アル☆
もう、辺りが暗くなったころ。
電車が、私を乗せてアビドスを離れていく。
何がきっかけか、なんていうのは、もう思い出せない。
きっかけなどきりがない。
月の利子を返すことでも精いっぱいな借金。
先輩がいなくなって、何人も離れていった生徒。
対策しようのない環境問題。
自分から、それじゃ意味がないといったノノミちゃんのカードにすがってしまえば。
そんな思考が頭をよぎった時。私は自分の精神の限界を理解した。
気が付いたら、私は、シラトリ区に向かう電車へと乗り込んでいた。
「うへー……、シロコちゃんのこと。もう𠮟れないかも」
電車に乗る前に、買ったフリップに、私は自分の値段を書いていく。
六桁を書こうとして、すぐに線を引いて、一桁減らす。
私なんかの体に欲情するいかない相手なんて、そういないだろう。
ため息を吐きながら、それを見ると、……なんとも、言い難い。
特に、書き直した後が、売れ残りみたいな雰囲気を出していて、嫌になってくる。
「このあたりかな」
しばらくシラトリの通りを歩いて、裏道にどんどん入っていけば……そういうことをしている子たちが増えてくる。
その多くは普通の学生としての生活を送ることのできないか、気持ちよくなりたいか。
そのどちらか。
縄張り問題もあるだろうから、少しだけお金を渡して大丈夫な場所を教えてもらう。
私を見て、初めてだと思ったのか。その子は以外にも親切に場所を教えてくれた。
通りから見えやすい浅い場所。
確かに、居ついて固定客がいるあの子たちならともかく、今日初めての私なら、ここが一番かもしれない。
私は、フリップをもって、自分を売りに出す。
情けない行為だ。
もしも、後輩が見たら、どう思うか。
夜の街を行く人たちは、ちらちらと私を見ている。
制服は着替えたけれど。目立たないか、不安になってしまう。
こんなことをしておいて、まだそんな感情があるのか、と。
少しだけ自嘲しはじめたころ。
一人の少女と目があった。
その少女は、じぃっと、こちらを見て、そして、近寄ってくる。
「買うわ。行きましょう」
「うへっ……?」
戸惑う私をよそに、その子にお金を手渡されて、私は売れてしまった。
売れてしまった。そのことを理解した私の頭の中は、こんがらがったままだった。
さっきまで、捨て鉢だった精神が落ち着いてきたというべきか。
そうこうしている間に、私たちはホテルについてしまった。
当然ながら、そういう用途のお店で。
お金はもらったんだしやっぱりなしと、逃げ出すべきか。
でも、それをすると……。
「それで、どうしたの?」
そんな、逃げる算段を整えようとしていた私に投げられたのはこちらを気遣う、意外な言葉。
「貴女、売り、初めてでしょ?」
「うへー……。そうだけど誰だって初めてはあるでしょ?それより抱かないの?」
そんな風に来るから、つい、ごまかしてしまう。
そんなことを私が言えば、少女は、少し目を瞑る。
「気が付いてないの?」
言葉を選んで、彼女が絞り出したのは、そんな言葉
「……何を?」
私が、何に気が付いていないというんだろう。
ホテルの料金?目の前の少女の気持ち?それとも。
「貴女、今にも泣きそうじゃない」
「はえ?……あれ、あれっ」
そんなことを指摘されて、私の目から、ボロボロとこぼれ始めた。
「ほら、こっち来なさい」
彼女の言葉に従って、彼女の体にしがみつく。
「うわ、小さいなりして、意外と力強いのね」
ぽん、ぽんっと、頭に触れる柔らかな感触。
いつ以来だろう。甘える、なんてできるのは。
頼るのも、寄りかかるのも、……あの子たち相手にしていないわけじゃない。
でも……全部吐き出すなんて、できるはずもない。
あの子たちのアビドスを守るために。折れるなんて。
でも、何も知らない、この人相手なら。
私は、気が付くと声が裏返って、喉がつぶれるくらいに、泣き叫んでいた。
「もうやけになって、体売ったりしちゃだめよ?」
包み込んでそういう彼女の言葉に、私は、頷くことでしか返事をすることができなかった。