イサムが戦う話

イサムが戦う話


 一日の半分以上付けっぱなしなドライバーでも、変身のために操作すれば気持ちが切り替わる。

 無機質な電子音と共に手足が組み変わる。日常生活用から戦闘用へ。鋭い三本の爪が光る長い腕、力強く地面を駆ける趾行の脚。四本とも義肢だからこそ、戦うためだけの形態にもなれる。

 出動命令に従って移動する。道路は逃げ惑う人々で混み合っていたから、適当な民家の屋根へ飛び移ってポイントを目指した。カメラの気配も気にしてはいられない。駅前で暴れる怪人が今回の鎮圧対象だ。

「目標地点に到着しました。任務を開始します」

 返事は待たず、怪人の前口上も聞かず、顔面にパンチを叩き込んだ。

 怪人はひしゃげた悲鳴と共に吹っ飛んだ。が、すかさず光弾で反撃してくる。

 あえて腕で受け止めた。前腕の半分以上は作り物、爆発の衝撃でビリビリと痺れたが痛みはない。体を低くし、土煙と残光に紛れて急所を狙う。


 そのとき、場違いな泣き声が割り込んだ。

 逃げたはずの子供が、落としたぬいぐるみを拾いに戻って来て、戦いを目撃してしまったようだ。

 仕方ない。優先すべきは民衆の保護だ。エネルギーを脚部に集中させ、一気に加速。片腕で子供を拾い、もう片方の腕で追ってくる光弾を弾く。

 防戦一方、盾にしている腕の損傷率がじわじわ上がっていく。子供を庇いながらというのもまずい。肉弾戦だけ想定した変身だから、バトルは常に超至近距離だ。つまり、保護対象を持って戦うなんて芸当は、実質不可能なわけで。


 こっちの動きが明らかに鈍いのを察したのだろう。怪人は勝利を確信したかのように笑った。ハウリングみたいに耳障りな笑い声だった。

 怪人は無数の光弾を生み出して同時に撃つ。さまざまな軌道で襲うそれらを、高く飛ぶことで一気にかわした。敵も馬鹿じゃない。光弾は地面スレスレから上空へ急カーブして、360度の視界を埋め尽くす。

 だけどこれが狙い通り。

 最善の選択肢は、いつだって一撃必殺だ。


 子供を守る片腕。怪人を貫くための片足。それ以外の義肢構成パーツを全て分解し、球状のシールドへ変える。

 衝突した光弾が次々に弾け、辺りはスタングレネードを破裂させたように眩んだ。

 怪人は眩しさに目を閉じ、そして、己の愚策を悟った。

 ほんの数秒閉ざした視界を取り戻せば、ドリル状に変形した一本足が、自分を貫かんと迫っていたのだから。



 俺は子供を抱いたまま着地した──と言えば聞こえはいいけれど、実際はほとんど墜落だった。二本分のパーツでは全身を覆うシールドなんて生み出せない。守れたのは子供の周辺だけで、他の光弾は全部体で受けた。損傷はレッドゾーン。手足を構築し直す余裕さえ残らなかった。

 自由になった子供は、近くにいた母親の元へ泣きながら走り寄った。

 こちらを指差して何か言っている。怪我がないかと確かめるのに必死だった母親も、促されるまま俺を見た。

 二人の表情は青ざめたまま。母親が携帯を取り出し、短いプッシュの後に叫ぶ。

「──怪人どうしが戦って、うちの子が巻き込まれたの!」

 通報の声は近くの隊員に届けられるから、当然俺のインカムにも届いた。


 母子は電話を切るなり逃げていった。俺は変身を全て解除して、瓦礫の中に倒れ込む。生活もドライバーに依存しているから、戦闘でエネルギーを使い切ってしまえば、回復するまで休むしかない。通報を受けて来るだろう隊員に拾ってもらえれば御の字だ。

 あの子が無事に家族と再会できて良かった。

 理想のヒーローなら、姉さんならあの子の幸せを喜べるはずだから──本当に良かったと、俺はそうつぶやいて目を閉じた。

 


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