イオリデトックス
あるうららかな日。今日も今日とてゲヘナ自治区では銃声が鳴り響いていた。
「待て! この規則違反者ども!」
銃声の発生源のひとつ、ゲヘナ風紀委員会の銀鏡イオリは不良生徒たちを追跡していた。ちなみに罪状は「映画館のポップコーンマシーンの中に銃弾を大量混入させた」ことである。どうなったのかは言うまでもない。
「待てと言われて待つバカがいるかバーカ!」
「なんだと!?」
不良の言葉にイオリは頭にカッと血が上る。追う足に力が入り、ぐんぐんとその距離を縮めた。
不良たちが角を曲がった。後を追ってイオリもその角を曲がる。
(いや待てよ。前にもこんなこと――!)
刹那、イオリは地面を蹴った。曲がり角には"いかにも"な板が張られていた。それを飛び越え、着地する。
「こんなものに二度も引っ掛か――」
次の瞬間、イオリは上下逆さまになりながら宙吊りになった。
「――るぅわあああぁっ!?」
落とし穴の先に二段構えとして据えられていたのはこれまた古典的なトラップ、くくり罠であった。重力に従いめくれるスカートをイオリは咄嗟に押さえる。
「しまっ……!」
愛銃が手から離れる。腕を伸ばすが指先を掠めるだけで、ボルトアクション式のライフルは虚しく地面へと落下していった。
「あっはっは! 簡単に引っ掛かったなあ!」
「単純だねえ、イオリちゃんは!」
「くぅぅ……!」
舞い戻ってきた不良生徒たちに煽られ、イオリは悔しさで顔が真っ赤になる。
「おらっ、これでも食らえ!」
「わぷっ」
不良のひとりがカプセルのようなものをイオリに投げつけた。首の辺りにクリーンヒットし、割れると中から粉末状の何かをまき散らす。
「けほっけほっ……お前たち! ただじゃおかないからな!」
「うひゃあ、おっかねえ」
「逃げろ逃げろー!」
粉をもろに顔で浴びる形になったイオリの憤慨に、不良生徒たちは笑いながら逃げていった。
「くっそぉ、あいつらぁ……! ……ハァ」
イオリは大きく溜息を吐くと、腰からセカンダリーの拳銃を抜く。しばしの躊躇いののち、イオリはもう片方の手もスカートから離した。自分の今の状態をできるだけ意識の外に追いやりつつ、頬を染めたイオリは両手でグリップを握り、狙いをよく定める。パン、と乾いた音と同時にイオリは右足にかかっていた負荷が消えるのを感じ、次の瞬間には背中から衝撃を食らった。
「ぐえっ。……痛た」
のろのろと起き上がりながら、イオリは自分の愛銃を拾い上げる。不良への怒りよりも惨めさの方が勝ってきたイオリは、最早影も形もない不良たちの追跡を断念し、一度帰投することにした。元来た道へと足を一歩踏み出し――板を踏み抜いた。
「…………あーもう!! あいつら今度会ったら絶っ対に許さないからな!」
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幸い落とし穴はそこまで深くなく、なんとか自力で脱出できたイオリはとぼとぼとした足取りでゲヘナ学園まで戻った。
(これくらい走ったりするのなんていつものことなのに妙に身体が重いな……。自分で思ってるよりも落ち込んでるのかも。帰ったらゆっくりお風呂にでも入ろう……)
「あら、イオリ」
そんな気落ちするイオリに声をかけてきたのは同じ風紀委員会の火宮チナツであった。
「どうしたんですか、そんなに汚れて」
「ああ、チナツ。規則違反者を追跡してたんだけど……ちょっとね」
「あらまあ、それは」
イオリは言葉を濁したが、彼女の猪突猛進ぶりを知るチナツは大体何があったかを察して苦笑する。
「怪我はしていませんか?」
「うん。あーでもなんか妙なものぶつけられたな」
「妙なもの?」
「ボールみたいなもの投げつけられて、そしたらなんかの粉? が出てきたんだ。そういえば思い切り吸い込んじゃったな……。変なものじゃなきゃ――」
「イオリ」
話を遮られ、イオリは突然チナツに手を掴まれる。
「へ?」
「医務室まで来てください。今すぐです」
「ええ!? なになに!? どうしたんだチナツ!?」
