アンドロイドはウマ娘に夢を見るか
人間は、欲深くなりすぎた。
故に選ばれし者以外は間引かなければならない。
その使命を果たすべく、兄弟機とともにまずは過去のトウキョウ・フチュウへと降り立った。
人間の前に滅しておくべき種族がいるからだ。
その種族は、ウマ娘といった。
頭頂部の耳と尾がある以外外見は人間の女性とさほど変わらないが、驚異的な身体能力を持ち、また人間とも友好的だという。
そんな存在が人間の味方についているとなると、任務に支障が出る。故にその種族がたくさん集まる『トレセンガクエン』に『トレーナー』として潜入し、警戒心を削いだところで一網打尽にする作戦を立てた。
そして守備良く潜入し、まず第一段階をクリアしたところだったのだが…
「ひょわあああああ〜〜〜〜!」
階段の上から突然降ってきた、垂れた耳とアンテナのような髪のウマ娘の下敷きになってしまった。
ゴキャッという音とともに右腕が外れ、メインのCPUが格納された頭部でバチバチという音が鳴る。
"緊急事態。メインコンピュータに異常。30秒後に機能停止します"
その小さな音声が流れてすぐ、視界は真っ暗になった。
「…ッたくWi-Fiの調子が悪くなったときの対処法くらい覚えろッての」
食堂のスタッフに社内ヘルプデスク扱いされた帰り道、階段そばでスマホ片手に座り込んでいるルームメイトを見つけた。
「オイ何してンだ」
「警察に自首しようとしてますぅ…階段から落ちたばっかりに誰かのトレーナーさんを下敷きにしてしまいましたぁぁ…」
涙を流しながら110番に通報しようとしてるドトウの下には、ワイシャツの上からジャージを羽織った人間のようなシルエットが倒れている。
けれどそいつの右腕の肘から下は5mくらい先に転がっていて、血の代わりにハミ出ているのはカラフルなコードだ。
「落ち着けドトウ、こいつは人間じゃねェ。えらく精巧なアンドロイドとか、まあそンなとこだろ」
「なら器物損壊ですうぅぅぅ!」
「落ち着けっつッただろうが!」
「シャカールさあああああん!」
なんでこんな変な所で冷静なんだと思いつつ、ドトウからスマホをひったくる。
「わざとじゃねェんなら前科にはならねェよ!その代わりコイツが復旧したらしっかり謝りゃいい!ッつーことで部屋まで運ぶの手伝え!」
「はいぃ…よいしょ…」
人間大の金属部品の集合体は重いのか、アンドロイドの右肩を担ぐドトウの顔はやや辛そうだ。オレもすかさず左肩を担ぎ、しょうがないので足は引きずる形でひとまず二人の部屋へ向かった。
「…2324年製だァ?未来から来ましたッてか、ロジカルじゃねェな」
ドトウの下敷きになったアンドロイドの足の裏に記載された型番は、SFめいた事象を物語る。
こんなことがあってたまるかと八つ当たりしたい気持ちを抑えながら、自分のベッドにその未来から来たらしいアンドロイドを寝かせ、こめかみのコネクタに自作PCを繋ぎ復旧を試みる。
「ヒト型のロボットやらアンドロイドやらなんて、骨組みむき出しのやつがデカめの会社の受付に置いてある位のモンだったのに、えらい技術の進歩じゃねェか。顔やら腕やらの感じも人間とまるっきり一緒だ」
機械とは思えないくらいキレイなツラしてンなコイツ、と思いつつ、本格的な復旧作業に入る。
まずはメインのCPUに施されたプログラムの確認をしていくことにしたが、解読が進めば進むほど、妙な寒気に襲われた。
「…オイオイオイなンだこりゃ…」
そのアンドロイドは、キレイなツラの下に恐ろしいモノを仕込まれていた。
――ざっくり言うと、人間もウマ娘も関係なしに、自分たちに都合の良い者以外をこの世から消し去る目的のプログラムだった。
「シャカールさんお疲れ様ですぅ〜。お飲み物買ってきましたので、冷蔵庫に入れておきますねぇ」
ペットボトルのアイスコーヒーを2本持って、ドトウが戻ってきた。蓋付き紙コップのものは途中で間違いなく零すだろうことをよく分かっているようだった。
「…ドトウ」
「ど、どうされましたぁ…?」
「詳しくは言えねェが、コイツにはクソ程ヤベェプログラミングがされてやがる」
「えええええ!?」
そのクソ程ヤベェプログラミングの中身は言わないでおくことにした。言ったら言ったでパニックになるだろうし、そもそも自分から口に出すのも憚られたからだ。
「後で激辛カップうどんでも好きなおやつでも奢ってやる、だからオレがプログラムを書き換えてる間、コイツが起き上がらねェように押さえ込んどけ!」
「あわわわわかりましたあぁぁぁ!」
わたわたしながらクソヤバアンドロイドの四肢を押さえつけるドトウの姿を確認してから、オレは『応急処置』の続きに入った。
機械は夢を見ないが、感覚としては長い夢から醒めたような気持ちだ。
「おう、起きたかよ」
そうだ、昨日自分はメインコンピュータの異常で緊急停止していたんだったか。
「…君が復旧作業をしてくれたのか」
「ついでにメインコンピュータのプログラムにもバグがあったンで、応急処置しといたぜ」
ウマ娘。耳と尻尾以外は人間の女性と大差ない外見ながら、驚異的な身体能力を有する種族。
そうインプットされているが、まさか高度なプログラミングができる位頭の良い子もいるとは驚きだ。
「まああくまで応急処置だから、また調子が悪くなったら声かけろよ。レースが近いとかじゃねェ限りなんとかできるかもしれねェからな」
「…お礼なんだけど、君のトレーナーになることでお礼ということにしてもらいたいんだ。感謝してもしきれない」
「…マジで言ってンのか?」
命のようでそうではないものだとしても、ヒトやウマ娘と協力関係になってはいけない理由にはならないはずだ。そして何より、ウマ娘のことをもっと知りたくなった。
何か重要な使命を負っていた気がするけど、自分には兄弟機もいるらしいからそいつに任せておこう。
そう思いながら、なぜか平謝りしてくるアンテナのような髪のウマ娘を尻目に、ひとまず理事長室へ向かった。
「ブルボン、坂路お疲れ様。15分休憩にしようか。ドリンクもちょうど冷えてるよ」
「ありがとうございます、マスター」
マスターと呼ばれるトレーナーのみぞおち部分がプシューという音とともに開くと、ちょうどよく冷えたスポーツドリンクが現れる。
「しかしよくこんな便利なガジェットを集めたもんだよ、あのトランセンドってウマ娘」
その『マスター』こそ、まずウマ娘を滅ぼそうと試みるもドトウの下敷きになり、シャカールにプログラムを書き換えられたあのアンドロイドの兄弟機であったが、メカクラッシャーと名高いミホノブルボンに触れられ、その上でトランセンドに部品を便利グッズ寄りのものにすげ替えられてしまっていた。その結果がこれである。
かくして人類抹殺を目的に未来から送り込まれたアンドロイド2機はすっかり牙を抜かれ、世界は救われたのであった。