アリウス勧誘 その後の一幕
「ホシノ様、次はこっちの書類だ」
「ありがと、うへぇ〜やることがいっぱいだ〜」
山と積まれた書類の束がホシノを襲う。
ホシノの知る中で、かつてない好景気をアビドスは迎えていた。
砂糖の広がるスピードは速く、需要に対して供給が追いついていない。
メインの製造工場は交代制でフル稼働で動いており、現在進行系で増設もされている。
移住者もじわじわと増えてきており、増える人口に伴い栄えていく街の様子に笑いが止まらない。
しかし砂糖の性質上、摂取量が増えるほどに思考が回りにくくなる問題を抱えている。
ホシノ、ハナコといったトップはまだ問題ないが、組織として動かす人材が足りていない。
アリウスの生徒たちをスカウトしなければ、早晩自滅していたことだろう。
「どうしたホシノ様、手が止まっているぞ」
「ああ、うん……小隊長ちゃんも疲れたら休んでいいからね?」
「好きに使えと言っただろう? これくらいは問題ない」
「そこまで無理することまではお願いしてないなぁ」
特にこの眼の前の少女だ。
アリウスでいくつかの小隊を纏める隊長だったというからスカウトしたが、これがまた当たりの人材だった。
それは中隊長なのでは? とホシノは思ったものの、同等の権限を持つ部隊長はトリニティに捕まったり、それ以上の指揮をするスクワッドがいなくなったので、なし崩しに纏める役割をしていたそうだ。
ホシノの意思通りに手足となって動いてくれる、ホシノたちと一般の砂糖中毒者の間を取り持つ中間層として機能しているからだ。
薬物耐性をつける訓練をしていた経験もあり、快楽のままに暴走することもない。
個人を育てたり悪いことをした子を躾けたりなどは一日の長があるが、部隊の育成経験などはホシノもハナコも持っていなかったため、彼女たちの訓練を参考にハナコが改良して再教育を施す役割もできた。
お願いして来てもらっているのだが、何かが琴線に触れたのか言動は変わらないものの、いつしかホシノ様に呼び方が変わっていた。
ホシノとしては崇められるような呼び方は面映ゆくて仕方がない。
けれどそれが彼女たちのけじめであるならば、と受け入れていた。
「最近忙しくて顔見せれてないけど、下の子たちは元気?」
「かつてないほど元気だ。私達の中で、笑う奴がいるとは思わなかった」
「そう……笑顔が浮かべられるようになったんだ、良かったね〜」
無意識に小さく口角を上げる小隊長。
彼女もまた、アビドスに来て表情を動かすことが増えたのをホシノは知っている。
砂糖の影響なのか、小隊長にとっては作業でしかない仕事でも楽しんで取り組むことができていた。
働きすぎて倒れないように時折釘を刺す必要はあるが、これもまた良い影響と言えるだろう。
そんな彼女を横目に、ホシノは書類に目を通す。
「う〜ん、やっぱり勢いが落ちてるよね」
砂糖は順調に広まっている。
しかしそれがきちんと売上につながっているかは別問題だ。
借金を完済するにはまだまだ遠い。
集めた生徒たちを教育して砂糖を販売しているものの、その内実は物珍しさが大半である。
リピーターが増えているのは確かだが、大企業にまで浸透するほどではない。
今のところは取り込んだ小さな会社の名義を利用して地味に販路を広げているに留まっている。
どれだけ砂糖に力があろうと、ホシノたち学生が企業したものにすぐさま飛びつくほど、大人の社会は甘くない。
むしろホシノたちが忙しさで首が回らなくなったところで、クレームやらゴシップやらで追い詰め、美味しいところを掻っ攫おうと手ぐすね引くくらいのことは平然とやってくることをホシノは知っている。
「私が直接交渉に行けばなんとかなるんだけどな〜」
舐めた態度を取る企業に強く出て交渉を纏める。
ホシノなら武力で、ハナコなら頭脳でそれができるが、現状の忙しさではアビドスを離れる余裕がない。
元アリウス生徒たちでも暴徒の鎮圧くらいはできるが、暴れる前に止めることができない。
集まった砂糖中毒者たちにとって、ホシノやハナコ以外の知名度のない集団に従う道理はないからだ。
小隊長を幹部待遇にしてそれを周知すればいいのだが、彼女はあくまでホシノの下で動くことを希望しているため、同格にはできなかった。
実力と知名度があり、砂糖を摂取してもなお思考が鈍らず、ホシノたちと仲良くできる。ガチャで言うならSSRの人材がもしいるなら、ホシノとしても両手を上げて歓迎するのだが。
と、その時、ホシノと小隊長の持つスマホがけたたましい音を立てた。
ホシノと小隊長は即座に立ち上がり、傍らの銃を掴む。
「緊急アラートだと? 何が起きた……」
「砂漠の端っこに小さく砂煙が見えるね。あれが原因かな?」
「待て、今確認する。応答せよ!」
長くアビドスで過ごしているホシノにはわかるが、アビドスを襲う砂嵐とはまた別のものだと直感で理解した。
それが何かまではわからず、ホシノは警戒を強める。
各所に連絡を取っている小隊長を後目に注視していると、細く立ち上る砂煙は一直線にこちらに向かっていることを理解した。
「……何だと!? それは本当か?」
「電話の先でなんて言ってたの?」
驚愕の声を上げる小隊長にホシノが尋ねると、彼女は数瞬視線を彷徨わせ、小さく告げた。
「ゲヘナの空崎ヒナがこちらに向かっているそうだ」
「……へ? 風紀委員長ちゃんが?」
予想外のビッグネームが出てきたことに、ホシノも目を丸くする。
トリニティには広め始めているし、徐々に各学園の上層部も目をつけるとは思っていたが、この時点ですぐに行動を起こすとは思っていなかった。
カチコミに来たのだろうか?