「いいですから!」
珍しく有無を言わせない態度の後輩に、イオリは目を白黒させながら手を引かれるがままに医務室まで連れてこられた。
「失礼します」
「し、失礼しまーす」
よくお世話になっているとはいえイオリとしては積極的に来たい場所でもない医務室であったが、チナツは真剣な表情のまま部屋の中をずんずんと突き進んでいく。
「セナ部長」
チナツに呼ばれ、患者のガーゼを取り換えていた生徒が顔をあげた。この部屋の主と言ってもいい、救急医学部部長の氷室セナは感情の読み取れない瞳でふたりを見つめた。
「チナツ。どうしました? 死体……負傷者ですか?」
「イオリが例の粉薬を吸い込んでしまったかもしれません」
セナのいつもの物騒な言い間違いを無視してチナツは用件を伝える。それを聞いたセナはわずかに眉根を寄せた。
「銀鏡イオリさん、こちらへ」
「え? は、はい」
空きのベッドへと誘導されるイオリ。座るようセナに促され、状況を飲み込めないままイオリがベッドに腰かけると、チナツがコントラクトカーテンを閉めた。
「ではイオリさん、服を脱いでください」
「は……はいぃ!?」
「上だけで構いませんので、裸になってください」
「なな、なんでだよっ!」
無表情で迫るセナに、イオリは自分の胸をかき抱きベッドの上を後ずさる。
「部長……言葉足らずがすぎます」
チナツが呆れた顔で溜息を吐く。
「イオリ、あなたが浴びたものは危険な薬品の可能性があります。診察のためです。お願いします」
「う、うぅ~……わかったよ」
チナツにまで言われては仕方がない。ふたりの真剣な様子も感じ取ったイオリは渋々服を脱ぎ始めた。
外したチェーン付きネクタイピンを胸ポケットに差し、ネクタイを解く。スカートの上ふたつのボタンを外したのち、そこからブラウスの裾を引っ張り出す。ブラウスのボタンを上から順番に外し、袖から腕を引き抜いた。誰も何も喋らないせいでカーテンで仕切られた空間の中はしゅるしゅると衣擦れの音だけが響く。
上半身だけ肌着姿になったイオリは、裾に手をかけて一気に肌着を脱ぎ去った。ついにイオリは飾り気のない白いブラジャー姿になる。
「……ブラも外さなきゃダメ?」
「というよりもそこが本題です」
「え゛」
セナの言葉を聞き、硬直するイオリ。そういえば身体が重いと思っていたけど、言われてみればどうにもその重さが来ている場所は……。
イオリは嫌な予感に苛まれながら、背中に手を回してぷちりとホックを外し、前を押さえながら肩紐を抜いた。小さく息を吐き、意を決してイオリは手を退けた。
ふより、とこの空間において圧倒的に控えめなサイズの胸が外気に晒される。
「なっ……!」
「あー、やっぱりですか……」
「念のため聞きますが、元より出ていた、もしくは出るような行為をしたということは」
「そんなわけないだろう!? なんだよこれぇ!?」
少し盛り上がった乳輪の真ん中に鎮座する、濃い目のピンク色をした小さな突起。その先端から白い液体がじわりとにじみ出ていた。
「イオリ、あなたが校則違反者にかけられた粉は恐らく山海経で昔売られていた薬です」
「く、薬?」
「ええ。滋養強壮の名目で売られていたのですが、服用すると母乳が出るようになるという副作用があり、すぐに販売停止、回収されたそうです」
「ところが最近になってなぜかまた出回っているようでして……正確に言うと、その副作用とされていた効能を強化した別物のようなのですが」
「なっ、なんだそれ!? というかチナツはなんでそんな詳しいんだよ! 私初めて聞いたぞ!?」
「私もセナ部長からの通報で今朝知ったんです。先ほど資料をまとめ終わったので、今から委員会本部へ報告に行こうと思っていたのですが……」
チナツはその資料が入っているのであろうメモリをイオリに見せる。
「ど、どうやったら治るんだ!? このままは困るぞ!?」
「治療自体は単純です」
縋るようなイオリの言葉に、セナは淡々と解決策を述べた。
「出なくなるまで出せば治ります」
