アースちゃんがお兄さんに告白するお話

アースちゃんがお兄さんに告白するお話


──運命の日。

いつもより早く目が覚めた。

寝る前はなかなか落ち着かなかったけど、今は割と落ち着いてるかも。

『…するって、決めたんですから』

今日、コント先輩に告白する。

私は昨日リバティちゃんとタイホ先輩に言ってしまった。

明日、コント先輩に告白しますと。

結果がどうなるにしろ、今までの関係じゃなくなる。

でも。

私は、気持ちを伝えるって決めた。

無敗三冠馬ディープインパクトさんの子供として、常に重荷を背負って走り続けていた、私の憧れの人。

…だったのに。


いつの間にか私を笑わせてくれていた人。

私のことを自慢の後輩だと言ってくれた人。

三冠を逃して自暴自棄になっていた私を本気で叱ってくれた人。

そして、私に恋をさせてくれた人。

本当にコント先輩を好きになってよかったと思う。

だから、いかなくちゃ。気持ちを伝えに。

私の中の、この想いを伝えにいこう。


『それで、コント先輩には声をかけたんですか?』

『いえ。放課後になってからしようと思ってて…』


昨日の宣言が気になってるのだろう。リバティちゃんが声をかけてきてくれた。


『ふーん。告白ってやっぱり緊張します?』

『そ、そりゃあそうですよ。大体、告白するのなんて初めてだし…』

正真正銘の初恋。


まさか私がコント先輩を好きになるなんて、自分でもいまだに信じられない。

…そう、ほんとにおかしいのだ。

好きになっただけでも信じられないのに。想いを伝えようと思うなんて。


『そうじゃないですよ。少しだけ悔しいというか羨ましいというか…』

『えっどういうことですか?まさかリバティちゃんもコント先輩のことを…』

『違う達う、そういうことじゃなくて!』

一瞬本気で焦った。

そりゃそうか、落ち着け私。

『前と比べて、ずっとアースちゃんが締麗になってるから…』

『な、なんですかいきなり…そんなこと言われたら照れます…』

『きっとそうさせたのはお師匠さんですね。アースちゃんはお師匠さんに恋をして、締麗になった…今の私にはまぶしいぐらいに』


何を言ってるんでしょうか、リバティちゃんは。


『いや、アースちゃんのほうが私よりずっと締麗だし、男子にもモテるし、なんでも万能にこなすし、女として勝てる部分なんてなにもないんですが??』

『そんなのはアースちゃんの思い込みですよ。私はそんな完壁な女の子じゃないですよ?』


リバティちゃんに縞麗になったと言われたのは嬉しいけど、私は彼女に比べて締麗でもなければスタイルがいいわけでもない。言葉遣いだってリバティちゃんのほうがずっと締麗だし、立ち居振る舞いもリバティちゃんのほうが選かに女の子らしい。


『でも、私も恋をしたら変われるんでしょうか?あなたみたいに』

『…恋をするなら、コント先輩以外でお願いしますね。先輩は渡しませんよ?』

『私だって、争うつもりなんて初めからないですよ。勝てる自信ないし』

『わ、私もそんな自信ないです』

…そもそもコント先輩のことだけでもいっぱいいっぱいなのに、人と争う余裕なんて今の私にはない。

『でもリバティちゃんが恋をして変わっていく姿も、ちょっと見てみたいですね』

『冗談で言ったことですよ。私は恋にはまだ興味ないですし』

『私もそうだったんですけどね。でも、今は恋をしてよかったなって思います』


──うん、よかった。


『コント先輩を好きになれてよかったなって思ってます』


コント先輩を好きになれて、コント先輩に恋できてよかった。




放課後。

先輩に声をかけるために教室へ向かう。

教室に近づくにつれドキドキが大きくなっていく。

当たり前だ。これからしようとしてることを考えたら。

『先輩も私に話があるって言ってたし、声をかけるくらい大したことないですよね…』

ー人ごちている私の目が捉えた、先輩の後ろ姿。

よかった。今は一人みたい。

よし、まずはいつも通りに…ん?いつも通り?私、いつもはどんな風にコント先輩に声かけてた?!

