イミテーション

イミテーション



────その後、夜


 あの後、とってきた肉を焼いて一緒に食べた。この人はご飯を食べながら「ウタ」に関する思い出話を楽しそうに喋った。色々な勝負をした、おれが183連勝中だ、フーシャ村と赤髪海賊団の人達の話。エレジアでのライブ。くだらない事から楽しかった事。それを私は黙って聞いた。

 この時の私は「逃げよう」という考えをとうに忘れていた。この人と一緒にいると、とても心地よかった。起こした焚き火より温かな、ひだまりにいるような感覚。十何年ぶりだろうか。


 この状況に安心した私はある疑問が浮かんだ。


『あの後どうなったか心配だったんだ‼︎』


 ……「あの後」とは何だろう。ウタ本人に何があったのか、知りたくなった。


「ルフィ……で合ってる?」


「おう、なんだ?」


「私とルフィが別れる前に、何があったか教えてくれる?」


 そう言い切るとルフィは黙り込んだ。まずいことを聞いてしまっただろうか。



 暫く、夜の森の静寂が続いた。



 痺れを切らし、話題を変えようと口を開こうとした瞬間、ルフィが話し始めた。


「おまえが毒キノコを食べててよ、死ぬんじゃないかって。でもよ‼︎ シャンクス達がきてたから助かったんだろ?」


 私は話を合わせる。


「……そうだったんだ。迷惑かけてごめんね、ルフィ。」

 

 それ以上、ルフィはあまり多くを語ろうとしなかった。しかし、話の内容から推測できた。楽しい思い出ばかり話していた事から、あまり嫌な記憶を思い出したくない、あるいは覚えていないようだ。


「謝らなくていいぞ‼︎またこうやって会えたんだしな‼︎」


「フフッ、そうだね。」


 そうだ、お昼のクマから助けてくれた事の感謝を言っていなかった。ウサギも助ける事が出来た。


「ねぇ、ルフィ。」


「ん?」


「お昼の時はありがとう。あの時は私もウサギも死んじゃうんじゃないかってヒヤヒヤした。」


 そう言うとルフィはまた、固まってしまった。どうしたんだろう?


 何かを考えた後、真剣な眼差しで急に私の肩を掴んで来た。ただ、その手は震えている。


「おれ、またウタが急にいなくなるんじゃないかって、エレジアの時みたいに色々抱え込んで死のうとしてるんじゃないかって。」


「だからまたウタがいなくなると思ったら怖かった。」


「でもよ、こうやってまたウタと話せるのがすっげェ嬉しいんだ。」


「だから、死ぬなんて言わないでくれ…‼︎」


 涙声になりながらルフィは喋っていた。


 …ルフィの話を聞いていて私はウタが羨ましかった。幼馴染に大切に思われている事。親同然の赤髪海賊団に守られていた事。私が失っていたものを全て持っていた。

 だが、ルフィの話し方や内容からウタ本人がもうこの世にいない事を薄々感じていた。

 なぜ死んでしまったのか。こんなにも愛されていたのに。




『………』


『私がウタになれれば良いのに』




 おぞましい声が聞こえた。「死んだ人間に会いたい」。それは誰しもが思う事だ。私も死んだ両親と会いたい。だが、死者を模倣する事は、その人と残された人達に対する冒涜だ。

 今からでも遅くない。この人に真実を伝えよう。そして謝ろう。私がいくらウタに似ていようとも私はウタではない。そもそも、こんな事はこの人の為にならない。


「ルフィ、私は─────────


 言い切る前に、私はルフィに抱きついてきた。力強く、それでいて優しい抱擁。だがその手は震えている。それに耳元では子供のように泣く声がする。

 

 真実を伝える為、引き剥がそうとしたその時、



「ウタはいなくならないでくれ……‼︎」


ルフィはそう呟いた。




その言葉を聞いた時、何かが歪む音がした。





声が、聞こえる。


『人として必要としてくれる、ずっと欲しかった温かな居場所』


誰かがそう、囁く。






私はルフィを抱き返す。



そうだ。



「いい? ルフィ。」



私は "世界の歌姫『ウタ』"



「覚えておいて。」



私を見つけてくれたこの人の為にも。









「私は死なないから。」



───────もう引き返せない。



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