「……は」
あんまりな治療方法に医務室のベッドで上半身を丸出しにしたまま呆然とするイオリであったが、「……専門ではありませんが、よければお手伝いをしましょうか?」と医療用手袋を取り出すセナを見て、丁重にお断り申し上げた上で逃げるように医務室をあとにした。
「その……放っておくと排出しなければならない量がどんどん増えるそうですので、するなら早めにした方がいいですよ」
「わ、わかった……」
少し頬を赤らめながら言うチナツにつられるようにイオリも顔を赤くする。チナツはコホンとひとつ咳をすると、「それではお大事に」と風紀委員会への報告のために去っていった。
「……今日は帰ろう」
イオリは誰もいなくなった廊下で独りごちる。その言葉の通り、イオリはその後すぐに自宅へと戻った。
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次の日。
イオリは足取り重く、どんよりとした顔でゲヘナの校門をくぐった。
(昨日色々やってみたけどほとんど出なかった……。もう出尽くして治ったのかと思ったのに今朝起きたらパジャマが大変なことになってたし、心なしか胸が張ってるような気も……どうすればいいんだ)
「あ、イオリだ! やっほ、おはよう!」
考え込んでいたイオリは場違いなほど明るい声にびくりと身体を震わす。
「うぇっ、先生? お、おはよう。って、なんでこんな朝早くからゲヘナの校舎にいるんだ……?」
イオリにテンション高めの声で挨拶をしてきたのはシャーレの先生であった。
「用事があってね。イオリの方こそ朝早いね」
「まあ、ちょっとね……」
「……何か困り事?」
「えっ? いや、その……別にいいよ! 先生は用事を済ませてきなって!」
「用事ならもう済んでいるよ。イオリの力になりたいんだ。困っていることがあるなら何でも言ってみて」
「せ、先生……」
屈んで目の高さを合わせ、真剣な顔を向けてくる先生にイオリは思わず顔を赤くした。
その瞬間、先生の鼻がスンスンと鳴る。
「イオリ、フルーツ牛乳でも零したの? そんな匂いがするけど」
「~~~~! あー、もう! ヘンタイ! 匂いを嗅ぐなバカ!」
今度は別の意味で顔を真っ赤してイオリは先生の脛を蹴った。
「ごめんごめん。でも力になるっていうのは本当だから」
笑いながら謝る先生をイオリは睨みつける。睨みつけたまま、何も喋らなくなる。
「……イオリ?」
「……」
「イ、イオリさーん?」
「先生、ちょっとこっち来て」
「わわっ」
突然イオリが先生の手を取った。そのまま引っ張り、『第十六準備室』という札が下げられている部屋へと入る。
「適当な椅子に座ってて」
「う、うん」
先生は困惑しつつもイオリに言われた通り椅子――来客用の予備なのか、割と上等なものが無造作に置かれてあった――に座る。するとガチャンという音が部屋に響く。
「イオリ? 今のって鍵の――」
「先生、目を瞑ってて。私が『いい』って言うまで絶対に開けないで」
「あの、イオリさ――」
「早く!」
「はい!」
イオリの鍛え上げられた腹式発声に先生は反射的に目を瞑った。真っ暗な視界の中、先生はぱさりぱさりと柔らかいものが床に落ちる音を聞く。その音が止み、足音とともに人の気配が近づいてくるのを先生は感じた。それが目の前まで来たかと思うと突然膝に暖かいものがのしかかった。
「……いいよ。目を開けて」
「突然どうし――本当にどうしたの!?」
先生はイオリが膝に座ってきたのだろうと思いながら目を開け、はたしてそれは当たっていたのが、その恰好は予想だにしていないものだった。
イオリは上半身に何も着ていなかった。スカートの上で手を握り、顔を真っ赤にして俯きながらもその半身を曝け出していた。いくら先生に背を向けて座っているとはいえ、先生の体格ではイオリの肩越しにぎりぎり前も見えてしまう。
「イオリ、ちょっと……これはまずいよ!」
先生は思わず顔を背ける。視線の先にイオリが脱ぎ散らしたブラウスやブラジャーが映る。