意識してコント先輩に声をかけたことないから、私、こんな事にすら混乱してる!?


と、とりあえず名前を呼ぼう。

それがいい。


『こ、コント先輩!ちょっと待って下さい!』


一瞬びっくりしていたけど、コント先輩はいつもの笑顔で私のほうを振り返った。


『ちょうどよかったよ。アースちゃんと話がしたかったんだ』


その笑顔はずるいですよ…と思いながらコント先輩に言葉を返す。

『わ、わたしも……コント先輩に大事な話が合って…』

わずかな距離を置いて、見つめあう。

コント先輩に近づこうと一歩踏み出す。

でもその勢いは続かず、私は立ち止った。


『えっと、そうだね。場所を変えてもいい?』


一瞬の沈黙の後、気をきかせてくれたのかコント先輩が切り出してくれた。


『あ、はあ。私もそのほうが……』

『じゃあ、ちょっと歩こうか』

『は、はい』


コント先輩が先を歩き、遅れて私はそれに続く。いつもよりほんの少し遠い、微妙な距離感。

…大事な話のせいだろうか。

いつもよりコント先輩の纏う空気が固い気がして、少し距離が詰めづらい。


『ずいぶん、日が暮れるの早くなってきましたね…』

他愛もない会話を私からしてみる。

『そうだね。アースちゃん、寒くない?」


まーたこのクソボケは…


『寒いって言ったら、コートを私にかけてきますよね?』

『すっかり僕の行動パターンを読まれちゃってるね…』


…やっぱりコント先輩はコント先輩だ。


『そりゃあコント先輩と朝帰りした女ですもの!』

『ぐ…!あ、あのときは本当にすまなかったと思ってるよ、うん』

『なんで謝るんですか?あれは私が探し物を頼んで、先輩を巻き込んじゃっただけじゃないですか』


波風が立たないようにすぐ謝るのがコント先輩の悪い癖。

謝られることなんて、何もないのに。

メンコだってコント先輩のおかげで見つかったし、いまとなっては先輩との大事な思い出なのに。


『というか、あのときも私、先輩の制服の上着を借りてましたし…』

『あ、ああ。なんだか寒そうに見えてさ』


『…私、先輩のそういうところ嫌いです』

コント先輩はこういう性格だから、周りがどれだけ言ったってきっと一生治らないだろうけど。

きっと、コント先輩は誰かが見ていないと、いざとなったらまた無理をするんでだろう。

…たとえ自分自身を蔑ろにしてでも。


─『誰か』が─

『誰か』じゃない。ほかの誰でもない。

『私』が、スターズオンアースが、そうありたい。

コント先輩が私に言ってくれたように、私が。



気がつくと、私はコント先輩の横に並んで歩いていた。

ずっと続けばいいと思っていた関係。

この距離が私には本当に居心地がよすぎて。


でも。

もっとコント先輩の傍にいたい。

コント先輩の隣にいたい。


『そういえば』

『うん?』

『コント先輩って、好きな女の子っているんですか?』

『うん、いるよ。片思いだけど』

『…ふうん。そうなんですね』


…やっぱりいたんだ。好きな人。

本人の口から聞くと、流石にショックかも。

日頃のコント先輩の交友関係を思い返しても、女の子と接する機会は比較的多い。

その上、コント先輩はモテるタイプだ。

私が知らないところでモーションをかけてる女の子だってきっといるはずだし。

その中で私の頭に真っ先に浮かんだのは、私の憧れであるデアリングタクト先輩。

コント先輩の隣にいるのがお似合いだと、認めてしまっている女性(ひと)。

ひよっとして、コント先輩の大事な話って告白の協力だったりするのかな。

その可能性を考えなかったかって聞かれたら答えはNo。


…でも、今にも潰されそうな不安の中で、

私って希望は持ってても…いいのかな?


