インタールード:大事の前に

インタールード:大事の前に


出発に際してまず問題になったのは武器弾薬の問題だ。

先の巨大触手との一戦で便利屋たちはほぼ全ての弾薬を使い果たし、

兎たちも十分な準備を出来ぬままにここへ赴いた以上、武器弾薬の補給は急務と言えた。

その手段が火事場泥棒というのは無法者としての誇りを持つ便利屋にも、

己の正義を成し遂げようとする兎たちにとっても

甚だ不本意であったがこの一刻を争う状況では背に腹は変えられぬ。


幸いあの怪物を見て逃げ出したかそれともその前に呑まれたか

周囲一帯は無人と化しているため、漁るには問題なかったが、

目ぼしい武器は持って逃げたと見えて収穫は少ない。

それでも普通の弾薬や手榴弾くらいなら何とかなりそうだが、何分相手が相手である。

爆弾や焼夷弾のような火力の高いものが欲しくなるが

このキヴォトスでさえそう言ったものを一般人が所持するのはハードルが高い。

ましてやこの状況下ではそれを所持していたら持っていくだろう。

どうしたものかと顔を突き合わせて便利屋と兎が悩む中、

便利屋の室長はちらりと警察車両の方を見た。

視線の先には警察車両の中で真剣な顔で無線を手にする社長の姿があった。




無線の向こうに彼女たちの“殉職”を伝える。

相手は“狂犬”の異名を持つ公安局長。

だが漏れそうになる激情を必死で押し殺している気配は、

彼女が部下たちをどう思っているかを如実に示していた。

自分がもし同じ立場になったとしてどう振る舞うだろうか、

ふと頭をそんな考えが掠めたが意図して無視し、“敵”についてわかった事を伝える。

まるで悪夢のようなその生態に無線の奥で“狂犬”以外の公安局の人間たちがざわめくのがよくわかった。

社長を疑う声まで出てきた所で“狂犬”がそれを一喝。

すぐに各学園に連絡するよう指示をすれば無線の向こうがにわかに慌ただしくなった。

しばしの間の後、聞こえるため息と礼の言葉。

助けられなかった自分たちが、という思いを飲み込んで礼を受け取る。


続いてゲヘナの外の状況を確認すればやはり芳しくはない。

ヴァルキューレはD.Uの守備の為にゲヘナに派遣する事は出来ないとの事。

防衛室のカイザーとの癒着が暴かれたのがついこの前の話である以上、

連邦生徒会室としてもカイザーを頼る訳にもいかないらしい。

そのカイザーも厳戒態勢を敷いて下手な動きを見せていないのは吉報と言って良いのだろうか。

トリニティを始めとする各学園はゲヘナとの境界を中心に封鎖を実施し、

トリニティでは既に触手との交戦もあったらしい。

幸い被害は出なかったらしいが、何分相手は生徒と同じくヘイロー持ちだ。

頑丈な上に同じヘイロー持ちを殺す事への躊躇いがあるようで、

気密性の高い頑強なコンテナに封じたようだが、それとてコンテナの数の限界はくる。

ましてや触手の性質上、一箇所でも封鎖が破れればそこの守り手を苗床に脅威は瞬く間に拡散するだろう。

時間的な猶予はあまり残されていないようだった。


とりあえずやる事は変わらない、ゲヘナ学園に乗り込んで先生を救出するのが第一だと、

突入前に連絡を入れる事と突入後に指定した時刻までに連絡が無ければ救出失敗と見なすよう取り決める。

お互いに吉報を祈ると結ぼうとした所で無線にノイズが走る。

さっきも有ったような気がすると耳を済ませば聞こえてきたのはまたしても知人の声だ。

だが強い焦りを滲ませた声と、そこからもたらされた本日最大の凶報に社長と公安局長の背筋が凍る。


「アリウススクワッドの錠前サオリだ……誰か聞こえているか?

 ブラックマーケットが突破された。繰り返す。ブラックマーケットが突破された!」

Report Page