「ま、前もこんなことはあっただろっ」
「その時はイオリ、脱いだ服で前は隠してたでしょ!」
「今回は事情があるんだよ!」
「え、痴情?」
「事情!! 殴るよ!?」
イオリはぽつぽつとこれまでの経緯を話した。
「――それで自分では全然搾れなくて……」
「そっか……。大変だったね、イオリ。……え? ちょっと待って。この話の流れでその恰好ってことは……もしかして私に搾ってほしいってこと?」
「し、『搾ってほしい』って! その言い方だと私がヘンタイみたいじゃないか!」
「いやいや、それこそセナにやってもらったら?」
「嫌だよ! 次怪我をして医務室に行くときどんな顔をすればいいんだ!」
「次シャーレに来たときの方が気まずくない!?」
「うっ……」
イオリは耳の先まで赤くしてまた俯く。
「……でも、こんなこと頼めるの先生くらいだし」
「そ、それは光栄に思うけど」
「力になってくれるって言ったじゃん。嘘つき……」
「うっ……」
今度は先生が言葉に詰まる番だった。しばらく天を仰いだのち、長く息を吐いた。
「本当にいいの? イオリ」
「……うん」
「わかった。イオリ。用意するものがあるからいったん退いてもらえる?」
イオリが立ち上がると、先生は自身のビジネスバッグからスポーツタオルと乳液を取り出した。
「乳液なんて何に使うの?」
「それは肌が乾燥しないように」
「じゃなくて今何に使うのかって聞いてるの」
「それはまあ……滑りをよくするために」
「……そ、そっか」
イオリは想像をしたのかそっぽを向いた。
「さ、おいで。イオリ」
「う……うん」
改めて座り直すのは気恥ずかしかったが、イオリは覚悟を決めて腰を下ろした。
ぽすん、とイオリは先生の股の間にすっぽりと納まる。
「イオリ、このタオルを持ってて」
「うん……」
「それじゃあ行くよ。痛かったら言ってね」
イオリがこくりと無言で頷くと、先生は乳液をたっぷりと乗せた手でイオリの胸に触れた。
「んっ……」
壊れ物を扱うような手つきで、先生はイオリの胸をそっと撫でる。ゆっくりと、大きく円を描くようにその輪郭に添わせる。
「んぅぅっ……!」
ぷしゅっ、と音を立てたかと錯覚するほど、イオリの胸から勢いよく母乳が噴き出た。一部はタオルを飛び越え、床に雫となって落ちる。
「え……」
イオリは呆然と自身の胸を見た。その先端からはいまだトロトロと乳白色の液体が垂れている。
先生にたったひと撫でされただけでこの状態。そのことに思い至ったイオリの顔がカァーと赤くなった。
「ち、違うんだ先生! 昨日は本当に全然出なくて……!」
「イオリ」
「ぅんっ……!」
「大丈夫。この調子だよ」
「ひぅ……」
先生はイオリの気を落ち着かせるために耳元で低く囁いた。一瞬イオリは身を固くしたが、すぐにくたりと脱力した。
イオリが完全にもたれかかってきたのを確認すると、先生は手の動きを再開した。
「んぁっ」
イオリが小さく声を漏らすと、とぽぽ、と母乳が追加で出された。しばらく同じように撫でさすったのち、先生の手の動きはほんの少しだけ指が乳房に沈み込むようなものに変わる。
「はぅっ……んくぅん……」
途端に、どぽ、と一段濃いものが先端から吐き出された。イオリは腰を震わせるが、手足には力が入らないのかだらりと垂れたままであった。
それから先生は揉み込むたびに少しずつ指先の力を強め、イオリが痛みを感じない限界を探った。
「イオリ、まだ痛くない?」
「んぅっ……いたく、ない……っ」
「これは?」
「ひゃっ……らい、じょうぶ……」
「どう?」
「へい……きっ……♡」
先生の指先の力が強くなるたびに、母乳の出もよくなった。そしてイオリの声も甘いものが混じるようになる。
それが何度も繰り返されていったが、結局イオリが痛みを感じることはなかった。正確に言うと、先生の力加減が毎度絶妙すぎたため痛みのボーダーラインを押し上げられ続けた。
「ぉ゛ー……♡♡」