『そういうアースちゃんは?好きな人っているの?』 


お返しとばかりにコント先輩はそう聞いてきた。

…今更、ごまかす必要もない。

私はコント先輩を追い越すように歩みを早くし、素直に言葉にした。


『います』


先輩に背を向けたまま、私は続ける。


『アースは、その人の笑う顔が何よりも大好きなんです』

『…そっか』

『はい。だから一』


一ずっと私の隣で、笑っていてください一


私はコント先輩に向き直る。

告白するなら今だって思った。

でも、こんなときに限って言葉が上手く出てこない。

大きすぎる気持ちのせいなのかな。

私を見るコント先輩の瞳に吸い込まれそうな錯覚のせいかはわからないけど。


『だ、だから………アースは…』


終わりかけた秋の風が、私の髪をせわしなく運ぶ。 


『その』


言葉が続かない。

不安に駆られたのか、コント先輩が少し手を動かす。

その動きに驚き、体が強張る。

伝えたい気持ちとは裏腹に、口が全く動かない。


『…先に僕の話をいいかな?』


そう言って、コント先輩は鞄に手を入れる。

そして何かを取り出し、私のほうに差し出した。


『はい、これ!』

『え……』


渡されたのは可愛いサメのぬいぐるみ。

『気に入ってもらえるかわからないけど……』

突然起きたことに私の頭は追いついてない。

『わ、私にですか?』

でも、だとしたら、すごく嬉しい。

『うん。これはその…タイホ君の誕生日プレゼントに……』

タイホ先輩の?誕生日?

『というか、どうして今日がタイホ先輩の誕生日だって知ってるんですか?』

『昨日、タクトから聞いてさ。一緒にプレゼントを選びに行ったんだ』

『…………』

『そうなんですか。そうですよね、私になわけないですよね…。タイホ先輩、ああ見えてぬいぐるみが大好きだし、すごい喜ぶと思いますよ。うん』

ちょっとがっかりしたけど、だいぶほっとした。

『ごめんね。余計なお世話なんじゃないかと思ったんどけどさ』

『いえ、そんなことないですよ。ありがとうございます…』

同時に、すごく嬉しく思う。

私だけじゃなく、私の腹違いの兄のことまで気遣ってくれるコント先輩の優しさに。


『ほんとに可愛いですね。タイホ先輩にあげるの惜しくなってきましたよ』

きっとタクト先輩と二人でタイホ先輩のことを考えて選んでくれたんだろうな。

少しだけ、タイホ先輩の事を羨ましく思う。

ちょっと恥ずかしい勘違いはしたけど、コント先輩のおかげで変に入っていた力は上手く抜けた気がする。

『あのさ、アースちゃん』

『はい?』

コント先輩から受け取ったぬいぐるみを抱いたまま、彼のほうを見る。

『大切な話、してもいいかい』

そう言って、コント先輩はこちらを見る。


『じゃあ、その前にアースが先に話をしますね』

『えっ?』

『アースもコント先輩に大事な話があるんです』

さっきみたいに、言葉に詰まることはない。

いつもどおりの私で。安心したようにコント先輩も微笑んでくれるくらいの、自然な私で。


―アース、ううん、私は

『あの、私……』

コント先輩は何も言わず聞いてくれる。

―いつの間にか

『いつ頃からだったか分からないんですけど』

―あなたのことが、心の底から好きになってたんですよ?

『コント先輩のことが、しゅくっ……』


わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!まさかの痛恨の一撃!

