アルちゃんと三匹の飼いネコ
便利屋68最大の危機(猫)を乗り越えてから暫く経った。
ヒナとの約束の通り、ゲヘナの自治区内では活動を控えている。というか、近付くのが怖い。
結果、私達には平穏な日々が戻っていた。いやアウトローに活躍してるから平穏では無いのだけど、アレと比べればただの日常だ。
あの時見たヒナの『飼い猫達』は、もう手の施しようが無いほど猫化していたが、速やかに救出できたのが功を奏しムツキもハルカも精神に異常は見られない。
そう、洗脳のように自分を猫だと思い込んでしまったというような異常は無いのだが……ちょっぴり、前と変わった事がある。
「……ん。また……」
朝。目を覚ますと、三人が私の体に絡み付くように密着していた。それは良い。いつもの事だ。
ただ……皆、首輪のように見えるチョーカーと猫耳カチューシャを付けている。これが以前と変わった点。三人とも、首輪チョーカーを常日頃から着用し、偶に猫耳も付けて私に擦り寄ってくる。
日常生活の中で、時折彼女達が『猫の気分』になると、猫耳を付けて『猫モード』になって甘えてくるようになったのだ。
これが、私達のささやかな変化。
例えば、皆でご飯を食べている時。
「えへへー、アルちゃ~ん♡」
首輪と猫耳を付けて擦り寄って来るムツキ。何を求めているかは、大体分かるけど……一応言うだけ言ってみる。
「ムツキ……食事中よ? 食べないの?」
「にゃ~ん♡ 今の私は猫ちゃんだから、箸の持ち方分かんな~い♡」
悪戯っぽく笑いながら、期待する瞳でこっちを見てくる。……まぁ、もう慣れてしまったし別に良いけど。
「はいはい。それじゃほら、あーん」
「あーん!」
箸を口元に運ぶと、パクリと食いつく。
随分美味しそうに食べるが、これは料理というより寧ろ私に食べさせられるシチュエーションそのものを楽しんでいるのでは……。
「ん~! やっぱアルちゃんに食べさせてもらうのが一番美味しい!」
心底幸せそうに微笑むムツキを見ていると、まぁいいか、という気分になってくる。なのでついでに。
「ほら、そっちの二人も。そんな物欲しそうな目で見なくても、ちゃんとあーんしてあげるわよ」
「え、あ、えっと……えへへ」
「……はぁ」
おどおどと控えめに笑うハルカも呆れたように溜め息を吐くカヨコも、拒否や否定はせずに懐から取り出した猫耳を付けて寄ってくる。
このあと沢山あーんして食べさせた。
例えば、依頼を受けて戦闘した時。
「今よハルカ、派手にやりなさい!」
「了解です社長!!」
合図と共に、敵が吹き飛ぶ。予定通りの完璧な作戦、正にアウトローな勝利だった。
……若干仕掛けた爆弾が多すぎて建物ごと崩れて危うく生き埋めになるところだったが、どうにかなったのでセーフ。
「す、すみません社長! 私またやっちゃいましたか!?」
「何言ってるのよハルカ、敵は全滅したんだからこれで良いの! 寧ろお手柄よ! 褒めてあげるわ!」
間一髪で倒壊する建物から脱出した私の埃塗れの姿を見たハルカが顔を青褪めさせているが、目的を果たした上で結果的にこちらは大したケガも無いのだから、何の問題も無い。無いったら無いのだ。
そうしてハルカに駆け寄って頭を撫でる。部下が活躍したならしっかり褒める、信賞必罰、これが経営者の基本だ。
「あ、アル様……♡」
嬉しそうに目を潤ませるハルカ。しかし、段々とそわそわしてきた。これは……
「はいはい。こっちも、ね?」
「あ……♡」
首に付けているチョーカーを少しずらして、首元をごろごろと撫でてやる。
すると、いつの間にか頭に猫耳を付けていたハルカは気持ちよさそうに「にゃ、にゃーん……♡」と鳴いた。
最近のハルカは、この首元をごろごろやられるのに嵌っているらしい。いや、ハルカだけじゃないか。
「あー! ハルカちゃんばっかり抜け駆けしてズルーい! アルちゃん、私も私もー!」
「社長。敵は倒したとはいえ、依頼主への報告もまだなんだから……」
元気良く飛び付いてきて「私もやってー!」とアピールしてくる猫耳ムツキはもちろん、口では苦言を呈している猫耳カヨコもそっと顎を上げて喉を見せてきている。
