アルMTR After

アルMTR After


「ねぇ、アルちゃん。いつまで寝てるの…?」

「あはは、アルちゃんってば…お寝坊さんなんだから…」


ゆさゆさと、肩を揺する。

アルちゃんは本当に面白い。

だって、微笑みながら薄ら目を開けているんだから。

瞬き一つしないし、寝息も全く聞こえない。

オマケに瓦礫の山を布団にして寒空の下で寝てる。

さっきまでの青空が嘘みたいに、今は厚い雲に覆われているから尚更だ。


「そうだ、久しぶりに柴関のラーメン食べに行こうよ…」

「アルちゃん、身体冷え切ってるから温まらないと風邪ひいちゃうよ…?」


ゆさゆさと、肩を揺すり続ける。

変な布団で寝てるから、手が死んでるみたいに冷たくなってる。

雨が降りだした。このままだと身体の芯まで冷えきってしまう。


「そうだ、これ…カイロあげるよ…」

「はい…手に持って振ったら暖かくなるよ…?」


アルちゃんはまた変な意地を張って、カイロを持とうとしない。

糸の切れたマリオネットみたいだ。

カイロに雨がボトボトと染み込み消えていく。


「大丈夫ですか!?救急隊です!」


「ぁ…」


見知らぬ人がいた。こんな廃墟にやってくるなんて、物好きな人だ。

私たちに一体何の用なのだろうか。


「怪我人は貴女で…ぇ…?」

「うっ…!」


見知らぬ誰かはアルちゃんを見ると物陰で嘔吐してしまった。

何て失礼な人なんだろう。でも不思議と怒りは湧いてこない。

たった一つだけ、理由は皆目見当も付かないけど、感じるものがあった。

それは、身体の中身や熱が全て無くなったかの様な感覚。

後から分かったことだけど、端的に言えば喪失感だった。


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「はぁっ…はぁっ…ムツキ!」


「室長!」


病院だというのに扉が勢いよく開け放たれる。

肩で息をしながら部屋に飛び込んで来たのは、同じ便利屋のカヨコちゃんとハルカちゃんの二人だった。

二人は長椅子に腰かけ、壁に身を預けて俯く私の姿を認めると早歩きで私に歩み寄る。


「二人が病院に運ばれたって聞いたから…」


「ご無事ですか!?早く治療を…!」


「ううん、私は大丈夫。」


ズタボロだから、優しい二人はこんな私を心配してくれている。

実際は全身が酷く痛むけど、そんなことはどうでもいい。


「そうだ、社長は無事なの!?」


「あー…それなんだけど…」


いつも通りに振る舞えているだろうか。

ここに鏡が無いから確認は出来ないけど、多分大丈夫。


「今は…下の階で眠ってるよ。」


「…ムツキ、ここは一階。冗談でもそんなこと言わないで。」


「え?どういうことですか…?」


カヨコちゃんは不謹慎な冗談だと思って怒ってる。

だけどハルカちゃんはそもそもわかってないみたい。


「冗談じゃないんだよ。」


「!?」


カヨコちゃんの驚く様子が雰囲気から伝わってくる。


「アルちゃんはね…」


そうだ、言うんだ。わたしが、正直に言わなきゃ。

これだけは、間違えようが無い事実なんだから。

顔を上げて、二人の目を見て、ありのままを口にする。


「私が、殺しちゃったぁ…!!」


ボトボトと涙が零れ落ちていく。

震える私の声の響きが消えると、静寂が私達を包み込む。

二人の表情を見ると、どちらも酷いものだった。

カヨコちゃんは目を見開き、放心している。

ハルカちゃんも口をポカンと開けたままこちらを凝視していた。

私はというと、何もかもがぐちゃぐちゃで何もわからない。

すると私の口は、意志と関係無くあった事を話し出す。


「私がね!?危険な依頼を引き受けちゃったの!」

「二人で、敵を追い詰めたと思って、アルちゃんの邪魔して…!」

「それで、逃げられて、追いかけたら爆発して…!」

「アルちゃんは優しいから、私なんかを置いていかなくてっ!!」

「私のために、ぺちゃんこに───」


べらべらと喋る私に対し、真っ先に動いたのはハルカちゃんだった。

一瞬だけ見えた表情は、混乱と悍ましさすら覚える憤怒のものだ。


「げうっ!?ごっ…!」


ハルカちゃんは私の首を片手で掴み、その膂力を以て締め付ける。

そして、反射的に開いた私の口にショットガンの銃口を捻じ込んだ。


「こ、こ、こ、答えて、下さい…。い、今、何て、お、仰いましたか…?」


口に突き込まれた銃口は、ガタガタと震えていた。

目の端には涙も溜まっている。だがその手は緩まない。

確実に怨敵を討つために、私の首からミシミシと音が立つ程強く締め上げる。

だけど、私は答えなければいけない。


「わら、ひの…へいえ…あうひゃん、あ…」


「っ!?ハルカッ!!」


茫然としていたカヨコちゃんが漸く目の前の出来事を認識し、動き始めた。

カヨコちゃんはハルカちゃんを羽交い絞めにして引き剝がす。


「げほっごほっごほっげぇっ!!!」


「あ、あ、アル様が、アル様が、アル様が死、死ん、死…!?」


「ハルカッ!落ち着いて、大きく息を吸ってっ!!!」


ハルカちゃんの呼吸がドンドン早くなっていった。

あれは過呼吸、だったかな。

ごめんね、ハルカちゃん。私のせいで、私のせいで…


「アル様、殺され…!?あいつ…殺…!!!」


「お願い、話を聞いてハルカッ!」


ハルカちゃんからは殺意の籠った眼差しが向けられる。

そうだよね、赦せないよね。アルちゃんを殺した奴なんて。

向けられた殺意のお陰で、私のぐちゃぐちゃだった頭の中はクリアになる。

そして、やるべき事を見つけた。


「うん、そうだね、そうだよね…」

「アルちゃんを、殺した奴なんて…」


私は隠し持っていたサバイバルナイフを取り出すと───


「ぶっ殺すしかないよねっ!!!」


自分の腹に思い切り突き立てた。


「───ぇ?ムツキ!?」


「ムツキ…室長…?」


どうやらハルカちゃんも落ち着きを取り戻した様だ。

本当に良かった。じゃあ、後は思い切りやるだけだ。


「あははははははははははははははははははは!!!!!」

「あはははは、う”っ、はは、ははははははは…!!!」


ドスン、ドスンとナイフが腸を切り裂きながら私の腹を出入りする。

そして───


「はぁっ…はぁっ…ごれで、お~じまいっ!!!」


首にナイフを突き刺した。


「あ、あぁ、ああっ…!」

「誰かぁっ!誰か来てくださいっ!!」


カヨコちゃんの絶叫を聞きながら、私は暗く、冷たい水底に沈んでいく。

あぁ、アルちゃん、ごめんなさい、ごめん、なさい、ごめ…

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