『ああっ!?なんで肝心なとこで噛んだ!?私っ!?違う違う違う、今のはなしで!も、もう一回最初からやり直してもいいですか?今のは忘れて下さいっ、記憶から消して下さい!お願いします!』

肝心なところで出たミスに、私は慌ててしまう。

落ち着け、落ち着くのよ、スターズオンアース。まだ慌てるような時間じゃない。

……よしっ!気を取り直してもう一度…

『やり直すのはいいけど、その前にこれ』

急にかけられた声に、はっとしてコント先輩を見る。

『えっ……?』

『よかったら受け取ってくれないかな』

タイホ先輩のとは違う、猫のぬいぐるみを手渡される。

『タイホくんをダシに使ってるみたいであれだけど、実はこっちが本命だよ?』

≪本命≫の二文字に思わず心臓が跳ねる。

けどさっきも勘違いしたばかりなんだから。きっと日頃のお礼とかだろう。

ぬ、ぬか喜びなんてしてあげませんから。と、また勘違いしてショックを受ける前に自分に言い訳をする。

そんな冷静になりきれない私に、コント先輩は一歩近づく。

先輩と後輩(いつものふたり)とは違う、その一歩。


『…僕は、アースちゃんのことが好きだよ』

―え?

『本当は、ずっと前から好きだったんだ』

『それを言えなかったのは、アースちゃんとの関係を壊すのが怖かったから』

『でも、伝えたいって思ったんだ』

『だって、アースちゃんは僕が初めて好きになった女の子だから…』

コント先輩が、私を、好きって言ってくれた?

言葉よりも先に、気持ちが涙となってあふれてしまった。

どんな結果になっても絶対泣かないと決めていたのに。

『あ、あれ?どうして私、泣いてるんだろう…』

我慢する隙もなく、涙は勝手に流れていく。


『というか、私より先に告白するってどういうことですか!』


私はぬいぐるみを持ったまま、コント先輩に詰め寄った。

『な、何かすごく言いにくそうにしてたから、先に言ったほうがいいかなって思ってさ…えへへ』

た、確かに盛大に焦ってたけど。

だからってこんな時まで、空気を読まなくたって!

『こ、コント先輩は変なところで空気を読みすぎなんですよ!私がどれだけの覚悟で先輩に声をかけたか、わかってますか!?』

どれだけ不安で、どれだけ勇気を振り絞ったか、わかってます!?

『ああっもう!なんで涙が出るんですかっ……』

驚いて、安心して、嬉しくて、いろいろな感情が混じった涙は止まってくれる気配がない。

涙をコント先輩に見られるのが恥ずかしくて、

それを誤魔化すようにコント先輩をぬいぐるみでぽかぽかと叩く。


『ごめん、泣かせちゃったね』

『あ……』


指で涙をすくわれて、私は動きを止めてコント先輩を見た。どれだけ拭ってもらっても涙はあふれてくる。

コント先輩にじっと見つめられてるうちに、なんだか、悔しくなってきた。

そこでちょっとした仕返しを思いつく。

泣かされてばかりいるんだから、少しくらい意地悪しても罰は当たらないですよね。

ぬいぐるみを持つ手に、ギュッと力を入れる。


『……泣かせた罰に、さっきのもう一回です!』

『え、さっきの?』

『だから……私のことが好きっていうのを……』

少し強がりながら私は言った。

あくまで罰ですからね、というように。

大好きな人から、気持ちを伝えてもらえる喜びを精一杯隠しながら。

『うん、いいよ』

そう言って。私の大好きな笑顔で。

コント先輩は、笑って。


『僕はアースちゃんのことが、世界で一番大好きだよ』


視線と同じ、真っ直ぐな言葉で。

私も言いたい。コント先輩が大好きだって。

精一杯の気持ちを込めて。


『はい、私も好きですっ!コント先輩のことが世界で一番だーいすきです!』

これからもずっと、ずーっと先輩の隣にいていいんだ…!

そう思ったら涙がまたあふれてきた。

私は言い終わった勢いのまま、コント先輩の胸に飛び込んだ。

コント先輩はそれを、柔らかく受け止めてくれる。

ぬいぐるみたちが、窮屈そうに私達の間で挟まれていた。


未来のことなんて、何一つわからない。

…でもきっと、コント先輩となら。

愛するあなたとなら。

ずっと、ずーっと一緒に笑っていられる。



ふたりで、笑っていられる───



Report Page