結果的にイオリは胸を押し潰されるたび、気持ちよさそうな声をあげながらびゅーっ♡ と特濃母乳を噴くように調教されてしまっていた。脳みそもくたくたに煮込まれ、理性や羞恥心を限界まで削られ、脳内麻薬だけは過剰に分泌されていた。
そんなことになっているとは知らない先生は、イオリの母乳の勢いが弱まっていることを感じ取っていた。
「イオリ」
「……っ♡ なぁに、先生……♡」
先生に声をかけ続けられながら搾乳調教をされたイオリは、先生の声を聞くだけで幸せそうに母乳をとぷとぷと溢れさせた。普段であれば絶対にしない媚びたような笑顔で返事をするが、幸か不幸か先生からはイオリの顔をよく見ることができなかった。
「だいぶ母乳の勢いが弱まってきたと思うけど、どうかな」
「んっ……♡ うん、そうかも……♡」
「たぶんあともうひと踏ん張りだろうから、もう少しだけ頑張ろうね」
その時溶けかけたイオリの脳に天啓が降りる。
「せ、先生っ……♡」
「うん?」
「私の乳首、ぎゅーってしてくれないか?♡ そうしたらたぶん、全部出ると思う♡」
「えっ……大丈夫? それ、痛くない?」
「大丈夫だから……!♡ いいからやって♡」
「うーん……痛かったらすぐ言ってね」
先生の指がイオリのぷっくりと膨れた乳輪と乳頭に添えられる。イオリは息を荒くしながら、無意識の内に尻尾を先生に巻き付けていた。
「ふーっ♡ ふーっ♡」
「……いくよ」
先生の指にぎゅっと力が込められた。
「……ッ♡ ……ッ、……♡♡」
ビュルルルルルルルルッ!♡♡ と今までの比ではない勢いで母乳が噴き上がった。イオリの脳は一瞬にして他の出入力をほとんど受け付けられないほど快感一色で染め上げられた。それゆえ逆にイオリの身体はほとんど動くこともなく、先生に不審に思われることもなかった。
残量が少なかったこともあり、すぐに噴乳は勢いを失い、雫を落とすだけになった。その雫もすぐに止まり、そして同時にイオリの脳も限界を迎えた。
「これで全部出たのかな? お疲れ様、イオリ。……イオリ? イオリ!?」
イオリは心地の良い声を聞きながら、意識を暗転させた。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
イオリはぱちりと目を覚ました。見覚えのある天井。医務室のものだ。
「おはようイオリ。具合はどう?」
その声にイオリは跳ね起きた。見れば先生がベッドの横の椅子に座ってこちらを見つめていた。
なんで先生が、と口から出かかったイオリはすべてを思い出した。自らの痴態も、目の前の大人に良い様にされたことも、すべて。
「~~~~~~ッッ!!」
イオリは首まで赤く染まる。うつ伏せになって枕に顔を埋め、脚をばたつかせる。
「とりあえず元気そうだね」
「……れて」
「え?」
「忘れて! さっきのこと、全部忘れて!」
「それはちょっと難しいかなー」
「じゃあ殴ってでも――」
「病室ではお静かに願います」
セナの静かな声にふたりの口はぴたりと止まる。
「ごめん、セナ」
「ご、ごめんなさい」
「いえ、お気になさらず」
セナはそれだけ言うとまた仕事に戻った。
「……ここに連れて来てくれたのって先生?」
「うん、そうだよ」
「そっか、ありがと。あと……アレのことも、ありがと」
「どういたしまして」
後半から目を合わせずもお礼を言うイオリに先生は笑いかけると、「さてと」と言いながら立ち上がった。
「それじゃあ私はもう行くね」
「あっ……ごめん。引き留めちゃって」
「ううん、気にしないで。……そうだ」
先生は突然屈み込むとイオリの耳元に口を寄せた。
「準備室の片付けはしておいたから心配しないでね」
「――っ」
「じゃあね、イオリ」
「う、うん。また……」
先生が立ち去ってから、イオリは胸に手を当て濡れていないことを確かめる。そして一気に顔を赤く染め上げた。
(先生に耳元で囁かれた途端、もう出ないはずなのに出たような感覚が……これじゃあパブロフの犬じゃないか……!)
「あー、もう……!」
イオリはもう一度枕に顔を埋め、しばらくの間ひとりで悶えることになるのだった。