「分かった分かった、順番ね。ほらごろごろごろー」
「にゃーん♡」
ぽわぽわと恍惚状態のハルカから一旦手を離し、ムツキの喉をごろごろ擦ると嬉しそうな猫の鳴き真似。その後ろでカヨコもちょっぴりわくわくした面持ちで順番待ち。
結局、皆と戯れ過ぎて依頼主への依頼完了報告が遅れに遅れ、危うく怒られるところだった。
例えば、お風呂上りのひと時。
髪を梳かしている所に、ほかほか体の温まったカヨコが濡れ姿のまま猫耳を付けて傍に寄って来た。
「……ん」
自分から甘えるのが恥ずかしいのか、顔を赤らめて口には出さないが、タオルをそっと手渡してくるので何をして欲しいのかは分かっている。
「はいはい、ちょっと待ってね」
「……にゃ」
返事の代わりに、鳴き真似。猫モードの皆にはままある事だ。
自分の髪を梳かし終えるとカヨコからタオルを受け取って、彼女の体を拭いてやる。
「よしよーし、よしよし……良い子ね」
「ん……にゃあ」
心地良さげに目を細めてご満悦の様子。私もなんだかちょっぴり楽しくなりながら、カヨコの身体を丁寧に拭いて水分を取っていく。
頭は猫耳を付ける為に自分で拭いてきたようなので、まず裸なのに首輪チョーカーだけ付けた首元。その後は肩から右腕、左腕の順。指先もちゃんと一本ずつ。
背中を拭いたら、次は胸。優しくそっと撫でるように。「……にゃん」と鳴く。そのままお腹、腰、お尻と股周り。また鳴いた。
右脚をふとももからつま先まで、順番に。右が終わったら左脚も同様に。……カヨコの肌、すべすべしてて綺麗よね。と、当然の事実を再認識させられる。
全身拭き終わると、顔を真っ赤に染めたカヨコが「ありがと」と小さな声で呟いた。恥ずかしいなら、自分で拭けば良いのに。
……恥ずかしさを我慢してでも、私に甘えたかったのだろう。そう思うと、悪い気はしない。
「アルちゃんアルちゃん! なぁーご!」
声をかけられてハッとして振り向けば、そこにはカヨコ同様、首輪と猫耳だけ付けて他は裸のムツキ。
既に服を着たカヨコが「やったげなよ」と言って離れていくので、私もムツキに向き直ってタオルを受け取る。
「優しくしてね?」
「はいはい」
そうしてカヨコと同じようにムツキも拭いてあげた。その様子をちらちら窺っていた猫耳ハルカも、その後捕まえて同じ様に拭いてやったのだった。
そんな、時々『猫モード』になる社員との日常にも慣れて、楽しくなってきた頃の事だった。
「……で? どういう事かしら?」
夜寝る前に、ベッドに腰掛ける私の前に3人が集まっていた。……いや、3匹というべきか。
ムツキもカヨコもハルカも、皆パジャマどころか下着すら付けず、産まれたままの姿を晒して四つん這いになっている。
いや、全裸と言うには若干語弊があるか。首輪チョーカーと、猫耳カチューシャと、そして『猫しっぽ』を付けていた。
……そう、『猫しっぽ』を、付けている。全裸の状態で、である。……つまりそういう事だった。
「黙ってちゃ分からないでしょ。ちゃんと説明して頂戴」
「ふにゃぁ~ん♡」
「……にゃぁん」
「にゃ、にゃぁご、です!」
「いや鳴かれても分からないってば」
……と、一応ツッコミはしたものの、実のところ言うほど分からないという事も無い。いつの間にか私も三匹の『飼い主』が板に付いてきたのか、鳴き声から大体言いたい事は伝わるようになってきた。
しかし私は、敢えて尋ねる。三人の気持ちを、ちゃんと言葉で口に出して欲しかったから。さっきの求愛の鳴き声を、人の言葉で。
「もうっ、分かってる癖に! 私達、アルちゃんに食べられに来たの!」
「有体に言うと、アルの雌猫として交尾しに来た。それだけ」
「あ、アル様ぁ……こんな私のカラダじゃ、お気に召しませんか……?」
頬を膨らませながらも、「そんな意地悪なトコも好きだよアルちゃん♡」と笑顔のムツキ。
スッパリと誤魔化さず言い切った後で「……この羞恥。嫌じゃないけど……これが狙い?」と察しの良いカヨコ。
自信無さげにおどおどとしていたのを他二人に励まされて「せ、精一杯ご奉仕致しますっ! だからアル様……不束者ですが……♡」と三つ指を付いて頭を下げるハルカ。
