インタールード:大事の前に(2)

インタールード:大事の前に(2)


アリウススクワッドは根無し草である。

かつてとある外道の指示の下にトリニティ・ゲヘナへ少なからぬ打撃を与えた指名手配犯。

その外道に反旗を翻して打倒した後は、己等の罪について真に自覚するまではとキヴォトスを彷徨っていた。

その日は別行動していたリーダーたる少女と合流し、久方ぶりに友誼を温めるつもりだったのである。

拠点を構えていたブラックマーケットが暗緑色の非日常に侵蝕されるまでは。


司法の手が入る事を好まないブラックマーケットにはヴァルキューレも検問を構えられなかった。

その上でゲヘナともほど近く違法建造物に満ち溢れた其処には触手やその苗床にされた生徒も入りやすかった。

それ故、ヴァルキューレの検問が破られた事で触手の脅威を知った他の勢力より初動が遅れ、

川流シノンがキヴォトス全域に社会復帰不可能の痴態を晒す頃には既に多くが入り込んでいたのである。

更にはブラックマーケットの物理的・社会的構造も触手に味方をした。

違法建造物で入り組んだ路地は人が逃げるに難しく、触手が這うに容易かった。

更にはカイザーを始めとするカタギではない勢力がシノギを削るその場所では統一した反抗を行う事も出来ないどころか、

逆に他の組織が蹴落とされる事を見込んでかロクな情報伝達も行われず、気がつけば手に負えない有様。

加えてマーケットガード等がいても喧騒が日常茶飯事なブラックマーケットの異常は気づかれず、

結果としてブラックマーケットはそこにいたヘルメット団やスケバンたちを苗床にした触手たちに飲み込まれかけていたのである。


そんな中でアリウススクワッドが未だ苗床にならずに生き延びられていたのは

運が味方した事と彼女ら自身の実力に他ならない。

異常に気づいた時点でラペリングその他諸々を駆使して全力で遁走し

立ち塞がる群れはスクワッドの一人である戒野ミサキのロケットランチャーで吹き飛ばして他の三人が残敵処理。

そうして逃げ回る内にゲヘナの封鎖宣言を知り、

ブラックマーケットが失陥寸前である事を知らせる必要に気づいて手近な無線施設をジャックしたのだった。


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無線から聞こえた事態に一瞬呆けた後、すぐさま公安局長が部下に確認と関係各所に連絡するよう怒号を飛ばす。

ブラックマーケットには暖簾こそ違うがカイザー系列の組織も複数存在する以上、

カイザーコーポレーションがその事態を知らない訳もない。

下手な行動をしていないどころか必要な行動さえ行っていなかった事に

席を立ったらしい公安局長がカイザーめ、と怒りの唸りを挙げていたのも当然と言えた。


一方で便利屋の社長はアリウススクワッドと急ぎ情報を交換していた。

先生の行方不明に動揺する様子を見せるスクワッドに救出作戦の為の弾薬確保中だった旨を告げる。

スクワッドは合流できない、そもそもまだ脱出出来るかもわからないと詫びられ

代わりに告げられたのはゲヘナ内のとある住所だ。

かつてアリウス分校がゲヘナ内で事を起こした時の為に用意していた隠し倉庫。

そこが無事であれば弾薬のみならず爆弾等もあるかもしれないと。


大喜びで礼を言っていた所に戻ってきた公安局長の声が交じる。

ブラックマーケット経由で触手が突破してきている事、

各校ともにそちらにも急行しているが何分意識の外だった上に数もゲヘナとの境界より多い事。

状況は更に切迫した事、場合によっては先生を無事救出したとしてどうにかなる範囲を超えているかもしれない事。

それでも行くのかという問いに即座に当然と返す。

僅かな沈黙の後、先生を頼むと言い残すと“狂犬”は前線に出て指揮を取る為に席を離れた。

スクワッドも脱出を再開するために離れるという。

無事脱出できれば援護に向かうとの言葉に楽しみにしていると応えればふっと笑う声と共に無線は途絶えた。


次々に悪化していく状況に今日がキヴォトス最後の日かもしれないと思う。

かつて赤い空に覆われたあの日、便利屋はその決戦に課長を除いて同行する事はなかった。

だが今は、便利屋と兎たちこそが事態の渦中に乗り込むのだ。

軋む胃と凍る背筋を両頬を引っ叩いて正し、車外にいる仲間たちへと声をかけた。


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告げられた住所へ車とヘリを飛ばし、貸しテナントらしき建物へ入る。

カーペットを捲れば地下へと繋がる階段。

普段であればテンションを上げる所だが急いで中へ。

階段の終わりまで付けばそこには大量の銃器や爆弾。

数は少ないがロケットランチャーや火炎放射器、サーモバリック爆薬まであるその様は、

かつてのアリウス分校の執念を感じさせるものでもあった。

だがそれがキヴォトスを救う為に使われるとは誰も思っていなかったであろう。


手早く車やヘリへと積み込み、最後の打ち合わせ。

給食部のある部活棟への侵入は元々その地形を把握している便利屋が行うことになった。

ヘリポートのある風紀委員会棟は既に陥落している事が予想される以上着陸には適さず、

他にまともに着陸できそうな学生広場や運動場は部活棟から遠い。

更には先程の巨大触手の時のようにヘリが捕まる恐れもある。

そのためRABBIT3はありったけの火力をぶちまけた後は上空待機し、RABBIT1・2・4が陽動を行う。

便利屋が先生を救出次第、ヘリでメンバーを可能な限り回収して撤退する流れだ。


お互いの無事生き残る事を祈り、車とヘリに乗り込む。

目指すはゲヘナ学園。

便利屋と兎たちのキヴォトスの命運を賭けた作戦が始まった。

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