追手が私に気を取られている隙にあなた方は通常航路でアラバスタまで向かって下さい。 ここからなら2,3ログを辿ればついたはずです。
無事、祖国で会いましょう」
それは死を覚悟した別れだった。
目尻に涙を浮かべたビビがイガラムに抱き着く。
祖国での再会と航海の幸運を互いに祈る二人を、アドは冷めた目で見ていた。
再会も幸運も、この海では一瞬で無くなってしまう事を経験から理解していた。
たとえ家族のように思っていたとしても、一方的な都合で容易く切り捨てられる程度の価値しかない。
それを信じていた昔の自分を思い出し笑い出したくなる気持ちを堪え、心の奥底に仕舞い込んだ今でも信じたい気持ちを見ないふりをして、アドは視線をそむけた。
イガラムは元々万が一のために用意していた船に乗り込み出発した。
ビビ王女とルフィ達三人はそれを見送り、アドはその近くの岩に腰かけ興味なさげに銃を弄っていた。
遠ざかる船にルフィの肩に乗ったウタがパタパタと手を振っていた。
彼が稼ぐ時間を無駄にしないために四人は海に背を向け、アドは何気なく近づいてくる四人に目を向け、固まった。
それに一拍遅れて爆音が響き、水平線を覆う炎が五人を照らした。
海にあらかじめ可燃性の液体が撒かれていたのだろう。
アドは冷静に追手が来たのだからすぐに出発すべきだ、と考えた。
なのに炎から目が離せなかった。
”あの時”とは状況が何もかも違う。
燃えているのはこっちじゃない。 炎に飲まれた船影も沈んでいくのが見える。
なのに。 それでも。
呼吸が荒くなる。
思考が鈍る。
いかないで、置いていかないで。
お父さん、皆、私は――――
「アド!!」
「っ!! あ……ルフィ」
「ウタを頼む! 先行っといてくれ!」
ルフィの声で正気に戻ったアドの胸にぬいぐるみが飛び込んでくる。
反射的に抱き留め、ふわふわとした感触がアドの冷静さを取り戻させた。
アドが呆然としているうちに、ルフィ達は出発する段取りを話していたらしい。
乱れた呼吸を整えるアドの顔を、抱えられたウタがだぶだぶとした腕で撫でる。
サラサラとしたぬいぐるみの感触がじっとりと湿ったものになったことで、ようやくアドは自分が涙を流していたことに気が付いた。
「キィ、キィ?」
「ウタ……そっか、うん、もう大丈夫。
船に行こう、案内してくれる?」
「キィ!」
言葉を離せない玩具が何を言っているのかは分からない。
でもアドには「大丈夫だよ」と言ってくれたように感じた。
さっき会ったばかりのはずなのに、アドは不思議とウタの事を信頼できていた。
アドの言葉にウタは元気よく肩に飛び移るとだぶだぶとした腕で指し示す。
地面に置いていた荷物を担ぎ、アドはウタの指示で港へと駆け出した。