三者三様の様子だが、揃ってお尻を振って猫しっぽをフリフリ揺らしているのは皆同じだ。
はぁ、と溜め息を吐く。いつもの私なら「なんですってーーーー!?」とでも叫んでいたところだが、今夜は不思議と冷静だった。寧ろ妙に頭が冴える感覚さえある。
恐らく、ここ最近の三人との交流の中で、私自身分かっていたのだろう。三人の気持ちを。いつかこんな日が来る事を。それが今日、今この夜だった。それだけの事だ。
あとは私が三人の気持ちを受け取る覚悟があるか否か。……今更考えるまでも無い。
私はアウトロー。美女の三人程度、飼い慣らして侍らせるくらいで丁度良い。
「……全く。仕方のないネコちゃん達ね。飼い主に発情しちゃうだなんて」
妖艶に微笑みながら、一枚ずつ衣服を脱いでいく。
その度に、猫達の視線が据わっていくのが分かる。求められているのが分かり、ゾクゾクと心地良い。
やがて、最後の一枚を脱いでベッドに横になると、三匹の猫は私を囲い込むようにジリジリと距離を詰めてベッドに上がってきた。ああ、猫って肉食だったっけ。と、狩りの獲物になった気分でぼんやり思う。
……黙って狩られるつもりは無いけれど。私は三匹のご主人様なんだから。しっかり受け止めた上で、誰が飼い主か分からせてあげないと。
やがて、私の匂いを嗅ぐように鼻を近付ける彼女達の息が直接感じられる距離になった頃、最後の堰を切る。
「おいで。私の可愛いネコちゃん達?」
次の瞬間、三人が一斉に私に飛び掛かり、欲求のまま性を貪り始める。正しく野生の交尾。
快楽の波に揉まれながら、私はこの愛らしい恋人達の劣情を優しく受け止め、堪能する。肉体的にも精神的にも、満たされていくのを感じる。
しかし私ばかりが気持ち良くされるだけではいられない。ちゃんと、皆で一緒に気持ち良くならなくちゃ。
ムツキが、カヨコが、ハルカが私の体を求める度。その倍の愛情を、快楽という形で返していく。
ムツキも、カヨコも、ハルカも。三人の事は、私が一番良く知っている。どんな事をされたいか、何をされたら気持ち良いか。言わずとも、雰囲気で何となく分かる。
最初は三人がかりで私を攻め立てていたネコちゃん達も、次第に私ににゃんにゃん言わされるだけの獣になっていく。
それでも三人は三人、一人の気をやっても他二人が私を待っていて、そちらの相手をしている内にまた復活して体を摺り寄せ求めてくる。
三人が私を愛して、私が三人を愛して。上になり下になり、攻めたり攻められたり、私達の睦み合いは延々と続く。
――今宵は、永い夜になりそうだ。
「――と言う訳で、最後には皆ビクンビクン跳ねるだけの状態になっちゃってね。まぁ私もギリギリだったんだけど、そこは飼い主としての気力で何とか皆を落とすまでは耐えたの。その後すぐに限界が来て、皆で朝まで熟睡だったわ」
「へ、へぇ……そう……」
陸八魔アル……私の猫飼い友達を呼んで、一緒に飼い猫談義をしていたら想像を遥かに越える話が飛び出て来た。
最初の内はアルは緊張したようにビクビクとしていたのだが、私が彼女の猫についての話を促しているうちに段々乗って来て、最後には聞いても居ない赤裸々な性生活の話まで。
(いや私も自分の猫は可愛いけど……獣姦はどうなのよ)
と思わなくも無いけれど、目の前で嬉しそうに語るアルの表情を見ていると、そんな気持ちも失せてくる。
アルに見せられた、日常の猫との写真――彼女は猫達に服を着せるのが趣味のようだ――を見る限り、猫達も彼女の事を心底愛しているようで、彼女もまたその愛に応えて猫達を全身全霊で愛した。それだけのこと。
彼女達の場合、それがたまたま『そういう形』だったという事なのだろう。本人と本猫達がそれで幸せなら、私も何も言うまい。
寧ろ、人と猫との間で恋愛が成就するなんて、よくよく考えれば素敵な事だと思う。種を超えた恋。愛はそんなちっぽけなハードルなんて簡単に超越するのだ。私は彼女達を祝福しよう。
……それはそれとして、その事を猫飼い友達とはいえ他人に話すのはちょっとアレじゃないかしら? と考えつつも、否定するような事は言いたくないし、唯一の猫友だし、あと純粋に怖いしで、黙って聞き続ける私なのだった。