端切れ話(アンラッキーラッキー)
フロント脱出編
※リクエストSSです
幼い頃、エアリアルの中でスレッタはたくさんの動画を見た。
冒険の話。日常の話。格好いい話。可愛い話。
1時間くらいで終わる話もあれば、5分くらいの短いものが延々と続く話もあった。
大きくなって文字が読めるようになると、そこにコミックも追加された。
それにもやはり、色々な話があった。
…ある日、スレッタは不思議なお話を見た。
裸の女の人の胸に、主人公の男の子が飛び込む話だ。
今まで見たお話の中では裸んぼになっている人なんていなかったので、スレッタはビックリしてしまった。
裸の女の人はキャーッと悲鳴を上げて、男の子にいっぱいビンタしている。やっぱりこの人もビックリしたんだなぁとスレッタは思いながら、男の子の方のセリフを読んだ。
男の子は謝りながら、でも脳内では違うことを考えているようだ。
これはちょっと分かる。スレッタだってお母さんに怒られた時に、『ごめんなさい』と言いながら、心の中ではエアリアルに助けを求めていたりするからだ。
「えっと・・・『うわあーらっきーすけべしちまったーでもいいにおいだったなー』。??…らっきーすけべって何だろ?」
スレッタが首を傾げると、見ていたコミックの絵が急に白くなり、元のライブラリ画面に戻ってしまった。
「あれ?エアリアル、まだとちゅうだよ?」
画面をペチペチと小さい手でたたくが、うんともすんとも言わない。
「エアリアルー?」
再度呼ぶと、モニタ表示がパッパッと高速で点滅し始めた。何だか焦っているようだ。
「どうしたのエアリアル、まちがってけしちゃったの?」
イエス、というように、今度はゆっくり点滅する。
そうなんだ、と納得して、さっきの続きを読もうとする。
話はよく分からないが、とりあえずもうちょっと読んでおこうかなと思ったのだ。もしかしたらこの後わくわくの大冒険が始まるかもしれないし。
けれど、先ほどの作品は見つからなかった。
「あれー?」
スレッタはまた首を傾げるが、今度はモニタ画面にたくさんの作品が一気に出て来た。
これはどう?これは?というように、くるくるとサムネが移動していく。どれもとっても可愛くて、とっても面白そうだ。
「わーいっぱいあるー」
スレッタは嬉しくなって、すっかり先ほどの作品を忘れてしまった。
スレッタはパチリと目を覚ました。
何だかとても懐かしい夢を見ていた気がする。薄暗い部屋を見回して、ここは新しい船の中だったことを思い出した。
そう、エランに連れられて、走行中の船からまた別の船へ飛び移ったのだ。
ベッドサイドにあるスイッチを押して明かりを付ける。備え付けの時計を見ると、数時間は経っているようだ。
スレッタはふぅっと息をつく。夢から覚めたのに、まだ夢の中にいるような気分だった。
そういえばエランはどうしたんだろう。まだ隣の部屋にいるんだろうか。
少し喉が渇いたこともあり、スレッタは飲み物を取りに行くついでにエランの様子を見に行くことにした。
最初の船ではとても怖い事を言っていたが、スレッタがいう事を聞くと約束すると、いつもの彼に戻ってくれた。
むしろ手繋ぎしたり、そばに寄り添ってくれたり、親密さが増しているように思える。明らかに口数も増えていて、学園にいた時よりも彼はよく喋ってくれた。
またお話ができるかな。
エアリアルの中で守られていた子供の頃の夢を見て、スレッタは少し人恋しさを感じていた。実際のところ家族や友達からも引き離され、心細かったのだ。
エランに言われて掛けていたロックを外して、扉をあけてみる。すると、隣の部屋には誰もいなかった。
「あれ?」
見回してみるが、やっぱり誰もいない。意外に思ったが、もしかしたら最初に出迎えてくれたこの船の偉い人とお話しでもしているのかもしれない。
だから部屋のロックを掛けるように言っていたのかな、と思ったスレッタは、飲み物を取ったらすぐに寝室へ引き返そうと思いながら冷蔵庫を開けた。
起きたばかりだからサッパリしたものがいい。ジュースではなく水を取ると、扉をバタンと閉じておく。
と、同時に。
「スレッタ・マーキュリー!」
「ひゃっ!?」
エランのこれまでに無いほどの大声が響いて、スレッタはビックリして水を放り投げてしまった。
慌てて拾おうとするが、視界の端にズンズンと近づいてくるエランの姿が見える。水を追うのを諦めてエランの姿を正面から見ると、スレッタは目を見開いた。
「ひェえッ!」
素っ頓狂な声が出る。
「よかった、他に人はいないね」
「え、え、え、エラン…さんッ!?」
濡れた髪をそのままにした、上半身裸のエランがそこに居た。
「ごめん。きみがよく眠っていると思って、汗を流してたんだ。物音が聞こえたから驚いた。…でも、何もなくてよかった」
「あ、あわ…あわわ」
エランが何か言っているが、よく分からない。スレッタの意識は意外とがっしりした首や、そこに張り付く濡れた髪、くっきりと形が浮き出ている鎖骨、立体的な陰影が出来ている腹筋などに注がれてしまう。
エランの体は制服姿からは想像も出来ないほどしっかりと筋肉が付いていた。細身ではあるのだが、要所要所でゴツゴツしている。ゆったりとした制服に誤魔化されていたのだ。
インナースーツ姿はすぐに目を逸らせたのに、今はあまりの衝撃に目をつぶることさえできなかった。
「ああ、こんな姿でごめん。着替えるから、ほんの少しだけ寝室で待っていてほしい」
「ははハ…ハイッ!ハイ!!」
何とか最後の言葉は理解できた。呪縛が解けたスレッタが急いで寝室に戻ろうとすると、床に転がっていた水のボトルを思いきり踏んでしまった。
「ふぁっ」
横転する視界。軽重力だったこともあって、くるりと容易く体が回っていく。後ろ向きに倒れ込むスレッタは、何とか頭だけは守ろうと途中で体を捻って…。
ぽすんっ。
……なにやら、温かくていい匂いのするものに受け止められていた。
「大丈夫?」
自分の体を支えている何か、自分のほっぺたが感じる温かくて弾力があっていい匂いのするすべすべな何かに気付いて、今度こそスレッタは卒倒しそうになった。
え、え、え、えらんさんの、むねーーー!!!
「アババ」
「あの、ホントに大丈夫?」
エランの困惑した声にも反応できない。スレッタはワタワタと手足を動かして体勢を整えると、「ら、らいじょお…!です!ごめッ…しゃい…!」何とか謝罪の言葉を言いながら、ギクシャクと寝室へと逃げ込んだのだった。
「スレッタ・マーキュリー、着替えたからもう出て来ていいよ。お昼ご飯もまだだろう?」
「もも、もう少し、もう少しだけ眠ってます…!お気になさらずゥ…!」
ベッドでうつ伏せになり足をバタバタ暴れさせるスレッタの脳内には、どこで知ったのかも分からない「ラッキースケベ」という単語が駆け巡っていた。
ついでに、本当にいい匂いがするんだ…!という謎の知識からの感動も覚えていた。
お腹が空いて寝室から出るまでの間、スレッタは大いなる罪悪感とほんの少しの嬉しさの間で悶えることになったのだった。
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