アルジュナファイブ SS
アルジュナファイブの誕生経緯、アルジュナが多重人格になった切っ掛けの妄想 スレで出てきたネタ色々借りたりしてます
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切っ掛けは、些細なことだったように思う。
女の身であることを偽り、戦士として生きていくと決めたとき、アルジュナはその偽りを誰にも見抜かれないようにしようと心に決めた。大切な家族や親友をこの嘘に加担させてしまっている以上、それは当然の義務だと思った。
その義務遂行の一環として、アルジュナは自らの振る舞いを変えた。女ではなく男、姉妹ではなく兄弟、妻ではなく夫、姫ではなく戦士として、一挙手一投足に気を使い、時と場合に応じた相応しい振る舞いを心がけた。
始まりはただそれだけだった。そのときにはまだ、アルジュナの心は一つだった。それが変わったのは、一体何時のことだっただろう?
たぶん、それはきっと、自らの胸の内に蟠る悪心の存在に気がついたときだ。
悪心。ああ、そうだ。自分は家族に愛され、友に愛され、妻に愛され、民に愛されて生きてきた。出会いに恵まれ、才能に恵まれ、多くの祝福を受けた人生だった。なのに、ありのままの自分自身は余りにも卑小で醜悪だった。
彼らの愛を他人事のように冷めた目で見ている自分がいた。戦士にあるまじき卑怯な手段を是とする自分が、そうまでして勝ちたいと思う自分がいた。それに気がついたとき、「こんな感情は自分にはあってはならない」「何があっても隠し通さなければならない」と、心の底からそう思った。だが同時に感じたのは、途方もない虚しさだった。
性別を偽り、感情を隠さなければ成り立たない、砂の上の城のような『英雄アルジュナ』の虚像。そしてその内側に蹲る虚ろな自分自身。それが途方もなく虚しくて、それを暴かれることが何よりも恐ろしい。辛い。苦しい。逃げ出したい。いっそ一人になってしまいたい。けれど、自分に与えられた使命を投げ出すことはできないし、そんなことは許せない。
大切な人たちの愛に応えたい。応えられるだけの自分でありたい。強い戦士であらねばならない。良き夫にならなければならない。完璧な英雄であり続けなければならない。そうでなくては、自分のために嘘をついてくれている彼らに、合わせる顔がない。
だからアルジュナは、自らの心を腑分けして、切り離した。そうすれば、理想の自分、理想の英雄に近づけると思った。純粋で、一切の迷いも惑いもなく、ただひたすらに正しい道を進むことができるような、そんな理想の英雄に。
自らの悪心を切り離した。それは恵まれた自分にはあってはならないものだったから。
女性としての自分を切り離した。自分は戦士として生きていかなければならなかったから。
家族への愛を切り離した。自分の悪心が彼らへの、彼らからの思いを汚してしまうことが恐ろしかったから。
親友への友愛を切り離した。自分たちには果たすべき使命があったから。
妻への親愛を切り離した。ただの自分では彼女のひたむきな恋情に応えることはできなかったから。
師や敵として相見えた者たちへの敬愛を切り離した。どうあれ自分たちは彼らを殺さなければならなかったから。
そうやって自らの心と感情を切り離して、切り離して、切り離して、切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して切り離して────。
──── 戦士であるために虚言を弄するばかりか、周囲に応えるために自らの心すら切り分けるとはな。全く驚嘆を覚える。お前には自己というものがないのか?
────彼女の罪は、アルジュナを最も愛していたことだ。
それで、結局、自分は。